窒化シリコンの原子層堆積法:前駆体化学の概要
Antonio T. Lucero, Jiyoung Kim*
Department of Materials Science and Engineering, The University of Texas at Dallas, Richardson, TX 75080, USA
Material Matters, 2018, Vol.13 No.2
はじめに
窒化シリコン(SiNx)は半導体デバイスの非常に重要な材料であり、高性能のロジックやメモリでの使用が増加しています。現代の小型化したデバイスでは、ゲート側壁のスペーサー用や自己整合四重パターニングにおいて、低温(<400℃)で堆積した堅牢なSiN薄膜が求められます1。従来のSiNxの堆積法である化学気相成長(CVD:chemical vapor deposition)法やプラズマ化学気相成長(PECVD:plasma-enhanced chemical vapor deposition)法などは、現在、原子層堆積法(ALD:atomic layer deposition)に道を譲りつつあります。ALDでは堆積の厚さをより精密に制御して比較的低温で成膜できるようになり、高アスペクト比の構造に対してコンフォーマル性(表面に沿って均一な膜が形成される性質)があります2。ALDは、熱ALDとプラズマALD(PEALD:plasma-enhanced ALD)の2つに分類されます。どちらの方法も、SiNxの堆積法としていくつかの利点を持ちます。熱ALDでは高アスペクト比(HAR:high aspect ratio)構造(>5000:1)上へのコンフォーマルな堆積が可能です。PEALDでは高アスペクト比構造に対するコンフォーマル性は下がりますが、はるかに低温で使用できます。前駆体の化学や窒素の供給源に関する進歩により、研究や工業的な要求を満たすために、ウエットエッチング速度や成長速度のような材料特性は目的に合わせて調整が可能です。現在、主なシリコン前駆体として、クロロシラン、有機シランおよびヘテロシランの3種類があります。クロロシランは、主にSi-Cl結合からなるシリコン前駆体です。有機シランは有機配位子を含むシリコン前駆体ですが、この化合物群で実際に使用されているのはアミノシランに限定されています。ヘテロシランは、その他すべての前駆体を含みます。
クロロシラン
クロロシランは以前から重要なシリコン前駆体であり、超高純度のシリコンの生産を可能にすることで半導体産業の構築に貢献しました。この前駆体には、構造内に少なくとも1つの塩素-シリコン結合を含むすべてのシリコン前駆体が含まれます。最初のSiNxは1997年に熱ALDによって成長させたもので、Morishita3はヘキサクロロジシラン(HCDS、Si2Cl6、205184)とヒドラジン(N2H4)を使用して、525~650℃の温度範囲でSiNxを堆積しました。以降、ヒドラジンはより簡便な窒素供給源に置き換えられていますが、ヘキサクロロジシランは依然としてSiNxのALD前駆体として重要です。後に、ヘキサクロロジシランとアンモニアを使用したALDで515~557℃という低温でも良好なSiNxの堆積を実証したことが、報告されています4。さらに、テトラクロロシラン5、ジクロロシラン(DCS)6およびオクタクロロトリシラン7の使用もすべて成功しています。堆積温度がかなり高いため、密度やフッ化水素酸中のウエットエッチング速度(WER:wet etch rate)のような物理的特性は良好です。サイクルあたりの成膜速度(GPC:Growth per cycle)は様々ですが、典型的な値は1 Å/cycle以上です。SiNxの熱ALDにおけるクロロシランの欠点の1つは、飽和を達成するために大量の前駆体(107~1010 L)の暴露が必要なことです。また、アンモニアが活性化する400℃以上の温度で使用できる安定な前駆体がクロロシラン前駆体のみで、SiNxの熱ALDではクロロシラン前駆体のみ使用されることが課題です。後述するヒドラジンを除き、熱ALDに使用可能な窒素供給源はありません。この制限により、工業的なSiNxの成長法として熱ALDはあまり使用されません。
