抗体の産生
ポリクローナル/モノクローナル抗体
抗体は、免疫系の一部であるB細胞によって、感染病原体などの異物による動物の体内への侵入に応答して産生されます。抗体は、抗体の産生を引き起こした抗原に結合し、抗原が破壊されるように印を付けることにより、感染症と闘う手助けをします。動物の体に備わったこの能力を用いて、特定の分子に結合する抗体を産生することができます。
標的特異的な抗体を用いて対象となる分子を分離し、検出することができます。抗体は、ライフサイエンス研究において最も重要なツールの1つとなっており、タンパク質やその他の分子の検出、定量化、経時的な変化やその他の影響による変化の判定などを可能にします。
免疫化学技術で用いられる抗体の多くは、ウサギ、ヤギ、ロバ、ヒツジなどの適切な動物に、対象となる抗原を繰り返し接種することによって産生されます。抗体の産生がピークに達した時点で、血清を回収します。この方法では、血清1 mLあたり約1~10 mgの特異的IgG抗体濃度を得ることができます。抗原性が弱い物質では、抗原の放出を遅らせ、マクロファージによる抗原の捕捉を容易にするアジュバントの添加が必要となる場合があります。薬剤などの低分子は、免疫応答を刺激するために、より抗原性の高い構造(キャリアタンパク質)と結合させなければなりません。
大きな抗原分子の特徴の1つは、免疫化した動物において多数の抗体産生B細胞クローンの活性化を誘導することです。その結果生じる抗体のポリクローナル混合物は、抗原の多様なエピトープを認識することができるため、一部の実験手法で有用なツールとなります。これらのポリクローナル抗体混合物は抗原表面の複数のエピトープと反応することから、多型、グリコシル化の不均一性、軽微な変性などの抗原の小さな変化に対して、モノクローナル(均一)抗体よりも寛容となっています。抗体作製に用いられた抗原によって、ポリクローナル抗体は、免疫原タンパク質と高い相同性を有するタンパク質の検出や、免疫原と異種の組織サンプル中の標的タンパク質をスクリーニングに用いることができます。ポリクローナル抗体を用いて作業する場合、ポリクローナル抗体の産生に用いられた免疫原や、解析するサンプル中で起こり得る望ましくない交差反応性について、可能な限り多くの情報を得ることが特に重要です。特に、高い相同性を有するタンパク質ファミリーなど、特有のエピトープを標的とするポリクローナル抗体の産生には、ペプチド免疫原がよく使われます。
モノクローナル抗体・ポリクローナル抗体の産生
均一な抗体(モノクローナル抗体)は、Bリンパ球を不死化した培養細胞と融合させ、ハイブリドーマにすることで作成できます。ハイブリドーマは、全く同じ抗体のコピーを多数産生します。モノクローナル抗体は1つの抗原エピトープとしか反応しない特徴があるため、診断用抗体の開発に有用です。しかし、ポリクローナル抗体と比べ、モノクローナル抗体は抗原の化学処理によりエピトープの損失に弱くなっています。これは、同一の抗原に対してモノクローナル抗体を2種類以上使うことで解決できます。
ポリクローナル抗体の有用な特性
- ポリクローナル抗体は複数のエピトープを認識することが多いため、モノクローナル抗体よりも抗原の性質の小さな変化に対してより寛容です。変性タンパク質の検出には、ポリクローナル抗体が選択されることが多いです。
- ポリクローナル抗体は、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ロバ、ニワトリなどのさまざまな動物種で産生することができるため、実験デザインの選択肢が多くなります。
- ポリクローナル抗体は、未検討の種で抗原の性質が不明な場合にも用いられることがあります。
- ポリクローナル抗体は複数のエピトープを標的とするため、より確実に検出できる場合が多いです。
モノクローナル抗体の有用な特性
- モノクローナル抗体は特異的であるため、アッセイの一次抗体として、または組織中の抗原の検出に優れており、ポリクローナル抗体よりもバックグラウンドシグナルが著しく低いことが多いです。
- ポリクローナル抗体と比べ、モノクローナル抗体の均一性は非常に高いです。
- 実験条件が一定であれば、モノクローナル抗体によって実験間で再現性の高い結果が得られます。
