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歯科用修復材料開発の進展

Jeffrey Stansbury1, Christopher Bowman2

Material Matters, 2010, Vol.5 No.3

はじめに

歯科医師が患者の歯に使用する充填材の数は米国だけでも年間1億個近くになり、ポリマーコンポジット材料を用いた修復材は生体材料の市場で極めて大きな割合を占めています。この着色されたコンポジット材料は、主として液体モノマーと表面処理された粒状の無機フィラーからなり、重合によって、天然の歯と見分けが付かないほどの外観を再現することができます。この自然な外観は患者にとって魅力的である一方、ポリマーコンポジット材は歯質とエナメル質のいずれにも接着することが可能なため、アマルガム系修復材の実用的な代替品です。現在使用されている歯科用コンポジットのマトリックス材料は、大部分がジメタクリラートモノマーをベースとするものです。広く使用されている嵩高い芳香族ジメタクリラートモノマーの中での代表的な例は、2,2-bis[p-(2'-hydroxy-3'-methacryloxypropoxy)phenyl]propane(BisGMA)であり、Bowenによって歯科用コンポジット材専用に開発された物質です1。<br><br>嵩高いBisGMAモノマーは、分子間水素結合による強い相互作用のために粘性が極めて高く、中でもurethane dimethacrylate、ethoxylated bisphenol Adimethacrylate(BisEMA)、triethylene glycol dimethacrylate(TEGDMA)などの粘性が低いコモノマーと一般的に併用されます2。また、一般に可視光(波長400~500 nm)によって、camphorquinoneなどの適切なラジカル光開始剤とともにethyl dimethylaminobenzoate、2-(dimethylamino)ethyl methacrylateなどの第三級アミン光還元剤を使用して効率的で迅速な光重合を行うことができます3-5。この他に、ビスアシルホスフィンオキシド、チタノセン、ゲルマニウム系化合物などの開始剤も報告されています6,7

コンポジット修復材

歯科用コンポジット材であるガラス-セラミックス充填材は、一般的にはアルミノケイ酸系の材料であり、バリウム、ストロンチウム、ジルコニウムなどの重金属酸化物を含有し、X線が透過しません8。充填材の粒子は、約0.1~10 μmの粉末ガラスから約20~50 nmの熱分解法またはゾルゲル法によるシリカやその他のナノ材料までさまざまタイプが存在します。有機シラン、主としてmethacryloxypropyltrimethoxysilaneは、充填材とポリマーマトリックスとの間の共有結合に必要なカップリング剤として使用されます。高弾性の強化充填材をレジンマトリックスの中に高い比率(70~90重量%もしくは30~55体積%)で組み込むには、異なる粒径の充填材粒子とシラン表面処理の組み合わせが用いられます(図1)。歯科用コンポジット材に含まれる充填材が多くなると、弾性、強度、耐摩耗性、靱性が増すとともに熱膨張が小さくなります。充填材成分によって、液体モノマーから高度に架橋したガラス質ポリマーマトリックスへの反応の際に起きる重合収縮も抑制されます。このin situでの重合は、周囲の歯牙構造にうまく適合した修復を行うために必要な条件です。

研磨した歯科用コンポジット材のSEM像

図1研磨した歯科用コンポジット材の走査型電子顕微鏡写真。ポリマーマトリックス中に埋め込まれた不規則な大きさの無機粒子が見られます。

口腔内での処置の場合、修復材の硬化に利用できる光重合の条件に制約があるため、材料の選択が極めて重要になります。この特有の環境のために、高性能かつ審美性の高いコンポジット材には、室温で変換率が高い迅速な重合反応の開発が必要です。得られる修復材は、多数回のそしゃく繰り返し応力(咀嚼応力)だけでなく、食物や飲料の摂取による温度変動をはじめとする水性環境への曝露にも耐え得るものでなければなりません。歯に対するコンポジット材の接着力は、表面を脱灰して重合可能な接着層との強力なマイクロメカニカル的結合を可能にする、歯質とエナメル質の酸エッチングに依存します9。この接着層は、歯の中で比較的親水性である歯質と、はるかに疎水性の修復用コンポジット材との遷移層の役割を果たします。

