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フラーレンのバイオサイエンス・太陽光発電への応用

Michael D. Diener

TDA Research

水溶性フラーレン・Small Gapフラーレン

フラーレンの太陽電池への応用
フラーレンの生物科学分野への応用
Small Gapフラーレン

はじめに

25年前、炭素蒸気から選択的に凝縮して60個の炭素原子からなる非常に安定なクラスター(C60)が得られることが発見され、サッカーボールでも知られている切頂20面体の各頂点に60個の原子が配置されたものであるという仮説が立てられました1。ジオデシックドームと呼ばれる構造を考案した建築家にちなんで、この炭素クラスターは「バックミンスターフラーレン(Buckminsterfullerene)」と名づけられました。5年後、ミリグラムの量のバックミンスターフラーレンが合成され、C60クラスターは空気中で安定というだけでなく、芳香族系溶媒に溶解することも明らかになりました2。現在では、準安定なクラスターではなく分子であることが明らかであり、フラーレンはC60のみではなく、1分子に70、76、78、84、さらには100個以上の原子からなる、安定で溶解性を持つ、すべて炭素でできた(水素分子を含まない)分子として存在することが知られています。自然界には、フラーレン化合物は星間塵(星間ダスト、宇宙塵)や隕石の落下した付近の地面で確認されています。長年の間、炭素蒸気からの合成法によってグラムからキログラム単位の量が得られていましたが、近年では火炎中の炭素すすからの合成法(燃焼合成法)によってトン単位のフラーレンが得られるようになっています3。そのため、大澤映二教授がかつて指摘したニワトリと卵の問題、つまり「大量生産の手段がないためにフラーレンの商業利用が進まないのか、あるいはその逆なのか」という問題はすでに解決されているといえます。

様々な商業用途へのフラーレンの開発は現在、大きな転換期を迎えています。高分子マトリクス中にフラーレンを混ぜた複合材料を用いたバトミントンラケットのようなスポーツ用品やビタミンとC<sub>60</sub>を含んだスキンクリームなどが、限定した市場にて商品化されています。また、フラーレン化合物については、他の炭素材料が現在用いられているさまざまな応用、たとえば触媒担体や電池のアノード材料、プロトン輸送膜などへの研究がすでに行われています。しかし、フラーレン研究においてはるかに広く知られていると同時に有望視されている分野は、有機エレクトロニクスおよび生物科学です。

フラーレンの太陽電池への応用

フラーレンは電子移動反応の再配列エネルギーが非常に小さく、有機エレクトロニクスにおける最も優れた電子受容体分子のひとつです4。また、優れたn型半導体(バンドギャップ:2.3 eV)でもあり、多くのp型半導体材料と対となる材料です。その(ほぼ)球形の構造によってどの方向にも電子輸送が可能であり、電子移動度(μe=0.1 cm2/Vs)は、有機材料としての優れた値を示します。C60(またはC70)はトランジスタの作製に用いられ、不活性環境下で優れた性能を示します。また、多くのC60アニオン(fulleride)塩は、理想的な転移温度(約30K)の超伝導体でもあります。

フラーレンは非常に活発な研究が行われている有機太陽電池(OPV)の分野でも利用されており、デバイスの変換効率だけでなく、より安定なプラスチック太陽電池構造の開発において大きな効果が得られています5。フラーレンは、報告されている高効率太陽電池のほぼすべてにおいて電子受容体として利用されています(図1)。C60は真空蒸着OPVのスタンダードな物質であり、溶液プロセスOPVにはより溶解性の高いPCBMが、より高効率OPVの作製には通常PC70BMが用いられます。フラーレン類のバンドエネルギーはフォトン吸収/電子供与物質のバンドエネルギーに対して比較的好都合な位置にあるため、励起子の解離と電荷輸送を効率的に行うことが可能です。近い将来、成長著しいこの分野において確実な成果が期待されています。

