バイオエタノール改質による水素クリーンエネルギーの生成
Hong Xie, Eric Weitz, Kenneth R. Poeppelmeie
Center for Catalysis and Surface Science, Department of Chemistry, Northwestern University
はじめに
水素は、日々の生活に欠かせない化学・エレクトロニクス製品や食品、ガラス、燃料などを製造するうえで最も重要な資源の1つです。化石燃料供給の世界的な減少によって新たな化学的供給源の探索が必要であり、近年、触媒を用いたバイオエタノールからの持続可能な水素製造が特に注目されるようになっています。エタノールは、毒性が低く、安全に貯蔵することが可能で、輸送も容易であることから、最も有望な再生可能エネルギー源の1つと考えられています。バイオエタノールは、サトウキビ、トウモロコシ、リグノセルロースをはじめとするバイオマス物質の発酵によって生産されるエタノールです。この10年の間に、水素製造を目的とした、触媒によるエタノール水蒸気改質(SR:steam reforming)の研究が盛んに進められています。これらSR反応には、通常、酸化物担体上の金属ナノ粒子を活性物質とした不均一触媒が用いられます。本稿では、ナノサイズロジウム担持触媒を中心に、バイオエタノール改質のための触媒プロセスを解説します。
エタノール水蒸気改質(SR)の熱力学
エタノールの水蒸気改質反応全体は、C2H5OH + 3H2O → 6H2 + 2CO2 のように単純化することができ、その典型的な反応機構を図1に示しました。水蒸気改質反応によるエタノール変換には、以下のような反応が含まれていると考えられています1-3。
- エタノールの脱水素反応によるアセトアルデヒドの生成
- アセトアルデヒドの脱カルボニル反応によるCH4およびCOの生成
- CH4の改質:CH4 + H2O → CO + 3H2
- 水性ガスシフト(WGS:water-gas-shift)反応によるH2の生成:CO + H2O → CO2 + H2
この反応の特徴は、H2の高い収率およびCO2に対する高い選択性にあり、エタノールから2モルのCO2生成と共に、合計6モルのH2が得られます。COは燃料電池触媒や電極に対して有害であるため、CO生成を抑える必要があります。そのため、高いCO2選択性を得るには、SR反応にWGS反応を組み合わせる必要があります。
図1エタノール水蒸気改質の反応機構
触媒の種類や反応条件によって、実際のエタノールSR反応では、エタノールの脱水・分解のような異なる反応が起こる場合があります。その結果、CO、CH4、C2H4などの副生成物が発生し、コークスの生成やそれに伴うH2生成量の低下をもたらす可能性があります。コークスの生成に寄与する主な反応には、エタノールのエチレンへの脱水とそれに続くコークスの重合、一酸化炭素の分解による二酸化炭素とコークスの生成(すなわちBoudouard反応)、メタン分解によるコークスと水素の生成があります。さらに、SR反応条件下での触媒のシンタリングによる活性物質の粒径増大、および有効表面活性サイト量の減少によって、触媒性能が低下する可能性もあります。
触媒は、エタノールSR反応における反応安定性やエタノール変換、およびH2選択性に対して極めて重要な役割を果たします。したがって、H2収率を最大化し、かつ触媒の不活性化につながるCOおよびコークスの生成を抑制することの可能な触媒の開発が求められています。
Rh担持触媒
これまでのエタノール改質反応の研究では、Co触媒やNi触媒のような遷移金属を担持した触媒が用いられてきました4-6。しかし、エタノールSRにおいて、貴金属担持触媒は遷移金属触媒と比較して金属添加量をかなり少なくしてもはるかに高い活性を示します(表1)。Aupretreら7は、700℃でのエタノールSR反応において、金属担持量を0.67~1 wt%としたRh、Pt、PdおよびRu担持のγ-Al2O3触媒の触媒特性を検討し、これらの貴金属中では1 wt%のRh触媒が最も高い活性と選択性を示すことを見出しています。Breenら8もまた、400~700℃の同一反応条件下では、Rh/Al2O3がPd、Pt、Ni担持Al2O3の各触媒より高いエタノール変換を示すことを報告しています。Frusteriら1は、疑似バイオエタノールを用いた650℃でのSR反応において、Rh、Pd、Ni、Co担持MgO触媒を調べていますが、この場合も、触媒活性および安定性においてRh/MgOが最も高い特性を示しました。さらに、Rh/MgO触媒はコークス生成および金属シンタリングを起こしにくい一方で、Ni、CoおよびPdの各触媒は、主に金属シンタリングが原因で失活しました。Riocheら9は、Pt、PdおよびRh担持Al2O3およびCeZrO2の各触媒を用いた、664~779℃でのエタノールSRについて報告していますが、この温度領域ではRh系触媒のみが効率的なエタノール変換を示し、PtおよびPd系触媒の活性は非常に低くなりました。Rh触媒のSRに対する高い活性は、Rhが他の貴金属と比較して、C-C結合の切断を起こしやすいためです。Duprezら7は、炭化水素が金属相で活性化される一方、水分子はヒドロキシル基として担体上で活性化されるというbi-functional mechanismを提案しています。この効果によって、表面酸素移動度の高い酸化物担体ではSR反応に対する活性の改善が期待されます。
