原子層堆積法により調製された調節可能な性質をもつナノ複合材料コーティング
Anil U. Mane, Jeffrey W. Elam
Argonne National Laboratory, Argonne, Illinois 60439, USA
Material Matters, 2018, 13.2
はじめに
ナノ複合材料コーティングは、複数の成分を精密にブレンドした混合物から構成されており、マイクロエレクトロニクス、光学、センサー、および固体検出器において多様な用途があります。混合物の組成を変えることで、個別の成分が示す範囲のほぼ全体にわたってコーティングの電気的、光学的、および物理的な性質を「調節」することが可能であり、各成分のどれとも異なる性質を示すこともあります。ナノ複合材料コーティングの作製方法は多数ありますが、作製するコーティングの性質を制御するためには、原子層堆積法(ALD:atomic layer deposition)が特に適しています。ALDでは、前駆体ガスを交互に供給するサイクルを用いて、材料を原子1層ずつ固体表面に堆積させます1。表面の化学反応は表面の官能基がすべて反応すると自然に終了するため、1回のALDサイクルで堆積する材料の量を容易に制御することができます。この自己限定性は、狭い細孔や空孔にも前駆体蒸気が容易に拡散することと合わせて、複雑な3次元の基板を非常に均一かつコンフォーマルに被覆することを可能にします2ALDは、金属酸化物、窒化物、硫化物、さらには純粋な元素など、多種多様な材料を堆積させるために使用することができます。2種類の材料(例えば、金属と金属酸化物など)を交互に供給することで、複雑なナノ複合材料コーティングを合成することが可能です3–5。コーティングの厚さは、実行するALDサイクルの全回数で制御され、組成は2つの成分について実行するALDサイクルの比率で制御されます。
本研究では、in situ水晶振動子マイクロバランス(QCM:quartz crystal microbalance)測定およびフーリエ変換赤外(FTIR:Fourier transform infrared)吸収分光法を用いて、Mo:Al2O3およびW:Al2O3から構成されるナノ複合フィルムのALD成長機構を調べました。これらのフィルムは、Al2O3 ALDの場合はトリメチルアルミニウム(TMA)とH2Oを、金属ALDの場合はMF6とSi2H6(M = MoまたはW)を交互に曝露することで調製しました。Mo:Al2O3フィルムの場合、Mo ALDがAl2O3を阻害し、その逆も同様であることがQCMで示されました。このような阻害はあるものの、Mo含有量とMoサイクルの比率との関係は容易に制御することができました。驚くべきことに、Moに対する還元剤がSi2H6はなく、次のAl2O3 ALDALDサイクルで曝露するTMAであることがFTIRにより明らかになりました。元素分析では、M:Al2O3フィルムの組成が均一であり、予想されるAl、O、および金属MoまたはWに加えて、FおよびCもかなり含有されていることが示されました。断面走査型透過電子顕微鏡法では、アモルファスのマトリックスに金属ナノ粒子(約1 nm)が埋め込まれたフィルム構造が明らかにされています。
本稿では、この方法を用いた3つの実践的な応用を検討します。我々は、これらのナノ複合材料コーティングを利用してキャピラリーガラスアレイプレートを修飾し、大面積光検出器の用途に適した大面積マイクロチャンネルプレート(MCP:microchannel plate)を作製しました。さらに、試作の電子ビームリソグラフィツール向けの電子-光学マイクロシステムの電荷排出コーティングとしてこれらのフィルムを利用することで、帯電アーチファクトのない高解像度の電子線パターンを得ることができました。最後に、集光型太陽熱発電の選択的太陽光吸収コーティングとしての使用に対するこれらのフィルムの適合性を検討しました。
実験
