自己組織化単分子層のマイクロおよびナノスケールフォトパターニング
Graham J. Leggett*
Department of Chemistry, University of Sheffield, Brook Hill, Sheffield S3 7HF, United Kingdom
はじめに
自己組織化単分子層(SAM:self-assembled monolayer)を用いた、マイクロおよびナノテクノロジーでの幅広い応用に関して非常に大きな関心が集まっています。本論文では、SAMに関する3種類の系(アルキルチオラート-金、アルキルシラン-二酸化シリコン、およびアルキルホスホン酸-酸化物)の特徴を比較し、さらに、フォトパターニングを用いた、数ミクロンから平方センチの領域への10 nm程度の構造の作製方法について解説します。現在、自己組織化単分子層1-3は、ナノ科学に関する多くの分野では欠くことのできない手法になっています。SAMは、Langmuir-Blodgett(LB)膜と同様に、固体表面に吸着分子が高密度に充填された、規則性を持つ層からなる構造を持っています。しかし、LB膜とは異なり、吸着化合物の希薄溶液に基板を浸漬するという簡便な方法によって堆積させます。この単分子層形成プロセスは、吸着分子と基板の間に強力かつ特異的な相互作用ができることによって促進され、さらに、分子間の相互作用によって安定性が著しく向上し、規則的配列の形成が進みます。「自己組織化単分子層」という用語は有機化合物が吸着した系すべてを指す広い意味に使われることが多いのですが、厳密に言えば、SAMは(a)固体表面に吸着した両親媒性分子の単分子層、(b)吸着分子と基板との間の強い相互作用(通常は化学吸着)、(c)高密度充填、(d)(通常は)高度な規則性、という特徴を持っています。
アルキルチオラートSAM
金表面におけるアルキルチオラートSAMは、適切な基板上の金薄膜を特定の吸着化合物の希薄エタノール溶液(1 mM)に浸漬することで得られます。Au-S間の相互作用が強く、吸着分子間のスペース(4.99 Å)とアルキル鎖のファンデルワールス直径(4.5 Å)の値が近いため、金-アルキルチオラートSAMは化学安定性に優れ、高い規則性(5~10 nmの領域で実質的に結晶質)を示します。アルキルチオラートはその他のさまざまな金属(Ag、Cu、およびPdが幅広く研究されています)やいくつかの半導体(GaAsなど)の上でもSAMを形成します。
アルキルチオラートSAMを用いる上で、その熱安定性と酸化安定性がそれほど高くないために、いくつかの制約が生じます。アルキルチオラートは室温からあまり高くない温度で表面から脱離するため、多くの種類の溶液相プロセスが困難になるとともに、おそらく大気中のオゾン(S-Au結合を攻撃する)によると考えられる酸化を非常に受けやすくなります。生物学的応用の場合、部分的な酸化分解によって引き起こされた低密度の欠陥によって性能が著しく低下することがあります。さらには、基板に金を使う必要があることも制限の一つとなります。例えば、金には蛍光消光性があり、吸着した生体分子の光学的分析が必要な場合に問題となる場合があります。
アルキルチオラートSAMのパターニングで最も広く使われているのがマイクロコンタクト印刷(μCP)4であり、従来のマイクロ製造法の安価な代替法としてWhitesidesらによって初めて開発された方法です。μCPでは、チオール溶液を塗布したPDMS(polydimethylsiloxane)スタンプを金基板上に置き、チオールの転写を行います。最初のステップでコーティングされなかった領域は、溶液相による堆積プロセスで、第2のチオール化合物によって官能基化されます。μCPが広く使用されている理由は、サブミクロンの長さスケールで単分子層を素早く、安価に、かつ極めて効果的にパターニングできるためです。一方、ナノスケールでは、ディップペンナノリソグラフィ(DPN:dip-pen nanolithography)5がμCPに類似した方法です。原子間力顕微鏡(AFM:atomic force microscope)チップに適切なチオール溶液を塗布し、表面をなぞって微細形状を作製します。DPNではアルキルチオラートインクを用いることで100 nmよりはるかに高い分解能が得られ、並列書き込みデバイス6などの高度な応用例が多数報告されています。
そのほかの方法には、マスクを通したUV光の露光によるアルキルチオラートSAMのフォトパターニング(図1a)7があります。吸着化合物はこの方法で光酸化されてスルホン酸化合物になりますが、弱い吸着のため、単純な溶液相プロセスでの置換が可能な場合があります。この方法の利点は、最初に形成されるSAMが極めて高い規則性を示すことです。SAMの光酸化を引き起こすホットエレクトロンの形成を開始させるには、約250 nmの照射が必要です。多くの水銀ランプはこの波長で発光しますが、発光スペクトルは光源の種類に強く依存します。最良の方法は、UVレーザー(frequency-doubled argon ion laserなど)を使用することです。ナノスケールでは、走査近接場光学顕微鏡をUVレーザーと組み合わせてSAMの露光を行うことも可能です(図1b)8。SAMの完全な光酸化には約1~4 J cm-2の露光が必要であり、末端基の種類と鎖長によって決まります。その後、光酸化した吸着化合物は液相プロセスで置換されることがあります。走査近接場フォトリソグラフィと呼ばれるこの方法によって、9 nm程度の微細構造を作製できる可能性があります9。
