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再現性の改善:抗体のベストプラクティス

はじめに

ラボのタイマー・発表・助成金の期限にさらされる中、ラボの試薬の品質については当然とみなされがちです。

近年、実験前に試薬の品質が検証されていないことのリスクについて注目されており、何年もの研究が無駄になった、再現性のある有望な結果がぬか喜びに終わった、営利団体との提携が危うくなった、といった話が多数あります。

失望させる例の一つとして、トロントのある研究グループは膵臓がんのバイオマーカーを研究する抗体に欠陥があるのではないかと疑っていました。2年間で500,000ドルを費やし、何千もの患者検体を無駄にして追加の特性評価法を実施した結果、本グループが抗CUZD1抗体と考えていたものは実際には抗CA125抗体であることが判明しました。1

こうした結果の例が無数にあるにもかかわらず、多くの研究室が抗体の特性を検証していません。おそらく一部の研究室にとっては、研究の初期段階での検証は実施するにはあまりに時間を要するという人もいるでしょう。また、いつ、どこで始めるかが重要な問題であるという人もいるでしょう。しかしながら、明白なのは、予備的な研究において未検証の試薬や細胞株によりキャリアに傷がつく可能性があることです。さらに、製薬企業は治験に向けた薬剤候補物質の開発のために学術的な発見に依存することが多くなっていますが、前臨床試験の再現性および後続の臨床試験における高い不成功率の原因として、試薬を検証する標準的な手法がない点を述べています。

ベンダーは試薬の品質に責任を負う一方、再現性のある研究に対する個人的なインセンティブが高いため、研究者らも責任を共有しています。原稿の撤回、および結果としての生産性の喪失は、ベンダーの収益よりもはるかに大きく研究者のキャリアにダメージを与えます。

いくつかの小さなステップを踏むことで、実験を進める際に研究者が無意識に負っているリスクを減らすことができます。これらのステップの中には、製品を購入する前に適切な質問をしたり、試薬の箱を開封する際に製品情報を記録したりするだけのものもあります。その他、重要な試薬が特性、機能、構造について、実験の要件を満たしていることを確認する下記の検証方法のボックス1~3を参照してください。

抗体

哺乳動物の免疫系の性質により、抗体はしばしば不完全な生物学的製品となります。この不完全性は特異性、選択性、再現性にしばしば影響します。今日、抗体の特性情報の不足およびアプリケーションデータの入手の制限は、研究コミュニティにとって重大な問題となっています。一部のベンダーにおいて故意に誤った表示の抗体を販売していることも事実ですが1,10、多くの研究者が裏付けデータの必要性を見落としており、結果として研究の品質および再現性をリスクにさらしています。ベンダーにかかわらず、研究者は、実験実施前にすべての抗体を評価することにより自分の実験およびキャリアを守る必要があります。このアプローチにより、貴重な試料を失うリスクを軽減すると同時に、再現性の信頼度を高めることになります。

抗体の特異性および選択性の低さは不適切な保存条件または生物学的標的の想定外の複雑性からもたらされている可能性があり、また、抗体の結合特性は抗体の産生および精製に関連する多数の因子に帰する可能性もあります。

抗体は、標的抗原を宿主動物に投与することにより産生されます。その宿主に由来する血清は、多数の異なるB細胞により産生されたポリクローナル抗体を含有すると考えられ、それぞれが抗原上の異なるエピトープを認識する抗体を産生しています。宿主の膵臓からシングルのB細胞を単離し、不死化した骨髄腫細胞(ミエローマ細胞)へB細胞1つずつを融合することにより、モノクローナル抗体の産生が可能になります。モノクローナル抗体のシングルエピトープ特異性は、この抗体が唯一のB細胞により産生されている結果です。モノクローナル抗体はより特異的である可能性がありますが、エピトープ構造の微小な変化は結合親和性を顕著に低下させる可能性があります。

また、特異性は抗体精製に用いた手法により変動します。Protein AまたはProtein Gによる精製法では、免疫原アフィニティによる精製法と比べて均質性が低い製品が得られます。また、特にポリクローナル抗体である場合、製造ロット間で提供される抗体が異なる可能性があります。

