2次元材料の大規模合成およびプロセッシングにおける最近の進展
Deep Jariwala, 1, Jian Zhu2, Jung-Woo Seo3, Mark C. Hersam3
1Department of Electrical and Systems Engineering, University of Pennsylvania, Philadelphia, Pennsylvania, 19104, USA, 2School of Materials Science and Engineering, Nankai University, Tianjin, 300350, China, 3Department of Materials Science and Engineering, Northwestern University, Evanston, Illinois, 60208, USA
Material Matters, 2018, Vol.13. No.1
はじめに
ファンデルワールス結合した層状物質からの2次元(2D)結晶の単離は、エレクトロニクス、フォトニック、およびエネルギーデバイスへの応用に向けた材料研究に大きな進歩をもたらしています1–5。これらの用途では、現実的な規模での製造および利用を可能にするため、大面積および大量の能動素子材料が必要になります。特に、従来のエネルギー生成、輸送、および貯蔵デバイスは、グラフェンのような導電性電極材料、または遷移金属カルコゲナイド(TMDC:transition metal dichalcogenide)などの半導体光吸収材料や触媒材料をはじめとする2D材料を大量に必要とします。多くの場合、初期に開発されたデバイスには機械的に剥離した試料が使用されていましたが、現在では2D材料の合成およびプロセッシングのための、室温での溶液処理法6–8および高温での化学気相成長法9–13において進展が見られています。当初、これらに関連する取組みの多くはグラフェンをターゲットにしていましたが、最近の大規模合成法およびプロセッシングの開発は、2D材料の構造および性質の精密な制御の実現に加え、より広範な2D材料が対象になっています。本稿では、液相法および化学気相成長法を使用した2D材料の合成法およびプロセッシングにおける最新の進歩について簡単に概説し、特にグラフェン以外の半導体材料に重点を置いて紹介します。
室温液相法
2D材料の大規模合成は、溶液を利用した剥離法で実現することができます7,14–17。2D結晶の各層間のファンデルワールス相互作用は比較的弱いため、外部から一定のエネルギーを投入することで、単層または数層のナノ材料を剥離することができます。代表的な方法の1つは、有機溶媒もしくは界面活性剤を含む水溶液などの適切な液体中で超音波処理を行う方法です。通常、剥離したナノシートのサイズは数百ナノメートルで、表面に分子が吸着して再凝集を防ぎ、溶液中で安定化します。適切な溶媒を選択することで、MoS2、MoSe2、WS2、およびSnS2のような多様な2D半導体ナノ材料がこの方法で作製されています(図1A)18。この液体剥離法では、透過型電子顕微鏡(TEM:transmission electron microscope)像で確認できるように、欠陥のないナノ結晶が得られます(図1B、1C)19。剥離の効率を向上させるために層間にイオン種や低分子を挿入すると、その後の剥離で単層ナノシートを得ることができます20,21。ただし、このインターカレーションにより不可逆な相変化が起こり、異なる電子的性質を示す剥離物質が得られる場合があります。特に、2H-MoS2にリチウムイオンを挿入すると金属性の1T-MoS2相に転換します22。十分に熱アニールを行っても、この金属相を元の半導体構造に完全に戻すことは不可能で、エレクトロニクスの半導体素子としての使用が制限されます。超音波処理の他にも、せん断剥離によりさらに大規模な2D材料の合成を実現することが可能です(図1D、1E)23,24。2D結晶を適切な液体中で強くせん断混合することで、大量の2D材料を剥離することができます。これら大規模製造法により、2D材料分散液の商業的な生産が促進されています25–29。同様の手法を用いて、酸化を防ぐために不活性環境下の無水有機溶媒中で、黒リン(BP:black phosphorous)のような化学反応性の高い2D材料の剥離が行われています(図1F、1G)30。また、BPナノ材料は適切な界面活性剤を使用して脱酸素水中で作製することも可能です31。