- モノクローナル抗体は、その特異性によって、アフニティー精製の場合など、関連分子の混合物中でも極めて効率的に抗原に結合できます。
クローン番号
各クローン番号は、抗体産生に使用した細胞株を表しています。抗体は1個体以上の宿主で作成するため、各クローン細胞株には、個別のクローン番号が割り当てられます。各ハイブリドーマ細胞クローンは、1種類の抗体のみを産生します。
- 抗原を注射された動物は、多数のエピトープに対する複数の抗体を産生します。抗体はB細胞によって産生されるため、B細胞の単一クローンは、単一のエピトープに対する抗体のみを産生します。
- モノクローナル抗体は、細胞の単一クローンから得られるため、大量に生成できます。
- ポリクローナル抗体は、抗原上の異なるエピトープに対して産生された複数の抗体のクローンを含んでいます。例えば、抗原にエピトープが4つある場合には、4種類の異なる抗体のクローンが産生されます。
- 異なる抗体のクローンは性質が異なっている場合があり、アイソタイプも異なっている可能性があります。これらの抗体は、機能するアプリケーションが異なる可能性があります。よって、使用目的に対して最適に機能する抗体のクローンを選ぶことが重要です。
- クローン番号は、ロット番号と同義ではないことに注意する必要があります。ロット番号は、通常は製造日を表しています。
抗体のフォーマット
抗体のフォーマットとは、抗体の形状または精製状態を指します。さまざまなフォーマットについて、以下に説明します:
ポリクローナル抗体は、比較的精製されていないフォーマットで販売されていることが多く、これは「抗血清」または単に「血清」と呼ばれます。抗血清とは、免疫化された動物の血液から、凝固タンパク質や赤血球を除去したものを指します。抗血清は、その名が示唆するとおり、すべてのクラスの抗体/免疫グロブリンや、その他の血清タンパク質が含まれたままの状態です。標的抗原を認識する抗体に加え、抗血清は、その他のさまざまな抗原に対する抗体も含んでいるため、免疫学的アッセイでは、非特異的な反応が起こる場合もあります。このため、未処理の抗血清には、血清タンパク質を除去し、標的抗原と特異的に反応する免疫グロブリンの分画を濃縮するため、精製処理を実施することがよくあります。
抗血清の精製には、一般的に、プロテインA/G精製または抗原アフィニティークロマトグラフィーという2つの方法があります。
プロテインA/G精製では、免疫グロブリンのFcドメインに対する黄色ブドウ球菌プロテインA、または連鎖球菌プロテインGの高い親和性を利用しています。プロテインA/G精製によって、未処理の抗血清から大部分の血清タンパク質が除去されますが、非特異的な免疫グロブリン分画は除去されません。このため、プロテインA/G精製した抗血清は、依然として不要な交差反応を起こす可能性があります。
抗原アフィニティー精製では、免疫グロブリン産生に使用された免疫抗原に対して特異的な免疫グロブリン分画が持つ親和性を利用しています。この方法は、調製物から不要な抗体を除くために使えます。不要な抗体が標的とする抗原を含むカラムマトリックスに抗体調製物を通します。不要な抗体はカラムに結合するため、溶出物にはアフィニティー精製された目的の抗体が含まれています。別の方法として、目的の抗原を結合させたカラムマトリックスを用いることもできます。この場合は、カラムに結合させた抗原に標的の抗体が結びついてカラムに残るため、その後、抗原-抗体結合を妨害する溶液で抗体を溶出します。プロテインA/G精製とは異なり、抗原アフィニティー精製では、非特異的な免疫グロブリン分画の大部分が除去され、標的抗原と特異的に反応する免疫グロブリン分画が濃縮されます。その結果、アフィニティー精製した免疫グロブリンには、望ましい特異性を有する免疫グロブリンが主に含まれています。
通常、アフィニティー精製した抗体は、未吸収の抗体よりもバックグラウンドが低いため、この精製工程は、難しい、または状態に依存するエピトープの場合に特に重要です。翻訳後修飾を有する標的を認識するポリクローナル抗体を開発する場合には、精製工程において修飾特異的な抗原アフィニティーカラムを用いることによって、状態依存型の標的に対する抗体の特異性を大幅に向上させることができます。アフィニティー精製(固定化・修飾された標的タンパク質を使用)の前に、血清中の未修飾の標的タンパク質を枯渇させると、修飾された標的に対する特異性が増加します。その後に、抗体が翻訳後修飾型のタンパク質しか認識しないことを確認するための特異性試験を実施できます。