修復用コンポジットの収縮と応力

コンポジット材の重合部分へ結合面が押し付けられる際に(歯の修復には必ず行われます)、自由な収縮が制約されて大きな内部応力と外部応力が発生します(図2a)。この応力によって、(a)歯のたわみ(歪み)、(b)接着部分の不具合、(c)充填材-マトリックス境界面または隣接するエナメル質におけるポリマーマトリックス内部の欠陥形成、などの問題が生じる可能性があります10。歯と修復材との境界面において信頼性の高い長期安定性を得るために、産学の研究室にて、優れた新材料の研究開発プロジェクトが進められています。重合収縮と応力に関する研究は歯科用ポリマーのみならず、コーティング、接着剤、封止剤、非球面レンズ、フォトリソグラフィーなど、その他の工業用途でも利用可能です。

応力は歪みと弾性の積(σ = ε × E )で定義されます。ここで、σは応力、εは歪み、Eはヤング率です。重合したコンポジット材料中でガラス質ポリマーが形成される際の応力成長が大きな問題となります。したがって、応力/歪みに関する問題の解決の前に、収縮歪みの発生と弾性率の基本を理解することが不可欠です。収縮歪みと弾性率の値は、コンポジット材料の非等温的な光重合反応における温度変化に加えて、重合の程度によっても決まります。ジメタクリラートモノマーは、硬化温度より高いガラス転位温度にてポリマー網目構造を形成しますが、これは通常、完全に硬化したポリマー内でメタクリル基がかなりの割合で未反応のまま残ることを意味します11

重合試料の収縮と応力について

図2(<b>a</b>)結合表面に関連した収縮が重合中に制約を受けることで、重合試料中に大きな応力が成長します。(<b>b</b>)近赤外分光スペクトルにおけるメタクリル基の=CH<sub>2</sub>結合バンドを指標にして、重合中のBisGMA/TEGDMAモノマーの反応速度と変換率をモニターすることができます。4745 cm<sup>-1</sup>のグレーの矢印はモノマーの消費、つまり重合反応が進んでいることを示しています。(<b>c</b>)さまざまな濃度の2,2-dimethoxy-2-phenylacetophenone(DMPA)を用いて光重合を行った際の、TEGDMAの変換率に対する体積重合収縮率(VS:volumetric polymerization shrinkage)の非線形で動的な変化を表したグラフ。熱膨張/収縮の影響とガラス状態における収縮の遅れが見られます。このグラフから、モノマー変換率が約0.45のときにガラス状態が始まっていることが分かります。

光重合中に、モノマーからポリマーへの変換が進むにつれて、液体モノマーはゲル化、ゴム状態、およびガラス化(ガラス状態への遷移)の段階を経て架橋ポリマーに変化します。リアルタイム近赤外分光法を使用することで、光重合反応中の重合の反応速度と変換率をモニターすると同時に、体積収縮、弾性率、または応力を動的に測定する同時解析手法が開発されています(図2b10,12。これらの方法により、重合中の熱変化および、ガラス状ポリマー状態における重合反応と比較した収縮速度の低下のために、収縮率は変換率に対して非線形であることが明らかになっています。弾性率と応力の増大は、変換反応の後半とガラス化が始まる段階に集中していることが分かりました(図2c)。この結果に加えて、ポリマーの変換率または弾性率のいずれを制限しても応力は低下しないという仮定との両方に基づいた、低い応力の歯科用ポリマーを作製するための実用的な可能性を持つ最新の手法がいくつか存在します。

嵩高いモノマーの設計

重合収縮の問題に対して考えられる1つの解決策には、歯科用コンポジット材のためにカスタマイズされた新規モノマーや反応性オリゴマーの開発があります。反応性基の初濃度を低くすると、一般に弾性率が低下しますが、ポリマー網目構造内の架橋密度も低下します。これを回避するには、たとえば、反応性基の初濃度は低くても、共有結合性の架橋結合密度の低さを補強する特性を持った大きなモノマーを設計する方法が考えられます。

比較的大きなBisGMAモノマーをベースにした材料は、変換率と架橋密度が比較的低いにもかかわらず極めて高い機械的強度を示しますが、これは、おそらくヒドロキシ基とカルボニル基の間の水素結合によるものと考えられます。この大きなモノマーによる物理的および共有結合性の架橋結合を利用した方法は、ビスフェノールAジグリシジルエーテルから合成されたジ-<i>tert</i>-ブチルフェノールとメタクリル酸で置換したモノマーなど、分子量が極めて大きなBisGMAのジメタクリラートモノマー誘導体にも適用されます(図3a13。bis(di-tert-butylphenoxy)-modified dimethacrylate(DtBP-BisGMA)の場合、嵩高い芳香族基の立体相互作用によって網目構造が物理的にさらに強化され、低い収縮率と高い弾性率を同時に得ることができます。

