バイオイメージング用蛍光ナノ材料:粒子の輝度、光安定性およびサイズに関する考察
Philipp Reineck1, Marco Torelli,2
Material Matters, 2019, 14.2
はじめに
蛍光顕微鏡法は、多くの生物学的研究の不可欠な要素となっており、基礎研究から臨床診断に至るまでのすべてに影響を与えています。電子顕微鏡、コンピュータ断層撮影、超音波のような他のイメージング法とは対照的に、蛍光顕微鏡法は高い空間分解能と目標とする多波長でのコントラストを兼ね備えています1,2。現在、生物学およびバイオテクノロジーの研究室では、有機蛍光体や蛍光タンパク質が非常に重要なツールとして使用されていますが、その他の蛍光ナノ材料も、in vivoの深部組織イメージング3,4からポイントオブケア診断(臨床現場即時検査)5まで幅広く用いられ、世界中の研究室で多用されています。大多数の有機蛍光体はサイズが1 nm未満ですが、ナノ材料はサイズが1~100 nmの範囲にあるため、担持可能な表面を持つ個々の蛍光体としての役割を果たすことができます。蛍光ナノ材料は、次のような利点があるため、多様な用途で成功を収めています。
- この方法以外ではコントラストが得られない試料で得られる高い光学コントラスト
- 複雑な生物システムの特定要素の可視化または検出
- 100 nmのサイズおよびミリ秒の時間スケールを遥かに下回る、高い空間・時間分解能での構造の可視化
- 物理的性質(温度、磁場、歪み)および生化学的性質(pH、分子およびイオンの濃度)を細胞より小さいレベルまで定量化
- 標的部位にふさわしい薬物(payload)の送達
これらの利点を踏まえた「理想」のナノ粒子を図1に示します。理想的な材料は、高輝度の蛍光を示し、粒子の均一性が高く、光退色が起こらず、完全な生体適合性を持ち、対象とする特定の分析物との結合または検出が非常に選択的です。これらの特質はほとんどの用途で望まれるものですが、ナノ材料の理想的なサイズは、用途および対象とする物体のサイズに強く依存します。完全なナノ粒子はまだ存在しませんが、この分野は大きく進歩しています。本稿では、現時点で最先端の材料について蛍光輝度、光安定性およびサイズについて概説し、これらの性質と関連する新しい用途を紹介します。
「理想」の蛍光ナノ材料の性質。
輝度
蛍光輝度は、すべての蛍光ナノ材料にとって必要な性質です。蛍光輝度が十分にあることは、生物システムによく見られる自己蛍光のバックグラウンドに埋もれないシグナルを示すために極めて重要です。一般に、蛍光輝度Bは、吸光係数(ε)と量子収率(Γ)の積(B = ε・Γ)として定義されます。物質が高輝度であるためには、吸収した励起光を高効率で発光する、つまり、蛍光量子収率が高くなければなりません。また、光子を高効率で吸収する、つまり、吸光係数が高いことも必要です。後者の条件は、例えば [M-1cm-1] など、モル基準で定量化され、物質の物理的なサイズは考慮されない場合が多いです。しかし、サイズは重要なパラメータです。通常、有機色素の直径は約1 nmで、ほとんどの蛍光ナノ粒子より10~100倍小さくなります。半導体系の量子ドット(QD:quantum dot)は、有機色素より10倍高効率で光を吸収できますが、その体積は100倍以上大きいこともよくあります。したがって、「どちらの物質が明るいか」という疑問に対する答えは、その比較が分子数または粒子数(モル吸光係数)に基づくものか、物質の質量(質量に基づく吸光係数)に基づくものかに依存します6。6種類の異なるナノ材料について、これら2つの基準による輝度の比較を表1に示します。フルオレセインや緑色蛍光タンパク質(GFP:green fluorescent protein)のような分子蛍光体のモル当たりの輝度を、複数の物質が上回っています。ただし、フルオレセインのようにサイズが小さな分子の質量当たりの輝度は、他の分子より1桁以上高くなります。