Mo:Al2O3およびW:Al2O3複合ALDフィルムの堆積は、高温壁粘性流ALDリアクターにおいて200℃で実施されました6。このリアクターには、ALD工程のIn situ研究を可能にする水晶振動子マイクロバランス(QCM:quartz crystal microbalance)が1台装備されていました。前駆体のTMA(97%、Sigma-Aldrich)、脱イオンH2O、Si2H6 (99.998%, Sigma-Aldrich)、MoF6(99%, Alfa Aesar)、およびWF6(99.8%, Sigma- Aldrich)は室温に維持されました。超高純度(99.999%)N2キャリアガスの流量は300 sccmに設定され、高温型Baratron圧力計(MKS model 629B)による測定として、ALD反応において1.0 Torrのベース圧力を供給しました。Mo:Al2O3およびW:Al2O3複合フィルムは、n型のSi(100)基板に堆積しました。ALDの前に、基板はアセトン中で10分間の超音波処理により洗浄しました。Al2O3 ALDの場合、以下のシーケンスでN2キャリアフローにTMAとH2Oのパルスが交互に添加されました。1秒のTMA添加(0.2 Torr)– 5秒のパージ – 1秒のH2O添加(0.3 Torr)– 5秒のパージ。同様に、MoおよびW ALDでは、それぞれMoF6/Si2H6およびWF6/Si2H6に対する曝露が以下のタイムシーケンスで行われました。1秒のSi2H6添加(0.25 Torr)– 5秒のパージ – 1秒のMoF6またはWF6添加(0.05 Torr)– 5秒のパージ。Al2O3、Mo、およびW ALDのこれらの条件では、In situQCM測定で検証されたように、自己限定的な成長が得られました。
異なるALDパルスシーケンスを用いたMo:Al2O3およびW:Al2O3複合ALDを調べるため、In situ QCMを実施しました。QCM測定では、それぞれの前駆体への曝露後にQCMシグナルを安定化させるため、基本的には10秒のN2パージ時間を用いました。透過型電子顕微鏡法(TEM:transmission electron microscopy)による分析は、Evans Analytical Group(Sunnyvale, CA)によって実施されました。TEM用の試料は、In situ集束イオンビーム(FIB:focussed ion beam)リフトアウト法を用いて、FEI Strata Dual Beam FIB/SEMで調製されました。試料は、FIBミリング前に炭素の保護層で被覆され、200 kVで運転された明視野(BF:bright-field)TEMモード、高分解能(HR)TEMモード、およびナノビーム散乱(NBD:nanobeam diffraction)モードのFEI Tecnai TF-20 FEG/TEMで撮像されました。Mo:Al2O3およびW:Al2O3複合層の組成は、X線光電子分光法(XPS:X-ray photoelectron spectroscopy、Evans Analytical Group)およびラザフォード後方散乱分光法(RBS:Rutherford backscattering spectroscopy、Evans Analytical Group)を用いた深さプロファイリングによって決定されました。複合フィルム中の金属含有量は、蛍光X線(XRF:X-ray fluorescence、Oxford ED2000)で測定されました。
Mo:Al2O3およびW:Al2O3複合層の抵抗は、Keithley Model 6487電流-電圧源を用いた電流-電圧(I-V)測定により決定されました。抵抗が大きいこれらのコーティングのI-V測定を容易にするため、2 μm間隔で組み合ったAu電極で構成される櫛形構造をリソグラフィでパターニングした絶縁基板にフィルムを堆積させました7。これらの櫛形構造では、従来の4探針プローブと比較して実効接触面積が8万倍になり、それに相当する電流の増加が得られました。Incom, Inc.(Charlton, MA)製の孔径20 μmの高アスペクト比(60:1)ホウケイ酸ガラスキャピラリーアレイに堆積させたW:Al2O3層に対して、追加のI-V測定および電子増幅測定を実施しました。また、これらのキャピラリーアレイは、二次電子放出係数を向上させるために8 nmのALD MgO放出層で被覆され、電気接点の抵抗を低減するために両面が100 nmの蒸着ニッケル-クロムで被覆されました。
