高純度単層カーボンナノチューブ
Nathan Yoder, Ph.D.
Chief Technology Officer, NanoIntegris Incorporated
Visiting Scholar, Department of Materials Science, Northwestern University
Visiting Scholar, Department of Chemical Engineering, Rice University
単層カーボンナノチューブの構造と合成
カーボンナノチューブ(CNT:carbon nanotube)は炭素のみで構成される安定な中空の円筒であり、グラファイトやグラフェン、フラーレンと非常に類似した材料です1。CNTは一枚のグラフェンシートを丸めたナノオーダーの直径のチューブと考えることができます。CNTは通常、単層カーボンナノチューブ(SWNT:single-walled carbon nanotube)と多層カーボンナノチューブ(MWNT:multi-walled carbon nanotube)の2種に分類されます。MWNTは複数の同軸管状のナノチューブからできており、元来、多くの不純物や欠陥を持っています。また、MWNTは高い吸光度と適切ではないバンドギャップ(大きな直径に起因します)のために、エレクトロニクス用途には適していません。SWNTは一般的にMWNTより欠陥が少なく結晶性が高いので、多くの用途でより優れた性能を発揮します。SWNTの直径とねじれの度合いによって、電子的特性は大きく変わり、金属的な導体としての挙動をするものもあれば、直接バンドギャップ半導体としての挙動を示すものもあります。SWNTのナノスケール構造によって、きわめて優れた機械的2、熱的2、電子的3および光学的3特性が生じます。このユニークな特性の組み合わせのために、SWNTは複合材料、コーティング、パッケージング、太陽電池およびディスプレイなどの多岐にわたる分野で有望な研究開発の対象になっています。
SWNTは自然界にもわずかに存在しますが、触媒、カーボン、エネルギーの3つの基本的要素を用いることで、人工的に大量合成が可能です。CNTの合成は、炭素源、触媒タイプおよび成長条件の制御によって調整され、現在主に利用されている数種類の合成法にはそれぞれ異なった特長があります4。多くのエレクトロニクス用途では、平均直径約1.5 nmのSWNTが最適であることがわかっています。しかし、多くの合成技術ではSWNTとMWNTが混ざって生成し、それらは直径分布の広い、あるいは小さい平均直径(<1 nm)のナノチューブです。アーク放電、レーザー蒸発および誘導熱プラズマの各方法では、必要とされる約1.5 nm帯の直径の高品質SWNTが製造可能で、しかもMWNTが含まれません。これらのプロセスは、高温や低圧であることや触媒の種類といった点で類似点があります。しかしながら、プラズマトーチ法が最もスケーラブルであることが明らかで、すでに1 kg/日を超えるSWNTの製造能力が実証されており、さらにスケールアップできる可能性をもっています5。
単層カーボンナノチューブの精製と分離
今日のすべてのCNT合成法では、不純物が必ず生成すること、および、様々な種類のナノチューブが幅広く混合してしまうという大きな問題があります。プラズマトーチ法で合成したカーボンナノチューブには、図1(a)に示すような大量の不純物粒子が含まれています6。その上、調製されたままのSWNTは、多様な長さ、直径、電子特性タイプ、カイラリティおよび螺旋方向をもつ多分散混合体です。図1(b)は、CNTの多分散性について図解したものです7。
図1(a)RFプラズマ成長法で合成した未処理のCNT6。(b)CNTの多分散性についての概略図7。(図は参考文献6および7を元に作成)
不純物の存在とCNTの多分散性は、高性能ナノチューブデバイスを実現する上で課題となります。金属性チューブは半導体デバイスを短絡するので、金属性SWNTと半導体性SWNTの混合物ではエレクトロニクス用途でのデバイス性能は著しく損なわれます。SWNTの潜在的性能を発揮させるには、高純度かつ電子特性タイプの均一性が必要となります。したがって、調製されたままで未処理のSWNTは、まず精製して不純物を除去し、次いで分離して単分散の試料を単離しなければなりません。2006年にArnoldと Hersamによって、他の方法7よりも画期的で著しい優位点をもつSWNT分離方法が開発されました8。密度勾配超遠心法(DGU:density gradient ultracentrifugation)として知られるこの方法は、層の数や直径、電子特性、カイラリティおよび螺旋方向(chiral handedness、左巻きSWNTか右巻きSWNT)によってCNTを分離することが可能です。まず、特定のタイプのCNTと選択的に相互作用をもつ界面活性剤をいくつかブレンドしてCNTを水に可溶化します。次いで、ナノチューブが密度勾配溶液中で等しい密度位置に層を形成し、物理的に単離できるまで、密度勾配溶液を十分に遠心分離します。
DGU法は、NanoIntegris社によって商業化され量産に用いられており、精製、分離されたカーボンナノチューブの製造が行われています。これら材料の特性を表1に示します。
精製された未分離のSWNTは、調製されたままの未処理CNTより純度の点で優れています。このPureTubesナノチューブ溶液は、茶-灰色を示し、図2(a)に示す黒色のバッキーペーパーとは対照的です。この材料が高純度であることは、図2(b)に示すように、PureTubesの光吸収スペクトルをアーク放電で製造し従来法で精製したCNTと比較すると明らかです。純度は、材料のピーク対バックグラウンド比を算出し、高純度サンプルと比較することで決定できます。ピークはSWNTの電子遷移によって生じますが、傾いたバックグラウンドは主に不純物に由来(散乱およびπプラズモン吸収)しています。この電子遷移は、SWNTの一次元状態密度(van Hove特異性)に由来し、金属性ナノチューブ(M11)と半導体性ナノチューブ(S11、S22およびS33)ナノチューブの異なるエネルギーで起こります。
