抗体とは:抗原・エピトープ・抗体
20世紀前半、一連の科学的発見によって、抗体を介した免疫が特異的な免疫反応の基礎であることが明らかになりました。1970年代初期に初めて免疫標識の研究ツールとして用いられて以来、抗体技術は飛躍的に向上し、抗体はライフサイエンス研究のほとんどの分野において必要不可欠なツールとなっています。すべての免疫化学技術の基本原理は、特異的な抗体が特定の抗原と結合し、ユニークな抗原-抗体複合体を形成するということです。以下において、この結合の性質や、強固かつ特異的な結合を分子的標識として研究に使用する方法について説明します。
抗原
抗原(antigen)という用語は、抗体産生(antibody generation)に由来しており、免疫反応(例えば、特異抗体分子の産生)を誘発する能力を有するすべての物質を指します。定義上、抗原(Ag)は、その抗原の存在によって形成された特異抗体に結合する能力を有しています。
一般的に、抗原は異種タンパク質またはその断片であり、感染によって宿主の体内に侵入します。しかし、場合によっては、身体自身のタンパク質が抗原として作用し、自己免疫反応を誘発することもあります。細菌やウイルスは、表面か内部に抗原を有しており、これらの抗原を分離し、ワクチンの開発に用いることができます。
抗原は、一般的に分子量が高く、通常はタンパク質または多糖類です。ポリペプチド、脂質、核酸など、さまざまな物質が抗原として機能することがあります。ハプテンと呼ばれる小さな物質が、ウシ血清アルブミン、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、またはその他の合成マトリックスなどのより大きなキャリアタンパク質と化学的に結合している場合は、これらに対しても免疫反応が誘発されることがあります。薬剤、単糖、アミノ酸、低分子ペプチド、リン脂質、またはトリグリセリドなどの多様な分子が、ハプテンとして機能する場合もあります。このように、十分な時間をかければ、ほぼすべての異物が免疫系によって特定され、特異抗体の産生を誘発し得るのです。しかし、この特異的な免疫反応は非常に可変的で、抗原のサイズ、構造、組成に大きく依存しています。タンパク質または糖タンパク質は、強力な免疫反応を誘発する能力を有しており、言い換えると、免疫原性が高いため、最も適した抗原とみなされています。抗原は、(1)B細胞およびその表面抗体(sIgM)、(2)T細胞上のT細胞受容体の2種類の異なる工程によって宿主に認識されます。B細胞もT細胞も同じ抗原に反応しますが、反応するのは同じ分子の別々の部分です。B細胞の表面にある抗体は、タンパク質の立体構造を認識することができます。一方、T細胞では、抗原が抗原提示細胞によって取り込まれ、認識可能なフラグメントに分解される必要があります。一般的に用いられている抗原提示細胞は、マクロファージや樹状細胞です。免疫反応を図1に表します。生体内で起こる抗体産生の詳細については、適切な免疫学の教科書を参照してください。
図1.免疫反応
エピトープ
抗原には、相補的な抗体が特異的に結合する小さな部位があり、これはエピトープまたは抗原決定基と呼ばれています。エピトープは、通常抗原の表面にある1~6個の単糖、または5~8個のアミノ酸残基からなっています。抗原分子は3次元に存在しているため、抗体によって認識されるエピトープは、抗原の特定の3次元立体構造の存在に依存している場合があります。例えば、2つの天然タンパク質のループまたはサブユニットの相互作用によって形成されるユニークな部位が挙げられます。これは構造的エピトープ(不連続エピトープ)として知られています。エピトープは、単純な直線のアミノ酸配列である場合もあり、このようなエピトープは線状エピトープ(連続エピトープ)として知られています。
標的分子(抗原)上の潜在的な結合部位は多岐にわたり、そのそれぞれが、共有結合、イオン結合、親水性および疎水性相互作用によって、独自の構造的特性を有しています。実際、これが抗体の選択や性能に重大な影響を及ぼします。標的抗原と抗体の間に効率的な相互作用を生じさせるためには、エピトープが容易に結合可能でなければなりません。