研究者が特異的で堅牢な抗体の購入を確実に行うためにとるべき第一のステップは、抗体ベンダーの慎重な選択です。ベンダーの信頼性は、仕様書ならびに抗体に関する特性および製造プロセスを記載したその他資料が入手可能かどうかで判断することができます(ボックス1参照:抗体ベンダーを選択する際に検討すべき8つの質問)。また、比較的無名のベンダーのカタログには、既存のベンダーから入手できない多数のニッチな抗体が多数掲載されているので、この種の情報には特に注意が必要です。

高品質の抗体に要するアプリケーションおよび実験の数は非常に多いため、多くのベンダーは第三者または外部の研究者により作成されたアプリケーション検証データを提供しています(データ例については図1~4参照)。これらの第三者はデータおよび推奨抗体価を共有しているため、抗体の利用を成功させる可能性を高めています。極めて強力なデータ提供者には、Human Protein Atlas project (www.proteinatlas.org)、Antibody Resource (www.antibodyresource.com)、Biocompare (www.biocompare.com)、1degreebio (www.1degreebio.org)、およびHuman Protein Organization (HUPO)のHuman Antibody Initiative (HAI)などがあり、検証された抗ヒトタンパク質抗体のAntibodypedia(www.antibodypedia.org)カタログを作成しています。

抗体の特異性、選択性、再現性をベンダーの仕様書または第三者のデータから推定することはできないため、確認試験は必要です。信頼できるベンダーであっても、輸送中または研究室での取扱い時における完全性の損失を考慮することはできません2。以上の理由により、すべての抗体の受領時、および使用期間中に定期的な検査、保存、真の有用性の検討を慎重に行うことが、実験結果の完全性を保護するために必要です(ボックス2:抗体の評価法およびボックス3:抗体の保存と使用に関するコツを参照)。

アプリケーションに関するデータや評価が入手できるにもかかわらず、コミュニティ向けのユニバーサルなガイドラインはありません。HUPOのProteomic Standards Initiativeの一環として、コミュニティのメンバーが抗体およびその他のタンパク質アフィニティ試薬を検証するための基準を正式に定める提案を発表しました。提案されたMinimum Information About A Protein Affinity Reagent (MIAPAR)3 では、メーカー、ベンダー、QCラボ、ユーザー、そして様々なデータベースが使用する製品情報のチェックリストについて明記しています。このチェックリストにより、アフィニティ試薬を比較し、アプリケーションに最適な試薬を選択するという、さらに明確なアプローチが可能となります。

免疫蛍光染色モノクローナル抗アクチン抗体で染色したシロイヌナズナ浮遊細胞

図1.免疫蛍光染色希釈倍率1:100でモノクローナル抗アクチン クローン10-B3(MAbGPa)抗体(カタログ番号A0480)を用いて染色したシロイヌナズナ浮遊細胞。アクチンフィラメントは抗マウスIgG-FITC抗体(カタログ番号F6257)(緑色)、核はDAPI(赤色)で染色した。From M.K.Kandasamy, Genetics Department, University of Georgia, Athens, GA.

免疫蛍光染色抗ビンキュリン抗体で染色した初代培養ヒト骨芽細胞

図2.免疫蛍光染色抗ビンキュリン抗体(カタログ番号V9131)(赤色)で染色した初代培養ヒト骨芽細胞。アクチンはPhalloidin(カタログ番号P5282)(緑色)、核は青色で染色した。From Eng San Thian, Materials Science and Metallurgy, University of Cambridge, Cambridge, United Kingdom.

免疫蛍光染色モノクローナル抗ビメンチン抗体で染色したImna(-/-) マウス胚線維芽細胞

図3.免疫蛍光染色希釈倍率1:40のモノクローナル抗ビメンチン クローンLN-6抗体(カタログ番号V2258)(赤色)で染色したImna(-/-) マウス胚線維芽細胞。抗アクチン抗体(青色)、DAPI(黄色)を用いて染色した。From Shyam Khatau, Department of Chemical and Biomolecular Engineering, Johns Hopkins University, Baltimore, MD.

