メソポーラスシリカとその応用
John P Hanrahan, Tom F. O’Mahony, Joseph M Tobin, John J Hogan
Glantreo Ltd
ERI Building, Lee Road, Cork City, IRELAND T23XE10
背景
1970年代後半に発見されて以来、規則性メソポーラスシリカは非常に多くの注目を集めています。その主な理由として、整列した細孔構造、非常に大きな比表面積などの特有の性質を持つことや、球状、ロッド、ディスク、粉体などの多様な形状の材料を合成できることが挙げられます。従来のポーラスシリカとは異なり、規則性メソポーラスシリカは細孔が規則正しく整列した構造を持ちます。この規則構造は、これら材料の合成法として用いられるナノテンプレート法に由来します。過去30年間にわたって、多様な細孔配置(六方、立方など)と粒子形状(ディスク、球、ロッドなど)を有するメソポーラスシリカが多数合成されています(SBA 15、SBA 16、MCM 41、MCM 48など)。図1に、規則性メソポーラスシリカ(MS:mesoporous silica)およびポーラスシリカスフェア(多孔質シリカ粒子、PSS:porous silica sphere)の形状をいくつか示します。ポーラスシリカスフェアは、準配列した細孔を持つ球状の粒子です。メソポーラスシリカの製造における最近の進歩により、大規模な生産(kgスケールまで)が可能になっており、研究段階から、より先進的な用途主導型の研究への移行が促進されています。
均一かつ調整可能な形状の細孔を有する高表面積MSが、複数の用途ですでに使用されています。例えば、廃水処理、屋内空気浄化、触媒、生体触媒(bio-catalyst)、薬物送達、二酸化炭素回収、生化学分析用試料の調製、パーベーパレーション(浸透気化)膜の改良などがあります。また、量子閉じ込め効果を示すナノ粒子やナノワイヤのアスペクト比を制御するためのテンプレートとしてもMSが使用されています。表1に、PSSおよびMSの用途および分野の一部を示します。
ナノワイヤ合成のホスト物質としてのメソポーラスシリカ
半導体ワイヤのナノスケール構造は特有の光学的、電気的、機械的性質を示すため、今後の新技術においてきわめて重要な役割を果たすと予想されています。細孔(通常2~15 nmの直径)が材料全体に一方向に整列したMSをテンプレートとして、半導体材料を気相から形成することに成功しています。最近では、超臨界流体溶液相に基づく方法で、メソポーラスシリカの細孔内部でシリコンナノワイヤを作製する新規手法も報告されています1。図2に、細孔にシリコンナノワイヤを充填する前(上)と充填した後(下)のMSのXRDおよびTEM画像を示します。シリカマトリックス中のシリコン「メソワイヤ」の充填密度が高いため、量子構造の形成に最適です。
図2MS細孔内部で成長させたSiワイヤのX線回折(XRD)およびTEM画像。
改質メソポーラスシリカを使用した、廃水からの重金属イオン除去
金属イオンは廃水中で最も問題となる環境汚染物質であり、溶媒和した金属イオンに対する長期暴露や人体および生態系に与える影響が強く懸念されています。特に対策が必要な金属元素は、クロム、ニッケル、マンガン、鉄および様々な重金属類です。廃水からの金属イオンの除去には、沈殿、凝固/フロキュレーション(flocculation)、イオン交換、逆浸透、錯形成/イオン封鎖(sequestration)、電気化学的操作、生物学的処理などの複数の方法が用いられています。しかし、これらの方法には作業的にもエネルギー的にも高コストであるという限界があります。廃水処理システムとして、活性炭、ゼオライト、粘土のような吸着剤も使用されていますが、これらの材料には、充填容量が比較的小さく不安定で、金属イオン結合定数が小さいなどの欠点があります。高い表面積(通常、200~1000 cm2 g−1)と大きな細孔容積を有し、再利用/再生が容易なことから、規則構造を持つMSは金属イオンの収着媒体としての利用が確立しつつあります。実際には、メソポーラスシリカを多様なキレート剤(または金属イオンに特異的な配位子)で修飾することで、水系または有機系液体からより多くの量の金属イオンを選択的に除去することが可能です。表2に、単官能性(アミンまたはチオール基)および二官能性(アミンおよびチオール基)SBA-15の吸着容量を示します2。
