はじめに
繊維状ナノ材料は本質的に高い多孔性と高い比表面積をもつため、広範な用途が考えられます。エレクトロスピニング法は、ポリマーや複合材料、セラミックスといったさまざまな材料からナノ繊維を生成するのに使用できる、簡単で汎用性の高い手法です1,2。図1は典型的なエレクトロスピニング法の装置を示しています。大きく分けると、高電圧電源、スピナレット(紡糸口金)、導電性コレクターという3つの要素で構成されています。スピナレットとコレクターにはそれぞれ、皮下注射用の針とアルミホイル片が適しています。エレクトロスピニングされる液体(融解物または溶液)をシリンジに充填し、シリンジポンプによって一定の速度で供給します。特にセラミックナノ繊維を作るときなど、場合によってはエレクトロスピニングの操作時に環境(例:湿度、温度、雰囲気)を十分に制御する必要があります3。
図1エレクトロスピニング法の典型的な装置の模式図
本記事では、個々のナノ繊維を制御して2次構造を形成したりナノ繊維を組み合わせて3次元構造としたりすることを含めて、エレクトロスピニング技術の成功に重要な事項について考察します。また、エレクトロスパンナノ繊維の数多く考えられる用途のうちいくつか、特に血管移植や組織工学の分野への応用について説明します。
ナノ繊維形成のメカニズム
エレクトロスピニング法の装置は極めて簡単ですが、紡糸のメカニズムはかなり複雑です。エレクトロスピニングの本質は、液滴表面の電荷を不動化することによって連続的な噴流を作り出すことにあります。最近、紡糸プロセスが液体噴流のスプレーではなくもっぱら泡立ちの結果であることが解明されました4,5。泡立ちの不安定性は、外部電界と噴流の表面電荷の間の静電相互作用に起因しています。不安定な液体フィラメントを引き延ばして加速すると、液相は泡立ちプロセスに耐えて固有の粘弾性を維持しようとするため、ナノスケールの直径をもつ繊維が形成されます。エレクトロスパンファイバーは通常、従来の紡糸技術で作られた繊維よりもサイズが数桁小さくなります。数々のパラメータ、例えば、i)溶液固有の特性(溶媒の極性と表面張力、ポリマー鎖の分子量と立体配座、溶液の粘性、弾性、導電性など)、ii)運転条件(電界強度、スピナレットとコレクターの距離、溶液供給速度など)を最適化することで、エレクトロスピニング法で直径数十ナノメートルという細い繊維を作り出すことが可能です1。
個々のナノ繊維の制御
エレクトロスピニング法は当初、主としてポリマー性ナノ繊維の作製に用いられ、現在までに100種類を超える天然ポリマーおよび合成ポリマーに適用されてきました6。最近になって、エレクトロスピニング法をゾル-ゲル化学と統合することで、複合材料のナノ繊維や無機材料のナノ繊維が作られました3。ポリビニルピロリドン(PVP)やポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレンオキシド(PEO)といったポリマーは、ゾル-ゲル前駆体を含む溶液を原料として加工したのち空気中で焼成して有機相を選択的に除去することで作製できます。このアプローチは実質的に、適切なゾル-ゲル前駆体(金属アルコキシドなど)があれば、あらゆる酸化物材料に適用できます。注目すべき例としては、Al2O3、SiO2、TiO2、SnO2、V2O5、ZnO、Co3O4、Nb2O5、MoO3、GeO2、ITO、NiFe2O4、LiCoO2、MgNiO2、BaTiO3などがあります7–9。ポリノルボルネニルデカボランなど、特別に設計された前駆体ポリマーを用いることで、非酸化物セラミック(炭化ケイ素、炭化ホウ素など)のナノ繊維をエレクトロスピニング法で紡糸できるようになりました10。こうした無機ナノ繊維は、エネルギー変換、エネルギー貯蔵、構造補強に関連した用途が期待されています。
また、エレクトロスピニング法では、同軸型または並列型のキャピラリーからなるスピナレットを用いることで、さまざまな2次構造のナノ繊維(芯鞘型繊維、多孔性繊維、チャンネルが1本または複数本のナノチューブなど)が作製されています11-16。図2aは、同軸スピナレットを用いたエレクトロスピニングと空気中での焼成によって作製されたTiO2(アナターゼ)ナノチューブのSEM写真を示しています。通常のプロセスを用いて、内側のキャピラリにはミネラルオイルを、外側のキャピラリにはPVPとTi(OiPr)4を含有するアルコール溶液を供給しました。紡糸プロセスの間、油相とアルコール層は混じり合うことができないため、同軸の噴流が形成されました。回収方法を変更することで、エレクトロスパンファイバーに多孔性を持たせることもできます。例えば、噴流を極低温の液体中に直接エレクトロスピニングすることによって、多孔性の高い繊維を作製できることを実証しました17。ポリマーと溶媒の相分離を温度で誘導し、凍結乾燥条件下で溶媒を蒸発させたところ、各繊維の表面にはくっきりとした細孔が形成されました。図2bはこの方法で作製した多孔性ポリスチレン繊維のSEM写真を示しています。挿入図は切断した繊維の断面像であり、この繊維が全体的に多孔質であることを示しています。このアプローチはポリフッ化ビニリデン、ポリアクリロニトリル、ポリε-カプロラクトンといった数々のポリマーにも拡大されています。
