ナノワイヤの合成:トップダウンからボトムアップへ
David J. Hill, James F. Cahoon
Department of Chemistry, University of North Carolina at Chapel Hill, USA
Material Matters 2017, Vol.12 No.1
はじめに
多くのデバイスの性質は、それらを構成する材料の固有の性質に制限されます。しかし、ナノスケールでは、デバイス特性が材料の種類だけでなく形状にも依存するようになります(例えば、ガラスが鮮やかな色彩を示すオパールに変わる現象)。ナノワイヤは、直径1~数百ナノメートル、長さ数十~数百マイクロメートルの異方性を持つ構造体で、このようなナノスケール現象を利用可能にする特有のプラットフォームを提供します。
多くのナノワイヤは単結晶であり、直径が細いため表面積が非常に大きくなります。体積あたりの表面積が大きいことから、ナノワイヤは表面の化学的変化に対して非常に敏感で、センサー開発に広く利用されています1。また、ナノワイヤは直径が非常に小さいため、損傷を与えずに生体構造に進入することが可能で、細胞内外でシグナルを伝達するのに十分な長さがあります1。これら特性のため、ナノワイヤはバッテリー電極としても非常に高性能で、高い導電性と表面積を有する長距離伝導パスを提供して急速充電を可能にします2。
ナノワイヤから得られる最大の潜在的利点のいくつかは、ナノスケールでしか現れない性質の利用によってもたらされます。ナノワイヤの直径は可視光の波長より短いため、波動光学の領域で機能します。ナノワイヤの形状を操作して特定の光学モードを選択することで、吸収特性や反射率を調節できます3。同様に、ナノワイヤはフォノンの平均自由行程よりも短いため、熱伝導率をバルク極限未満に下げることができます1。また、ナノワイヤ表面でひずみを逃がすことができるため、その機械的性質もバルク材料とは異なります1。これらの特性を引き出して利用するには、信頼性が高く、制御可能なナノワイヤ合成法が要求されますが、非常に大きな異方性を持つ構造体をどのように作製するかは合成法によって大幅に異なります。合成法は、トップダウン製造とボトムアップ合成の2つのカテゴリーに大きく分類できます。
トップダウン製造
通常のトップダウン型ナノワイヤ製造方法はサブトラクティブ(subtractive、除去)法です。大理石のかたまりから像を彫り出すのに似ていますが、彫刻刀の代わりに化学薬品を使用してナノスケールの制御を可能にします。バルクウェハや結晶をナノワイヤ構造にするために、リソグラフィや化学エッチングのような半導体産業で用いられている技術の多くが利用されています。通常、トップダウン型製造にはクリーンルームやナノファブリケーション(超微細加工)施設にみられるような大型で高価な精密機械が使用されます。
リソグラフィ
最もよく知られているトップダウン型超微細加工技術はリソグラフィであり、マイクロエレクトロニクス産業で広く利用されています。この方法では、パターン付きマスクを使用して露光、現像を行い、写真フィルムの役割を果たすポリメタクリル酸メチル(PMMA)などのレジスト塗膜を除去してパターンを形成します。フォトリソグラフィの分解能は使用するリソグラフィの方法と光の波長で制限され、微細なナノワイヤの製造には適していない、もしくは実用的ではない場合があります。より高解像度のパターニングは、マスクを使用せずに直接描画して露光する電子線リソグラフィが用いられます。基板に対して垂直にナノワイヤを作製する場合、ターゲット材料のウェハ表面に一連の円または穴を描画してパターンを構成します。一方、水平にナノワイヤを作製する場合は、シリコン・オン・インシュレーター(SOI:silicon-on-insulator)のように、積層基板上に複数の線または溝のパターンを描画します。
エッチングによってウェハから不要な部分を除去することで、ナノワイヤが得られます。方法によっては、エッチングマスクとしてレジストを直接使用する場合や、金などのより安定なマスク材料を堆積するテンプレートとしてレジストを使用する場合があります。図1Aに示すように、水酸化カリウムなどのウエット用エッチング液や電気化学エッチング液を使用して、パターンを描画することができます。この方法では、マスクの下に回り込んでエッチングが起こることで、円筒状ではなく先の細い形状のワイヤが得られる場合がしばしばあります。この問題は、異方性エッチング液を使用することで最小限に抑えることが可能ですが、完全に抑制できることはあまりありません4。垂直方向に円筒状ワイヤを得る方法の1つは、ウエットエッチングの代わりに、強い異方性を持つ深掘り反応性イオンエッチング(DRIE:deep reactive ion etching)を用いる方法で、長さ数十マイクロメートルのナノワイヤを製造することができます。他にも、図1Bに示すように、パターンを反転させてメタルアシストエッチング5を行うことで、同様の異方性構造を得ることができます。
