量子ドットの実用化に向けて:ナノスケール合成の制御とミクロンスケールの用途
Dr. Nigel L. Pickett, Dr. Ombretta Masala, Dr. James Harris
Nanoco Technologies, Ltd., Manchester, United Kingdom
Material Matters 2008, Vol.3 No.1
はじめに
コロイド状量子ドット(QD:Quantum Dot)は発光性の半導体ナノ粒子で、直径の範囲は1~20 nmです。量子ドットのユニークな光学特性および電子特性は、生物学および医学診断の分野における蛍光イメージングに加えて、フラットパネルディスプレイや多彩な色の照明(電飾)など、数多くの用途に活用されつつあります。量子ドットは、イメージングやディスプレイ、照明装置に現在用いられている既存の有機色素や無機蛍光体の多くに取って代わるであろうと考えられています。
輪郭が明確で3次元かつナノサイズの半導体結晶に電子が量子的に閉じ込められており、これが量子ドットが従来の材料とは異なる源になっています1-4。基本的には、この量子閉じ込め効果により、量子ドットのサイズが小さくなると、半導体のバンドギャップが大きくなります。このため、サイズによって半導体の光ルミネセンス発光波長を可視スペクトル全体にわたって調節することが可能です。量子ドットが非常に鋭い発光スペクトルと高い量子効率を併せもつことから、オプトエレクトロニクスおよびイメージングの多くの用途において理想的な発光団となります。高品質のマクロスケールの半導体の合成が過去50年間のオプトエレクトロニクスの開発を促進してきました。それと同様に、半導体構造をナノスケールで制御して量子ドットナノ粒子を作製できれば、高効率太陽電池や固体発光源、超高輝度ディスプレイといった未来の技術を実現できる可能性があります。
ナノ結晶は「人工原子」と呼ばれることがあります。ナノ結晶の電子エネルギーは原子と同様に不連続ですが、根本的な違いは、ナノ結晶ではサイズを変更することでエネルギーレベルの間隔やその他の量子的機械的特性を目的に合わせて調整できるという点です。ナノ結晶を人工原子とみなせば、本物の原子の場合と同様に、それらが集まってできた「ナノ結晶の分子」や「ナノ結晶の固体」といったナノ結晶集合体ができるはずです。したがって、量子ドットナノ結晶は、新規な物性を持つ新しい固体材料や素子のビルディングブロックと考えることができます。高品質量子ドットの合成経路を開発し、また、個々の量子ドットの物性をより正確に理解することで、量子ドット集合体の制御および操作が可能となり、物理特性や光学特性、電子特性の改善された新規のデバイスを作製する道が開けるでしょう。
高品質量子ドット:シェル形成と有機不動態化
量子閉じ込め効果はnmスケールの半導体構造の多くに見られます。しかし、要求の厳しい商用製品として高品質の量子ドットを製造するには、半導体コロイドのサイズを単にnmスケールに縮小するだけでは不十分です。量子ドットを応用する上で重要なパラメータは次のとおりです。1つ目は蛍光量子効率(QY:Quantum Yield)で、これは吸収光子数に対する放出光子数の比(%)として定義されます。2つ目は粒子径の分布を最小限にすることで、±5%以内に収まっていることが求められます。3つ目は半値全幅(FWHM:Full Width Half Max)で定義される発光ピークを鋭くすることで、これは発光スペクトルのピーク値の半分の値におけるピークの幅として定義されます。
量子ドットは、配位サイトとなりうる表面原子をもつため、反応性が高く、粒子の凝集が起こりやすくなります。この問題を克服するため、量子ドットの表面原子は保護基でキャッピングされ、不動態化されています。量子ドットのキャッピングには4つの目的があります。1つ目は粒子の凝集を防ぐこと、2つ目は粒子を周囲の化学的環境から保護すること、3つ目は表面に電気的安定性を付与すること、そして4つ目は特定の溶媒系への溶解性を制御することです。通常用いられるキャッピング剤は、表面の金属原子に共有結合したLewis塩基の形をとります。粒子の周りに「鞘(さや)」を形成する有機ポリマーなど、その他のキャッピング剤も粒子の安定性向上のために使用されています。