液体窒素冷却MCT-B検出器を備えたNicolet 6700を使用して、Mo:Al2O3のALD中にIn situフーリエ変換赤外(FTIR:Fourier transform infrared)測定が実施されました。これらの測定では、CsI窓を通してALDリアクターにFTIRのビームが回されました。窓は仕切弁によって保護されており、窓への堆積を防ぐため、ALDの曝露中は仕切弁が閉じられました。試料の表面積を拡大して光吸収を増加させるため、ステンレス鋼の格子にプレスしたZrO2ナノパウダーから構成される試料にFTIRのビームを通過させました8Mo:Al2O3ALDの前に、ZrO2パウダーはAl2O3 ALDのため10サイクルのTMAおよびH2Oで被覆されました。
結果および考察
Mo:Al2O3複合フィルムの成長および性質
図1は、Mo:Al2O3 ALD複合フィルムの合成に使用された前駆体添加法の概略を示しています。TMAとH2Oを交互に曝露することでAl2O3を堆積させ、間をおいて単回のMoF6/Si2H6サイクルを実施することでMoが導入されました。Moサイクルの比率を次のように定義します。%Mo=Mo/(Mo+Al2O3)*100。ここでMoおよびAl2O3はそれぞれ実施されたTMA/H2OおよびMoF6/Si2H6サイクルの相対数です。これら2種類の材料の抵抗が大幅に異なるため(Al2O3は約1016Ohm、Moは10–4 Ohm)、Moサイクルの比率を調節することで、複合フィルムの抵抗を広範囲にわたって調節できると予想されました。
図1.Al2O3 ALDではTMAとH2Oへの交互の曝露、Mo ALDではMoF6とSi2H6への交互の曝露を用いたMo:Al2O3ナノ複合材料コーティングのALDのための前駆体パルスシーケンスの概略図。
図2Aは、Moサイクルの比率が10%(Al2O3 ALDサイクル9回に続いてMo ALDサイクル1回)のMo:Al2O3複合フィルムのALD中に実施されたin situ QCM測定を示しています。全体では、9回のわずかな質量増加と、それに続く1回の大きな質量増加がみられ、このパターンが3回反復しています。図2Bは、図2Aの四角で囲まれた領域を拡大表示したもので、QCMの質量増加に関する有益な詳細を明らかにしています。95~115秒の間は、Al2O3 ALDのTMA/ H2Oサイクルを2回示しており、QCMシグナルはAl2O3 ALDについて予想されるパターンに一致しています3。各Al2O3 ALDサイクルの正味の質量増加は約30 ng/cm2で、予想される値より若干小さくなっています。これに対して、MoF6/Si2H6への曝露の間に観測されたQCMシグナルは、Mo ALDに関する文献で報告されているパターンに従っていません9。特に、Si2H6への曝露の間は質量の増加が観測されず、正味の質量増加は約250 ng/cm2にとどまり、Mo ALDについて予想される1,000 ng/cm2を遥かに下回っています。興味深い点として、Mo ALDサイクルに続く最初のTMAへの曝露で急激な質量増加が起こり、その後、徐々に減少しています。これは、発熱反応により生じる、熱誘起のQCMの過渡応答に特徴的なパターンです10。
図2.Moサイクルの比率が10%(Al2O3 ALDサイクル9回に続いてMo ALDサイクル1回)のMo:Al2O3複合フィルムのALD中におけるin situ QCM測定。A)ALDサイクル30回における質量の時間変化。B)TMA、H2O、Si2H6、およびMoF6の添加時間を表示した、Aの挿入図の拡大表示。
図3は、Mo(三角)およびAl2O3(丸)の各ALDサイクル後の正味の質量増加を示しています。水平の破線は、Al2O3 ALDについて予想される約35 ng/cm2の定常的な質量増加を示しています。この図では、MoALDの後にAl2O3 ALDが当初、約50%阻害されており、9回のAl2O3 ALDサイクルの後でも定常状態の値に完全には到達しないことが示されています。さらに、Mo ALDもAl2O3表面で約75%と大幅に阻害されています。
図3.Moサイクルの比率を10%としたMo:Al2O3複合フィルム堆積の各ALDサイクル後の正味の質量増加。MoおよびAl2O3 ALDをそれぞれ三角および丸で表示。水平の破線は、Al2O3 ALDについて予想される35 ng/cm2の定常的な質量増加を示す。