担体の影響
表1に示したように、ロジウムはエタノールSRにおいて最も活性の高い金属です。しかし、担体自体もエタノールSR反応での触媒性能を決定するのに重要な役割を果たします(表2)。CeO2-ZrO2複合酸化物を利用すると、Al2O3担体と比べて高いH2収率が得られています9。Rohら10は、エタノールSR反応において、Al2O3、MgAl2O4、ZrO2、ZrO2-CeO2などのさまざまな担体上のRh触媒を検討しています。温度が450℃以下の場合、1wt%Rh触媒での反応活性度は、Rh/ZrO2-CeO2 > Rh/Al2O3 > Rh/MgAl2O4 > Rh/ZrO2の順に低下し、550℃までは、1% Rh/ZrO2-CeO2触媒が最も高いCO2選択性を示しました。450℃におけるCO2選択性は52%であり、試験したその他すべての触媒と比べて3倍以上の値でした。さらに、1% Rh/ZrO2-CeO2触媒は、500℃以下においてH2の収率が最も高くなりました。
一般に、優れたSR触媒担体とは、Rhのシンタリングを最小限に抑え、Rhの安定性を高めるものでなければなりません。さらに、表面水酸基として水を担体上で活性化し、Rh上に吸着したCHxOyフラグメントとの反応を促進しなければなりません。最後に、コークスの生成を防ぐために、エタノールからエチレンへの脱水反応ではなく、エタノールからアセトアルデヒドへの脱水素反応を促進する必要があります。実際、酸性のAl2O3担体は脱水反応に対して非常に活性であるためエチレンが生成されますが、エタノールSRでは望ましくありません8。CeO2担体上では、エタノールの脱水素反応によってアセトアルデヒドが生成されます3。CeO2は、Ce4+/Ce3+酸化還元反応が可逆的に進行することによる高い酸素貯蔵能によって、ロジウムの酸化還元反応を促進することができます10。ZrO2も、高温安定性および調整可能な酸塩基特性11によって、エタノールのSR反応での触媒担体として使用されてきました。Zhongら12は、ZrO2系酸化物上に担持されたRh触媒を研究し、300℃における純粋なZrO2のH2収率が、ZrO2とAl2O3、La2O3、Li2Oとの組み合わせによる2元系金属酸化物担体よりも高いことを示しました。ZrO2をCeO2に添加することにより、酸素貯蔵能、Ce4+の還元性、およびCeO2の熱安定性を高めることができます13。ZrO2-CeO2は、移動性酸素種をRhに輸送してCH4改質とそれに続くH2生成を促進する一方で、エタノールSRでの酸化還元サイクルからの水分子によってその酸素空孔が補填される可能性があります7,10。これら担体の中で、Rh触媒による効率的なエタノールSRに最も適した触媒担体は、CeO2、MgO、およびZrO2です。
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調製方法の影響
触媒の調製方法も、得られる触媒の触媒性能に影響を与えます。Aupretreら14は、MgOとAl2O3との固相反応(solid-solid)によってMgAl2O4スピネル担体を作製しました。Al2O3担持触媒に比べて、このスピネル担持触媒はわずかに塩基性が高く、そのため表面酸性度が著しく低下しました。Rh担持触媒を得るために、MgAl2O4に異なるRh前駆体無機塩(硝酸塩、塩化物、酢酸塩)を含浸させましたが、これによって、MgxNi1-xAl2O4/Al2O3に担持したRh触媒と比べて、エタノールSR性能が非常に高く、酸性度の低い触媒が得られました。この場合、Rh前駆体塩は、触媒の特性にかなり大きな影響を与えています。Rh硝酸塩前駆体を使用すると、触媒の全体的な酸性度が著しく上昇し、一方、Rh酢酸塩前駆体では酸性度の最も低い触媒が得られました。Rh塩化物では、酸性度が中程度の触媒となり、エタノールSRに対して非常に高活性で安定した、高分散性のRh触媒を作製することができました。また、Zhongら12は、共沈法(ZrO2-CP)および水熱法(ZrO2-HT)によってZrO2担体を作製しました。400℃より低い反応温度では、ZrO2-CP担体よりもZrO2-HT担体のほうが非常に高いRh触媒の活性、選択性、および安定性が得られました。比較的強力なルイス酸サイトがRh/ZrO2-HT触媒に見られましたが、このルイス酸サイトが強いエタノール吸着とそれに続くC-H切断に寄与します。これに対して、Rh/ZrO2-CP触媒では、エタノール吸着は弱く、主要な反応はC-C切断になります。最近の研究15によって、20 nmより小さいナノサイズの、水熱的に安定なZrO2担体の作製には、最適化された焼成処理と水熱合成法を組み合わせた手法が有効であることがわかりました(図2)。このZrO2担体を用いたPt担持触媒は、市販されている一連のZrO2を担体としたPt触媒と比べて、WGSに対して高い活性を持つことから、バイオエタノールSRへの応用に大きな可能性を持つと考えられます。