図12D半導体の溶液処理法。A)液相剥離法で得られた多様な2D材料の安定な分散液の外観18。B)剥離したMoS2ナノシートのTEM像19。C)剥離したMoS2の高分解能TEM像19。D)2D材料の大規模なせん断剥離を行うための装置24。E)せん断剥離した2D材料の分散液の写真23。F)チップによる超音波処理の間に周囲空気への暴露を最小限に抑えるための密封容器30。G)剥離した黒リンナノシートの高分解能TEM像30。H)合成したMoS2ナノシートのTEM像35。挿入図は、大規模合成法で製造されたMoS2粉末。I)合成したMoS2ナノシートと剥離したMoS2ナノシートのXPSピークの比較35。許可を得て転載(A, E, F, G copyright 2015 American Chemical Society;B, C copyright 2011 American Association for the Advancement of Science;D copyright 2015 MacMillan Publishers Ltd.;H, I copyright 2016 Wiley VCH)。
トップダウン型の剥離法だけでなく、ボトムアップ型である溶液法でこれらナノ材料を構築することも可能です15,32。この2Dナノ結晶のコロイド成長法を用いて、様々な応用に向けた2Dナノ結晶の大規模合成を実現できる可能性があります。ただし、2D材料の異方性を得るためには、配位子や欠陥の設計など、成長過程で2次元形状に誘導するための特別な制御が必要です32,33。MoS2、MoSe2、Bi2Se3、およびInSeなどの多様な2D半導体材料がコロイド合成法で作製されています15,34。例えば、オレイルアミンに溶解したMoCl5、CS2、テトラデシルホスホン酸前駆体から、熱注入法により二層MoS2ナノシートがグラムスケールで作製されています35。得られたMoS2ナノシートは剥離法で生成した試料に類似した構造および化学的性質を示し(図1H、1I)、フレキシブルな不揮発性メモリデバイスのようなウエハスケールでの用途開発が可能になっています35。
剥離法の多くはナノシートの大きさを完全に制御することが難しいため、分離および精製法の開発に研究の重点が置かれています8,36,37。特に、TMDCとBPの電子的および光学的性質がナノシートの厚さに依存するため、剥離後の精製が必ず必要となります。この精製法には、(1)各用途に十分な量を作製するための大規模化が可能であること、(2)元の2D半導体材料の電子的性質を維持できること、が求められます。この目的で、2D半導体材料を面積と厚さで分離する方法として、連続遠心分離処理が一般的になっています(図2A)30,31,38。超遠心分離法などの方法とは対照的に7、連続遠心処理では大規模化がより容易で、数十ミリリットルから数十リットルの範囲の量の処理が可能です。加えて、弱い遠心力で処理を行うため有機溶媒との適合性が高く、精製した分散液の固体含有量を最大にしながらレオロジーを調節できるという利点があります。これら特性により、高濃度の2D材料(TMDCおよびBP)を、真空ろ過、ドロップキャスト、印刷法などの複数の成膜法で使用することが可能になります。
図2連続遠心分離による、2D半導体材料の大規模化が可能な液相精製法。A)連続遠心処理を使用した面積および厚さの明確な分布を持つ2D材料分散液の一般的な調製方法の概略図38。B)代表的なWS2薄片のTEM像および原子間力顕微鏡(AFM:atomic force microscope)像。大きいサイズ(AとC、1,500~2,000 rpm)と厚さが薄いシート(BとD、6,000~7,500 rpm)が得られるように分離38。C)空気の影響を受けやすいBP薄片の連続遠心分離の概略図31。D)調製したままの数層フォスフォレン(FL-P:few-layer phosphorene)のAFM像31。E)元のBP薄片の特徴的な挙動を示すFL-P分散液のフォトルミネッセンス31。F)FL-Pを用いたFETのSEM画像。G)FL-P製FETの伝達曲線31。許可を得て転載(A~B copyright 2016 American Chemical Society;C~G copyright 2016 National Academy of Sciences, U.S.A.)。