モノクローナル抗体は、培養細胞で増殖させ、ハイブリドーマ上清として回収するか、マウスやラットで増殖させ、精製度の低い腹水として回収します。ポリクローナル抗体の場合と同様に、モノクローナル抗体もプロテインA/G精製または抗原アフィニティークロマトグラフィーで精製できます。
精製されていない抗体調製物の場合、特異抗体の濃度に著しいバラツキがあります。精製されていない抗体の特異抗体濃度が不明な場合には、以下の「代表的な範囲」を目安に推定することができます:
- ポリクローナル抗血清:特異抗体の濃度は、通常は1~3 mg/mLの範囲です。
- ハイブリドーマ上清:特異抗体の濃度は、通常は0.1~10.0 mg/mLの範囲です。
- 腹水(未精製):特異抗体の濃度は、通常は2~10 mg/mLの範囲です。
抗体の生物学的作用
抗体は、感染病原体からの保護のために広く用いられています。ほとんどのワクチン(微生物抗原)は、感染を阻止する、または微生物による血流への侵入を阻む抗体の産生を誘発します。そのためには、抗体が、中和またはオプソニン化貪食作用という機能が働かなければなりません。
膜侵襲複合体(MAC)は、補体系の活性化(古典的経路と代替経路の両方)の結果として、病原性細菌細胞の表面上に形成されます。MACは、細菌の細胞壁に膜貫通型チャネルを形成し、リン脂質二重層を破壊することによって、細胞溶解や細胞死を誘発します。
ウイルスの中和
抗体は、ウイルス粒子の受容体結合に干渉し、細胞への取り込みを阻止します。多くのエンベロープウイルスは、抗ウイルス抗体や補体系によって膜が破壊されると溶解します。一部の抗体は、ウイルス粒子を凝集させることもできます。ウイルス感染後には、非中和抗体も産生されます。これらの抗体はウイルス粒子に特異的に結合するものの、中和することはしません。逆に、このウイルス-抗体複合体は、エンドサイトーシスによって細胞内に進入するため、感染力を高めてしまう場合もあります。これによってウイルスが増殖することもあります。この種の抗体が産生されると、ウイルス感染症の予後にも影響する場合があります。例えば、ポリオウイルスは、血中でIgMおよびIgG反応を誘発しますが、感染の阻害には粘膜のIgAが重要です。IgAは、一次感染部位である腸内でポリオウイルスを中和します。弱毒生ワクチンであるSabinポリオウイルスは、強力な粘膜IgA応答を誘発するため、より効果的です。
固定化
抗体は、運動性細菌または原生動物の繊毛または鞭毛を標的とすることができます。その結果、運動が止まり、動き回って感染を広めることができなくなります。
細胞溶解
一部の抗体は、微生物の膜を破壊し、細菌細胞を死滅させることができます。これには補体系の関与が必要です。
オプソニン化
オプソニン化では、病原体が食細胞による貪食の標的となります。抗体が、細菌の細胞膜上の受容体に結合し、食細胞を誘引します。抗体のF(ab)部分が抗原に結合する一方、抗体のFc部分は食細胞のFc受容体に結合し、貪食を促進します。この過程は補体系によってさらに増強されます。
外毒素の中和
微生物の毒素に対して、抗毒素抗体が産生される場合があります。外毒素の結合部位のエピトープに対して産生された抗体のF(ab)領域は、宿主細胞膜上の外毒素受容体への外毒素の結合を阻止できます。これによって、毒素の細胞内への侵入が防止されます。
宿主細胞への細菌接着の防止
身体に生まれつき備わった防御力によって、細菌を物理的に除去することができます。これは、皮膚や粘膜から、表面上皮細胞が絶えず脱落することによります。しかし、細菌は、細胞壁接着タンパク質である線毛や、バイオフィルムを産生する莢膜を産生することによって上皮細胞の脱落に対抗します。抗体のF(ab)領域は、接着性のある線毛先端、細胞壁アドヘシン、または莢膜分子に結合し、宿主細胞への細菌接着を阻止します。
微生物の凝集
IgMおよびIgA抗体のF(ab)部位は、微生物同士を繋げ、凝集を引き起こすことができます。凝集した微生物は、より効率的に貪食されます。
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?