異常なQCMの結果については、in situ FTIR測定でその原因の探索が可能な場合があります。図4は、個別の前駆体への曝露に続いて測定された4000 cm-1のIR吸収を示しています。IRスペクトルを記録する直前にパルスとして添加された前駆体は各データ点の上に表示しています。4000 cm-1は、表面官能基に起因するピークがなく、したがってフィルムの相対的な導電性の間接的尺度となることから選択された周波数です11。4000 cm-1のIR吸収は、Al2O3 ALDにおけるTMAとH2Oへの曝露の間も比較的一定に保たれています。Si2H6はMoに対する還元剤であると考えられているため、MoALDにおけるSi2H6への曝露の間にIR吸収が増加すると予想するかもしれません9。しかs、実際にはそうではなく、Si2H6への曝露の間にIR吸収の変化はありません。その代わりに、IR吸収はMoF6への曝露後、TMAへの曝露の間に急激に増加しています。この結果は、実際にはTMAが還元剤であることを示しており、MoF6への曝露後ののTMAへの曝露の間に観測されたQCMデータの発熱的な過渡応答に一致します(図2B)。吸着したMoF6に対するTMAの還元作用に関するさらなる根拠として、1040 cm-1のMoOFxの伸縮振動数がTMAへの曝露の間に減少することが示されています(スペクトル未掲載)。
図4.Mo:Al2O3複合フィルムのALDにおいて個別の前駆体への曝露後にin situ FTIRで測定された4000 cm-1のIR吸収。IRスペクトルを記録する直前にパルスとして添加された前駆体を各データ点の上に表示。
図5は、10%のMoサイクルを用いてSi(100)基板上に調製された40 nmのMo:Al2O3複合フィルムの低解像度の断面TEM画像を示しています。このフィルムは高密度で連続的に見えており、上面は比較的滑らかでSi基板に対して平行です。Si基板とMo:Al2O3複合フィルムの界面は、Si固有の酸化物と初回のALDサイクルからのAl2O3に帰属される、低密度のアモルファス領域を示しています。より高解像度では(図5A)、Mo:Al2O3複合フィルムが、より低密度のマトリックスに埋め込まれた1~2 nmの粒子(黒点)で構成されていることがわかります。粒子を詳細に調べると(図5A、挿入図)、弱い格子縞がみられます。さらに、ナノ複合材料フィルムから得られたナノビーム散乱測定(図5B)では、結晶性ナノ粒子に一致する拡散リングがみられます。これらの観測結果およびW:Al2O3複合フィルム ALDに関する我々の以前の研究5に基づいて、図5Aの結晶性ナノ粒子が金属Moであるという仮説を立てました。このMoナノ粒子は、TMAによるMoOFx表面種の還元時のMo原子焼結により形成している可能性があります。還元剤としてのTMAの役割は少し意外ですが、我々のFTIRの結果や、Si2H6への曝露を実施しない場合とMo:Al2O3複合フィルムのマイクロ構造および性質が事実上同一であるということから、このことは事実であると考えています。
図5.10%のMoサイクルを用いてSi(100)基板上に調製された40 nmのMo:Al2O3複合フィルムの断面TEM分析。A)より低密度のマトリックスに埋め込まれた1~2 nmの粒子(黒点)を示した高解像度画像。B)Aに示されたフィルム領域のナノビーム散乱。C)フィルムの厚さ全体の低解像度画像。
Mo:Al2O3複合フィルムの組成は、Si(100)基板上に調製されたフィルムのXPSによる深さプロファイリングおよびRBS測定を用いて決定しました。これらの測定では、予想されるAl、O、およびMoに加えて、約5%のCおよび約10%のFがフィルムに含有されていることが判明しました。XPSでは、フィルム中のMoが金属と亜酸化物(Mo+4)の両方の状態で存在することが示されました。これらの結果とQCMおよびFTIR測定より、吸着したMoOFx種をTMAが還元してAlF3と金属Moが生成していることが示唆されます。さらに、フィルム中のCおよびFの存在は、NbF6とTMAへの交互の曝露によりNbFx、NbC、C、およびAlF3から構成されるフィルムが形成されたと結論付けている以前の研究12における状況に類似しています。