基本的に、この精製過程は、分散している薄片にかかる沈降力が異なる、複数の遠心分離工程からなります。まず、最小限の遠心処理で分散液中の大型で剥離していない凝集体を沈降させた後、上澄みにかける遠心条件を強くしながら様々な時間間隔でナノシートを回収します。この段階的な方法で、図2Bに示すように面積および厚さの分布が異なるナノシートを単離することができます。例えば、大型で厚みが大きい薄片はパーコレーション構造を必要とする用途に適しており、厚さの薄いシートの分布が最も多く、横方向にある程度のサイズを持つ試料はトランジスタ素子に使用されます。最近では、精製されたBP薄片の分散液を調製するために連続遠心分離法が用いられています(図2C)30,31。BPは空気中で化学的に不安定なため、空気への暴露を最小限に抑えて剥離と遠心処理を行います。これらに注意することで、連続遠心分離により平均厚さ4.5 nmの数層フォスフォレン(FL-P)を得ることができます(図2D)30。最も重要な点として、図2E~Gに示すように、この精製過程では元のBPの光学的および電子的性質が維持されます30。BPの高濃度分散液からは、厚さに依存したフォトルミネッセンスが観測されました。また、FL-Pを用いて製造された電界効果トランジスタは、マイクロメカニカルに剥離したBP薄片を使用したデバイスと同等のION/IOFF値を示したことから、連続遠心分離法によりエレクトロニクスグレードの2D半導体材料が作製できることが示されました。
高温での化学気相成長法
液相合成およびプロセッシングには大規模製造が可能である利点がありますが、集積して連続的な単層薄膜を形成するような材料を得ることはできません7。その代わりに、溶液法による材料から形成される薄膜には、ファンデルワールス相互作用による電子的接点(電荷輸送が制限されます)を伴うパーコレーションネットワークが存在します。高性能光学デバイスおよび電子デバイスは優れた結晶品質を必要とする場合が多くあり、溶液法とは対照的に、高温での合成および堆積法を用いることで、得られる薄膜が優れた電子特性を持つように大型の結晶を成長させることができます。成長温度を高くすることで、欠陥を最小限に抑えた結晶成長に必要な熱拡散および速度論的要件が得られます。化学気相成長法(CVD:chemical vapor deposition)は、広範囲の2D材料合成に広く使用されている方法の1つです9,10,13,39。CVDは、堆積基板を設置した反応器内の高温部に前駆体蒸気を導入することで行われます。前駆体は熱分解された後、気相中および/または基板上で化学反応を起こして薄膜を形成します。過去10年間にわたって、グラフェンや窒化ホウ素およびTMDCにいたる広範囲の2D材料のCVD合成について、多数の結果が発表されており、その多くが総説(review article)にまとめられています9,10,13,40。ここでは、2D材料の合成、操作、および成長制御に関する最新結果に焦点を合わせます。特に、基板、核生成、および前駆体設計などの成長パラメータ、さらにドーピングやヘテロ構造の合成についても解説します。
CVDは、成長圧力だけでなく、使用される基板や前駆体の種類に基づいて分類される場合があります。グラフェンや窒化ホウ素のような2D材料の合成では、触媒活性のある基板を使用する方法が最も広く一般的に用いられています。グラフェン13およびh-BN(六方晶窒化ホウ素)40を触媒的に成長させる基板として、銅またはニッケルなどの遷移金属の箔または薄膜が最も多用されています。TMDCの場合、CVDは必ずしも触媒活性を必要としません。MoS2成長に関する初期の報告では、Mo薄膜の硫化が用いられています41。その後、チオモリブデン酸アンモニウムのようなMoとSの両方を含有する有機金属化合物の熱分解42や、MoO3やSの粉末状前駆体の昇華43によって高品質の結晶成長が得られることが報告されました。上記の方法を使用したTMDC材料の成長と特性評価に関する多数の報告が、最近の総説で紹介されています9,10 。報告された合成例の大多数でアモルファスSiO2基板が使用されています。成長中の2D層と基板との相互作用が弱いため、個々のアイランドの配向はランダムになる傾向があります43,44。しかし、SiC上のエピタキシャルグラフェン45や(0001)サファイア46などの単結晶基板を使用することで、TMDC格子の疑似ファンデルワールス・エピタキシーが可能となり、個々のアイランドを同じ結晶方位に沿って配列させることができます(図3A)。整列したアイランドは融合して、巨視的に連続した単層シートの単結晶を形成します46。
図3結晶成長を制御するための様々な基板および核生成の実施例。A)ファンデルワールス・エピタキシーを制御し、サファイア基板上ですべてのMoS2アイランドを結晶学的に整列させることで、単層の単結晶の形成が可能になります46。B)Au箔のような触媒活性を持つ基板を用いることで低温での成長が可能になり、Au基板の異なる結晶面においてそれぞれ異なる核生成速度および成長速度が得られます49。C、D)溶融ソーダ石灰ガラス(C)を使用して少量のMoO3前駆体をガラス基板に捕捉/溶解させ、基板上にSを導入すると単層のMoS2結晶が成長します50。同様に、溶融シリカガラス(D)は原子的に平滑な表面を提供して拡散を促進し、ミリメートルサイズのMoS2およびMoSe2単結晶が成長します51。