図1<b>a</b>)金表面上におけるアルキルチオラートSAMのフォトパターニングを示す概略図。<b>b</b>)走査近接場フォトリソグラフィでは、近接場プローブを用いて9 nm(約λ/30)程度の分解能で露光します。
アルキルシランSAM
アルコキシシランと三塩化シランはシリカ表面のシラノール基と反応して強く結合し、極めて高い酸化安定性と熱安定性を持つ膜を作ります。この系での最大の課題は、吸着分子同士の重合制御です。一般に、この重合は、シランが通常溶ける有機溶媒中に水分が過剰にあると進み、重合によって、粗い、球状の堆積物が形成されます。多くの場合、シランによる膜は単分子層より厚く、アルキルチオラートSAMより規則性が低くなります。また、多くの用途においてガラスの熱安定性と酸化安定性の高さ、および機能化特性は魅力的であり、より複雑な作製工程が可能です。ナノメートルスケールでは、Sagivらがプローブに電圧を印加したAFMを用いてアルキルシランSAMを選択的に酸化し、異なる吸着分子で再官能基化することで、複雑な分子構造を容易に構築できることを示しました10。
アルキルホスホン酸SAM
酸化物表面は多くの応用で重要です。例えば、色素増感太陽電池では、ナノ構造化したTi酸化物を用いて界面を最適化し、色素から半導体への電子移動を最大化します11。アルキルホスホン酸(APA:alkylphosphonic acid)はアルミニウム、チタン、およびその他の金属の酸化物上に強く吸着してSAMを形成します。このSAMはアルキルチオラート単分子層の場合より密に充填し、より高い酸化安定性と熱安定性を示します。APA-SAMは、長時間の大気暴露にも安定しています。分解が大きな課題になるのは、水性環境に長時間暴露された場合のみです。
アルミニウム酸化物表面におけるSAM
この単分子層は、適切な溶媒(エタノールなど)のAPA希薄溶液に基板を浸漬する、単純な溶液相堆積プロセスで形成されます。基板は通常Alをスパッタもしくは蒸着し、大気環境に20~40分暴露して、表面を水酸化させなければなりません。SAM形成中、APAのhead部分は脱プロトン化されると考えられており、酸化物表面と強く相互作用します。各head部分の間のスペースは、アルキルチオラートSAMの場合よりわずかに狭い4.8 Åです。振動分光法から「ゴーシュ(gauche)」欠陥の数は極めて少ないことが分かりますが、これは吸着分子が高度に規則化した全トランス型配置であることを示します。アルキルホスホン酸SAMは多くの応用での利用が非常に期待されていますが、おそらくSAMの中で最も利用が遅れている系です。
図2<b>a</b>)酸化アルミニウム上のoctadecylphosphonic acid SAMに、フォトリソグラフィで作製したaminobutylphosphonic acid正方形パターン。メチル末端であるオクタデシルホスホン酸SAMにマスクを通して露光した後、サンプルをアミン末端であるアミノブチルホスホン酸の溶液に浸漬し、露光した領域を再官能基化しました。<b>b</b>)a)と同様に作製したサンプルにアルデヒド官能基化ポリマーナノ粒子を固定化した後の写真。<b>c</b>)<b>d</b>)<b>e</b>)UV露光後、水酸化ナトリウムでエッチングしてフォトパターニングしたオクタデシルホスホン酸SAM(各サンプルの露光量(J cm<sup>-2</sup>)(a)10, (b)10, (c)2, (d)20, (e)40)。
アルキルチオラートSAMと比較すると、APA単分子層のパターニングに関する研究はほんのわずかしかありませんが、そのフォトパターニングは単純な方法です12。約250 nmの波長を持つUV光の露光によって吸着分子のP-C結合が切断され、アルキル基が脱離します。ホスホン酸基は表面に残存すると考えられますが、別の異なるAPAによって露光箇所を再官能基化する妨げにはなりません。その結果、異なる化学組成を持つパターニングを行うことができます。図2aに、フォトリソグラフィで作製したAPASAMパターンの写真を示します。Octadecylphosphonic acid(ODPA)単分子層にマスクを通してUV光を露光した後、マスクを取り除き、サンプルをaminobutylphosphonic acid(ABPA)水溶液に浸漬しました。サンプルの画像化は、摩擦力顕微鏡法(FFM:friction force microscopy)で行いました。これは原子間力顕微鏡法の一種で、表面摩擦によるカンチレバーの横方向のたわみ(lateral deflection)を測定する方法であり、親水領域は明るいコントラスト(摩擦力が大きい)で示されます。図2bには、前述と同様の方法で作製したサンプルに、アルデヒド官能基化ポリマーナノ粒子をイミン結合の形成によって固定化させた後の画像を示しました。このように、酸化物表面でより複雑な分子構造を構築するための簡便で効果的な方法であることが分かります。