次に、Si(100)基板上に異なるMoサイクルの比率を用いて一連のMo:Al2O3複合フィルムが調製され、蛍光X線分析によりフィルムのMo含有量が決定されました。図6Aに示されているように、Moサイクルの比率が8% Moから15% Moまで増加するのに伴い、Mo含有量は2.1 mol%から9.0 mol%まで直線的に増加しています。この線形関係は、Mo:Al2O3複合フィルムのALDの際にMoサイクルの比率を調節することで、Mo含有量を容易かつ精密に制御できることを示しています。Mo:Al2O3複合フィルムの抵抗は、櫛形構造上に堆積されたフィルムの電流-電圧測定を用いて決定され、その結果が図6Bに示されています。図6Bは、Mo:Al2O3複合フィルムの抵抗が、Moサイクルの比率を変えることで非常に広範囲にわたって調節できることを示しています。これらのコーティングにより得られる抵抗値の範囲(104~1010 Ohm cm)は、電子増幅器および電荷排出コーティングの用途において特に有用であり、この特性を以下で示します。
図6.A)XRF測定により決定されたALD Mo:Al2O3複合フィルムのMo含有量対Moサイクルの比率。B)電流-電圧測定により決定されたALD Mo:Al2O3複合フィルムの抵抗対Moサイクルの比率。
W:Al2O3複合フィルムの成長および性質
ALDにより成長させたW:Al2O3複合フィルムのin situ QCM測定を実施して、その成長挙動を調査しました。フィルムの厚さ、組成、形状、およびマイクロ構造を決定し、抵抗に対するW含有量の影響を確立するため、Wサイクルの比率を変えながら一連のW:Al2O3複合フィルムを堆積させて特性を評価しました5 その結果の一部を図7に示します。
図7.A)in situ QCMから推定されたALD W:Al2O3複合フィルムのW含有量対Wサイクルの比率。B)電流-電圧測定により決定されたALD W:Al2O3複合フィルムの抵抗対Wサイクルの比率。
図7Aは、in situ QCMにより決定されたW:Al2O3複合フィルムの組成対Wサイクルの比率を示しています。W mol%は範囲全体で滑らかに変化しており、10~30%の間ではほぼ直線となっています。図7Bは、櫛形チップおよびキャピラリーガラスアレイ基板に堆積させたフィルムの電流-電圧測定により決定された、Wサイクル比率の変化の抵抗に対する影響を示しています。10%のWサイクルにおける約1012 Ohmから30%のWサイクルにおける約108 Ohm cmまで、抵抗はほぼ指数関数的に減少しています。この挙動はMo:Al2O3複合フィルムの挙動(図6B)に類似していますが、W:Al2O3複合フィルムの勾配(Wサイクルの20%の変化に対して4桁)と比較すると、Mo:Al2O3複合フィルムの勾配は遥かに急です(Moサイクルの4%の変化に対して6桁)。この相違は、特に抵抗と金属含有量との指数関数的関係を踏まえると、同様の成長条件下でMoの堆積速度(約10 Å/サイクル)9がW(約4 Å/サイクル)13より遥かに速いことに起因する可能性があります。
次に、0~60%のWサイクルを用いて調製したW:Al2O3複合フィルムの光吸収測定を実施しました。Taucプロットを用いて吸収スペクトルから直接バンドギャップが抽出されました。その結果を図8Aに示します。バンドギャップは、Wサイクルの比率の増加とともに減少しています。図8Bは、これらのコーティングについて光子エネルギーの関数として吸光係数を示しています。Wサイクルの比率が10~40%の間で増加すると、吸収の開始はより低エネルギーにシフトし、Wサイクルの比率が50~60%では幅広い金属性の吸収に移行していることが明確に示されています。この調節可能な吸収の性質は、次に議論するように、赤外波長を透過または反射すると同時に可視光を吸収する必要のある選択的太陽光吸収コーティングには望ましい性質です。
図8.A)0~60%のWサイクルの比率を用いて調製されたALD W:Al2O3複合フィルムにおけるA)直接バンドギャップ対Wサイクルの比率およびB)吸光係数対光子エネルギー。
その他のナノ複合材料コーティング
上記のコーティング法と同様に、我々はW、Mo、Ta、Nb、およびCo金属、ならびにAl2O3、ZrO2、HfO2、MgO、およびTiO2誘電体を使用したナノ複合材料コーティングに向けたALD法を開発しています。完全に説明することは本稿の範囲外ですが、金属含有量の増加に伴う電気伝導性の増加、バンドギャップの減少、そして吸光係数の増加は、これらの材料すべてに共通した傾向であることが示されています。
調節可能な抵抗コーティングに向けた用途