標的分子が、固定、還元、pH変化によって、またはゲル電気泳動の前処理中に変性してしまった場合には、エピトープが変化し、抗体と相互作用する能力に影響が及ぶこともあります。例として、一部の抗体はウェスタンブロッティング(WB)では機能しませんが、免疫組織染色(IHC)には適しています。これは、IHCの手順では複雑な抗原部位が組織中で維持される可能性があるのに対し、WBの手順ではサンプル調製の工程によってタンパク質の立体構造が変化し、抗原部位が破壊され、抗体と結合できなくなってしまうためです。
変性タンパク質では、線状エピトープ以外は認識されない場合があります。したがって、ウェスタンブロッティングなどの変性タンパク質を用いるプロトコルでは、線状エピトープを認識する抗体が選択されます。エピトープは、折り畳まれたタンパク質の内部にある場合もあります。このようなエピトープは、免疫沈降法などの変性を伴わないプロトコルでは、抗体に接近することができません。定義上、構造的エピトープは、折り畳まれたタンパク質の外側にあります。構造的エピトープを認識する抗体は、免疫沈降法またはフローサイトメトリーなどの、穏やかで変性を伴わない手順に適しています。
理想的には、通常折り畳まれているタンパク質の表面にある線状エピトープを認識する抗体であれば、変性を伴うプロトコルでも伴わないプロトコルでも良好に機能します。このように、エピトープは、抗原の自然な細胞環境において存在している場合もあれば、変性後においてのみ露出される場合もあります。自然な形態において、抗原は細胞質性(可溶性)、膜結合性、または分泌性である場合があります。エピトープの数、位置、サイズは、抗体の産生工程において、どの程度の抗原が提示されるかによります。
標的タンパク質、抗体によって認識されるエピトープ、配列保存性、技術的原則に関する知識は、抗体やプロトコルの選択に役立ちます。実際のエピトープマッピングまたは配列データは、有用ではありますが、抗体の特異性を確信するために必要なわけではありません。
図2.タンパク質を形成するアミノ酸
抗体
抗体は、「感受性のある動物において抗体の産生を引き起こした抗原と特異的に結合することが可能なイムノグロブリン」として定義されています。抗体は、外来性の分子による体内への侵入に反応して産生されます。抗体はAbと略され、通常はイムノグロブリンまたはIgと呼ばれます。ヒトイムノグロブリンは、構造的および機能的に類似した糖タンパク質(タンパク質82~96%、糖質4~18%)のグループで、液性免疫に寄与します。
構造
抗体は、4本のポリペプチド鎖からなるY字型のユニットで、1つ以上のコピーとして存在しています。それぞれのY字には、同一な重鎖のコピーが2本、同一な軽鎖のコピーが2本あります。重鎖と軽鎖は、それぞれの相対的な分子量によって命名されたものです。このY字型のユニットは、実際の抗原への結合に重要な2本の可変性の抗原特異的なF(ab)アームと、免疫細胞のFc受容体に結合する領域で、ほとんどの免疫化学手順において抗体を操作するときに有用な「ハンドル」として用いられる定常Fc「テイル」からなります。抗体のF(ab)領域の数は、抗体のサブクラス(下記参照)と対応しており、抗体の結合価(抗原に結合可能な抗体の「アーム」の数)を決定しています。
図3.抗体の構造
これらの3つの領域は、タンパク質分解性酵素であるパパインによって2つのF(ab)フラグメントと1つのFcフラグメントに、またはペプシンによってヒンジ領域で1つのF(ab’)2フラグメントと1つのFcフラグメントに切断することができます。F(ab)フラグメントは抗原を沈降させず、Fc領域がないことから、in vivo試験において免疫細胞によって結合されないため、IgG抗体の断片化は有用である場合もあります。
サブクラス
抗体は、Y字型ユニットの数や重鎖の種類に基づき、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5つのクラスに分けられています。IgG、IgM、IgA、IgD、およびIgEの重鎖は、それぞれγ、μ、α、δおよびεとして知られています。抗体の軽鎖は、(ポリペプチド構造のわずかな差異によって)カッパ(κ)またはラムダ(λ)型のいずれかに分類することができますが、抗体のサブクラスは重鎖によって決まります。
抗体のサブクラスによって、ジスルフィド結合の数や、ヒンジ領域の長さが異なります。免疫化学法において最も一般的に用いられている抗体は、IgGクラスの抗体であり、これは、IgGが血清中に放出される主要なイムノグロブリンであるためです。