単独の100 nmのナノダイヤモンドまたは10 nmのポリマードットの輝度は、フルオレセイン1分子の輝度の1桁以上ですが、その代償として粒子サイズが大きくなります。ただし、粒子が大きいことは常に不利なわけではなく、例えばin vivoの実験で即時に除去されるのを避けるためなど、生物学的な観点から必要とされる場合もあります。また、希少な事象の検出では、個別の粒子を明確に検出することが最も重要になるため、より大きな粒子の極めて高いモル当たりの輝度によって増強することも可能です(「サイズ」のセクションもご参照ください)。一般に、質量当たりの輝度は、サイズが小さい低密度の物質で高くなる傾向があります。例えば、カーボンドットの質量当たりの輝度はかなり高いものの、モル当たりの輝度は他の物質よりはるかに低くなります。モル当たりの輝度は分子の世界に由来し、ナノ粒子のサイズは無視されます。実際に、意味のある輝度の基準の選択は、対象とする特定の粒子および用途に左右されます。
一般に、有機色素は非局在化電子を介して分子全体が光と相互作用するため、非常に高効率で光を吸収します。これに対して、ナノダイヤモンドは大部分が透明なダイヤモンドのマトリックスで構成され、光を吸収して蛍光を発する窒素-空孔(NV:nitrogen-vacancy)中心のようないわゆる「色中心」は約0.001重量%しか含まれていません7。そのため、改善の可能性が大いにあります。半導体量子ドットおよびポリマードットの吸光および輝度は、サイズの増加に伴い増加します8,9。ナノダイヤモンドは、NV中心の質を改善することで輝度を大幅に向上できる可能性がある数少ない物質の1つです。マイクロメートルサイズへの粒子の粉砕化や、NV中心を含有する粒子のボトムアップ型合成法などの温和な方法の開発が進んでいます10。
光安定性
多くの用途では、ナノ材料の励起と蛍光シグナルの積算を繰り返します。数枚の画像しか必要としない最も単純なin vitroの細胞イメージングの実験でも、対象領域を発見するために、通常は少なくとも数秒間の光励起が必要です。したがって、光安定性が重要なパラメータとなり、非常に高輝度の蛍光物質であっても強度の低下が速すぎる場合は役に立ちません。この現象は「光退色」と呼ばれています。
多くの場合、光退色の過程に関わる物理化学的な変化は複雑で、極めて物質に特有であり、局所的な環境や使用する光励起の強度に強く依存します。多くの物質は、特定の環境および使用する照度に依存して光安定性が増減します。科学文献で蛍光ナノ材料の光安定性に関する定量的な情報が不足している理由の一部はこのためです。フルオレセインのように広く知られ、多用されている一部の蛍光体は、非常に詳細に研究されていますが16,17、比較的新しい物質の大部分はまだ調べられていません。
光安定性の一般的な基準として、1)絶対または寿命光安定性(蛍光体が失活する前に放出可能な平均光子数)と、2)光退色速度(単位時間当たりの蛍光強度の減少)の2つがあります。絶対光安定性は、広範囲にわたって励起強度に依存しませんが、これを測定する実験は困難です。光退色速度の決定は比較的容易ですが、照度に強く依存します。
水に分散し、市販の広視野蛍光顕微鏡で撮像された複数の蛍光ナノ材料の蛍光強度の時間変化を図2に示します4。照射強度は10 W cm-2のオーダーで、共焦点顕微鏡法(10~100 W cm-2)、アップコンバージョンナノ粒子イメージング(100~1000 W cm-2)18、誘導放出抑制超解像イメージング(>1000 W cm-2)19で一般的に使用される励起強度と比較すると非常に穏やかな条件です。例えば、一般的な赤色蛍光体のAlexa 647は、これらの条件下で約8秒の特徴的な光退色時間(光退色速度の逆数)を示します。これに対して、ナノダイヤモンドはまったく光退色を示さず、実際に最も大きな変動は励起強度のドリフトが原因で起こります。その他のすべての物質は、これらの両極端の間の特性を示します。実際に、輝度と光安定性は密接に関連しています。輝度が高い物質は低強度の光で励起可能であり、したがって、輝度が低い蛍光体と同じ画像コントラストをより弱い励起光で得ることができます。そのため、光安定性の適切な基準も用途に依存します。 図2では、等しい励起強度を使用した一例のみを示しています。
蛍光ナノプローブのサイズ