マイクロチャンネルプレート(MCP)
マイクロチャンネルプレート(MCP:microchannel plate)は、微視的なチャンネルの2次元アレイで構成される薄い平板状の固体電子増幅器です。MCPは、低レベルの電子、イオン、光子、または中性子を識別するための検出器に使用されており、MCPの個別のチャンネル内で発生する二次電子放出による利得を介して応答を増幅します14。この特性によりMCPは画像を形成することが可能であり、多様な検出器およびデバイスには不可欠な特性です。従来のMCPの作製では、中実繊維のアレイを引き上げて1つのブロックにまとめる多芯ガラス繊維加工法を用いる必要があります。次に、ブロックを薄切りして薄いウェハにし、芯を化学的にエッチングすることで、ケイ酸鉛ガラスから構成される細孔が整列したアレイを形成させます。その後、水素焼成を用いて、電子増幅のためにチャンネル壁を活性化します。この処理の欠点の1つは、MCPの導電性と二次電子放出特性の両方が水素焼成手順の際に与えられるため、両者を別々に調節することができないということです。別の欠点として、化学エッチング液はケイ酸鉛のクラッディングを溶解することなしに長い細孔の中へ拡散することができないため、細孔のアスペクト比(細孔の長さ対孔径)が約100までに限定されます。この限界により、得られる利得が制限されます。
MCP製造の代替方法として、ALDを用いてガラスキャピラリーアレイを修飾し、必要な導電性と二次電子放出特性を与える方法があります15,16。図9では、厚さ1.2 mm、直径33 mmで孔径が20 μmのディスクにおけるプロセスを示しています(図9A~C)。図9Dは、抵抗層の役割を果たす94 nmのMo:Al2O3複合フィルムと表面の二次電子放出を強化するための8 nmのALD MgOをALDで堆積させた後の33 mmのキャピラリーアレイディスクを示しています17。図9Eは、ALD後にニッケル-クロム電極をディスクの両面に蒸着して作製されたMCPを示しています。ALD複合フィルムの抵抗が調節可能であるということは、特定の検出器の用途に対して最適化するため広範な抵抗範囲にわたるMCPを製造することが可能となります。
図9Eに示されている完全に修飾されたMCPは、その利得および空間的均一性を決定するため、較正済みの電子源と蛍光面を備えた高真空系で評価されました。図9Fで蛍光面画像の写真が示しているように、MCPの応答は表面全体で均一です。次に、1組の同じMCPを直列に組み立て、位置検出型アノードの前に設置しました。光子計数モードおよび弱い紫外照度を用いて利得の空間分布の2次元マップが作製され(図9G)、MCP全体の利得の均一性が再び示されました。また、ALD MPCの性能に関する研究も報告されています14。
図9.ALD調節可能抵抗コーティングを用いたMCPの作製。A~C)解像度を増加させた20 μmの細孔の六角形の束から構成される直径33 mmのホウケイ酸ガラスキャピラリーアレイ基板。D)94 nmのALD Mo:Al2O3複合抵抗層および8 nmのALD MgO放出層を堆積させた後のガラス基板。E)ニッケル-クロム電極を付けて完成したMCP。F)ALD MCPで増幅された電子で照射した蛍光面。G)1組のALD MCPの利得マップ。
MCPの製造にALDを用いる利点の1つは、より大型の検出器へのスケールアップが容易なことです。図10の黒の円形ディスクは、上記の33 mmのMCPです。この小型のMCPの左は、金属製の運搬用ケースに入れた8インチ × 8インチのガラスキャピラリーアレイ基板です。右側は、大面積MCPを作製するためにALDで修飾し、電極を蒸着した後の同じ8インチ × 8インチのプレートです。これは今までに作製された中で最大のMCPです。Argonne National Laboratoryが主導するLarge Area Picosecond Photodetector Projectにおいて、これらのMCPを高エネルギー物理学用途に導入するための研究が進行中です14,15。