IgA:血中で、IgAは単量体として低レベルで存在しています。IgAは、二量体として認められる粘膜表面で最も活性が高く、粘膜表面の一次防御を担っています。粘膜内層では、その他のすべての種類の抗体を合わせたよりも多くのIgAが産生されています。IgAの主な機能は、中和抗体としての作用です。唾液、涙、母乳には、IgAが高レベルで認められます。ヒトでは2種類のIgAのサブタイプが知られていますが、マウスでは1種類しか報告されていません。IgA1は、血清中の総IgAの最大85%を占めていると考えられています。選択的IgA欠損症は、易感染性を増大させる最も一般的な免疫不全疾患の1つです。IgA欠損症は、自己免疫疾患やアレルギー疾患を有する患者においてよく認められます。IgAの半減期は約5日です。
IgD:2つのエピトープ結合部位を有する単量体の抗体であり、ほとんどのBリンパ球の表面において認められます。IgDの正確な機能については未だに議論されていますが、B細胞の活性化に必要な抗原受容体として作用するのではないかと考えられています。IgDは、好塩基球や肥満細胞に結合してこれらを活性化させ、抗菌因子の産生を誘導することも報告されています。また、自己反応性の自己抗体を産生するBリンパ球の除去においても役割を担っていると考えられています。IgDは、血清中で少量認められる分泌型としても産生されており、分泌型は、δクラスの2本の重鎖と2本の軽鎖からなっています。IgDの半減期は約3日です。
IgE:このグループの抗体は、粘膜表面、血液、および組織において機能しています。IgEは、2本の重鎖(ε鎖)と2本の軽鎖からなる単量体として存在しています。ε鎖には、4つのIg様定常ドメインがあります。血清中には低濃度で存在し、血清中のすべての抗体の約0.002%にしか値しません。ほとんどのIgEは、Fc領域を介して、肥満細胞や好塩基球上のIgE受容体に堅固に結合しています。IgEは、過敏症反応において重要な役割を担っており、IgEの産生はサイトカインによって厳密に制御されています。IgEの半減期は約2日です。
IgG:IgGは、血中で最も豊富に認められる抗体のクラスで、血清中のすべての抗体の最大80%を占めています。IgGは単量体として認められます。存在量によって4種類のIgGのサブクラスがあり(IgG1>IgG2>IgG3>IgG4)、どのサブクラスが産生されるかは、存在するサイトカインの種類によります。
IgG1およびIgG3は、食細胞のFc受容体に高い親和性を示しますが、IgG2のFc受容体への親和性は非常に低く、IgG4の親和性は中程度です。IgGは、循環器系から出て組織に侵入することができます。IgG1、IgG3、およびIgG4は、胎盤関門を通過することができ、新生児に保護を供します。IgGは補体系の活性化に効果を有し、食細胞のFc受容体を用いたオプソニン化に非常に有効です。Fc領域を介して、IgGはナチュラルキラー細胞にも結合することができ、抗体依存性の細胞毒性に寄与します。IgGの半減期は、サブクラスによって異なり、7~23日にわたります。
IgM:このクラスのイムノグロブリンは、感染に反応して産生される最初のイムノグロブリンであり、B細胞の膜上において、または形質細胞によって分泌される5つのサブユニットからなる高分子として認められます。IgMは、新生児が最初に合成するイムノグロブリンクラスでもあります。細胞膜結合型IgMと分泌型では、Fc領域が異なっています。膜結合型IgMは、Fc受容体にではなく、内在性膜タンパク質として直接的に細胞膜上に存在します。分泌型IgMは五量体分子であり、複数のイムノグロブリンがジスルフィド結合によって共有結合的に接合しています。この構造によって複数の結合部位が供されています。各単量体は、2本の軽鎖(κまたはλのいずれか)と2本の重鎖からなっています。五量体であるため、IgMは補体の活性化や凝集の誘発に特に適しています。IgMの半減期は約5日です。
図4.重鎖のみの抗体
サメの重鎖抗体(IgNAR)およびラクダ科の重鎖抗体(hclgG)と、一般的な抗体(IgG)の比較。重鎖は青色で、軽鎖は水色で表されています。
引き続き、抗体および抗体-抗原相互作用について説明します。
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