低温(<400℃)で成膜を行うために、プラズマ支援堆積法に研究の重点が置かれています8。マイクロ波プラズマ、誘導結合プラズマ(ICP:inductively coupled plasma)および容量結合プラズマが、アンモニア、窒素、またはフォーミングガス(N2-H2)などの反応性窒素の供給源と組み合せて最も多く使用されます。300~400℃では、ジクロロシラン9およびヘキサクロロジシラン10が、アンモニアと組み合せてSiNxのPEALDに広く使用されます。300℃未満ではNH4Clが生成するため、過剰な塩素が混入する場合があります。Ovanesyanら10は、400℃でヘキサクロロジシランとNH3プラズマを使用した高アスペクト比構造上へのコンフォーマルなSiNxの堆積を報告しており、主な混入物は-NH結合の水素および塩素(<1%)でした。NH3プラズマを使用したときにコンフォーマルな堆積が得られることは、クロロシラン前駆体の大きな利点です。ただし、クロロシラン前駆体を使用して堆積したSiNxはフッ化水素酸エッチング速度は高く、水素原子の混入が原因で膜密度が低いことが報告されています。最近、新しいクロロシラン前駆体としてペンタクロロジシラン(PCDS)が報告されています11。この前駆体はヘキサクロロジシランに類似していますが、同等またはより優れた物理的特性を持ち、成膜速度が20%増加したという結果が得られます(0.78 vs. 1.02 Å/cycle)。塩素原子を水素で置換することで、ペンタクロロジシラン分子は立体障害が小さくなり極性が増加すると推測され、その結果として前駆体としての反応性は高まります。さらに、前駆体の暴露量はわずか4 × 104 L、つまり、熱ALDプロセスより4~5桁、他のPEALDプロセスより1~2桁も暴露量が低くても、同等の成膜速度が得られます。ヘキサクロロジシランとペンタクロロジシランを使用した成膜の両方で、独特な円筒形の電極をもつホローカソードプラズマ源を使用すると、膜への酸素の混入が非常に少なくなります。
有機シラン
SiNxのALDに最初に使用された有機シランは、2008年に報告されているトリス(ジメチルアミノ)シラン(TDMAS、570133、759562)です12。フォーミングガスとリモートICPを使用し、SiNxの堆積に成功しましたが、5~10%の炭素が混入しました。Provineら13はこれらの結果を改善し、350℃で高い膜密度(2.4 g/cm3)および低いフッ化水素酸エッチング速度(100倍希釈のHF中で3 nm/min)をもつSiNxが成長しました。水素プラズマポストアニール処理により、フッ化水素酸エッチング速度は1 nm/min未満まで低下しました。
SiNxの堆積には、ビス(tert-ブチルアミノ)シラン(BTBAS)もよく使用されます。Knoopsらは、BTBASとN2プラズマを使用して高品質のSiNxを堆積しています14。成長温度400℃で膜密度は2.8 g/cm3と非常に高く、膜のフッ化水素酸エッチング速度は0.2 nm/minです。この時の炭素の混入は2%未満でしたが、200℃で成膜した場合は約10%まで増加しています。膜の特性は低圧化学気相成長法(LPCVD:low pressure chemical vapor deposition)で成長させたSiNxと同等で、膜密度が高いためだと説明されています。
窒素プラズマを使用した場合、すべての有機シラン前駆体で成膜速度がほぼゼロまで低下します。NH3プラズマを使用した場合、表面の末端では-NH2基が多くなります。Huangら15は、BTBASやその他のアミノ基の活性化エネルギー障壁が高いことを予測し、ProvineはTDMASとNH3プラズマを使用した成膜で実験的にこの予測を確認しています。密度汎関数理論に基づくシミュレーションでは、NH3プラズマでは提供できない低配位の窒素またはシリコンのサイトのみにBTBASが吸着することが予測されています。多くの有機シランでは、成膜速度が小さい(典型的な値は、0.3 Å/cycle未満)ことも課題です。有機シランはシリコン原子を1個しか供給しない大きな分子であるため、立体障害が影響している可能性は高いものの、低配位の表面サイトが必要であることが、膜成長を阻害すると推測されます。最後に、有機シランを使用した場合は高アスペクト比構造に対するコンフォーマル性に限界があります。Farazらは、ジ(sec-ブチルアミノ)シラン(DSBAS)とN2プラズマを使用した場合に、側壁に対するコンフォーマル性が最高50%(26 vs 13 nm)であることを明らかにしています1。これらの結果は一般的であり、N2プラズマへの暴露で観測されているように飽和が不十分なためである可能性が高いと推測されます。側壁が堆積過程で暴露されるプラズマ密度は、構造の上面および底面と比較して典型的に低くなります。