図2最適化された焼成条件とともに水熱合成法によって調製したZrO2のTEM画像
助触媒の影響
担持Rh触媒中にアルカリ金属またはアルカリ土類金属を添加すると、触媒の安定性および性能を改善することができます。Rohら16は、350℃、480,000 cm3/g・hの高い空間速度(space velocity)で、エタノールSRに対するRh/CeO2-ZrO2触媒の非活性化を検討しています。コークスの生成により、エタノール変換は5時間の間に70%から6%に低減しました。同じ350℃の反応温度で0.5%のカリウムを添加すると、触媒の安定性は向上しました。Chenら17は、Al2O3の酸性度を中和するためにCaを添加し、SR反応には好ましくないエタノール脱水反応の低減を実現しています。さらに、Rh担持Ca-Al2O3触媒にFeを添加すると、RhからFexOyへのCOの移動によって、続いて起こるWGS反応でCOを含まないH2が生成し、Rh触媒の安定性が改善されます。実際、担体の酸塩基性は、アセトアルデヒドとエチレンに対するSR反応選択性に強く影響します14。担体の塩基性サイトはアセトアルデヒド生成につながるエタノールの脱水素反応を促進し、エチレン生成を低減するためには、酸性サイトを中和する必要があります。
添加量の影響
触媒添加量もエタノールSR反応の活性に影響を及ぼします。Rohら10は、450℃でのエタノールSRにおいて、エタノール1モル当たりのH2収率は、2% Rh/ZrO2-CeO2 > 1% Rh/ZrO2-CeO2 > 3% Rh/ZrO2-CeO2の順に減少することを見出していますが、おそらく金属分散度の違いが原因であると考えられます。エタノールSRは、高温下でH2選択性が高まるために600~700℃の温度領域で広く研究されています。Ligurasら18は、各種貴金属担持γ-Al2O3触媒について金属添加量が触媒性能に与える影響を報告し、エタノールの完全変換温度が0.5% Rh触媒では825℃であり、2.0% Rh触媒では775℃に下がることを確認しました。また、Rh添加量が増えるにつれて、H2とCO2に対する選択性がかなり向上します。さらに、2.0% Rh/Al2O3触媒は、800℃に近い温度で、アセトアルデヒドやアセチレンを生成することなく、エタノールを完全に変換しました。これらすべてのRh/Al2O3触媒でロジウムの粒子サイズは約2.1 nmであったことから、触媒性能について観察されたこれらの違いは、金属添加量の増加による活性サイト数の増大によるもので、粒子サイズの違いによるものではありません。
結論
このレビューでは、Rh触媒を用いたエタノール水蒸気改質(SR)に関するこれまでの研究について、概略を述べました。Rhは、エタノールSR反応において最も高活性な金属であることが見出されています。触媒担体、触媒調製法、金属助触媒、およびRh添加量のすべてが、エタノールSR反応の性能を最適化するうえで重要な役割を果たしています。触媒性能の特徴は、金属と担体の強い相互作用を示唆しています。エタノールSR反応は複雑で、また、水性ガスシフト(WGS)反応も改質プロセス全体において重要な役割を果たしています。エタノールの脱水やCH4の分解のような望ましくない反応はコークス析出の原因となり、そのため触媒が失活してしまいます。MgO-Al2O3やCeO2-ZrO2のような2元系担体の使用および異種金属の導入によって、炭素の析出を防ぎ、Rhの分散性を改善することで、バイオエタノールからクリーン水素生成のための触媒性能を高めることができます。水熱法によって調製した新規ナノ触媒担体材料が、エタノールSR反応における触媒性能を高めるうえで有望であると考えられます。
謝辞
本稿で紹介した材料は、米国エネルギー省 科学局 基礎エネルギー科学が出資するEnergy Frontier Research Centers(EFRC)、Institute for Atom-efficient Chemical Transformations(IACT)によって支援された研究に基づいています。
参考文献
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