ナノ材料のサイズは、生物システムがどのように外来性物質と相互作用するかを主に決定する重要なパラメータです。サイズが影響を与える重要な例として、能動的および受動的な細胞による取り込み、能動的および受動的な輸送、免疫系の応答、クリアランスの経路、毒性などが挙げられます20。また、拡散、イオン相互作用、化学結合の形成などの物理的および化学的な過程でも、サイズが重要な役割を果たします。上記の特性と同様に、理想的な粒子サイズは用途に強く依存します。
図2広視野蛍光顕微鏡法実験における複数の蛍光ナノ材料の光安定性。すべての材料はイオン交換水に分散され、励起強度約10 W cm-2で照射。文献6より許可を得て転載。copyright 2016 Wiley。
血液、血清、さらには増殖培地などの複雑な生物学的環境では、ナノ粒子の周囲にタンパク質が吸着したタンパク質コロナの形成によりナノ粒子サイズの決定が非常に困難になります20,21。
表2に、異なる用途および研究の要件に対する特定のサイズ範囲のナノ材料の適合性に関して考慮すべき一般的な事項を要約します。組織の動力学を調べるためには、過程に関与する物体に対して、使用する蛍光ナノ材料の適切なサイズを検討しなければなりません。例えば、個別の分子の動力学を研究するためには、より大きなナノ粒子ではその慣性がこれらの過程を妨げるか、ほとんど止めてしまうため、最小の蛍光標識しか利用することができません。一方で、微小管に沿った細胞内輸送が主な研究対象である場合、個別のナノ粒子がより高いコントラスト(したがって、より高い時間分解能が得られる可能性)とより高い光安定性を提供するため、最大で数十ナノメートルまでのナノ粒子が適している場合があります。真核細胞は、小嚢や小器官の一部などのより大きな物体をモータータンパク質で日常的に輸送しており、30 nmのナノ粒子が輸送動態に与える効果は限定的である可能性があります22。さらに、サイズは細胞による粒子の取り込みに直接影響を与えることができます23。
in vivoの実験において、これらの相互作用はさらに複雑で、解明は進んでいません。実際に、ナノ材料のサイズの効果に関して科学界で合意が得られているのは数点に限られています。一般に、ナノ材料の腎クリアランスには、流体力学的半径(吸着している生物種を含む)が5.5 nm未満である必要があります24。約200 nmまでの粒子は肝臓によって除去され、さらに大きな粒子は脾臓でろ過されます25。脾臓によるクリアランスを避けて、長い循環時間により標的化の可能性を向上するためには、約150 nmのオーダーの粒子が最適と考えられています26。
図3ビオチン化した血小板活性化抗体(抗CD41-ビオチン)と反応させ、蛍光ナノダイヤモンド(FND:fluorescent nanodiamond)(上段)またはフィコエリトリン(PE:phycoerythrin)(下段)のいずれかと結合したストレプトアビジンと反応させた血の塊(血餅)の時間経過。PEは急速に分解しますが、FNDのシグナルは一定のままです。
用途
光安定性のある蛍光体の現在の用途の1つは、長時間のイメージングにより生物学的な現象を経時的に追跡することです27。これにより、細胞トラッキング28や数日間にわたる生物全体のイメージング29が可能になります。図3は、イメージングの実験において高倍率の画像がどの程度速く劣化するかを例示しています。最初の1組の画像を収集する間に、画質を犠牲にすることなく視野の焦点を微調節することは基本的に困難です。また、in vivoの撮像では、近赤外(NIR:near infrared)領域の発光が不可欠な要素です30-31。多くのナノ材料(量子ドット、ナノダイヤモンドなど)は、近赤外(NIR)で発光します。腫瘍マーカーの退色を抑制することができる場合32、蛍光画像誘導手術などのin vivo32の臨床用途の可能性があります。組織に浸透する波長における腫瘍マーカーの輝度は、in vivoの撮像で決定的な要素です。
