ALD-ナノ構造作製のための多機能ツール
Mato Knez
Max-Planck-Institute of Microstructure PhysicsMaterial Matters 2008, Vol.3 No.2
はじめに
ALDは、原子層堆積法(atomic layer deposition)の略語です。ALDプロセスは1970年代に開発されましたが、当初この手法の用途はほとんどがエレクトロニクスに限定されており、ニッチなプロセスに過ぎない状態に留まっていました。近年、ALDは、ナノ構造やマイクロ構造などの非常に微小な構造でも制御しながらコーティングできる能力があるため、大きな関心が持たれるようになってきました。世界中の多数のグループが、さまざまな戦略や改質法を用いて、新規構造や官能化材料を作り出してきました。最も革新的で有望な方法には、鋳型の指示に従った新規構造体合成、材料の選択領域での堆積、温度に敏感な基板への低温ALD堆積、ALDの多機能性を拡大する新プロセスの開発などがあります。
これらのALDの応用はすべて、ALD堆積方法の能力と、先端材料研究への影響を示すものです。特に、単純で効果的なプロセスと、市販されているALD反応装置の数の増加とが相まって、「ナノALD」分野の科学論文の増加にも表されるように、ALDは世界中の研究者の関心を集めています。
この論文では、前述の分野も含めた最近の研究例をいくつか示します。しかし、これは現在の開発状況の一端に過ぎません。さらに包括的なレビューは、他で見ることができます1。
ALDプロセス
ALDプロセスとは、気相による薄膜堆積方法で、化学的気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)と化学的には大変よく似ています。この類似性は、ALD前駆体材料をCVDに使用可能な事実からわかりますが、その逆は必ずしも可能ではありません。物理的には大きな違いがあります。例として、Al2O3の堆積を、トリメチルアルミニウム(TMA)と水を用いて行う場合のCVDとALDの主な差異を説明します。
CVDプロセスでは、TMAとH2Oの2つの前駆体材料が共に反応室内に導かれ、Al2O3が生成され基板に堆積しますが、ALDプロセスでは、化学反応は2つの半反応に分かれます。最初に基板をTMAに曝すと、化学吸着した(サブ)単分子膜が形成されます(図1a)。吸着の後、気相中の余分なTMAをパージにより除去します。次に基板をH2Oに曝すと、TMAの(サブ)単分子膜と反応してAl2O3の層が形成されます(図1b)。反応生成物(この場合メタン)と余分なH2Oを除去すると、1サイクルの成長が完了しますが、これを所望する厚さの層が得られるまで繰り返すことができます。「ALD窓」と呼ばれる前駆体物質固有の温度範囲内でプロセスを実行すれば、膜の成長が直線的になり厚みをÅ単位で制御することが可能です。
図1ALDプロセスの1サイクルを示す模式図。図は、TMAと水を前駆体物質として使用したAl2O3堆積の単純化モデルを示しています。
ALDの大きな利点は、プロセスが、CVDの場合のように方向性を持った堆積ではなく、表面が前駆体(TMAなど)により化学的に飽和され推進されることです。したがってALDプロセスでは、アスペクト比が非常に高くても2、エアロゲルなどの非常に複雑な材料でも、ナノ細孔の表面にコンフォーマルなコーティングを行うことができます3。
鋳型を用いたナノ構造の合成
鋳型を用いたナノ構造の合成は、ALDの中で最も急成長している分野です。さまざまな鋳型を使用して、ナノ構造の同形コーティングおよび複製または官能化を行うことが可能です。これには、ナノ多孔性およびミクロ多孔性基板、ナノスフェア、ナノワイヤ、ナノチューブ、または単一のナノ粒子配列が含まれます。
鋳型を用いてナノ構造を合成する最も簡単な方法は、おそらく多孔質材料を使用することです。過去数年間に、さまざまな材料からナノチューブやナノチューブアレイを合成することに関する論文が多数発表されました2。最近では、ナノチューブ合成の焦点は、基本的材料の堆積から機能材料の堆積に移行してきました。例えば最近、酸化鉄(図2参照)やニッケルのALD堆積により、ナノ多孔質陽極アルミナ鋳型から磁気ナノチューブを作製できることが示されました4,5。
図2酸化鉄チューブの電子顕微鏡写真(走査型:SEM、透過型:TEM)。スケールバー:100nm。(a)アルミナ鋳型に埋め込まれた細管(11±4 nm Fe2O3、緑色の円)アレイのSEM写真、カラー化によりコントラストを強調。(b)鋳型の溶解により隔離された1本の太く短いチューブ(42±4 nm Fe3O4)のTEM写真、挿入写真は非常に平滑な壁の拡大図。(c)鋳型に埋め込まれた太いZrO2/Fe2O3/ZrO2チューブ(12±2/26±4/12±2 nm)のアレイのSEM写真、亀裂部分の端面画像、チューブは長さ方向に破断されて膜の上面に現れています。画像は、許諾を得てJ. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 9554-9555から転載、Copyright 2007 American Chemical Society。