図2(a)一軸方向に揃ったTiO2(アナターゼ)ナノチューブのSEM写真。米国化学会の許可を得て参考文献13から再掲載しています。(b)エレクトロスピニング法で紡糸(液体窒素中に紡糸して真空下で乾燥)したポリスチレン多孔質ファイバーのSEM写真。米国化学会の許可を得て参考文献17から再掲載しています。
ナノ繊維の配向および構築の制御
エレクトロスピニング法で紡糸したファイバーは通常コレクター上に堆積されて不織マットとなるため、ファイバーの向きは完全にランダムとなります(図3a)。エレクトロスピニング法で紡糸したファイバーを規則的な配列とする方法がいくつか開発されています。例えば、1枚のコレクターの代わりに2枚の伝導性基板を離して使用することで、エレクトロスピニング法で紡糸したファイバーを一軸方向に揃った配列にできます11。この場合、ナノ繊維は2枚の基板の間を横切るように伸び、両電極の端部に直交するようになります。また、電極のペアを絶縁基板(石英、ポリスチレンなど)の上にパターニングすることで、一軸配向型ファイバーを積層して三次元格子とできることも示されました(図3b)。電極パターンや高圧印加順序を制御することで、配向の揃ったナノ繊維からなる複雑な構造を作り出すことも可能です12。
図3cは、ポリアクリロニトリルのジメチルホルムアミド溶液からエレクトロスピニング法で紡糸してから空気中で安定化させ炭化処理を行った一軸配向型カーボンナノ繊維のSEM写真を示しています。配向は主としてコレクターの電極の配列によって決まるため、この手法は原理的にはエレクトロスピニングが可能なすべての材料に適用できます。図3dは、ポリビニルピロリドンのナノ繊維からなる3層の薄膜のSEM写真を示しています。この構造は、3組の電極に1組ずつ高電圧を供給して作製されました。各層のナノ繊維は一軸方向に配向しており、隣り合う層は長軸が60度ずつ回転しています。2つの固定点にまたがる一軸配向型ナノ繊維は、ねじって束としたり、他のタイプの構造(例:3本のナノ繊維束を手動で撚り合わせたマイクロメートルサイズの撚り糸)としたりすることもできます18。関連する研究では、配向型ナノ繊維からなる連続的な撚り糸をさらに織り上げて、さまざまな用途に使用できる布が作られました19。
図3(a)ランダムな向きのナノ繊維の模式図。(b)ナノ繊維の3次元格子の模式図。(c)一軸配向型カーボンナノ繊維のSEM写真。米国化学会の許可を得て参考文献11から再掲載しています。(d)PVPナノ繊維の積層薄膜のSEM写真。Wiley-VCHの許可を得て参考文献12から再掲載しています。
エレクトロスピニング法で紡糸したナノ繊維は、さまざまな物体上に直接堆積して、形状が明確で整ったナノ繊維ベースの構造を作り上げることが可能です。図4aは、エレクトロスピニング法で紡糸したファイバーを円筒形の棒の上に堆積してから棒を引き抜くことで作製した、ポリプロピレンカーボネート(PPC)チューブ(直径2 mm)を横から見たところです20。挿入図はこのチューブの断面を示しています。さらに、エレクトロスピニング法で得られた配向型ナノ繊維またはランダム配向型ナノ繊維を手で加工して種々の膜を作ることもできます。例えば、ファイバー膜を丸めてチューブとしたり、ファイバー膜をくり抜いて直径の異なる各種のディスクを作ったりすることができます。図4bは、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)を含む配向型ファイバーで作られた神経導管の断面図を示しています21。この導管はファイバー膜を単純に丸め、接合部をジクロロメタンで綴じることで作られました。エレクトロスピン法で紡糸したナノ繊維を様々な用途に適した3次元構造にするには、今後さらに多くの研究が成される必要があるでしょう。
図4(a)エレクトロスピン法で紡糸したPPCチューブの側面および断面(挿入図)。Blackwell Publishingの許可を得て参考文献20から再掲載しています。(b)GDNF封入配向型ファイバーでできた神経導管の断面図。Wiley-VCHの許可を得て参考文献21から再掲載しています。
組織工学における応用
