メソポーラス酸化物とその水素貯蔵への応用
Arlon J. HuntLawrence Berkeley National Laboratory, Karl GrossH2 Technology Consulting LLC, Samuel S. MaoLawrence Berkeley National Laboratory
はじめに
固体水素貯蔵は技術的観点からは魅力的ですが、実用的な水素の貯蔵容量とその反応速度に関して大きな課題に直面しています1-3。水素吸着は、解離した原子状水素の化学吸着の場合でも、分子状水素の弱いファンデルワールス型物理吸着の場合でも、材料固有の表面相互作用に強く依存します。高表面積炭素材料と金属水素化物(複合水素化物を含む)は、固体水素貯蔵用の主なカテゴリーを代表する候補材料であり、これまで精力的に研究されています。
最近になって、有機金属構造体(MOF:metal-organic frameworks)4,5が、低密度で比表面積が大きいだけでなく、機能性多孔質構造体として設計可能な、物理吸着型水素貯蔵材料の重要な化合物として注目されています。一方で、金属水素化物などの可逆的化学吸着材料は高い水素貯蔵容量を示します。ただし、実用的には高い熱力学的安定性が必要(たとえば、MgH2)であったり、反応速度論的に遅い(たとえば、アラナート)ために、多くの場合その用途は限定されます。この問題を解決して実用的な水素貯蔵を実現するには、反応機構、組成の改良、および反応物の熱輸送と質量輸送といった課題に同時に対応する新たなアプローチが必要です。そこで、我々は低密度金属酸化物ベースのセラミック材料をゾルゲル法で合成し、さまざまな方法でその構造を改良した、活性酸化物ネットワーク材料を作製しました。
低密度メソポーラス酸化物
エアロゲルなどのメソポーラス材料は、大きな表面積(1000 m2/g以上)や、開気孔率(80~99.9%の多孔性)、小さな細孔径(一般に10~20 nmがピーク)といった特徴をもち、1種類または複数の化合物でメソポーラス構造体の表面をコーティングすることも可能であるために、他の材料にはない、さまざまな利点を備えています。この材料は、ゾルゲル法の後に溶媒抽出法によって乾燥させて作製されます。超臨界処理によって溶媒抽出を行った場合、得られた材料はエアロゲルと呼ばれます。このエアロゲルは1931年にKistlerが発見しました6。Kistlerの先駆的な研究では、「ゲル」が液体を含んだ固体の骨格構造でできていることの説明に重点が置かれていました。ゲルを空気中で乾燥させるとかなり収縮して多くの破片に砕けることから、Kistlerは極めて小さな細孔が表面張力によって破壊されると推測しました。Kistlerは、この表面張力をなくすために、まずゲル内の液体の替わりにエタノールを使用し、次に温度と圧力をエタノールの臨界点(243.1℃および63.1 bar)より高くしました。ここで圧力をゆっくり低下させ、液体が膨張してゲルから抜け出せるようにしました。こうして得られた材料は液体の替わりに空気を含んでいたため、Kistlerは「エアロゲル」と名付けました。一方、乾燥ゲル(air dried gels)は一般に密度がはるかに高く、キセロゲルと呼ばれます。
エアロゲルは独特の性質をもつため、これまでに幅広い用途が提案されてきました。エアロゲルは最大99.7%の気孔率を持つ最も軽量の固体材料であり、優れた透明固体断熱材です。さらに、あらゆる物質の中で音の伝導性が最も低い物質です(100 m/秒未満、空気中の音速は343 m/秒)。エアロゲルは、チェレンコフカウンター、超断熱窓、太陽集熱器カバー、冷凍機、宇宙探査機、温水器、および管の断熱材の作製に使用されてきました。セラミックエアロゲルは他の材料にない衝撃波特性を持っていることから、地球軌道内の宇宙塵収集装置や、流星塵を初めて地球に持ち帰ったヴィルト第2彗星(the comet Wilde II)へのスターダストミッションに使用されています。この他にもエアロゲルは、降伏電圧が高いために高性能電気絶縁体として、高表面積のために触媒として、細孔径が小さいためにガスフィルターとして、温度差で駆動する親水性を利用した気相ポンプとして、また、毒性除去材料、音響装置の構成材料、安全性の高い殺虫剤としても試験されています。