E)粉末状前駆体の成長では、酸化物結晶をカプセル化した無機TMDCフラーレン構造が生成する場合があり、その後の硫化の際にその酸化物結晶が消費されて横方向の2D成長が得られます52。F)有機金属気相成長法(MOCVD:metal organic chemical vapor deposition)を用いると、粉末状前駆体を使用する従来のCVDの欠点が克服されますが、より良い結晶成長にはKおよびNaのようなアルカリ金属を必要とします54。G)WSe2の成長に誘導加熱器を使用した縦型コールドウォール型反応器でのMOCVDの例55。H)1種類の金属ー有機錯体前駆体にMo供給源と有機シーディング促進剤としての二つの役割を導入することで、均一な核生成と成長を促進することが可能です56。許可を得て転載(A~F copyright 2015, 2016, 2017 American Chemical Society;G copyright 2016 Institute of Physics Publishing;H copyright 2016 The Royal Society of Chemistry)。
同様に、核生成密度や成長速度についても基板が成長に影響を及ぼす場合があります。例えば、Au箔は硫化反応に対して触媒活性があるため、TMDCの大面積単結晶や多結晶膜の作製に使用されます47。触媒活性を示す金属基板を使用する利点は、単分子層の成長が完了すると触媒活性が減少するため、結晶成長が単層に厳密に限定される点にあります48。さらに、Au箔の結晶方位が核生成および成長速度に影響を及ぼします。具体的には、各面に対する前駆体の結合エネルギーの違いから、大型の結晶粒の成長には(100)面および(110)面が有利となります(図3B)49。触媒活性に加えて、前駆体化合物の基板への溶解により、膜厚の成長が単層に限定される場合もあります。高温で溶融ソーダ石灰ガラスに少量のMoO3を溶解させた後、溶解したMoO3をより低温で硫化し、MoS2およびWS2の単層を成長させることが可能です(図3C)50。また、基板の平滑さおよび前駆体の溶解度も核生成において重要な役割を果たします。溶融ガラス/SiO2が結晶成長のための非常に平滑な表面を提供することで、ミリメートルサイズのMoSe2単結晶が得られており、この単結晶を用いたFETトランジスタは室温で高い電界効果移動度を示しました(図3D)51。
このように、粒界のような線欠陥を最小限に抑えた高品質の単層を合成するためには、核生成の精密な制御が鍵となります。この課題に取り組むため、TMDCの成長について核生成中心の基礎的構造および性質が研究されています。最近、高分解能電子顕微鏡法により、最初の核生成イベントがMoS2フラーレンシェルによるMoO3ナノ粒子のカプセル化と類似していることが明らかになりました(図3E)52。硫化の際、このフラーレンに似た構造に封入されたナノ粒子とその下にある基板との相互作用に依存した、2D原子層の成長が起こります。これは、最終的にMoS2の核生成を促進するMoO3シードの生成における水分の影響に関して、これまでの観測に信頼性を与えるものです。実験室規模の実験では粉末前駆体を昇華させることが実行可能な解決策ですが、固体粉末の供給源の使用が不均一な核生成につながるため、得られるTMDCの厚さを制御できなくなります。したがって、最近の取組みでは、均一な大面積の結晶成長を実現するために有機金属前駆体に重点が置かれています。特に、有機金属気相成長法(MOCVD)では、高品質で大面積のTMDC単分子層の成長が可能です53。金属供給源としてはヘキサカルボニルモリブデンやヘキサカルボニルタングステンがよく使用され、カルコゲン前駆体には硫化水素、セレン化水素だけでなく、ジメチル/ジエチルスルフィドおよびセレニドなどが使用されます53–55。ただし、気相からの固体基板上への結晶の核生成は依然として課題となっています。粉末状前駆体を使用するCVDでは、グラファイトに似たコア構造を持つ芳香族性の高いペリレン系分子が核生成中心として働きますが、アルカリ金属塩を使用することでMOCVD前駆体でも良い結果が得られています54。当初、アルカリ金属塩は水分乾燥剤の役割を果たしていると推測されていました。しかし最近になって、実際の成長を行う前に、基板をKIやNaClなどのハロゲン化アルカリ金属に暴露した後に金属前駆体を供給することで、アルカリ金属塩が核生成剤の役割を果たすことが見いだされました(図3F)54。また、コールドウォール型MOCVD装置(図3G)でも核生成の制御が実現しています。この装置を使用する方法では、核生成サイトとなる前駆体材料の小型クラスター(15~40 nm)を形成させるために、900℃の成長温度を下回る550~700℃での処理が追加されています55。さらに、多様な有機金属化合物を使用することができ、金属原子の供給源と有機核生成促進剤の双方の役割を果たすモリブデンジメチルジチオカルバマート(Mo DMDTC)のような、より複雑な前駆体化合物が使用されています(図3H)56。