別の方法として、UV露光後、パターン化したODPA層をレジストとして使用し、下層のAl膜に構造をエッチングすることも可能です。図2cに、244 nm照射で2 J cm-2まで露光したサンプルを示します。水酸化ナトリウム水溶液に浸漬すると、露光された領域(正方形)がエッチングされて元の吸着分子で被覆されている未露光の領域がそのまま残ります。APA-SAMは「切り替え可能なレジスト」として振る舞い、UV露光を増やすと徐々に挙動が変化し(おそらく、露光した領域の酸化物が再形成されるため)、40 J cm-2(図2e)の露光で、パターン化したSAMはネガ型レジストとして効率的に働き、露光時にマスクした領域が最も速くエッチングされるようになります。また、APA-SAMを近接場プローブで露光すると、化学(湿式)エッチングでナノ構造を作製できるようになります。図3に、走査近接場フォトリソグラフィ(SNP:scanning near-field photolithography)で作製した2つの直線構造の写真を示します。線幅は約100 nmです。以前に金薄膜を用いた場合はより高い分解能が得られましたが、この分解能の制約の主な原因はAl膜の結晶粒径が金と比べてかなり大きいためであると思われます。
図3Alエッチングに対するレジストとしてSNPでパターン化したホスホン酸単分子層を用いて作製したナノ構造の、タッピングモードAFM画像。
図4水への浸漬時間に対する、チタンの自然酸化膜上のオクチル-(OPA)、デシル-(DPA)、オクタデシル-ホスホン酸(ODPA)-SAMおよびアルミナ上のDPA-SAMの接触角の変化。
酸化チタン表面のSAM
チタニアは、UV光を吸収することで酸化物表面にて電子と正孔のペアを生成し、有機物を酸化分解するという、よく知られた光触媒特性を有しています。この特性を利用して、Ti 上のAPAに高速フォトパターニングを行うことができます13。図4に、チタニア上のさまざまなSAMおよびアルミナ上のdecyl phosphonic acid(DPA)単分子層における、接触角のデータを示します。UV露光後、アルキル鎖の分解によって下地の極性酸化物の表面が露出し、接触角が減少します。この減少の割合は、明らかにチタニア上の方がはるかに速く、最も長い吸着分子であるODPAでさえ、アルミナ上のDPA-SAMよりはるかに速く分解します。チタニア上ではアルミナ上より長波長を使うことも可能であり、フォトンエネルギーがチタニアのバンドギャップより大きな場合、酸化が起こります。アルミナ上ではC-P結合の切断がプロセスの最初のステップであるため、より短い波長が必要です。
図5<b>a</b>)チタンの自然酸化膜上のODPA-SAMをマスク(600 mesh)付きで50 mW、2分間(7.5 J cm<sup>-2</sup>)露光した後のFFM像。zスケールレンジ:0~517 mV。<b>b</b>)走査型近接場フォトリソグラフィを用いて、酸化チタン上のODPA単分子層中に作製したパターンのFFM像:zスケールレンジ:0~1.00V。<b>c</b>)(a)と同様の試料の露出した領域をABPAで官能基化した後、蛍光染料を含むアルデヒド官能基化ポリマーナノ粒子を固定化したサンプルの蛍光顕微鏡写真。<b>d</b>)ODPA-SAMを露光後に水酸化ナトリウムでエッチングしたサンプル。
図5aに、マスクを通してUV露光した後のODPA-SAMのFFM像を示します。露光した領域(正方形)は、下地の基板が露出し、摩擦係数が増加することで表面の自由エネルギーが局所的に大きくなるため、明るいコントラストを示しています。図5bは、近接場プローブを光源としたUVによる分解によって作製したパターンです。図5cの光学顕微鏡写真では、チタニア上のパターン化SAMの官能基化を示しました。この写真は、フォトパターニングで露光した酸化物の領域に吸着させたABPAと、これにアルデヒドで官能基化した色素含有ポリマーナノ粒子を組み合わせたときに発光する蛍光を捉えたものです。最後に、図5dには、ODPA-SAMを露光後、水酸化カリウム中で液相エッチングを行ってパターン化したサンプルを示しました。さらに、露光量に応じて切り替わる同様の特性が、Ti上のSAMで報告されており、その性質はエッチング溶液の種類にも依存します。たとえば、図5dに示すものとまったく同様に作製したサンプルでも、ピラニア溶液でエッチングすると、逆コントラスト(つまり、ここで示した図5dのネガ型とは反対にポジ型の特性)を示します。
結論
ナノ科学の領域における、アルキルホスホン酸の自己組織化単分子層の利用はまだこれからです。この単分子層は、極めて優れた酸化安定性を有し、フォトリソグラフィによって容易にパターン化することができます。光分解した吸着分子の単純な交換や、パターン化した単分子層の湿式エッチングなどの方法を用いた、さまざまな官能基化を行うことが可能です。チタニア上での光触媒反応によるSAMの分解を利用することで、幅広い波長域においてSAMの高速パターニングを行うことができます。
References
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