従来型リソグラフィに代わる方法を採用することで、光学リソグラフィよりも高解像度かつ標準的な手法よりも高い生産性が期待されます。例えば、ナノスフェア・リソグラフィ(NSL:nanosphere lithography)では、基板上にポリスチレンナノスフェアの単層を最密構造で自己集合させます6。これらのナノスフェアは、金属や他のマスキング材料を堆積する際にマスクの役割を果たし、堆積後に除去されます。また、ナノインプリント・リソグラフィ(NIL:nano-imprint lithography)による機械的な転写でもナノスケールパターンの形成が可能で7、高分解能のマスターパターンを電子線リソグラフィなどの高コストな手法で形成し、このマスターをレジスト材料に押し付けることでパターンを転写します。
図1トップダウン製造法。A)金属マスクのリソグラフィ・パターニングとそれに続くDRIEなどの異方性エッチングによる処理。B)露光領域のリソグラフィ・パターニングとそれに続く異方性金属アシスト化学エッチングによる処理。
利点と問題点
トップダウン型ナノワイヤ製造法には、整列したナノワイヤアレイを容易に作製できる利点があります。アレイ化することでナノワイヤとの電気的接触が促進され、大規模デバイスへの組み込みが容易になります。さらに、これら手法の多くは標準的なマイクロエレクトロニクス産業プロセスと適合性があり、大規模化が可能です。
トップダウン製造にはいくつかの問題点もあります。要求される長さスケールが微細化するとフォトリソグラフィを適用するのが困難になり、極端紫外線(EUV:extreme ultraviolet)リソグラフィなどのより高度な技術の導入が必要になります。フォトリソグラフィに代わる技術、電子線リソグラフィや走査プローブリソグラフィなどは直接描画する方法であるため、個々の要素を連続描画する必要があり、時間がかかります。これら方法の並列化には、工業規模の生産が必要になるでしょう。また、トップダウンプロセスを用いた場合、複雑な電子特性を示すナノワイヤの作製にはしばしば困難が伴います。ウェハからエッチングする場合、必要な組成変調は、分子線エピタキシー法(MBE:molecular beam epitaxy)のような技術でウェハに対して行うか、成長後にイオン注入で行う必要があります。この処理のため、ボトムアップ法と比較してナノワイヤデバイスの材料コストが大幅に増加する可能性があります。
ボトムアップ合成
トップダウン法とは対照的に、ボトムアップ型プロセスは化学的合成によってナノ材料を作製する手法で、分子を1つずつ組み上げ、平均的な分子の数千倍大きな材料を作製します。ボトムアップ合成は、1つの小さな種から樹木が成長するように、構造を化学的に制御して構築していく付加的な方法です。
気相合成
ナノワイヤの異方的な成長には、ナノ粒子触媒と気相前駆体がよく用いられます。最も一般的な方法の1つがVLS(vapor-liquid-solid)成長法です。加熱して液化した金属ナノ粒子に、所望のナノワイヤ材料の原料ガス(シリコンの場合はSiCl4など)を溶解させます8。図2Aに示すように、金属触媒が過飽和状態になると固体のナノワイヤが液体触媒と基板の間に析出します。この合成法では化学気相成長(CVD:chemical vapor deposition)システムを利用するため、温度や圧力、前駆体流量の制御が可能です。円筒の形状を乱すような、ナノワイヤ側面における非触媒的成長を最小限に抑えるために、これら条件を制御する必要があります。ナノワイヤ成長を開始するシードとして、貴金属ナノ粒子がよく使用されます。VLS法の場合、触媒の役割を果たす金属は液滴を形成しなければなりません。多くの場合、この液滴は共晶組成となり、金属単体または半導体材料の融点よりも低い温度で液化します。ただし、GaAs中のGaのように、融点が低い金属を含む二成分または三成分の材料を合成する場合は、トリメチルガリウムなどの気相前駆体をGa液滴へ連続的に供給することで、自己触媒的にVLS法を行うことができます。
図2ボトムアップ合成法。A)VLS法によるセグメント化ナノワイヤの気相成長。気体前駆体を切り替えることで組成を制御します。B)陽極酸化アルミニウム(AAO:anodic aluminum oxide)への電気化学的堆積によるナノワイヤの液相成長。同様のセグメント化が可能です。
VLS法の利点は、組成制御が可能である点にあります。ドーパント材料(シリコンに対するホスフィンなど)の導入を、ナノワイヤの成長プロセス中に制御することが可能で、電子的特性の変調が見られる超格子構造を作製することができます9。同様に、GaAsxP1-xのような三成分構造の成分比を変えることで、ナノメートルスケールのバンドギャップ変調10や量子井戸構造を作製できます。
通常は固体基板上に金属触媒を分散させますが、「aerotaxy」と呼ばれる改良型の方法では、反応装置内に浮遊した触媒が利用され高い成長速度が得られています11。VSS(vapor-solid-solid)成長法と呼ばれる低温法は、VLS成長法と同じ原理を多く使用しています12。ただし、触媒が液体ではなく固体であるため、速度論的プロセスは異なります。前駆体が液体に溶解し過飽和状態になるのではなく、前駆体は材料供給のために触媒とナノワイヤ間の界面を通じて拡散します。そのため、成長プロセスが遅くなり、ナノワイヤのより急激な(原子レベルでの)組成変化を可能とします。