結晶性のコアと外側の有機不動態層からなる単純な半導体コロイドは、ナノ結晶表面に存在する欠陥およびダングリングボンドで電子とホールの再結合が起こるため、量子効率が比較的低い値となります。複雑な3次元のナノ結晶構造を構築することで、コアである半導体ナノ粒子のサイズ依存的発光が大幅に増強されます。コアの上に、より広いバンドギャップをもつ第2の無機材料を成長させれば、コア表面の欠陥およびダングリングボンドを除去することができます。こうして得られるコア・シェル型量子ドットの量子効率は大きく改善されています。Nanoco社で採用しているもう1つの方法は、コア・マルチシェル構造の作製で、この場合は電子・ホール対が完全に1つのシェル層に閉じ込められます5。これは量子ドット‐量子井戸(QDQW:quantum dot-quantum well)構造として知られており、広いバンドギャップのコアに、それよりも狭いバンドギャップの材料の薄層(1~5重の単層)を重ね、さらに別の広いバンドギャップの材料で覆って作られます。ZnS/CdSe/ZnSがその一例です。このQDQWの場合、光励起性キャリアーはCdSe層に強く閉じ込められ、発光波長はCdSeシェルの厚さを変することで調節可能となります。QDQW法は、光学的・化学的安定性を向上させた高品質の青色発光量子ドットを作製する際に特に有用です。コアQD、コア・シェルQD、コア・マルチシェルQDの模式図を図1に示します。Nanoco社は、再現性の高いコア・シェルおよびコア・マルチシェルのナノ結晶を作製することで、さまざまな技術的用途に必要とされる安定性および量子効率の極めて高いQDを供給することを可能にしています5。
図1量子ドットの3次元構造。(a)CdSeコアとHDA有機キャッピング剤からなるコア粒子。(b)CdSeコア、ZnSシェル、HDAキャッピング剤からなるコア・シェル粒子。(c)ZnSコアとCdSeシェルがHDAキャッピング剤のついたZnSシェルで覆われているコア・マルチシェル(QDQW)粒子。
用途の拡大 ― 量子ドット製造のスケールアップ
照明用およびディスプレイ用として有用な量子ドットを作製するには、高純度、高品質で単分散の結晶量子ドットが得られる再現性のよい合成経路で、しかもスケールアップ可能でなければなりません。例えば、下方変換用蛍光体(down conversion phosphor)として用いるにはLED1個あたりミリグラム単位の量が必要ですが、数百万個ものLEDが毎月作られることを考えれば、数キログラム単位の量を供給できる合成法が必要です。このため、Nanoco社では「分子シーディング(molecular seeding)法」を開発しました6-8。
最近に至るまで、半導体量子ドットの作製に用いられる主な手法といえば、古典的なコロイド化学的方法によって、前駆体溶液からナノ結晶の析出させるというものでした。つまり、化合物半導体の形成に必要な元素の前駆体をそれぞれ反応フラスコにすばやく注入し、半導体ナノ結晶の迅速かつ均質な核形成を起こさせる方法が一般的でした。この「デュアルインジェクション法」は、一方の溶液を他方にすばやく加えても反応系の温度が一定に保たれているような小スケールの合成ではうまく機能します。しかし反応スケールが大きくなると、大量の溶液をもう一方にすばやく加えることで温度差が発生し、最終的には粒子径分布が広くなってしまいます。Nanoco社の分子シーディング法は、粒径分布の狭い安定な量子ドットを大量生産できる再現性の高い経路を実現するために開発されました。分子クラスター化合物と化学的前駆体の存在下で分子クラスターの完全性が保たれ、これが前もって作られたシードとして作用するような条件の下で量子ドットが作製されます。分子シーディング法の模式図を図2に示します。クラスター化合物の各分子は、ナノ粒子の成長が開始するシードまたは核形成点として作用します。その結果、適切な核形成部位が分子クラスターによって系内にすでに存在しているため、ナノ粒子の成長開始にあたって高温での核形成ステップが不要となり、スケールアップが可能となります。Nanoco社では、各分子クラスターが実際に量子ドットとなることを確認しています9。
図2[M10Se4(SPh)16][X]4(X = Li+または(CH3)3NH+)を分子シードとして用いたカドミウムセレニド量子ドットの分子シーディング合成法。カドミウムおよびセレンの前駆体として酢酸カドミウム(Cd(OAc)2)およびトリ-n-オクチルホスフィンセレニド(TOPSe)を滴加し、キャッピング剤にはヘキサデシルアミン(HDA)を用いました。