金属ドープしたメソポーラスシリカによる廃水からのリン酸塩の除去
リン酸イオンとしてのリンは、農業用肥料や工業用洗浄剤として広く使用されている重要な元素です。しかし、リンの使用は、水生環境に放出された場合に富栄養化の問題が生じます。世界の複数の環境保護機関が、過剰なリンの使用による富栄養化を淡水の供給に対する最大の脅威としています。富栄養化が魚の死滅や動植物の生息・生育地の減少にも繋がります。規則構造を持つMSは、金属イオンやアミノ酸の良い吸着剤であることが知られており、最近では、金属イオン吸着に選択的配位子による修飾が非常に注目されています。さらに、遷移金属をドープしたMSもリン酸塩の吸着剤として有望であることが示されています。図3は、ドープした複数の種類のメソポーラスシリカを使用した際のモデル水溶液からのリン酸塩除去の効率を示しています。すべての場合において、ドープしたSBA-15材料は高い吸着効率を示しています3。
図3チタン、鉄、ジルコニウム、アルミニウムをドープしたSBA-15を使用した、廃水からのリン酸塩の除去
ポーラスシリカスフェア(PSS)を使用した、屋内空気からの揮発性有機化合物(VOC)除去
近年、人の健康に悪影響を与える屋内空気の汚染が強く懸念されています。ライフスタイルの変化により屋内で座っている時間が増加していくことが予測されるため、屋内空気の汚染が健康に与える影響は今後さらに重要になるものとみられます。2001年のnational human activity pattern survey(NHAPS)によると、典型的なアメリカ人は約90%の時間を屋内で過ごしていました。アルデヒド類は特に健康に悪影響(目や肺への刺激)を与える物質として知られており、ホルムアルデヒドとアクロレインは発がん性物質である疑いがあります。建築デザインの変更やエネルギー効率の改善により、断熱性の向上と換気回数が減少すると共に、建物の気密性が高まっています。封止剤、プラスチック、溶媒系塗料など、人工建築材料の使用が問題をさらに悪化させており、屋内の汚染物質として揮発性有機化合物(VOC:volatile organic compound)、非揮発性有機化合物(NVOC:non-volatile organic compound)、準揮発性有機化合物(SVOC:semi-volatile organic compound)が懸念されています。
最近の研究によると、ポーラスシリカスフェア(PSS)を使用して、屋内環境を模倣した条件と実際の屋内環境の双方で、屋内空気の様々な汚染物質を効率的に捕捉できることが示されています。吸着剤は、比較的高い濃度(500 ppb)かつ流量(10 L min-1)条件で試験されました。市販のAmberlite XAD-4樹脂と比較して、PSSは周囲空気中の無極性VOCの捕捉において高性能であり、極性VOCの捕捉効率も非常に高いことが示されました。PSS吸着剤は、シミュレーションチャンバー内に存在する気相中のカルボニル化合物をサンプリングの最初の10分間で100%捕捉しましたが、同じカルボニル化合物に対するXAD-4樹脂の効率には幅があり、100%から8%までの範囲で大きく異なりました。
図4に、カルボニル化合物(アセトン、ブタナール、ペンタナール、ヘキサナール)の捕捉効率を示します。PSSの捕捉効率は最初の10分後にほぼ100%に達しますが、XAD-4樹脂の場合、最初の10分後に100%から8%までの範囲で大きく異なりました。ただし、捕捉された化学種で吸着表面が次第に飽和するため、両吸着剤の捕捉効率は時間の経過とともに徐々に減少しました4。
図4(a) アセトン、(b) ブタナール、(c) ペンタナール、(d) ヘキサナールに対するXAD-4(破線)およびPSS(実線)の捕捉効率
金属ドープメソポーラスシリカを用いたスチレンオキシドのメタノリシス反応