ホルマリン固定、パラフィン包埋のヒト小腸の免疫ペルオキシダーゼ染色では、腺細胞で強力な細胞内タンパク質様物質陽性を示している。

図4.免疫組織染色抗HABP2:カタログ番号HPA019518:ホルマリン固定、パラフィン包埋のヒト小腸の免疫ペルオキシダーゼ染色では、腺細胞で強力な細胞内タンパク質様物質陽性を示している。

ボックス1:抗体ベンダーを選択する際に検討すべき8つの質問

抗体を購入する前に、ベンダーにいくつか質問することにより、信頼できるサプライヤーを見分けることができます。信頼できるベンダーは以下の質問に進んで答えてくれるでしょう:

  1. 抗体価、免疫原またはエピトープ配列、および様々な検証済みアプリケーションの文書を提供できますか?
  2. その抗体の参考文献、引用された論文情報を入手できますか?
  3. ポジティブおよびネガティブコントロールの細胞株名を教えていただけますか?
  4. この抗体の精製法を教えていただけますか?精製法の選択は必ずしも抗体の品質とは相関しませんが、モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体の精製には異なる方法が有用です。モノクローナル抗体では、Protein A/G精製法で十分です。ポリクローナル抗体では、Protein A/G精製法の代わりにアフィニティ精製法が使用されることがあります。
  5. サポートする抗体の性能データはネイティブな抗原またはリコンビナントの抗原を反映していますか?ウエスタンブロットのデータでは、ベンダーは対象のバンドだけではなくゲル全体を表示する必要があります。また、複数の細胞株で分析することが理想的です。
  6. この抗体は、社内で作製されたものですか?それとも外部のサプライヤーから得たものですか?外部のサプライヤーから購入した抗体の場合、そのサプライヤーの情報を共有してくださいますか?また、その抗体のバリデーション法を教えてくださいますか?
  7. 適応アプリケーションに対する抗体の性能データは入手できますか?入手できる場合、関連プロトコルは提供されますか?入手できない場合、ベンダーには研究者が1年間抗体を自己検証し、問題が生じた場合返品することが可能な保証制度がありますか?
  8. 抗体の特性および精製に関する具体的な質問に回答可能なテクニカルサポートはありますか?

ボックス2:抗体の評価法

ウエスタンブロットを実施することは、使用前に新しい抗体を評価する最もシンプルな最初のステップです。最終的な用途がウエスタンブロットではない場合は、ELISA、免疫組織染色、免疫沈降、その他の手法のどれでも、そのアプリケーションに合わせて抗体の検査をする必要があります。

抗体評価の頻度は、抗体のクローン性によって異なります。モノクローナル抗体は、特異性が高く、最も再現性の高い結果を生み出す優れた試薬であると考えられているため、初回使用の前にのみ検査をする必要があります。ポリクローナル抗体はロットごとの変動が大きいため、すべてのロットで評価が必要です。新しいロットの抗体が過去のロットと比べて同等の性能を発揮しない場合、まずベンダーに連絡し、免疫原配列などの微小な変更の有無を確認し、必要に応じて技術的アドバイスを求めてください。

ウエスタンブロット

ウエスタンブロットについては、目的のタンパク質の発現量が様々なポジティブおよびネガティブな各細胞株のパネルをご利用ください。このような細胞株がない場合、目的のタンパク質を非発現細胞にトランスフェクトしてポジティブコントロールを作製するか、またはRNAiを用いて目的のタンパク質をノックダウンしてネガティブコントロールを作製します。

最終的に得られたブロットで複数のバンドがあるかどうかを評価することが重要です。理想的には、モノクローナル抗体および純粋なポリクローナル抗体は、目的のタンパク質に対しバンドは1本のみである必要があります。場合によっては、これらの抗体は目的のバンドに加え複数の小さいバンドを生じる場合があります。これらのバンドをベンダーのウエスタンブロット画像と比較してください。対象バンドが複数の濃度で存在しない場合、ベンダーに相談するか、または抗体を廃棄します。