エレクトロスピニング法で紡糸したナノ繊維は、人工的な皮膚や筋肉、血管(血管移植)、整形外科的素材(骨、軟骨、靭帯/腱)、末梢/中枢神経系の構成素材などのエンジニアリングにおいて大いに有望視されています。エレクトロスピニング法で紡糸したナノ繊維の不織マットは組織工学用の土台(スキャフォールド)として理想的に機能します。これは、ナノ繊維の構造が細胞外マトリックス(ECM)のコラーゲン構造(直径50~500 nmのコラーゲンナノ繊維の3次元ネットワーク)に類似しているので、この材料がECMを模倣できるためです。さらに、エレクトロスピニング法で紡糸したナノ繊維は、正確な形状特徴(3次元多孔性、ナノスケールサイズ、配向)、成長因子の封入および局所的な緩徐放出、表面官能化(官能基の導入など)といった、組織再生に有用な特徴を備えています。組織工学用材料は生体適合性でなければならず、天然または合成の生分解性ポリマー、生体適合性ポリマー、生理活性無機材料(例:ヒドロキシアパタイト)の混合物などはその代表例です。
エレクトロスピニング法で紡糸したファイバーは人工血管の作製に使用できます。生分解性ポリ(1-ラクチド-co-ε-カプロラクトン)の配向型ナノ繊維が血管再生用スキャフォールドとして使用できるかどうかヒト冠動脈由来平滑筋細胞を培養して評価しました22。別の研究では、タイプⅠコラーゲン(C3511)、エラスチン、ポリ(D,L-ラクチド-co-グリコリド)の混合物からなる人工血管スキャフォールドの組成および機械的特性が天然の血管に類似していること、また、この人工血管は生体適合性でありin vivo で移植しても局所または全身に有害な影響を及ぼさないことが示されました23。今後の課題は、エレクトロスピニング法で紡糸したファイバー製のマトリックスに細胞をいかに浸潤させるかという点です。この課題の解決方法の1つは、エレクトロスピニング法とエレクトロスプレー法を組み合わせて、細胞微小植込み型人工血管、すなわち平滑筋細胞(SMC:smooth muscle cell)を血管内壁に埋め込んだ導管を作製することです24。この導管は細胞適合性かつ強靱で、天然の血管と同等の容積弾性値を有します。
エレクトロスピニング法で紡糸したファイバー製のスキャフォールドは、遺伝子治療や幹細胞生物学と組み合わせて、血管再生に新しい経路をもたらすことができます。例えば、遺伝子組換した自己の間葉系幹細胞(MSC:mesenchymal stem cell)を、エレクトロスピニング法で紡糸したポリプロピレンカーボネートのチューブ状スキャフォールド上に植え込んだ人工血管を作製したところ、植え込まれた細胞は人工血管の微細構造に入り込んで3次元の細胞ネットワークを形成しました25。別の研究では、ポリ(l-乳酸)(PLLA)製のナノ繊維人工血管に植え込まれた骨髄由来MSCが、in vivo で抗血栓性を獲得することが実証されました26。図5aと図5bは、配向型PLLAナノ繊維の表面に植え込まれたヒト大動脈SMCおよび骨髄MSCの共焦点顕微鏡写真です。細胞の組織と配列が天然の動脈と同様であることがはっきりと見てとれます。この研究の場合、配向型PLLAナノ繊維はエレクトロスピニング法で膜として作製し、丸めて管状の人工血管とし、骨髄MSCを植え込みました(図5c)。図5dは、PLLAナノ繊維とMSCからなる人工血管をラットの総頚動脈(CCA:common carotid artery)に縫合した状態の写真です。以上の結果から、ナノ繊維製スキャフォールドが、天然の動脈と同様に、細胞においてもECMにおいても、人工血管のリモデリングを可能とすることが証明されました。
図5(a、b)配向型PLLAナノ繊維の薄膜に植え込まれたヒト大動脈平滑筋細胞および骨髄幹細胞。アクチンフィラメントはFITC-コンジュゲートファロイジン(緑色)で染色し、細胞核はヨウ化プロピジウム(赤色)で対比染色しています。(c)管状の血管は細胞埋め込み型の繊維膜を丸めて作製しました。(d)人工血管をラット総頚動脈に端々縫合した様子を示す写真。米国科学アカデミーの許可を得て参考文献26から再掲載しています。
結論
過去5年間に、エレクトロスピニングの分野は目覚ましい進歩をとげました。すでに確立されている数多くの材料加工技術は、エレクトロスピニング法と組み合わせることで、さらなる可能性を引き出すことができます。繊維の組成、形態、構造は、数々の物理的・化学的手法を用いることで、目的用途にあわせてより細かく調整することが可能です。例えば、多機能性ナノ繊維を作る簡単な方法としてencapsulation(カプセル化)が開発されています27,28。これらの研究活動によって、エレクトロスピニング法で紡糸されたナノ繊維の用途が広がっています。この手法に関する研究は、将来的にはより学際的なものになると期待されています。科学界と産業界がより広く連携すれば、エレクトロスピニング法は、多彩な機能と用途を持つナノ構造材料を作り出す最も強力なツールのひとつとなることは間違いありません。
参考文献
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