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PCBM:有機エレクトロニクスにおけるn型半導体フラーレン誘導体

Dr. David Kronholm<sup>1</sup>, Prof. Dr. JanC., Hummelen<sup>2</sup>

Material Matters 2007, Vol.2, No.3

はじめに

メタノフラーレンを用いたバルクヘテロ接合フォトダイオードに関する初めての発表が1995年に行われて以来1、デバイスの性能が大幅に向上し、その研究範囲は大きく広がっています。有機エレクトロニクスにおいてもっとも一般的に使用されるフラーレン誘導体は、Phenyl-C61-Butyric-Acid-Methyl-Ester([60]PCBM)です2。さまざまな類似化合物(ここではPCBMと呼びます)が合成され、n型半導体として用いられています。特に、有機太陽電池(OPV:organic photovoltaic)、光検出器3および有機電界効果トランジスタ(OFET:organic field effect transistor)4などへの利用が研究され、現在も活発に開発が行われています。10年以上の研究が行われた結果、PCBMは、さまざまな薄膜有機エレクトロニクス用途における効果的な溶解処理の可能な有機n型半導体であることが明らかとなっています。

図1には、代表的なバルクヘテロ接合有機太陽電池の構造の概略図と性能特性を示しました。バルクヘテロ接合OPVを作製するには、p型高分子半導体との混合物を形成するための可溶性フラーレン誘導体が必要です。PCBMは、溶解度と加工性を大幅に向上させつつ、元となるフラーレンの重要な電子的および光学的特性を維持した化合物です。その特性には、高速電子移動、適度な比誘電率、フラーレンアクセプターの対称性による等方的な(C60誘導体の場合)または比較的等方的な(C70およびC84誘導体の場合)電子受容性、および優れた電子移動度などがあります。このようなフラーレン自体の特性に加えて、PCBM化合物の持つ一般的な有機溶媒に対する溶解度の向上や最適な析出速度により、最終的に得られる膜に、ロバスト性の高い均一なナノ粒子のn型ドメインが形成されます。

バルクヘテロ接合型有機太陽電池の構造と電流電圧曲線

図1a)バルクヘテロ接合型有機太陽電池の標準的な構造。透明導電性酸化膜(ライトグレーの層、例えばITOなど)、極めて薄い保護層(赤紫層、例えばLiFなど)、b)最適化されたregioregular P3HT : methanofullerene(1 : 1)太陽電池セルのI/V曲線(AM1.5照度、1 Sun)。電流密度の値は、スペクトルミスマッチおよび真性変換効率に対して補正されています(Presented at MRS spring meeting 2007; devices by Lacramioara Popescu, Univ. of Groningen)。n型半導体における分子構造の比較的小さな変化でも、最終デバイスの性能に影響を与えることがわかります。

代表的なPCBM化合物の構造

図2[60]PCBM類似化合物(PCBM)の一覧

さらに、高次のフラーレン(C70およびC84)をベースとした[60]PCBM類似化合物のデバイスでの利用が検討されており、また、混和性/溶解度および電子特性を変化させるために官能基を変化させた[60]PCBM類似化合物も開発されています。図2には、優れた特性を持つ一般的なPCBMを示しました。薄膜有機エレクトロニクスデバイスの作製は、特にその形態を考えた場合に非常に複雑であるため、特定のデバイスまたは構造においてどのPCBMが最高の性能を発揮するのかを予測または一般化することは困難です。しかしながら、ここに示した化合物は最適化の研究に用いられる代表的なものであり、さらに、さまざまなデバイスや構造に利点をもたらすことが明らかになっています。さまざまな純度の製品も開発され、商業規模での入手が可能になっています。

有機エレクトロニクス用途におけるn型半導体としてのPCBM

有機太陽電池(OPV)

[60]PCBMは、現在でも有機太陽電池の作製に最も一般的に使用されているn型化合物です。少なくとも過去6年間において、有機太陽電池のエネルギー変換効率(η)の最高値は、我々の知る限り、[70]PCBMを別として、[60]PCBMを用いたデバイスによって得られたものです。MDMO-PPV:PCBMデバイスの特性が明らかになり、[60]PCBMの代わりに[70]PCBMが用いることで、2.5%6であった変換効率が最終的に3.0%5に達しました。この変換効率の上昇は、可視光波長での[70]PCBMの光吸収が[60]PCBMに比べて高いためです。[84]PCBMは可視光波長をより強く吸収するものの、電子供与性が比較的強いドナー高分子と組み合わせて使用したため、OPV性能は低下します7。近年ではポリチオフェン/PCBM系が注目されており、いくつかのグループによって4.4%~6%という変換効率が得られています8,9。アニールや溶媒の気化を遅くすることで注意深く形態を制御し、性能を大幅に改善することができます。