光安定性のあるナノ材料は、光退色が非常に重要な制限要因となるような、高レーザー強度を使用する新しい用途で特に重要な役割を果たします。例えば、ナノダイヤモンドは、100 MW cm-2を超える強度でも退色を起こすことなく耐えることができます34。回折限界未満の解像度を可能にする超解像イメージングにおいて、光安定性は直接的および間接的な影響を及ぼします。直接的には、多くの場合、蛍光体は長時間にわたり高い励起強度に耐えることが必要になります。間接的には、誘導放出抑制(STED:stimulated emission depletion)顕微鏡法の分解能が励起パワーの増加に伴い向上するため、光安定性が高い材料ほど適することになります35。基本的に、分解能は粒子サイズに制限されますが36、最小6 nmまでの分解能で個別のNV中心を撮像することが可能です37。高レーザー強度に耐えることができるため、ナノダイヤモンドは実現可能な最高の解像度を実現します38。確率論的光学再構成顕微鏡法(STORM:stochastic optical reconstruction microscopy)で、ナノダイヤモンドは細胞のコントラストを直接向上するのではなく、ステージのドリフトを補正するための位置合わせマーカーとして利用されます。これにより、ルーチン処理で10 nmの分解能39(最小で2.6 nm40が実証されています)で最大26回の複合画像の撮影が可能になり、超解像法として他に例はありません40。
多光子顕微鏡法では、表面組織から数百マイクロメートルの深さまで、高分解能の蛍光画像を撮影することが可能です。多光子励起により、組織の内部で強く集光することができ、光学的に断面観察し、バックグラウンドの蛍光を抑制することができます41-42。励起面積は減少するものの、焦点における局所的なレーザー強度は高いため、光退色が起こります43-44。MCF-7乳がん細胞(800 nm励起)45およびHeLa細胞中の蛍光ナノダイヤモンド(FND)を撮像するために2光子励起が用いられ、バックグラウンドの蛍光が減少してコントラストが大幅に増加することが示されています46-47。in vitroの用途として、最小40 nmまでのサイズの粒子の可視化が実証されています47。これらの実験では、強照射条件(最大3 GW cm-2および最長10分間)の下で、2光子発光の退色は観測されませんでした46,48。
ここまでは、光安定性のある材料が役立つ例を中心に紹介してきましたが、光退色そのものを撮像法として利用することも可能です。従来、光退色後蛍光回復(FRAP:fluorescence recovery after photobleaching)などの方法が分子拡散速度の決定に使用されています。最近、光退色支援STORMにより、この方法で達成可能なシグナル対ノイズ比が向上しており、自己蛍光が極端に強い分析物に対して特に有効です49。さらに、様々な色素の異なる光退色時間を利用して、1つの信号チャンネルにコントラストを与えることができる場合、複合イメージングを可能にするために光退色そのものをコントラスト機構として利用することができます50。
蛍光ナノ材料はその他のコントラストの機構を持つ場合も多く、分解能と感度の両方を向上するための複数の画像情報を融合したマルチモーダルイメージングの可能性が広がります。今後、蛍光ナノ材料は、研究室にとどまらず、例えば手術室などでも、磁気共鳴法51、電子顕微鏡法52、コンピュータ断層撮影法53などのイメージング法を補完できる可能性があります。
結論
現世代の蛍光ナノ材料は、生物学的イメージングの大幅な進歩を可能にしています。特定の用途に対して最適な材料を選択することは複雑であり、ナノ材料の輝度、光安定性、生物学的安全性、検知能力、サイズなどの多くの要素を考慮しなければなりません。「どの物質が最高か」という質問は時代遅れであり、「自分の用途に最適な物質はどれか」という質問を代わりにするべきです。最適な物質を特定し、その物質に対してすべての実験プロセスを適用および最適化することは、単純なことではありません。その結果、多くの新素材はまだ潜在能力が最大限に生かされておらず、これを結実させるためには材料科学者と生物学者の密接な協力が不可欠です。現在、これまでにない蛍光輝度を示す複数の蛍光ナノ材料があります。その中でも、ナノダイヤモンドは、光分解に対する真に不変の耐性と特有の感知能力を兼ね備えており、最も輝きを放っています。
参考文献
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