バルクヘテロ接合型有機太陽電池の変換効率の推移

フラーレンの生物科学分野への応用

エネルギーロスがほぼゼロで電子の授受を行うことができる特性から、フラーレンの重要な生物学的応用に抗酸化剤があります。ある水溶性フラーレンは潜在的に悪影響を及ぼす酸化種を触媒的に除去し、天然に存在するスーパーオキシドディスムターゼ(SOD:superoxide dismutase)に似た働きをする合成化合物として働きます。その抗酸化剤としての性質、あるいは細胞周期に関与しているフリーラジカルの除去にみられる増殖抑制効果もおそらく関与して、高齢マウスの長寿命化や加齢による認知障害の改善といった結果が得られています6。その結果、水溶性フラーレン化合物(たとえばC60 Pyrrolidine tris-acid、709085)は過剰の反応性酸素種の関与する退行性疾患に対する治療への活用が検討されています。

また、フラーレンはドラッグデリバリーの分野でも研究が行われています。フラーレンに関する有機化学については多くの文献があり、フラーレンに共有結合を形成させるさまざまな方法が明らかになっています。これらの方法を用いてさまざまな治療薬を共有結合によってフラーレンに結合することで、薬物速度論的特性の調整が可能となります7。薬物送達のために多くのナノ材料が開発されていますが、ナノ粒子(直径10~100 nm)と比較してフラーレンはコンパクトな大きさ(直径約1 nm、図2)であるため、溶解性の向上や送達中の凝集を防ぐという点で遜色のない結果が得られています。さらに、C60は明確に、isomericallyに純粋な分子であり、共有結合性構造の誘導体は標準的な分析法によって容易に特性評価を行うことができます。

仮想フラーレン抗体複合体の構造

図2C<sub>82</sub>カルボキシメタロフラーレンとキメラB72.3 Fab抗体フラグメントから構成される、仮想フラーレン抗体複合体。B72.3の結晶構造は蛋白質構造データバンクの情報(1BBJ. PDB、文献:Brady R. L., D. J. Edwards, R. E. Hubbard, Jiang J.-S, G. Lange, S. M. Roberts and R. J. Todd. <i>J. Mol. Biol</i>., <b>1992</b>, <i>227</i>, 253.)を基にしました1

フラーレンの本来もつ他にないもう一つの特性に、炭素かご内の空洞があります。この空間には、原子もしくは多くても2~3個の原子からなるクラスターを収容することができます。原子がフラーレン内部に一度入ると、非常に高エネルギーな作用(たとえば、アルファ崩壊に続く核反跳など)でしか内部の原子を取り出すことはできません。その結果、これら「内包フラーレン」(1つもしくは複数の原子を含んだフラーレン)は造影剤としての研究が行われています。画像診断には金属キレート剤がいまだに用いられていますが、共有結合性の化学修飾を行った内包フラーレンによる生体内分布確認の研究が現在活発に行われています。磁気共鳴診断(MRI:magnetic resonance imaging)用造影剤がフラーレンの造影剤としての研究の主要な例ですが、放射性同位体元素の輸送へのフラーレンの応用についても研究が行われています。また、多数のフラーレン誘導体について、光線力学療法(PDT:photodynamic therapy)の光感受性物質やDNAトランスフェクション用の会合体としての利用が研究されています。

C60凝集体(nano-C60)の水溶性懸濁液による重篤な毒性に関する予備報告が大きく注目されていましたが、その後の調査によって、その毒性はフラーレン類自身によるものではなく、水溶性懸濁液を調製する際の副生成物によることがはっきりと明らかになっています9。それにもかかわらず、ある化学基を持ったフラーレン誘導体は細胞壁を破壊することが可能であり、抗菌剤や抗ウイルス剤として利用することができます。