10%の変換効率を実現するためには形態およびポリマー特性の改善が重要であり10、n型半導体として[60]PCBMは概ね適切な化合物であると考えられています。しかし、ポリチオフェンを用いた形態制御では、PCBMとポリマー相がより広い範囲で分離するのが観察されているため、その改善も求められています。そこで、新規化合物である[60]ThCBMが検討され、初期段階での結果ではP3HTとの組み合わせによる形態制御において若干の向上が見られました11。[60]ThCBMは、[60]PCBMと同等の電子特性(LUMOおよび移動度)も示します。これまでに、n型化合物のLUMOのエネルギー準位を上げる試みが続けられており、最近合成された2,3,4-OMe-PCBMでは、わずかながら有意性を持つLUMOの上昇が見られます。この化合物を、MDMO-PPVと組み合わせることで開放電圧(VOC)が高くなることが示されましたが12、その特性はまだ完全には明らかになっていません。

有機電界効果トランジスタ(OFET)

[60]PCBMを用いたデバイスで、有機半導体としては比較的高い移動度(1×10–2~2×10–1 cm2/Vs)が実証されたほか4、インバーターの作製を可能にする両極性輸送も報告されています13。安定性の問題がありますが、有効なパッシベーションが報告されています。[70]PCBMによる電子移動度は約1桁低いものでしたが、アニール時間は短縮され、安定度が向上します。[84]PCBMは、電子移動度が最大3×10–3、正孔移動度が10–5~10–4 cm2/Vsを示し、非常に優れた安定性を持っています14。また、共役ポリマーとPCBMの混合物も両極性OFETに使用可能です15。PCBMを使用したOFETデバイスの研究は有機太陽電池に比べると多くはありませんが、OPVと同様の膜の形態制御(溶媒や気化/アニールの最適化)を行うことで、移動度の改善が図られるものと予想されます。

有機光検出器

有機太陽電池開発の初期段階では、同様のフォトダイオードを用いたバルクヘテロ接合有機光検出器も平行して開発されました16。低い暗電流、高い外部量子効率(80%)、および高速の遷移挙動という、商業用途に適した性能が得られています3。特に、有機薄膜はシリコンベースのデバイスよりコスト面で有利なため、大面積デバイスへの応用が想定されています。

各PCBM化合物の特性

[60]PCBM(684430684449684457

[60]PCBMは単一の異性体として存在します。[60]PCBMの性能に関連していると思われる興味深い特徴に、C60の電子的、物理的特性を非常によく保持していることが挙げられます。単結晶の構造解析から、分子間距離は基本的にC60と同じですが、ボール間の最短間隔はPCBMの方がC60よりわずかに短いことが分かっています17。通常、[60]PCBM(つまり元のフラーレン)が充填した構造から逸脱し過ぎると、性能が低下することが明らかになっています。

99.5%を超える純度を持つ[60]PCBM(99.5%:684449、99.9%:684457)が最も広く使用されていますが、デバイスや構造によっては、99%を超える純度(684430)であっても使用が可能です。しかし、PCBMの析出/結晶化特性が形態に強い影響を与え、少量の不純物が析出/結晶化速度に強い影響を与える可能性があるため、さまざまな純度の化合物を用いて最適化を図らなければなりません。

[70]PCBM(684465

[70]PCBMの合成は、[60]PCBMと比べて可視領域での光吸収が大きい化合物を得るのが目的であり、特に、MDMO-PPVのように比較的バンドギャップの大きいドナーと組み合わせた際に利点となります。[70]PCBMは3つの異性体の混合物として調製され、そのまま使用されます。[70]PCBMと[60]PCBMのLUMOエネルギー準位は非常に近いため5、[60]PCBMの電子的特性を保持しながら、集光効率(膜の吸収特性はn型だけでなくp型にも左右されます)を改善できる可能性があります。

一般的な溶媒に容易に溶解する[70]PCBMの量は[60]PCBMよりもやや多いのですが、溶液処理による薄膜デバイスにおける析出特性は異なること(低溶解性分子について予想される特性と一致していること)に注意する必要があります。クロロベンゼンを使用すると分離が進み大きな[70]PCBMドメインが生じるため、最適な性能を得るには、少なくともMDMO-PPVと組み合わせることとo-dichlorobenzene(ODCB)を使用する必要があります5。我々は、C70は対称性が低いことと異性体が混在していることから、[60]PCBMと異なる析出速度になると推測しています。

[84]PCBM

[84]PCBMは、主に3種類の異性体の混合物として合成され、そのまま使用されます7。[84]PCBMは可視光の全波長(近赤外線まで)を吸収し、[60]PCBMより350 mV低いLUMO準位を持ちます。このようにLUMO準位が低いことで、MDMO-PPVとの有機太陽電池の性能が低下しますが、単一材料によるOFETにおける空気中での安定性を改善する重要な要素になっていると考えられます18