これまで、高品質、高純度で化学量論的なTMDC化合物を原子レベルの薄層として合成するためのCVDおよびMOCVD技術について、最近の成果を紹介してきました。しかし、現代の半導体技術は、半導体材料の性質を操作し、他の半導体や金属、絶縁体材料と統合してヘテロ構造を構築する能力に強く依存しています。これに関して、ドープまたは合金化した半導体2D材料およびヘテロ構造を直接合成する試みが行われています。これまでの2D半導体のドーピングおよびヘテロ構造の成長については既報にて解説されているため57–59、ここでは主に2D半導体の置換ドーピングおよびヘテロ構造の成長に関する最新の研究に焦点を合わせます。
ドーピングは、大半の半導体用途において非常に重要な手法であり、電子と正孔の濃度を調節する技術は、半導体エレクトロニクスおよびオプトエレクトロニクスデバイスの要となるものです。2次元TMDC材料の大多数は、必然的にn型ドープ材料として生成します1,60。これに対して、p型の2D半導体材料は比較的稀です(周囲環境に暴露した黒リンを除く)61,62。したがって、純粋な2次元TMDCから相補的な半導体技術を実現するためには、TMDC格子の置換ドーピングが極めて重要になります。最近、結晶成長中に固体ドーパント前駆体を使用することで、WS2とMoS2において置換ドーピングが系統的に実現されています。例えば、塩化ニオブの添加により、WS2格子のWを少量のNbで置換できます(図4A)。均一な輸送とドーピングを確実に行うため、ドーパント前駆体はカルコゲン(S)と共に供給されました。Nbの価電子(5個)はW(6個)より1個少ないため、WS2に対してp型ドーパントとなることが期待されます。同様に、レニウム(価電子7個)がMoS2のMo(6個)と置換した場合、n型ドーパントになります63。TMDCのドーピングは、金属およびカルコゲンの双方の原子成分の重合金化に拡張することができます。三元系合金の合成および特性評価が極めて詳細に行われているのに対して64,65、Mo-W-S-Seの四元系合金の合成は最近になってようやく行われました。高分解能電子顕微鏡像から、MX2構造の金属サイトの多くをMoが占有しており、カルコゲン(X)サイトの多くをハイブリッドSe-S構造、次にSe2が占有し、S2サイトは少数であることが明らかになっています(図4B)66。4つの元素すべてがランダムな固溶体状に分布しており、明確なナノスコピック領域は形成されていないことが示されています66。固溶体合金は精密で調節可能なバンドギャップを持つ材料を得るために有用ですが、秩序化した構造から本質的に新しい性質が得られることも少なくありません。MX2型のTMDC層の場合、二面性をもつ単層半導体を得るために、上側のカルコゲン原子をすべてS、下側のカルコゲン原子をすべてSeにしたような秩序化構造を想定することができます67,68。最近、上層のSまたはSeを水素プラズマで除去し、末端を水素にした準安定なH-Mo-SまたはH-Mo-Seの単層を作製する成長法で、このような二面性TMDCが実際に得られています。続いてSeまたはSガスの導入することで、秩序化したSe-Mo-Sまたはその逆の構造が形成されます(図4C)。面外構造の非対称性が大きいため、2次の非線形感受率の比が大きくなり、面外方向の圧電応答が得られます68。
図4制御されたドーピングおよびヘテロ構造成長の例。A)WS2単層にNb原子をドープするための装置の概略図(左)。空孔などその他の欠陥に加えてNbドーパントを青で示した原子分解能顕微鏡像(右)63。B)四元系固溶体(Mo、W、S、Se)原子層における金属およびカルコゲン原子サイトの各分布(左)。原子別に色分けされた原子分解能顕微鏡像(右)66。C)厚さ3原子の層内でSe-Mo-Sが連続した層を形成するJanus型TMDC単層の合成手順の概略図68。D)面内TMDCマルチヘテロ接合および超格子を連続的に成長させるため、キャリアガスを2方向から流す装置の概略図。E)球棒モデルで示したマルチヘテロ接合の原子配置および接合界面の高分解能電子顕微鏡像73。F)リソグラフィでパターニングしたMoSe2ナノシートの硫化を使用した、トップダウン型の超格子構造作製法の概略図74。G)MoTe2の半導体相2Hと金属相1T’の面内ヘテロ接合を示したラマンマップと、それに対応する球棒モデルによる結晶構造76。許可を得て転載(A, B, G copyright 2016, 2017 Wiley VCH;C, F copyright 2015 MacMillan Publishers Ltd.;D, E copyright 2017 American Association for the Advancement of Science)。
