はじめに
近年注目を集めているプリンテッドエレクトロニクス分野では、フレキシブル大面積ディスプレイ1およびRFID(Radio Frequency IDentification)タグ2、携帯用環境発電・エネルギー貯蔵デバイス3,4、生体医学および環境センサアレイ5,6、論理回路7などの応用に向けて、多くの機能性材料が必要となっています。これら技術の実現には、インクジェットおよびグラビア、フレキソ印刷などの適切なパターニング技術に利用可能な材料の開発が必要となります8,9。導電性材料は電子デバイスの中心的構成材料なので、プリンタブルインク用導電材料の開発が精力的に行われています10。主な導電性インクは、貴金属および導電性高分子、カーボンナノ材料の3つに分類できます11。本レビューでは、カーボンナノ材料導電性インクの一種である、溶液処理可能なグラフェンを用いた材料について解説します。
導電性インク
導電性インクには、各用途に最適化された材料グループがいくつかあります。貴金属の中では、その優れた導電性と耐酸化性から、銀が最も広く用いられている印刷用導電性材料であり、銀ナノ粒子や銀前駆体を含むインクが用いられています12,13。ここれらインクは印刷材料の中で最も高い導電性を示しますが、高価な前駆体材料が必要な点に問題があります。銅インクも導入されてはいますが、通常、導電性パターニングにはコアシェル型ナノ粒子構造もしくは特殊なアニール処理を必要とします11。PEDOT:PSSなどの導電性高分子もプリンテッドエレクトロニクス用途に開発されています。これら材料は、安価である一定の導電性を示しますが、化学的、熱的安定性に制限があります。カーボンナノチューブやグラフェンなどのカーボンナノ材料は、優れた環境安定性と導電性、幅広い用途に適したユニークな特性を備えた安価な代替材料です11。
カーボンナノ材料は、プリンテッドエレクトロニクスおよびフレキシブルエレクトロニクスに多く使われています。フラーレンおよびカーボンナノチューブ、グラフェンのsp2構造に由来する電気特性は特に有望で、薄膜トランジスタ(TFT:thin-film transistor)および電気化学センサからスーパーキャパシタおよび太陽電池に至る多くの用途に使用されています14,15。グラフェンは、二次元のsp2結合を有する炭素同素体で、図1aに示したグラファイトの一層に相当する材料です。グラフェンは、高い電荷キャリア移動度、優れた熱および化学安定性、固有のフレキシブル性を有するため、化学および熱センサ16,17、マイクロスーパーキャパシタ18、薄膜トランジスタ19,20などの多くのプリンテッドエレクトロニクス用途に使用されています。カーボンナノ材料を従来の印刷技術に取り入れる上での基本的問題は、さまざまな蒸着プロセスに適したインクを製造する点にあります。す。本レビューでは、高分子安定剤を用いたグラフェンインクの開発における最近の進歩について紹介します。安定剤により、粘度や溶媒の組成が調節可能な、高い安定性を有する高濃度グラフェンインクの作製が可能となります。
グラフェンの製造
グラフェンの製造には多くの手法があり、化学蒸着法およびエピタキシャル成長法といったボトムアップ法の他に、トップダウン法としてマイクロメカニカル剥離法および液相剥離法があります21。これらの中で、液相剥離法が最もコストパフォーマンスが高く、大量生産に適しています。最も広く行われているグラファイト剥離法は、酸化剤を用いて酸化グラフェンを生成する方法ですが、電子特性の低下につながります22。一方で、グラフェンを直接剥離によって得るには、有機溶媒中でグラファイトの超音波振動または剪断混合による処理を行う必要がありますが23,24、最適な溶媒であるN-メチルピロリドン(NMP)およびジメチルホルムアミド(DMF)は高価で安全性に問題があり、また除去が困難です。
これら代替法として、エタノールのような安価で無害な溶媒中でエチルセルロース(EC)を使用する方法があります25。この方法によって、液相パターニングに最適な、大量かつ効率的なグラフェンの製造が可能となります。また、高分子安定剤によって、エタノール、テルピネオール、シクロヘキサノンを含む溶媒に高濃度のグラフェンを安定に分散させることができます。そのため、さまざまな印刷法において要求される個々の要件を満たすために、通常のインク開発の手法を用いて、固体含有量、粘度、表面張力、蒸発速度などのインク特性を幅広く調整できます26。この方法で得られたグラフェンフレークは、一般的に厚さ1~3 nm、横寸法50~100 nmです27。グラフェンフレークの代表的な原子間力顕微鏡(AFM:atomic force microscopy)像およびその粒子径分布を図1b~1dに示します。この材料を基にして、さまざまな印刷プロセス用インクの開発を行うことが可能です。詳細を以下に示します。