[60]PCB-Cnエステル(C4685321、C8684481

形態を制御するために、より適した溶媒を使用する方法があります。溶媒の選択によってPCBMを析出させる推進力が低下し、PCBMドメインが小さくなり膜が平滑化します。同様に、メチル基をより大きなアルキル基で置き換えることで[60]PCBMの溶解度が改善されます。ある種の溶媒系(適切ではない溶媒)では、溶解度を上げることで性能上の利点が得られますが、溶解度がより高くなると共にその利点が減少していくことが明らかになっています19。溶媒やデバイス構造にもよりますが、溶解度を高めることで望ましい形態の形成に有利となる場合があります。n=4, 8, 12, 16,および18の長さのアルキル鎖の化合物が合成されており、[60]PCB-C4では溶解度はやや高くなるだけですが、n=8以上では大幅に向上します。より長い鎖を持った誘導体の結晶構造はPCBMの密な結晶構造とは異なるため、移動度が低下するものと考えられます。また、比誘電率の低下によって、再結合にも影響する可能性があります。

[60]ThCBM(688215

ポリチオフェン:PCBM系では相分離がより広範囲で生じるため、混和性を高めるために[60]PCBMのフェニル基をチエニル基で置き換えました。デバイスでの特性はまだ完全には明らかになっていませんが、[60]ThCBMは、混和性の改善によりポリチオフェンとの形態制御が改善される可能性があります。LUMOおよび純粋な薄膜での移動度は、[60]PCBMと非常によく似た値を示します11

2,3,4-OMe-PCBM

OPVのVOCがドナーのHOMOおよびアクセプターのLUMOの関数であることが明らかになったことで、[60]PCBMに関してLUMOを高める試みが盛んになりました。たとえば、2,3,4-OMe-PCBMは、[60]PCBMの加工性を適度に保ちながらLUMOが高くなることが報告されています。また、デバイスの全体的な特性はまだ最適化されていませんが、MDMO-PPVと組み合わせることでVOCが向上する結果が初期実験で得られています12

d5-PCBM(684503

薄膜有機エレクトロニクスデバイスの性能は膜の形態と非常に強い関連性を持つため、ドナーとアクセプターの混合体の構造に関する情報がきわめて重要となります。PCBMの代わりに重水素化したd5-PCBMを用いることで動的SIMS(二次イオン質量分析)によって、膜の形態の詳細な三次元元素分析を行うことができます。この方法で、MDMO-PPV:PCBM OPVデバイスの三次元形態の解析が行われています20

実際の使用方法

PCBMを含んだ有機電子デバイス層の溶液処理に際して、PCBMが溶液に完全に溶解していることを十分に確認する必要があります。溶解が不十分であれば析出の原因となり、PCBMのドメインサイズが大きくなり、場合によってはミクロンスケールの結晶が形成されることもあります。一般的に、溶解の上限より十分低い濃度で8時間以上撹拌すれば溶解させることができますが、ろ過が必要な場合もあります。超音波処理だけでは十分に混合されないことがあり、肉眼では見えないサブミクロンまたはナノスケールの粒子が懸濁している場合があります。

PCBMは比較的安定な化合物です。一般に、フラーレンが光や空気に曝露されるとエポキシ化合物を形成しますが、この反応は緩慢です。不透明な密閉容器に保存すれば十分ですが、長期保存(6ヶ月以上)の場合は不活性ガス(N2またはAr)封入が望まれます。実際には、不透明容器に密閉した(不活性ガスの封入や、グローブボックス内での貯蔵もせずに)、最大1年間保存したPCBMを使用した場合でも、有機太陽電池の性能には劣化のないことが我々の実験結果から明らかとなっています。

結論および今後の展望

PCBMは、溶液処理が可能なn型有機半導体として広く用いられており、さまざまなタイプのPCBMを用いて各種デバイスや構造の最適化を行うことができます。また、量およびコストに関する問題点も解決されつつあり、その商業的利用が可能になってきています。PCBMの密な構造は、優れた溶液処理性を示す一方で、元となるフラーレンの本質的に好ましい特性を保持する上で望ましい性質であると考えられますが、化合物がさらに最適化される可能性もあります。現在入手可能なPCBM化合物によって、多くの重要なパラメーターをさまざまな分子エレクトロニクスデバイスの動作を制御することができます。現在は、混和性、溶解性、光吸収、空気中での安定性、およびLUMOエネルギーの観点から研究が行われています。研究開発の時間と費用を最小限に抑えるには、基本的な理解と初期の最適化に[60]PCBMを使用し、システムの微調整にはさまざまなPCBM化合物を用いることが重要です。

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References

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