嵩高いモノマーの例

図3(<b>a</b>)BisGMA(Mw=513)は、歯科用コンポジット材料中に高度に架橋したポリマーマトリックス相を形成するコモノマーとして広く使用されている、代表的なジメタクリラートモノマーです。関連するDtBP-BisGMA(Mw=899)巨大モノマー構造体では、嵩高い置換基によって網目構造が物理的に強化されるため、優れた強度を保ちながら、重合収縮が小さく共有結合性架橋密度が低いポリマーが得られます。(<b>b</b>)C<sub>36</sub>二塩基酸コア構造(青色)をベースとしたジメタクリラートモノマー。モノマーⅠは、二塩基酸をジオールに還元した後、無水メタクリル酸と反応させて合成したものです。モノマーⅡは、コア構造のジエポキシド誘導体を使用し、メタクリル酸と反応させて合成しました。モノマーⅢは、ジイソシアナート誘導体を2-hydroxyethyl methacrylateと反応させて合成したものです。従来のジメタクリラート構造を持つコモノマーと同様に、これらのモノマーの重合によって収縮率の低下に寄与する相分離が起こり、応力が低下します。

共重合体の開発

重合収縮を低減させる巨大モノマーのその他の用途として、C36二塩基酸をコアとする構造体から合成されたジメタクリラート化合物によって、完全にアモルファスな硬化性ポリマーが得られています(図3b)。C36二塩基酸または対応するジエポキシドを用いて、末端メタクリル基とC36コア構造体の間を異なる結合でつないだいくつかのモノマーが合成されています14。これらすべての化合物から、室温でゴム状の特性と低い弾性率を保つ一方で、極めて高い変換率とともに低い収縮率と極端な疎水性を示すホモポリマーが得られます。C36二塩基酸モノマーは、コモノマーとして他の従来の歯科用モノマーと組み合わせた場合、水素結合能力の欠如のため、BisGMAなどのモノマーとの水素結合に関する親和性が限定されることが明らかになっています。逆に、水素結合性OH基のC36二塩基酸モノマー構造体への導入によってBisGMAとの相溶性が付与されますが、エトキシ誘導体であるBisEMAとの相溶性は付与されませんでした。この限定的な熱力学的相溶性は、初期の均一なモノマー混合物から不均一性が制御された共重合体を生成するような二成分または三成分のコモノマー組成によって、調節することができます。

最終的に得られる不均一ポリマーへの変換率が高いにもかかわらず、個々の相および重合した共重合体材料の相構造全体における相対的な反応速度がある特有の条件下では、重合収縮は極めて低くなります。これらの不均一共重合体材料は、重合反応の最終段階に近づくほど応力成長が集中するため、反応後半での収縮の回復、つまり応力緩和の可能性を示します。また、熱可塑性プレポリマー添加物、いわゆる低収縮剤も、重合により誘起された相分離反応中に形成された相境界での内部応力緩和に基づいて収縮を制御することが示されています。

ナノゲルの形成

高度に分岐した短い高分子鎖のナノゲルは、比較的高濃度のisobornyl methacrylateとurethane dimethacrylateを含む溶液を用いて、モノビニル/ジビニル光重合により調製されました(図415。個々の球状ポリマーナノゲル粒子は、大きさが5 nm~100 nmで分子量は104から106 Da以上です。これらのメタクリラート官能基化ナノゲル粒子を最大50 wt.%の濃度で歯科用レジンに添加すると、少なくとも比例して、重合収縮と応力成長を減少させることができます。硬化反応速度、変換率、および機械的強度といった特性に対する影響も全く、もしくはほとんどありません。約20 wt.%までのナノゲルの添加量であれば、モノマーの粘性に対する影響はごくわずかです。ナノゲルの添加量が極めて高い場合でも、大量の無機充填材を用いることで収縮と応力の低い歯科用コンポジット材を得ることができます。

分岐/環化ナノゲル粒子の調製

図4(<b>a</b>)溶液内でのモノビニルモノマーとジビニルモノマーの共重合反応(モル比2:1)によって分岐/環化ナノゲル粒子を調製することができます。鎖長の制御、マクロゲル化の防止、および反応性メタクリル基の再取り込みサイトの導入のために連鎖移動剤を使用します。(<b>b</b>)TEGDMA中に反応性ナノゲル粒子が高濃度に分散していても、光学的に透明に近いモノマーおよびポリマー材料を得ることができます。(<b>c</b>)モノマー変換率や最終的なナノゲル改質ポリマーの機械的性質に悪影響を及ぼすことなく、重合収縮と応力が大幅に低減されます。