ナノワイヤも、ナノ多孔質材料と同様に、ナノワイヤのALD堆積とそれに続く除去のための鋳型として使用できます。特殊な環境では、固体拡散反応を誘起することによっても、ナノチューブが作製されます6,7。
機能性ナノ構造の合成に向かうトレンドが認められます。最近、ALD堆積、還元、およびレイリー不安定性の開始を組み合わせることにより、規則的なナノチェーンの配列にCuナノ粒子が組み込まれたTiO2-ナノチューブが合成されました(図3)8。このようなナノ構造を最適化すると、将来ナノ光学やプラズモニクスに応用される可能性があります。
図320 nmのAl2O3シェルを持つCuOナノワイヤをさまざまな温度においてH2中で1時間還元し作製したナノ粒子チェーンのTEM画像。(a,b)は600℃、(c,d)は750℃で作成したサンプル。写真(b)と(d)は、それぞれ写真(a)と(b)に対応する高倍率のTEM画像。画像は、許諾を得てNano Lett. 2008, 8, 114-118から転載。Copyright 2008 American Chemical Society。
ALDで作成された先進的な光学的ナノ構造がすでに存在します。この堆積方法の利点により、高度に規則化されたナノスフェアの配列を複製することで、さまざまな材料から逆オパール構造を作製することが可能になりました。ジョージア工科大学とハーバード大学の研究グループが、この分野で非常に活発な研究を行ってきています。数多くの各種逆オパールがALDによって合成され、特性が解析されました。堆積された材料には、WN、TiO2、Ta3N5、ZnO、GaAs、TiO2/ZnS多層構造などがあります9–12。このような構造は、例えばフォトニック結晶として非常に大きな可能性を有します。この簡便な合成方法のおかげで、これら構造は今後今後さらに発展していくことでしょう。
比較的難しい領域は、鋳型としてカーボンナノチューブ(CNT)を使用することです。カーボンナノチューブの表面はやや不活性であるため、ALDでCNTをコーティングするのは非常に困難になります。それでもCNTは、その形状と安定性から鋳型として非常に関心が持たれています。そこで、均一なコーティングを行うための方法が開発されました。さまざまな報告で、例えばNO2でCNTを官能化した後、Al2O3、HfO2または酸化Ruによるコーティングが実際に可能になることが示されました13–16。これらのコーティングは、CNTの物理的および/または化学的特性の改善に有益であると思われます。しかし、技術的に使用するには、今後さらに研究と開発が必要になります。
おそらく、ALDに関して最も難しいナノ規模鋳型は単一ナノ粒子です。このコーティングは容易かもしれませんが、そのような材料の取り扱い上は難しい問題がしばしば生じます。連続的な同形コーティングを得るには、ナノ粒子相互間および/またはナノ粒子と反応器壁面との接触を避けなければなりません。しかし、ここでもある程度の進歩が見られます。コロラド州ボールダーのグループは、ナノ粒子を扱ってALD堆積中に同形性を得る方法が少なくとも2通りあることを示しました17。
領域を選択しての材料堆積
ALDの開発に関して非常に興味深い分野は、選択領域への堆積です。ALDの最も強力な用途は、全ての到達可能な表面の同形コーティングですが、表面を化学的に調整することにより、離れた領域に堆積するように指示できる可能性があります。リソグラフィで作成された構造のパターンを、選択的に親水性または疎水性に切り換えて(各種シランによってなど)、前駆体分子の吸着を指示または阻止できます18。この方法は、特定の用途に必要な材料のナノ規模パターンを得るための非常に洗練された方法です。その原理自体は、単純であるだけでなく効果的です。この方法は、電子的または光学的活性な材料を得るために、さまざまな材料を構造化された形で堆積するのに広く適用される可能性が高いと思われます。
低温ALD堆積
低温ALD(LT-ALD)は、ますます重要な役割を果たしつつあります。薄膜堆積では、温度に敏感なために他の方法(CVDなど)ではコーティングできない材料にコーティングする能力です。基板には、ポリマーや生物学的鋳型などがあります。
LT-ALDに関する初期の実験が1994年に行われ、室温でSiO2を堆積しました19。その後、CdS、Al2O3、TiO2、B2O3、V2O5、HfO2、ZrO2、ZnO、さらに金属Pdなどの材料につき、多くのLT-ALDプロセスが成功裏に開発されました1,20,21。この材料リストだけでも素晴らしいものですが、より多くの利用可能なプロセス、特に金属堆積用プロセスに高い関心が持たれるであろうことに疑いの余地はありません。フレキシブルな電極を得るため、ポリマー構造体に金属電極を堆積する可能性を検討すると、LT-ALDの重要性が明確になります。この分野の開発はごく初期であり、近い将来、さらに多くの材料がLT-ALD手法により堆積されると予測されます。