図1溶液処理で得られたプリンテッドエレクトロニクス用グラフェン。(a) グラフェン構造の模式図およびプリンテッドエレクトロニクスに関連する特性。(b) 溶液処理グラフェンフレークのAFM像。(c) フレークの厚さ分布。1~3 nmの厚さであることが分かります。(d) フレークの面積分布。典型的な面積が400~40000 nm2であることが分かります。
インクジェット印刷可能なグラフェンインク(793663)
圧電インクジェット印刷法は、非接触で元来デジタル的特性を持ち、幅広い材料に適用性を示すため、プリンテッドエレクトロニクス用デバイスの試作、生産を迅速に行うことのできる優れた方法です。インクジェット印刷は、グラフェンのプリンテッドデバイスへの導入技術として高い可能性を有しており、これまで主に2つの調製方法が報告されています。1つはバインダーを用いずにグラフェンを直接NMPに分散させる方法20,28で、もう1つはECを用いてグラフェンをさまざまな溶媒中で安定化させる方法18,27です。この2つの方法を用いて得られた主な結果を表1に示します。グラフェン分散液にバインダーを加えない場合は熱アニールの必要性が減少しますが、粘度や表面張力といったインク特性を調節する自由度が下がります。一方、ECを用いた場合は溶媒系を調整することで、優れた形態を持つパターンの印刷が可能な、安定性の高い高濃度グラフェンインクの製造を行うことができます。そのパターンの代表的な画像を図2に示します。図には一回の印刷によるラインと複数回の印刷で作製した高密度グラフェンのラインを示しています。これらラインにはコーヒーリングが形成された形跡は見られず、約60 μmの分解能を示しています。これらのパターンは、Fujifilm Dimatix Materials Printer(DMP-2800)に10 pLカートリッジ(DMC-11610)を装着し、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)処理したSiO2/Siウェハ上に形成したものです。さらに、無処理あるいはO2プラズマ処理のSiO2/SiウェハやガラススライドあるいはKapton™フィルム上にも、同様のパターニングが可能です。
図2HMDS処理したSi/SiO2上に作製したインクジェット印刷によるグラフェンパターンの形態。走査電子顕微鏡による(a)印刷した複数の配線および(b)1本のラインと1滴分の像(挿入図のスケールバーは40 μmに相当)から、印刷法でのパターニングが均一であることがよく分かります。(c)複数回印刷したグラフェンパターンのSEM像および得られた高密度薄膜の微細構造(挿入図のスケールバーは1 μmに相当)の拡大像。(d)AFMで測定した薄膜の断面。1回、3回および10回印刷したラインの約20 μm長における平均値。(a、b、d)は文献27から許可を得て掲載。Copyright 2013, American Chemical Society
グラビア印刷可能なグラフェンインク(796115)
グラビア印刷は、プリンテッドエレクトロニクスの大量生産を可能とする、ハイスループットなロール to ロールパターニングに最適の方法です29。グラビア印刷用インクには、高い固体含有量と、粘度および表面張力の精密な制御が求められ、これまでにECとテルピネオールをベースとしたグラビア印刷用グラフェンインクが開発されています30。このインク(固体含有量:10 wt.%、粘度:0.75~3 Pa・s)を用いた直接グラビア印刷システムで分解能約30 μmのパターン形成を行った例を図3に示します。この方法で作製したグラフェンパターンは、インクジェット印刷パターンと同様の膜形態と導電性を示していることがわかります。インクジェットおよびグラビア印刷用に開発したグラフェンインクのレオロジー特性を表2に示しました。
図3グラビア印刷によるグラフェンパターンの特性評価。セルサイズを変えたときの(a)ライン幅と(b)ラインの厚さ。アニール前に、光学顕微鏡法と光学プロフィロメトリーでそれぞれ測定しています。(c)印刷パターンの大面積走査電子顕微鏡像。(d)ラインの高さプロファイル。アニール前に光学プロフィロメトリーで測定しました。長さ約2 mmのラインにおける平均値。文献30より許可を得て掲載。Copyright 2014, Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA.