チオール-エンの化学反応を使用したメタクリラート架橋網目構造

硬化反応中に生じる収縮とは比較的独立した関係にある、重合応力を低減する方法も存在します。ラジカル誘起チオール-エン重合は、メタクリラート化合物のフリーラジカル連鎖重合反応にのみに依存するというよりは、逐次重合反応を利用します。pentaerythritol tetramercaptoproprionateなどの複数のチオール基を持つ化合物と、triallyl-1,3,5-triazine-2,4,6-trioneなどの複数のアルケン基を含む化合物とを光重合させることで、極めて高い変換率で高度に均一なポリマー網目構造を得ることができます16,17。もう1つの利点は、これらのチオール-エン重合によって十分に制御されたゲル化点が得られることであり、また、ジメタクリラート重合よりはるかに高い変換率を得ることができます。このことの重要性は、試料内に粘性のある流れが生じることにより事実上応力の成長を免れ、ゲル化前の収縮を調整することができる点にあります。したがって、逐次重合反応に基づいた、ゲル化点が40%から70%を超える変換率のチオール-エン重合が可能であり、ジメタクリラート重合で合成されたポリマーと比較して、最終的な応力レベルが大幅に低下したポリマーが得られることになります。

チオール-エン重合では、エン成分の単独重合をなくすか、または最小化するために一般にアルケンが用いられます。この観点から、チオール基との化学量論的な反応速度を保つには、ビニルエーテル、ビニルエステル、アリルエーテル、およびノルボルネン官能基をベースとするアルケンが最適です。逐次/連鎖の両方の反応によって重合したチオール-エン/メタクリラートの混合樹脂系は、保管中の安定性改善と機械的強度の強化に関して利点があり、しかも低応力ポリマーが得られます18。一方、上述のようにチオール-アルケン反応は、逐次反応による架橋密度が極めて高い網目構造を形成することが可能です。他方、チオールは、メタクリラートモノマーに対して効率のよい連鎖移動剤として機能することがよく知られています。単純なチオール改質ジメタクリラート光重合では、methyl mercaptopropionateとbenzenethiolを用いることでゲル化およびガラス化の遅延を十分に制御し、応力は大幅に低下するにもかかわらず、最終的により高いポリマー変換率と弾性を得ることができます18

ポリマー網目構造中の応力を緩和するためのまったく異なる手法がチオール-エン系で最近明らかになり、架橋ジメタクリラート材料にも応用が可能です。この新たな手法では、ネットワークの結合構造が共有結合性のまま保たれる、共有結合性で柔軟性の高い網目構造(covalent adaptable network)が作製され、しかも各結合を活性ラジカル種の存在下で切断、再生することが可能です19。歯科用材料の作製の場合、アリルスルフィド成分を多官能性モノマーに導入した後、チオール-エン光重合を行います。重合が進むにつれて、アリルスルフィド結合の追加と切断によりポリマー網目構造が成長し、単にゲル化前だけではなく重合反応全体で応力が緩和されます(図5)。この適応性の高いネットワーク形成反応を用いることによって、アリルスルフィド基をプロピルスルフィド誘導体で置き換えた以外はまったく同じ架橋モノマー系と比較して、重合収縮による応力が最大75%低下することが報告されています。

共有結合性で柔軟性の高い網目構造の模式図

図5重合中の応力緩和のための、ラジカル付加-解裂の可能なアリルスルフィド基を持つ架橋ユニットを基盤とする、共有結合性で柔軟性の高い網目構造。追加チオール末端ポリマー鎖によって、既存の炭素-硫黄結合の可逆的でランダムな再配置が可能になり、架橋ポリマー網目構造全体で応力の消失につながります。

結論

メタクリラートモノマーをベースとしたコンポジット材料は、歯の組織を審美的かつ機能的に修復するために広く使用されています。これらの材料の信頼性をさらに高めるために、多様な新しい重合反応が開発されています。現在行われている研究では、新たなモノマーの設計や新規重合反応の利用などが検討されています。これらは、重合中の収縮と修復用コンポジット材料中の応力に関連した課題の解決のために行われていますが、その他の工業用ポリマーに応用することもできます。

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