シングルモードのマイクロ波反応装置内のスチレンオキシドのメタノリシス(methanolysis、エステル交換反応)固体酸触媒として、ジルコニウムおよびチタンをドープした(Si/ZrおよびSi/Tiがそれぞれ40:1および80:1の比率)、高度に配列した六方晶MSが使用されています。Si/Zr触媒は基質の変換反応に非常に優れ、生成物の選択性が高く、複数回の反応サイクルにわたって高い活性を維持しました(図5)。これら実験結果は、ジルコニウムをドープしたメソポーラスシリカがスチレンオキシドの液相メタノリシスに対して有効な触媒であることを明確に示しています。生成物は単純なろ過/蒸発で分離することができます。40:1のSi:Zr 触媒を使用した典型的な反応では、シングルキャビティマイクロ波反応装置を105 Wで10分間作動させることで、スチレンオキシドが100%変換されました。触媒の再利用に関する研究では、触媒をメタノールに分散後、マイクロ波の照射により、少なくとも5回のサイクルにわたって高い触媒効率(95%変換率)が維持されました5。
図5Si/Zr試料(49:1)の六方晶配列(A)および細孔の保持(B)を示した透過型電子顕微鏡(TEM)画像。下のグラフは、40:1の触媒について、スチレンオキシドの変換率(%)に対する再利用性およびターンオーバー数(TON:turnover number)を示しています。
難水溶性薬物分子のバイオアベイラビリティーを改善するための薬物/SBA-15製剤
難水溶性薬物が溶出液と接触する有効表面積の増加により薬物の溶解が促進されることは良く知られており、規則構造を有するMSへの薬物の充填は有用となります。MSは高い表面積、大きなメソポア容積、狭いメソポアサイズ分布(5~8 nm)、一方向に整列したメソポアネットワークといった特徴を示し、これらの特性から、均一で再現性に優れた薬物の充填および放出が可能です。
シリカ担体からの薬物放出は、OMM(ordered mesoporous material)を薬物溶解の促進に用いる際に考慮される重要な指標です。生体外における薬物–シリカ試料からの薬物放出と元のフェノフィブラートの溶解を図6に示します。担体材料としてMSを使用することで、すべてのサンプルにおいて薬物の溶解速度が改善されています6。
図6フェノフィブラートを充填したSBA-15のSEM(左)とEDX画像(右)。物理的な混合(上の画像)および融解(フェノフィブラートの融点:約80℃)させて充填した試料。図Aは、未処理のフェノフィブラート、物理的混合、融解による試料の放出プロファイルで、図Bは、液体を含浸させた試料、液体CO2および超臨界CO2で処理した試料の各放出プロファイルです。
生体触媒用メソポーラスシリカへの酵素封入
酵素の固定化には、安定性の向上や、回収および再利用の容易さ、酵素が不溶な非水性溶媒中での酵素の使用が可能といった複数の利点が得られます。しかし、固定化の大きな欠点として、通常は酵素の活性が低下し、処理コストが著しく増加します。さらに、固定化は非特異的な傾向があり、担体への特定の酵素の固定化は個々に最適化する必要があります。理想的には、酵素固定用の担体材料は機械的および化学的に安定で、表面積が大きく、低コストで容易に作製可能で、非特異的タンパク質吸着特性が低いことが望まれます。また、固定化の際に酵素の構造や活性が損なわれることがなく、活性サイトへ行き来する基質と生成物の拡散が維持される必要があります。MSは酵素担体として広く使用されており、生体触媒の担体としての応用に大きな注目が集まっています。
図7SBA-15(四角)およびPSS(三角形)に固定化されたシトクロムcおよび水溶液中のシトクロムc(白丸)の活性プロファイル
細孔の平均直径が同じものの容積および表面積が異なる2種類のシリカ担体(SBA-15およびPSS)に対するシトクロムcおよびリパーゼの吸着と活性が調べられています。SBA-15の場合はシトクロムc が15.6 mol g-1、Candida antarctica由来リパーゼB(CALB)が2.04 mol g-1充填されたのと比較して、PPSではシトクロムcが0.94 mol g-1、CALBが6.7 mol g-1充填されました。この充填量の差は、担体の性質(細孔の容積、表面積、形状)の差に由来すると考えることができます。両担体上でのシトクロムcの触媒活性は同程度でしたが、CALBの活性はPPSと比較してSBA-15で高くなっていました(7.8 vs 4 s-1)。CALBの活性の差は細孔の形状と担体の物理的性質に由来すると考えられ、SBA-15で再利用性が高くなることもこの仮説を支持しています。このデータから、メソポーラスシリカ担体の物理的性質が酵素の活性と安定性に大きな影響を与えることがわかります7。
生体マトリックスからのリン脂質抽出用金属ドープメソポーラスシリカ