グラフェン薄膜の特性
溶液処理で作製したグラフェン薄膜の特性はグラフェンフレークネットワークの微細構造に依存します。グラフェンが持つ二次元構造は高密度膜の形成に適していますが、溶媒が蒸発する際にフレークが凝集するために、均一な膜形成ができなくなります。前述したインクジェットおよびグラビア印刷用インクでは、ECバインダーの使用によりこの問題が軽減されています。バインダーによって、インク乾燥時に各フレークを効果的に孤立化させることが可能であり、そのため、最適な伝導度が得られるように膜を熱アニールする必要があります。図4に示すように、250℃の空気中におけるアニール処理によって、150 nmの薄いパターンでも約25000 S/mの高い伝導度を持つパターニングが可能です。
図4グラフェン膜の電気特性。(a)異なる温度でアニール(30分)したグラフェン膜の抵抗率。(b)250℃で異なる時間アニールしたグラフェン膜の抵抗率。(c)インクジェット印刷したグラフェンラインの抵抗率と厚さの関係。文献27より許可を得て掲載。Copyright 2013, American Chemical Society
印刷したグラフェン膜は、高い伝導度に加え、曲げ応力に対しても強い耐久性を示します。図5に示すように、Kapton™に印刷したグラフェンラインは、半径4 mmのひずみ(引張り歪)を受けても、測定可能な抵抗率変化を示しませんでした27。また、半径1 mm未満の曲率で1000回の曲げに対しても電気特性を維持します。最終的に、折り曲げた際にわずかな抵抗上昇を示しました。
図5Kapton™基板に印刷したグラフェンラインのフレキシブル特性。(a)曲率半径0.9および3.4 mmで曲げたグラフェンラインの抵抗値。曲げる前の抵抗値で規格化しています。(b)さまざまな曲率半径で曲げたグラフェンラインの規格化された抵抗値。測定したいずれの状態でも、高い信頼性で伝導率が維持できていることが分かります。(c)折り曲げ状態で測定したグラフェンラインの規格化抵抗値。折り曲げ後に不可逆な抵抗上昇がわずかに起っていることが分かります。(d)折り曲げ前の最初の状態および(e)折り曲げ状態の画像。文献27より許可を得て掲載。Copyright 2013, American Chemical Society
プリンテッドグラフェンの応用
グラフェンは他に見られない構造と特性を示すことから、プリンテッドおよびフレキシブルエレクトロニクスにおけるさまざまな用途に用いられています。今回紹介したグラフェン薄膜は約25000 S/mの電導度を有しており、電気特性は導電性高分子ブレンド材料と同などレベルであると同時に、安定性と種々の材料への適用性を兼ね備えています。そのため、有機TFT(OTFT)のコンタクト修飾や耐腐食性導電コーティングなど、薄膜用途に特に最適です。OTFTに還元型酸化グラフェン(RGO:reduced graphene oxide)電極を用いた研究では、電極表面上の半導体の誘起されたモルフォロジーにより、電荷注入が向上することが報告されています19,31。また、グラフェン電極はカーボンナノチューブTFTにも使用されており、有望な結果が得られています32。グラフェンは高表面積材料でもあるため、化学センサやバイオセンサ、スーパーキャパシタなどの電気化学用途にも利用されます21。表3には、溶液処理グラフェンの用途としてこれまでに報告された例をまとめました。詳細な説明は各文献をご参考ください21。
まとめ
本稿では、ポリマー系安定化剤を用いた、安定かつ高濃度のグラフェンインク開発について紹介しました。この材料系は、レオロジー特性や他の流体特性を幅広く調整できるため、インクジェット印刷やグラビア印刷用インクの製造を可能とします。さらに、フレークの凝集を抑制できるため、熱アニール後に高密度かつ高電導度のグラフェン薄膜を作製できます。溶液ベースの印刷法を用いてグラフェン膜をパターニングできることから、安定した導電性表面コーティングをはじめ、電気化学センサ用電極、薄膜トランジスタ、その他の印刷デバイスなどの多くの用途に使用できます。
謝辞
本研究は、Office of Naval Research MURI Program (N00014-11-1-0690)の支援を受けて実施したものです。 EBSは、さらにNational Defense Science and Engineering Graduate (NDSEG) Fellowship Programを通じて、米国国防総省(DoD)の支援を受けました。
参考文献
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