LT-ALDの特に興味深い用途は、生物学的ナノ構造のコーティングまたは官能化の可能性です。自然界では、すでに何百万年にもわたってナノテクノロジーが応用されてきました。ハスの葉の疎水性を考えてみると、これはマイクロ構造またはナノ構造と関連があり、人類が自然界から学習できることがまだあることが明白になります。自然界が、容易に複製できて、ナノメーター精度での成長や製造が不要な、完全なナノ構造を用意している場合もあります。しかしながら、ここでの限定要因の1つは関連技術で、例えばALDの場合は真空プロセスと堆積温度です。真空プロセスは不可避なので、真空に耐える構造では堆積温度が重要です。ALDで生物学的ナノ構造やマイクロ構造をコーティングするいくつかの試みが、すでに報告されています。この種の初期の実験には、植物ウイルスとフェリチン球殻を金属酸化物でコーティングするものがありましたが、これは微小な金属酸化物ナノチューブとフェリチン分子が埋め込まれた自立膜に結果的につながりました(図4)。
図4Al2O3(a)およびTiO2(b)を用いてALDで処理したフェリチン分子のTEM(200 kV)画像。画像は、アモルファスAl2O3およびTiO2自立膜に埋め込まれたフェリチン分子を示しています。ダークグレーの部分は、TEMグリッド上の炭素膜の穴に起因するものです。画像(b)の黒いスポットは、フェリチンの酸化鉄コアを示しています。膜には亀裂があります。画像(b)で自立膜は端部からまくれていますが、これはTEMからの電子ビームによるものです。画像は、許諾を得てNano Lett. 2006, 6, 1172-1177から転載。Copyright 2006 American Chemical Society。
その後の研究で、ナノ構造のチョウの羽根をAl2O3でコーティングする可能性と、これによりコーティングの厚さに応じ色が変化する構造化されたサンプルを得られる可能性が示されました22。この分野は緩やかに発展していますが、近い将来活動が活発になり進歩が見られると予想されます。
新規プロセス
ALDの開発以後、多くの研究が新プロセスの開発に向けられました。金属酸化物を中心に、窒化物、炭化物、硫化物、リン化物、および金属など、多くの材料で堆積が成功してきました。既知の事例には、周期表の大部分が純元素、二成分、または三成分の化合物として含まれています。
開発されたプロセスのほとんどが、エレクトロニクスや光学用途に関心の向く材料に集中しているとはいえ、他にも重要な応用分野があります。特に魅力的な新プロセスはALDによるアパタイトの堆積で、生体適合材料の合成に広範な用途を見出す可能性があります23。このようなプロセスが、日常的に制御できる形で応用できれば、可能性のある用途は多数あるでしょう。
ALDで堆積される材料で、もう1つの非常に興味深い新規グループは、ポリマーやその誘導体です。1991年に、ポリマーALDの原理であるいわゆる分子層堆積(MLD)が実証されました24。しかし、この研究はあまり省みられず、約15年後に極めて薄い高分子膜を作成する新たな試みまで注目されませんでした。以後、ALDプロセスは無機材料だけでなく有機分子の堆積も可能であるため、真に多機能な薄膜堆積ツールになりました。さらに、無機分子と有機分子が層状に積み上げられたハイブリッド材料の合成に関する研究が行われました。このALD(MLD)の特定分野へのさらなる洞察は、S.M. Georgeらによる論文「有機および有機-無機ハイブリッドポリマーの分子層堆積(Material Matters vol.3 no.2参照)」に記載されています。
有機-無機ハイブリッド材料は、特異な特性を示し、さまざまな生物医学や環境用途でに役立つことが証明される可能性があるため、この方向でのさらなる開発に大いに興味が持たれます。
結論
ALDは、マイクロ構造またはナノ構造を含む非常に薄い層を制御しながら、コンフォーマルな被覆を行うのに最適な方法として出現しました。ALDによって多数の材料を堆積することができます。市販の反応装置の入手可能性と、市販の前駆体の数が着実に増加しているので、ALDプロセスは、この分野への新規参入者にとって特に便利で魅力的なものになっています。非常に特殊な目的のための特定プロセスや前駆体にはまだ制限がありますが、ALDの将来の応用に対する唯一の限界は、概して関係している研究者の想像力と独創力のように思われます。
Acknowledgment
Dr. Mato Knez gratefully acknowledges financial support by the German Ministry of Education and Research (BMBF) under the contract number 03X5507.
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