開気孔を持つエアロゲル構造体は、さまざまな無機酸化物、炭素、ポリマー化合物から作製できます。実際、エアロゲルのメソポーラス材料は、各種非多孔質物質を用いて「描く」ことができる「3次元のキャンバス」と考えてもよいかもしれません。色々な骨格構造に多種多様な物質を添加することができるため、柔軟性の高い材料作製方法といえます7,8。これは、ゾルゲル前駆体物質に官能基を改質または付加したり、細孔から溶媒を抽出した後に化学気相浸透法(CVI:chemical vapor infiltration)によって行うことができます。CVIは化学的には化学的気相成長法(CVD)に似ていますが、多孔質材料内部で反応が進みます。これらの方法を用いることで、エアロゲル骨格をその数倍の体積の物質で被覆することができます。このように、メソポーラス材料を作製するためのこのアプローチは、水素貯蔵用だけでなく他の用途向けにもナノスケールでの材料調製を実現する、柔軟性と費用対効果の高い方法です。
我々は、エアロゲル技術に基づく超低密度ナノ材料の調製とその性質に関する研究を1980年から行ってきました。また、ゲル内でアルコールの替わりに不燃性の二酸化炭素を使用する技術を開発し、低温で超臨界乾燥を行いました(31.1℃および73.0 bar)9。さらに、金属酸化物(SiO2、TiO2、Fe3O4、Al2O3、MgO、Cr2O3、Zr2O3)、複合酸化物、その他の化合物を含む多種多様な組成のエアロゲル化合物を調製しました10。これらの多くの化合物は、超臨界乾燥処理の前後にコーティングまたは堆積を追加して行うことで得られました11,12。さらに、多岐にわたる元素および化合物を、ゾルゲル化学反応、溶媒添加、および化学気相浸透法によって堆積させました。最も詳細に調べた組み合わせは、アセチレンを用いたCVIによって炭素コーティングしたシリカエアロゲルです。図1に、ドープしていないシリカエアロゲルと炭素ドープしたシリカエアロゲルを示します。この方法によって、我々はシリカ中への1%~400%の炭素含有(炭素の質量がシリカよりも4倍多い)に成功しました。
図1未ドープ(左)および炭素ドープ(右)の超低密度SiO2網目構造材料の外観
水素貯蔵用メソポーラス酸化物
超低密度セラミック材料の重要な利点の1つとして、細孔の大きさと酸化物骨格材料の組成および官能性が挙げられます。エアロゲルは、合成パラメーターを変えることによって容易に改質することができます。そのアプローチの1つは、合成時(ゾルゲル段階)における前駆体混合物の組成を変えることです。たとえば、Si(OAlk)4またはTi(OAlk)4に遷移金属塩またはホウ素化合物をドープし加水分解することで、遷移金属を酸化物網目構造の中に組み込むことが可能です。このとき、A-CH2-Si(OAlk)3や(A-CH2)2Si(OAlk)2などの所定の官能基をもつ化合物を前駆体として使用した場合は、A部分と遷移金属の結合によって、酸化物網目構造材料に化学吸着サイトを追加することもできます(網目構造が形成された後に追加されます)。さらに、骨格構造を被覆する材料の組成を変えることで材料の特性を調整できますが、これは水素貯蔵のみならず、さまざまな用途での応用につながると考えられます。
メソポーラス酸化物網目構造が一度調製された後でも、いくつかの方法によって改質することができます。X-SiO2多孔質網目構造の合成に使用された改質の例を図2に示します。ここでXは大容量の水素化物化合物で、エアロゲルのSiO2ナノ粒子の配列内に挿入されて細孔空間の大部分を満たします。
図2改質した活性酸化物ネットワークの模式図。右の図は、X-SiO2を形成する水素化物-Xでコーティングされた個々の酸化物ナノ構造を表しています。