Small Gapフラーレン

フラーレンに関するこのような背景の下、TDA Research社はシグマアルドリッチを通じてSmall Gapフラーレン(707503)を販売しています11。これまで、市販されているフラーレン類はすべて、フラーレン類を含む炭素すすからの溶媒抽出によって回収されたものです。しかし、多くのフラーレンはポリマー化によって溶媒に溶けない状態で存在するため、溶媒抽出法はあまり効率的とはいえません。このポリマー化は酸素によって仲介され、また、非常に速やかに進みます。個々のフラーレン分子の占有、非占有電子状態間のエネルギー差(バンドギャップ)が小さいフラーレン(Small Gapフラーレン)は、このような自発的に起こるポリマー化の影響を特に受けやすい性質を持ち12、それゆえ溶媒抽出法によって回収することができません。「small gap」を示すある特定のフラーレン異性体の割合は、かごの大きさが大きくなるにつれて劇的に増加します。このように、溶媒抽出によるフラーレンにはわずかな巨大フラーレンしか含まれませんが、Small Gapフラーレン(SGF)はC84より大きな巨大フラーレンに多く存在します11。相対的な含有量にもかかわらず、SGFはフラーレン以外の炭素マトリクスと共に通常は廃棄されています。

図3は典型的な溶媒抽出フラーレンとSGFフラーレンを含む燃焼炭素すすのフラーレンの分布を示しています。このマススペクトルはTOF-MS(飛行時間型質量分析法)によるもので、355 nmのレーザーパルスを用いてフラーレンを脱離させ、118 nmのレーザーパルスでフラーレンをイオン化して得られたものです。すべてのフラーレンは118 nmの1光子によってイオン化されているので、すべてのフラーレンが同じ効率で脱離してはいないかもしれませんが、ここに示した分布は気相中のフラーレン化合物を正確に表しています。ピークの高さから、フラーレンの60%はC70より大きく、フラーレンの50%はC84より大きいフラーレンであることがわかります。およそ半分のC60とC70はポリマー化したフラーレンと結合しているために、溶媒によって抽出されないと考えられます。SGFは極めて多様なかごの大きさのフラーレンであり、既存の溶媒抽出法によるフラーレンには存在しないような異性体、たとえばC74などを含んでいます。

SGFと溶媒抽出フラーレンのTOF-MSスペクトル

図3Small Gapフラーレン(<b>上</b>)と既存の溶媒抽出法によるフラーレン(<b>下</b>)の質量分析スペクトル(Raebigera J. W.; Alford J. M.; Bolskara R. D.; Diener M. D. <i>Carbon</i> <b>2011</b>, <i>49</i>, 37.より転載)

SGFは、フラーレン物質として、もしくは以下に示す共有結合性の化学修飾によるフラーレン誘導体としての応用の可能性があります。そのままの状態、または潜在的に含まれている炭化水素を炭素に変換するための熱処理によって、SGFは新規ナノ構造炭素材料となります。吸収剤や触媒担体、ポリマーマトリックスへの添加剤などに有用であると思われます。適切な溶媒にて希釈し(フラーレンアニオンは若干の溶解性を持ちます)、SGF薄膜を基板に電気めっきすることによって、新規炭素コーティングすることができます(図4)。たとえば、SGFの圧縮ペレットは約10-4 S/cmのバルク伝導率を持ちます。

SGF薄膜の画像

図4チタンホイル上に電気めっきによって作製したSGF薄膜

SGFの化学はまだ初期の段階にあり、C60において知られている反応がSGFの誘導体化に用いられ、溶解性化合物が得られています13。たとえば、水溶性ポリヒドロキシSGFは、水溶性抗酸化剤、抗増殖剤として有用であると思われます。さらに、図5に示したような有機溶媒に溶解性をもつSGFエステルは、n型半導体として溶液プロセスを用いた有機エレクトロニクスへの利用が考えられます。

各種SGF化合物の構造

図5(<b>左</b>)水溶性ポリヒドロキシフラーレンSGFの例。(<b>中央</b>)有機溶媒可溶性SGFエステル。(<b>右</b>)C<sub>74</sub>、未修飾SGFに存在するフラーレンの例。

ここに示したSGFはグラファイト、ダイヤモンドに続く第3の炭素材料を象徴する材料であり、最初の二つの材料の技術的な重要性を考えた場合、SGFにもまた、非常に大きな可能性が期待されます。

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References

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