食品マトリックスは望ましくない化合物や干渉する化合物(リン脂質など)を多く含むため、その分析は容易ではありません。液体クロマトグラフィー(LC)法や質量分析法で測定する前に、サンプルを抽出・精製する必要があります。最近、肝組織サンプルの調製に、ドープされたMS(チタンドープSBA-15)がQuEChERS(キャッチャーズ)法(Quick:迅速、Easy:簡単、Cheap:安価、Effective:効果的、Rugged:堅牢、Safe:安全)に基づく分散固相抽出(dSPE:dispersive solid phase extraction)法で使用されています。チタンをドープしたSBA-15は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析法を行う前の生体試料の前処理に使用されており、分析対象物をサンプルから除去することなく、リン脂質を選択的に抽出することができます。なお、シリカに金属成分が付与された他の金属シリカ複合材料と比較して、シリカ構造内部にチタンをドープすることで、堅牢性や化学的安定性に関して大きな利点が得られることは注目されます。
チタンをドープしたメソポーラスシリカ(SiTi)で処理したサンプルからの回収は、既存のC18吸着剤で処理した場合よりも増加することが示されています。表3に示したC18およびSiTi (4%) -C18吸着材料のデータは、QuEChERS法に基づいたd-SPEによる駆虫剤試料の処理に、SiTi (4%) -C18は従来のC18吸着剤よりも有効であることを示しています。
エタノールから水を分離する浸透気化膜へのポーラスシリカスフェア(PSS)の導入
浸透気化法は、主に水の分離や有機溶媒の溶媒の回収に使用される膜分離技術です。有機液体混合物の分離にも使用されています。浸透気化法は、物理的な困難を伴うことなく共沸混合物の効果的な分離が可能であることから、他の分離法に対して大きな利点を持っています。また、共沸蒸留などの方法で問題となる環境への負荷も浸透気化法では生じません。選択性を大きく損なうことなく膜透過流束を改善する1つの方法として、ポリマーマトリックスに多孔性粒子(ゼオライトやシリカ粒子など)を封入する方法があります。この種類の多孔性セラミック–ポリマー膜複合材料では、粒子設計(サイズ、形状、単分散性、細孔径、表面の化学的性質など)が非常に重要になります。
図8膜吸収量の時間経過:上の図は、エタノールと水が50:50 wt%の溶液の選択膜への吸収量を時間の経過とともに示したものです。グラフ中の最大値は、膜が溶出する点、つまり膜の形状が失われて使用できなくなる点を表しています。下の画像Aは15 wt%のシリカを充填したPVA膜の表面像、画像Bは10 wt%のシリカを充填したPVA膜の表面像を示しています。
最近の研究では、十分に設計したPSSのポリマー浸透気化膜への組み込みが非常に有効であることが明らかになっています。例えば、1.8 nmの細孔径で、直径1.8~2 μmの単分散球形シリカ粒子をポリ(ビニルアルコール)(PVA)ポリマーに導入すると、流束と選択性が共に大きく向上した複合浸透気化膜が得られます(図8)。ゼオライト系とは異なり、PSSの細孔径および化学的性質は幅広い範囲で精密に制御可能で、浸透気化膜の様々な用途において新たな分離膜が作製される可能性があります8。
改質メソポーラスシリカを使用したCO2の直接空気回収
二酸化炭素(CO2)の放出は地球環境に対する重大な脅威であり、緊急の対策を要する課題になっています。これに関連して、天然ガスやバイオガスなどの産出の際に不要な成分として発生するCO2の人為的排出が強く懸念されています。しかし、空気から直接または混合気体からのCO2の隔離で、炭素排出に関連するリスクを低減できることが主張されており、メソポーラスシリカ、ゼオライト、金属有機構造体などの多様な多孔性材料が研究されています。最近の研究から、金属有機構造体(MOF:metal organic framework)やゼオライトのようなベンチマークとなる材料と比較して、アミン修飾SBA-15がCO2の隔離において優れた性能を示すことがわかっています9。
メソポーラスシリカ製品
References
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