次に、超低密度酸化物網目構造材料の模式図(2次元投影面内)を図3aに示します。これは、直径が約3 nmのシリカナノ粒子のネットワーク構造からなり、ナノ細孔は可視光の波長よりはるかに小さいサイズ(10 nmが代表値)になっています。図3bは合成された試料の透過型電子顕微鏡(TEM)像です。高度に多孔性の媒質が、ランダムに配置されたシリカナノ粒子の網目構造で構成されていることがわかります。コーティングされていないシリカ網目構造の比表面積は、BETによる測定で代表値が1000 m2/g、かさ密度は約0.08 g/cm3です。
図3(a)シリカナノ粒子のネットワークで構成された材料の模式図、(b)超低密度シリカ酸化物網目構造材料のTEM像
我々は、水素貯蔵用にSiO2セラミックナノ粒子網目構造材料を改質したときの効果をより理解するために、まずその基本特性について研究しました。その結果、SiO2ナノ粒子のネットワーク構造の表面積が非常に大きいために、物理吸着を利用した水素貯蔵に関して優れた性質を持っていることが分かりました。しかし、この材料の水素貯蔵容量は、まだ米国エネルギー省の質量貯蔵密度および体積貯蔵密度の目標を満たしてはいません。超低密度シリカ網目構造の液体窒素温度での吸蔵容量を図4に示します。測定は水素貯蔵体積測定装置(PCTPro、Hy-Energy社)13を使用して行いました。水素吸蔵容量は40 barまで圧力とともに増加し続けることが分かります。
図4超低密度ケイ素網目構造材料の水素貯蔵容量と圧力の関係
水素の貯蔵密度を上げるために、高表面積であることに起因する物理吸着特性を残したまま、化学吸着特性を付加する試みを行いました。水素だけでなく他の反応物質の反応表面積の増大と同時に、拡散距離の短縮によって化学吸着速度を大幅に改善できるという別の利点をもたらすはずです。
この検証のために、超低密度SiO2エアロゲルナノ粒子網目構造中にMgNi(<5重量%)を組み込んだ複合材料を作製しました。マグネシウムを使用して7.6重量%のMgH2を含有した構造を作製しましたが、水素化物を通過する水素の拡散速度が律速となって、通常この材料の合成速度は遅くなります。一方、Niは水素解離に有効な触媒であり、また、Mgと結合することで水素リッチな複合水素化物Mg2NiH4を形成可能な金属間化合物であるMg2を形成します。
MgNi/SiO2エアロゲル複合網目状構造の合成は、pHの調整による加水分解反応とアルコール中でのアルコキシシランの縮合から始まり、その後、CO2置換と超臨界乾燥を行うという2段階プロセスで行われました。得られたSiO2ナノ粒子網目構造を、高真空環境下で物理気相成長または化学気相成長プロセスを用いて、MgおよびNiの気相浸透を行いました(固体MgNi合金ターゲットの気化にはパルスレーザーを使用しました)。予備測定では、改質シリカ網目構造での水素の物理吸着に加えて化学吸着が起こっていることが明らかになっています。
この酸化物ネットワーク構造がもたらす技術的な利点は、サイズ拡張性にあります。我々は、超臨界乾燥/ゾルゲル法に基づいたサイズの大きな材料の作製方法の探索と、化学気相浸透/堆積法による酸化物網目構造の多孔質性を利用したさまざまな化合物の組み込みの研究しています。その結果、さまざまな密度、構造、および形状の超低密度材料を作製することができます。たとえば一辺が最大20インチ(=50.8 cm)である単一の正方形材料がバークレー研究所で合成されました(車載輸送用途での利用を想定しています)。このように、超低密度活性セラミック網目構造材料は既存の固体水素貯蔵用多孔質材料の代替品となることでしょう。
まとめ
このように、超低密度改質活性酸化物網目構造にはさまざまな可能性があることが明らかになっています。しかし現状のメソポーラスネットワーク構造の水素貯蔵容量はまだ十分ではなく、目標の水素貯蔵容量と反応速度を達成するためのさらなる研究が必要です。新規材料の最適化は、活性酸化物ネットワーク材料の構造と比表面積の調整、触媒相と化学吸着相の異なる組み合わせの探索などの、プロセス改善によって実現されるでしょう。
参考文献
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?