ヘテロシラン
前駆体の最後の種類は、すべての非有機および非ハロゲンの前駆体を含みます。最も単純な前駆体であるシリカについてはすでに論じられています。PECVDでの使用が良く知られているように、SiH4とN2プラズマを使用してSiNxを堆積します16。この方法の欠点は、N2プラズマの飽和に必要な時間の長さ(60秒)です。同様に、Si-Hの混入も問題となり、低い膜密度や高いフッ化水素酸エッチング速度の原因と推測されます。SiNxの堆積のために研究されている別のシリコン前駆体、トリシリルアミン(TSA)があります。Triyosoら17は、300℃と400℃でトリシリルアミンとN2/H2プラズマを使用したSiNxの成膜を実証しています。成膜速度はプラズマ条件に依存して1.3~2.1 Å/cycleで大きく変化し、100倍希釈したフッ化水素酸中でのエッチング速度は約1 nm/minです。トリシリルアミンを使用したPEALDとPECVDで成膜したSiNx膜質を比較した場合、PEALDでは駆動電流、ホール移動度およびon/off比の増加がみられ、トランジスタ性能が改善します。Jangら18は、低い成膜速度(0.6 Å/cycle vs. 約1.5 Å/cycle)ではあるものの、トリシリルアミンとNH3プラズマを使用してSiNxを堆積しています。NH3プラズマによりステップカバレッジ(段差での膜厚均一性)が改善し、これは高アスペクト比構造上へのコンフォーマルな堆積を暗示する貴重な結果です。最後に、ネオペンタシラン(NPS)とN2プラズマを使用して、250~300℃でSiNxを成膜しています19。膜の特性はトリシリルアミンと同等ですが、ネオペンタシランを使用した場合に成膜速度は若干増加します(1.2 vs. 1.4 Å/cycle)。ネオペンタシランを使用して成長させたSiNxの場合、フッ化水素酸エッチング速度はプラズマ生成条件に強く依存しますが、最適条件でのフッ化水素酸エッチング速度は2~3 nm/minです。トリシリルアミンとネオペンタシランは共に分子量に対するシリコンの割合が大きいために前駆体として興味が持たれ、典型的なクロロシランよりフッ化水素酸エッチング速度を低く抑えると同時に、有機シランより大きな成膜速度を得ます。
要約および今後の展望
低温で成長した高品質でコンフォーマルなSiNx膜の需要は増大し、産学双方で先進的プロセスや前駆体の開発が進められています。現在使用可能な前駆体には多種多様な利点と欠点があります。クロロシランは成膜速度や高アスペクト比構造に対するコンフォーマル性が向上しますが、ウエットエッチング耐性や膜密度に欠けます。有機シランは、フッ化水素酸エッチング速度が非常に低いSiNx膜の成長を可能にし、LPCVDで成長させた膜と同等またはさらに低いフッ化水素酸エッチング速度を得ますが、成膜速度とコンフォーマル性の低さにより、成膜が阻害されます。トリシリルアミンやネオペンタシランなどのヘテロシランでは、生産能力の向上につながる良好な成膜速度と低いフッ化水素酸エッチング速度を得ます。これらの前駆体から高アスペクト比構造に対するコンフォーマル性が得られるかどうかについては今後の研究が待たれます。シリコン前駆体ではありませんが、窒素の供給源に関する現在の研究も議論に値します。ヒドラジンの輸送技術の最近の進歩のおかげで、熱ALDで超高純度ヒドラジンを使用できます。毒性の問題はまだありますが、供給源の全体的な安全性は改善されています20。ヒドラジンを窒素供給源としたTaNとWNの熱ALDが行われています。同様に、275~350℃で堆積したTiNの抵抗率が低いことが報告されています。ヒドラジンを使用したSiNxの堆積に関する報告は少ないものの、285℃でヘキサクロロジシランとヒドラジンを使用したSiNx不動態層の成長に成功しています21。塩素の混入が問題になりますが、300℃未満のPEALDでも同様の問題が発生するため、非常に低い堆積温度と関連していることが推測されます。SiNxの堆積の供給源に超高純度ヒドラジンを使用する現在の研究は有望で、350~400℃での堆積では良好なSiNx特性が得られ、低温でのSiNxの熱ALDの開発が可能になるでしょう。窒素供給源とシリコン前駆体が共に改善され、SiNxの原子層堆積法の未来は明るいと考えられます。
References
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