図2(a)PureTubes溶液とバッキーペーパー。(b)PureTubes(750492)の吸光度特性。未分離の標準SWNTと比較して、ピーク/バックグラウンド比が大幅に改善されています。
SWNTの特性評価方法は他にも多くあり(ラマン、OA、PL、TGA、EA、SEM/TEMなど)、すべての評価データは技術データシートに記載されています9。高純度SWNTには、PureTubes(触媒含有量:<3.5%、750492)およびSuperPureTubes(触媒含有量:<1%、750514)の2つのグレードがあります。これらの高純度SWNTは、多くの用途で未精製のCNTより高い性能を示します。
エレクトロニクス用途に用いるには、SWNTは高純度であることに加え、かつ電子特性のタイプ(金属性または半導体性)の点でも高い純度を持たなくてはなりません。SWNTを精製した後に電子特性タイプによって分離することで、金属性SWNT(IsoNanotubes-M、750530)および半導体性SWNT(IsoNanotubes-S、750522)を得ることができます。その各含有量は、吸光度を用いて、金属性のM11ピーク(550~800 nm)の高さを半導体性のS22(850~1250 nm)およびS33(450~550 nm)ピークの高さと相対的に比較することで測定できます。
IsoNanotubes-M(98%金属性)の代表的な光吸収スペクトルから、M11領域のピークが著しく高く、S22およびS33領域にはピークがみられないことがわかります(図3)。また、高いピーク対バックグラウンド比も示しており、SWNTの純度が極めて高いことを示しています。
図3(a)IsoNanotubes-M溶液とバッキーペーパー。(b)IsoNanotubes-M(750530)の吸光度特性。特徴的なM11ピークと高いピーク対バックグラウンド比とを示しています。
金属性ナノチューブは、タッチスクリーンやディスプレイ、太陽電池などで用いられる導電性複合材や透明導電性フィルム10などの電気伝導度が重要な用途で有用です。
IsoNanotubes-S(約98%半導体性)の代表的な光吸収スペクトルを図4に示します。S22およびS33領域に明確なピークがあり、M11領域にピークがみられないことがわかります。PureTubesおよびIsoNanotubes-Mと同様に、高いピーク対バックグラウンド比も示しています。IsoNanotubes-Sのような半導体性SWNTは、半導体材料を必要とするエレクトロニクスおよびオプトエレクトロニクスデバイスで用いられます。
図4(a)IsoNanotubes-S溶液とバッキーペーパー。(b)IsoNanotubes-S(750522)の吸光度特性。特徴的な半導体性S22およびS33ピークと高いピーク対バックグラウンド比とを示しています。
エレクトロニクス用途
高純度SWNTには潜在的に幅広い用途があり、高純度SWNTの特徴的な構造や特性についての研究が進められています11。エレクトロニクス用途には、半導体性SWNT(s-SWNT)が薄膜トランジスタ(TFT)の活性層として大きな注目を集めています12。s-SWNT(IsoNanotubes-S)の市販によってこの分野での研究が加速され、性能(移動度、on/off比など)の向上につながっています。図5に有機ELバックプレーントランジスタ用にCNT-TFTを使用した例を示します。多結晶シリコンあるいはインジウムガリウム酸化亜鉛(IGZO)製のTFTと同等レベルの性能を備えています13。
図5(a)CNT-TFTが形成されたウエハー。(b)CNT-TFTの概念図。(c)IsoNanotubes-S(750522)のCNTネットワークを示すSEM像(図は参考文献13を基に作成)。
図6バックプレーンTFTにIsoNanotubes-S(750522)を用いた伸縮可能圧力センサーの(a)概念図と(b)写真(図は参考文献14を基に作成)。
ナノチューブTFTは、アナログ無線(RF)デバイス15,16、プリンテッド無線ICタグ(RFID)チップ17、耐放射線エレクトロニクス18、CMOSロジック19、化学・生物学センサー20などの幅広い半導体デバイス用にも研究されています。半導体性ナノチューブは、光検出器および太陽電池セル21の活性層にも使用されています。
生物医学的応用
CNTの構造的および光学的特性を利用して、カーボンナノチューブを様々な生物医学的な分野に応用しようとする試みに関心が集まっています。ある研究では、これまで以上に効率的で標的を絞った薬物送達のキャリアとしてナノチューブが利用されており、うまくいけば薬物投与量を減らし全身性副作用を減らすことができるガン治療法となります22。また別の試みでは、ガン細胞に素早く吸収されるように官能基化したCNTを調製し、NIR光(700~1100 nm)で選択的にCNTを加熱しました。CNTは優先的に放射熱を吸収し周囲に熱を伝えることで、局所的な細胞死を引き起こします23。また、CNTは、図7に示すようにマウスの体内を循環させてそのフォトルミネセンスをモニターすることで、生物医学的イメージングにも用いられています24。
図7官能基化SWNTと主成分分析を使用したマウスの動的コントラストイメージ24(Dynamic contrast-enhanced imaging、図は参考文献24を基に作成)。
まとめ
高純度SWNTを用いた革新的研究が生み出されており、今後もその研究は拡大し続けるでしょう。半導体性カーボンナノチューブは、高性能および低価格TFTデバイスの両方で、従来の半導体を代替あるいは補完するような材料となるかもしれません。また、均一な金属性CNTは、ITOの代替物としてエレクトロクロミックガラスや太陽光パネルあるいは液晶および有機ELディスプレイなど多くのデバイスに必須の成分になる可能性もあります。今後、正確に規定された半導体性SWNTは、「スマート」ナノテクノロジープラットフォームを代表し、高効率で全身性副作用の少ない標的薬物送達に有用であることが見いだされるかもしれません。
References
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