電荷排出コーティング静電帯電は、質量分析計、粒子検出器、およびマイクロ電気機械システム(MEMS:micro-electro mechanical system)のような電子光学装置における難題の1つです。真空環境で迷走電子が絶縁要素の表面に衝突すると、電子が捕捉されて静電荷を作ります。蓄積した静電荷を排出する手段がなければ、数キロボルトの電位が発生する可能性があり、局所電場が歪んで焦点、解像度、およびタイミングの損失を引き起こします。単純な導電性または半導電性フィルムは、漏洩電流が大きく、電力供給を超過したり抵抗加熱によりデバイスを損傷させたりする可能性があるため、この電荷の排出には適していません。その代わりに、メソスケールの抵抗(半導体と絶縁体間、102–107 Ohm cm)をもつ薄膜が必要になります。電子光学MEMSでは、電子が表面に極めて近接しているため問題が悪化し、フィルムは最大25 MV/mの非常に強い電場に晒されます。さらに、すべての要素にわたって同等の性能を保証するためには、フィルムはナノスケールの均一性を維持しながら、すべての表面方位を被覆しなければなりません。
図10.金属製の運搬用ケースに入れられた無被覆の8インチ × 8インチのガラスキャピラリー基板(左)。その隣はALD Mo:Al2O3複合コーティング後の同じ8インチ × 8インチのガラス基板。スケールのための定規および33 mm MCPを表示。
ALD調節可能抵抗ナノ複合フィルムは、電荷排出コーティングの有望な候補です。我々は、反射電子ビームリソグラフィ(REBL:reflective electron beam lithography)ナノライター(Nanowriter:KLA—Tencorで開発中のハイスループット、直接記録、マスクレスのリソグラフィツール)18におけるこのフィルムの利点を実証しました。ナノライターの概略を図11Aに示します。パターニングシステムの主要部は、デジタルパターンジェネレーター(DPG:digital pattern generator)チップです(図11B)。DPGは、100万超の「ビームレット」を発生させる小型の独立制御可能な電子ミラー(「レンズレット」)のアレイをもつ集積回路チップです。レンズレット電極MEMS構造は、各画素について静電レンズを作製するために必要な電場を確立するためレンズレット1個あたり4個の電極に電圧を供給する、相補型金属酸化膜半導体(CMOS:complementary metal oxide semiconductor)回路構成の上に作製されます。アレイの画素およびレンズレットは1.6 μm間隔で配置されており、レンズレット構造の高さは約4 μmです。DPGチップは一定の電子照射の下で動作します。そのため、レンズレットの壁沿いの絶縁体酸化物表面(図11C)に画質を低下させる(図12G)静電帯電が生じる可能性があります。この問題を克服するため、静電荷を排出するためのALD Mo:Al2O3複合コーティングを用いてKLA-TencorのDPGチップが被覆されました(図11D)。図12A~Fは、このDPGを使用して得られた電子ビームの試験パターン画像を示しています。これらの画像は、実質的に無欠陥のDPGパターンを示しています19。
図11.A)KLA-Tencor REBLナノライターの概略図。B)REBLデジタルパターンジェネレーター(DPG)。C)開裂したDPG MEMSレンズレットアレイ構造の断面。D)DPGレンズレットアレイを被覆したALD電荷排出コーティングの概略図。
図12.ALD Mo:Al2O3複合電荷排出コーティングを用いて被覆したDPGによる無欠陥の試験パターン画像。A)正方形パターン、B)V字パターン、C)縫い目パターン、D)スティグ試験パターン、E)KLA-Tencor社ロゴ、およびF)コンタクトホールパターン。G)ALD Mo:Al2O3電荷排出コーティングなしのDPGによる低品質のパターン。
太陽光選択的コーティング
集光型太陽熱発電は、エネルギーハーベスティングとエネルギー貯蔵の両方を単独の施設に統合するもので、強い関心を集めています。「タワー式太陽熱発電」施設は、太陽光を多数の鏡のアレイで反射して中央の集熱器に集中させることで数百メガワットを発電することが可能です。集熱器では吸収されたエネルギーで流体を加熱し、その流体を貯蔵するか、発電用タービンを駆動するために使用することができます(図13A)。太陽光の可視スペクトルを強く吸収すると同時に赤外(IR)波長を反射する太陽光選択的コーティングを用いることで、効率を向上させることができます。高い赤外線反射率は、高い運転温度でも集熱器が赤外線を放射しなくなるため、より多くのエネルギーを捕捉して利用することを可能にします。