また、秩序構造を面内方向に成長させて、格子が一致する2種類の2D材料を同じ面内でつなぎ合わせた横方向のヘテロ接合を作製することも可能です。このような面内エピタキシャルヘテロ接合については、多数の報告が既に存在します69,70。ただし、ヘテロ接合の面内エピタキシャル成長に関する制御パラメータの理解はほとんど進んでいません。いくつかの観測からは、初期のシードーアイランド結晶の清浄性71またはアルカリ金属塩(例:NaCl)の存在が、シード末端から次の層の横方向への核生成および成長に重要であることが示唆されています72。それでも、大規模なヘテロ接合、マルチヘテロ接合、超格子を実現するための系統的な合成経路の必要性は残されています。最近の研究では、いくつかの異なる方法によりこれら目標の達成が試みられています。例えば、成長中に気体の流れを反転させるというユニークな合成制御方法(図4D)の場合、エピタキシャルで欠陥のないマルチヘテロ接合および超格子界面が得られます(図4E)73。もう1つの方法では、所定のサイズの超格子およびヘテロ接合を作製するために、SによってSeを置換するようなマスキングおよび条件のトップダウン型リソグラフィが利用されています(図4F)74。これに関連した方法として、集束イオンビームを使用して要求されるパターンをエッチングした後、そのパターンに別の材料を再成長させる方法もあります75。最後に、MoTe2の構造的かつ電子的に異なる相(2H:半導体性、1T’:金属性)間のヘテロ構造の制御が、テルルの蒸気圧と流量を制御することで達成されています(図4G)76。
2次元材料の応用および今後の展望
2D材料の溶液法および高温成長法による合成とプロセッシングの最近の進展により、2D半導体の品質、界面、多分散度、構造、およびドーピングについての精密制御の実現に向けた大きな成果が得られています。これらの改善は、技術レベルであっても実用化に対して直接的な影響を与えています。特に、2D材料の大規模な液相合成を拡張することで、熱電変換77、太陽電池78,79、電気化学80,81、および光触媒82の用途が実現しています。熱電用途の場合、2次元TMDC薄膜はバルク材料と比較して熱電パワーファクターがはるかに大きくなり77、TMDCとグラフェンの複合材料は高いゼーベック係数を示します83。
オプトエレクトロニクス用途としては、TMDCの吸収断面積は半導体材料について報告されている中で最も大きな値です。この優れた光吸収能と自己不動態化および原子レベルで薄いという性質を組み合わせることで、TMDCはヘテロ接合太陽電池のアクセプター材料として魅力的な候補となります84。同様に、欠陥サイトの高い触媒活性により、光触媒反応82や光電気化学反応に対する光吸収体と触媒の2つの役割を果たすことができます。ドーピングおよびヘテロ構造を制御した高品質の単層~多層の薄膜が利用可能になったことで、固体デバイスにおいて新たな機会が開かれています。具体的には、電磁スペクトルの可視領域に直接バンドギャップを持つ2D半導体は、太陽電池78,79や発光ダイオード(LED:light emitting diode)85,86のようなオプトエレクトロニクスデバイスに、かつてない性能向上をもたらしています。薄膜無機太陽電池の場合、原子スケールの厚みのために光励起の際の電荷収集が非常に効率的になります。この特性を光閉じ込め技術と組み合わせると、厚さが数ナノメートルの光吸収層を持つ太陽電池が実現し、携帯型発電や宇宙太陽光発電に最適となります。また、ダングリングボンドがないために2D半導体における無輻射再結合が最小限に抑えられ、フォトルミネッセンス量子収率がほぼ1となることが観測されており、高効率LEDへの応用が期待されます85。さらに、2D材料の共有結合性および無機的性質のため、有機発光体と比較して熱や周囲環境に対する安定性に優れています。
本稿では、主要なデバイスおよび技術における2D材料の用途を中心に概説しました。今後、重要となる課題の1つは、2D半導体の使用によって既存の材料や技術に対して独自の優位性を持つデバイス構造やアプリケーションを特定することです。現在、純粋な層状2D材料を超える欠陥のないファンデルワールス界面を、複合次元ヘテロ構造(複合次元:2D + nD (n = 0, 1 and 3))に利用することが試みられており87、その性質を電界やひずみによって能動的に調節できる可能性があります。その開発を加速させるためには、2D材料のさらなる品質向上と内部のファンデルワールス界面の最適化が必要です。
参考文献
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