将来性:CFCD(カドミウムフリー量子ドット)について
半導体量子ドットにカドミウムや他の規制対象重金属を使用することが、商用化に向けての主な懸念となっています。世界の多くの地域では、Cd、Hg、Pbといった重金属を含む材料の使用を制限または禁止する法律が、既に施行されているか近い将来施行される予定となっています10。Nanoco社の分子シーディング法は他の化合物半導体材料(III族~V族元素など)にも適用することが可能で、CdSeのQDと同等の光学特性を有するにもかかわらず重金属を含まない半導体材料が作られています。
事例:量子ドット固体照明(QD-SSL)
白色LEDの市場は非常に重要であり、ランプの寿命および効率の向上によって照明業界に革命をもたらすと期待されています。従来の一般照明用光源においては、演色性と効率という2点が重要な基準です。ランプの色調は通常、CIE 1931色度図(図3)に従って規定されます。光源が物体の真の色調を照らせるかどうかは、演色評価数によって表されます。例えば、街灯に用いられるナトリウムランプの演色性は低くなっています。これは、赤い車と黄色い車を識別することが困難であることからも分かります。
図3(a)量子ドットLEDの模式図。量子ドットはGaN-LEDの可視青色光で光学的に励起され、緑色および赤色の光ルミネセンスを生じます。赤、緑、青の光が混ざり白色光が作られます。(b)CIE 1931色度図。2色の混合によって新しい色が生じますが、その新しい色のxy座標は、混合前の色の各xy座標を結ぶ線上にあります。3色の混合によって現れる新しい色のxy座標は、混合前の色の各xy座標を頂点とする三角形の中にあります。混色の座標の位置は元の色の相対強度に依存します。(c)緑色および赤色の量子ドットと青色LEDチップを用いた3原色性の2QD-LEDのスペクトル。(d)緑色、黄色、赤色の量子ドットと青色LEDチップを用いた4原色性の3QD-LEDのスペクトル。注:どちらのスペクトルもCIE 1931色度図でのxy座標値は(0.311, 0.324)となりますが、演色評価数は(c)よりも(d)のほうが大きくなります。
現在、白色LED技術では、セリウムをドープしたYAG:Ce(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)下方変換用蛍光体を青色(450 nm)LEDチップで励起する方法が用いられています。LEDからの青色光と、YAG蛍光体から発生した波長範囲の広い黄色光とが混ざることで白色光となります。残念ながら、この白色光はいくぶん青みがかっていることが多く、しばしば「冷たい」あるいは「涼しげな」白色と評価されてしまいます。量子ドットは幅広い励起スペクトルを示し量子効率が高いため、LED下方変換用蛍光体として使用することができます。さらに、ドットサイズや半導体材料の種類を変更するだけで、発光の波長を可視域全体にわたって完全に調整することができます。そのため、量子ドットは事実上あらゆる色、特に照明業界で強く望まれている暖かい白色を作り出せる可能性を秘めています。加えて、発光波長が緑、黄、赤に対応する3種類のドットを組み合わせて、演色評価数の異なる白色光を得ることが可能です(図3)。これらの魅力的な特性により、量子ドットLEDは商業的にも学術的にも注目されつつあります11-15。
量子ドットLEDは一般照明用の白色光用途以外の可能性も秘めています。例えば、緑色LEDはそれほど効率がよくありませんが、緑色発光QDと効率のよい青色LEDチップを用いることでこの問題を解決できる可能性があります。同様に、amber(黄色・コハク色)のLEDは温度依存性がありますが、これも量子ドットを適用して改善できると考えられます。さらに、量子ドットの発光は広い範囲で調整可能であるため、色度図上の事実上すべての色を発光できる量子ドットを組み合わせた近紫外励起量子ドット-LEDを作製することも可能です。これは、例えばネオン灯に代わる広告看板として重要な用途となるかもしれません。
参考文献
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?