さらに、コーティングは選択的吸収特性を失うことなく高温に耐えなければなりません。上述したように、ALD W:Al2O3複合フィルムの光吸収はW含有量を変えることで調節できます。このコーティングを金属基板に堆積させて、可視光を吸収すると同時に赤外波長を反射させることが可能です。我々は、大表面積のメソポーラスフィルムで予め被覆されたHaynes 230ニッケル超合金クーポン上に、Wサイクルの比率を33%として100 nmのALD W:Al2O3複合フィルムを調製しました。得られた材料は可視領域では不透明ですが、赤外線を強く反射します。図13Bは、空気中、800℃で12時間および空気中、300~800℃の熱衝撃サイクル50回後の基板を示しています。従来の材料の多くは、この処理の間に酸化して透明になりますが、我々のALDナノ複合材料コーティングは空気中の高温に対して極めて安定であり、黒い状態を維持します。さらに、昼夜の気温変化を模擬した熱サイクルの反復では、ひび割れや層間剥離に対して耐性を示します。これらのALD材料は、次世代の集光型太陽熱発電施設に用いる選択的太陽光吸収コーティングとして非常に有望です。
図13.A)鏡のアレイが中央の集熱タワーに太陽光を集中させているイバンパ(Ivanpah)集光型太陽熱発電所の航空写真。B)大表面積のメソポーラスフィルムで予め被覆されたHaynes 230ニッケル超合金クーポン上にWサイクルの比率を33%として調製された100 nmのALD W:Al2O3複合フィルム。空気中、800℃で12時間および空気中、300~800℃の熱衝撃サイクル50回後。
結論
我々は、アモルファスの誘電体マトリックスに埋め込まれた導電性の金属ナノ粒子から構築される、ナノ複合材料コーティングを開発しました。これらのフィルムは、ALD M:Dフィルム(M = W、Mo、Ta、NbまたはCo、D = Al2O3、ZrO2、HfO2、MgO、またはTiO2)から構成されます。金属層とAl2O3層のALDサイクルの比を変えることで、105~1012 Ohm cmという非常に広範囲にわたってコーティングの抵抗を精密に調節することが可能であり、バンドギャップおよび吸光係数を可視スペクトル全域にわたって調節することができます。Mo:Al2O3ナノ複合フィルムのALD成長機構を理解するために、in situ QCMおよびFTIR吸収分光法を使用しました。その結果、TMAが還元剤として導電性のMoを生成していることが示されました。断面TEMでは、アモルファスのマトリックスに金属ナノ粒子(1~2 nm)が埋め込まれたフィルム構造が明らかになりました。これらのナノ複合材料コーティングを利用してキャピラリーガラスアレイプレートを修飾し、大面積光検出器の用途に適した大面積MCPを作製しました。さらに、試作の電子ビームリソグラフィツール向けのMEMSデバイスの電荷排出コーティングおよび選択的太陽光吸収コーティングにこれらのフィルムを利用しました。これらの実践的な応用により、ALDによるナノ複合材料コーティング作製の実用化が今後期待されます。
謝辞
本研究は、U.S. Department of Energy, Office of Science, Office of Basic Energy Sciences and Office of High Energy Physicsにより、Large Area Picosecond Photodetector(LAPPD)の一部として、契約番号DE-AC02-06CH11357の下で支援を受けました。KLA-Tencorにおける研究は、Defense Advanced Research Projects Agencyにより、契約番号HR0011-07-9-0007の下で部分的に支援を受けました。本稿/発表に含まれる見解、意見、および知見またはそのいずれかは、著者/発表者のものであり、明示的か黙示的かを問わず、Defense Advanced Research Projects AgencyまたはDepartment of Defenseの公式見解または方針を代表するものとして解釈されるべきものではありません。
参考文献
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