バンドのパターンは必ずしも欠陥のある抗体の兆候ではありませんが、標的タンパク質が複数のアイソフォームで発現している、または抗体と相互作用するような翻訳後修飾を受けていることを示している可能性があります。また、複数の低分子量のバンドは細胞ライセートの劣化を示している可能性があります。さらに高感度のアプリケーションでは、複数のバンドはモノクローナル抗体または特異性の高い抗体が必要であることを示しているかもしれません。

平均時間:4時間 平均費用:100~400ドル

質量分析とキャピラリー電気泳動

バイオマーカーの検証または治療薬の開発など、正確な特性評価が特定のアプリケーションに必要な場合、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)を用いてモノクローナル抗体の構造組成を解析することができます。分子量、アミノ酸配列、翻訳後およびその他の修飾、糖鎖構造、ジスルフィド結合などの特徴は、サブユニットマッピング、ペプチドマッピング、N末端シークエンス、グリカンプロファイリングなどの手法を介して調べることができます。また、キャピラリー電気泳動による方法では、精製された抗体の純度、分子量、等電点、電荷不均一性などの詳細なデータを得られます。

一般的な研究者には、これらの技術は通常不要です。

平均時間:14~21日間(一般的なサービスプロバイダーの場合)
平均費用:1,500~3,500ドル

ボックス3:抗体の保存と使用に関するコツ

不適切な保存条件に置かれた場合、抗体の性能は時間と共に著しく低下します。ベンダーからの推奨事項に加え、以下の方法は抗体の性能を最大限に引き出し、長期に使用するのに有用です。

保管方法

  • 特に長期保存の場合、コンタミを回避し、凍結/融解の繰り返しを最低限に抑えるため、抗体を分注してください(例:20 μL)。グリセロール、BSA、またはその他のタンパク質安定化剤を含有する一部の抗体は、凍結/融解の繰り返しに耐えられる製品もありますが、不要な温度変化は極力避けてください。
  • 「霜取り不要」の冷凍庫で抗体を保管しないでください。
  • 長期保管によりわずかな濁りが見られる場合は、遠心分離をして溶液を清澄してから使用してください。
  • 継続的に使用する場合は、抗体を2~8℃で最大1カ月保管可能です。
  • 冷凍庫の温度をモニタリングし、温度日誌を記録してください。温度が所定の閾値を上回るまたは下回る場合、音で警告するようプログラムしてください。
  • サンプルの回収量を最大にするために、抗体を用いた作業または抗体の保存の際にはタンパク質低結合性のチューブを使用してください。
  • 新たに購入した抗体の開封時には、ラボノートに開封日、ロット/バッチ番号、製品番号、有効期限、分注ラベル、あらゆる特別な指示等を記録してください。この情報がなければ、後々の疑問または誤りに対処することができません。

使用方法

  • 抗体の性能の信頼性を高めるため、私たちはポリクローナル抗体のロットごとの検証を推奨しています。モノクローナル抗体はロット間の一貫性に優れていますが、それでもなおロットごとの検証を実施する必要があります。
  • ベンチ作業中は抗体を氷上で冷やしておいてください。
  • 最善の結果を得るため、まず滴定試験により、アプリケーションに最適な抗体の作業濃度を決定してください。
  • 作業用希釈サンプルは、調製後12時間以内に廃棄してください。  
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参考文献

1.
Prassas I, Brinc D, Farkona S, Leung F, Dimitromanolakis A, Chrystoja CC, Brand R, Kulasingam V, Blasutig IM, Diamandis EP. 2014. False Biomarker Discovery due to Reactivity of a Commercial ELISA for CUZD1 with Cancer Antigen CA125. 60(2):381-388. https://doi.org/10.1373/clinchem.2013.215236
2.
Bordeaux J, Welsh AW, Agarwal S, Killiam E, Baquero MT, Hanna JA, Anagnostou VK, Rimm DL. 2010. Antibody validation. BioTechniques. 48(3):197-209. https://doi.org/10.2144/000113382
3.
Bourbeillon J, Orchard S, Benhar I, Borrebaeck C, de Daruvar A, Dübel S, Frank R, Gibson F, Gloriam D, Haslam N, et al. 2010. Minimum information about a protein affinity reagent (MIAPAR). Nat Biotechnol. 28(7):650-653. https://doi.org/10.1038/nbt0710-650
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