ナノワイヤへの触媒材料の混入が問題になる場合があるため、触媒を使用しない合成法も開発されています。テンプレートを用いた成長法は、ナノワイヤ合成に必要な異方性を得る方法の1つです。電気化学エッチングで作製したAAOの内部には、垂直配列したナノワイヤアレイの作製に必要な、ナノメートルスケールのハニカム状チャンネルが形成されています。通常の気相成長法(CVD、スパッタリング法など)を用いてこれらのチャンネルを埋め、テンプレートを除去するとナノワイヤが得られます。パターンを描画した基板に対して成長領域選択エピタキシー法(SAE:selective-area epitaxy)を行うことも可能で、基板が露出している領域でエピタキシャル成長が起こりますが、マスク材料の上には堆積しません13。また、らせん転位の存在が、触媒フリーのナノワイヤ成長を誘発するメカニズムとして報告されています14。
液相合成
気相成長で用いられる技術の多くは液相法と共通しています。SLS(solution-liquid-solid)法の機構はVLS法と類似していますが、SLS法ではナノワイヤ前駆体をスクアランなどの高沸点液体に溶解し、その溶液に触媒を分散させます15。また、図2Bに示すように、テンプレートを用いた溶液成長法でもAAO基板を使用して電気化学的堆積でチャンネルを埋めることができます16。ナノ粒子の液相合成法を参考にして、ナノワイヤの作製に酸化還元反応を用いることも可能です17。最初に、溶解している前駆体を水素化ホウ素ナトリウムなどの強い還元剤で急速に還元して、シード粒子を成長させます。次に、シード粒子がさらに生成するのを防ぐため、L-アスコルビン酸などの弱い還元剤で二次成長させます。ナノワイヤの異方性は表面の化学的制御で得られます。臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(CTAB:hexadecyltrimethylammonium bromide)のように結晶の特定ファセットの表面エネルギーを変化させる界面活性剤を導入して、特定の軸に沿って直接成長させることでナノワイヤを作製します。
利点と問題点
ボトムアップ合成法では、成長過程でナノワイヤの組成を精密制御できるため、複雑な超格子構造の作製が可能になります。この組成制御を利用して、量子井戸型フォトダイオードのような新規電子的特性を付与したり、その後の処理に用いるテンプレートを提供することができます。これら超格子構造の選択的エッチングにより、フォトニクス、電子工学、メモリーの用途で使用可能な多様な形状および構造を作製できることが報告されています18(図3)。
ボトムアップ型ナノワイヤに基づく技術の今後の開発において、大規模デバイスへの組み込みが主な課題の1つです。垂直アレイ状に成長させたワイヤは、トップダウン型で製造したものと同じように使用できますが、多くの成長法で得られるのは無秩序な「フォレスト(forest)」状ナノワイヤやナノワイヤの分散溶液です。最近の研究では、ナノワイヤをいかに組み立て、組織化し、従来の製造工程と適合できるようにするかという点に重点が置かれています。ナノワイヤを実験室から工業レベルへ移行させるためには、これら方法の組み合わせが不可欠なことが明らかになるでしょう。
図3各種ナノワイヤ構造を疑似カラーで表示したSEM画像。A)VLS法で成長させたシリコンナノワイヤ(緑)および先端の金属触媒(黄色)B)反応条件の操作で得られる結晶のねじれC)成長途中での組成切り替え後にエッチングを行うことで得られる形状
結論
ナノワイヤには、高い異方性と、時には単結晶構造であることに由来する他に見られない多くの特性があります。ナノワイヤは表面積が大きいため、表面の化学的変化に強く影響されます。また、異方性の大きな電荷輸送が可能になるため、径方向の高速輸送や、ナノワイヤの軸に沿った長距離伝導パスとを組み合わせた電荷注入が実現できます。ナノワイヤの直径は非常に小さいため、ワイヤの形状によって多くのバルク特性を操作できます。ナノワイヤの直径を操作して光学的性質を調節し、ナノワイヤが対応可能な光学共鳴モードを変化させることができます。同様に、ナノスケール形状の操作で熱輸送の変化が可能です。ナノワイヤの半径が小さいために、バルク材料よりも効率的にひずみが解消され、柔軟性が大幅に向上します。
ナノワイヤの合成や製造における主な問題は、必要な異方性をどのように得るかということです。トップダウン型製造法ではバルク結晶を使用し、パターニングによって選択的に材料を除去することでナノワイヤを作製します。一方、ボトムアップ型の方法では、異方性を得るためにナノ粒子やナノ構造テンプレートを使用して、反応前駆体からナノワイヤを成長させます。ナノワイヤを工業的プロセスへ組み入れるためには、トップダウン型とボトムアップ型との相補的な統合が不可欠になるでしょう。ナノワイヤは、ナノスケールの電子的および構造的制御によってバルク材料の限界を克服する機会を提供し、次世代デバイスや応用を可能にすることが予想されます。
参考文献
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