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DNTTおよび関連有機半導体を用いた有機電界効果トランジスタ

Professor Kazuo Takimiya

理化学研究所 創発物性科学研究センター創発分子機能研究グループ グループディレクター

はじめに

ペンタセンやナフタセンといった高度に拡張したπ骨格をもつポリアセン類は、高性能有機電界効果トランジスタ(OFET:organic field-effect transistor)の実現に欠くことのできない有機半導体材料です。実際、過去10年間にわたって、ペンタセンを用いたOFETが有機エレクトロニクス分野を牽引してきました1。通常、ポリアセン類のキャリア移動度は、縮合芳香環の数が増えるにつれて増加します。しかし、ヘキサセン2やヘプタセンなどの大きなポリアセンは、かさ高い保護置換基がなければ化学的に不安定です。そのため、これら材料を用いて作製したデバイスは大気環境下での安定性に劣ることから、デバイス用途での実用化が進んでいません。単純な炭化水素系アセンにおけるこのような不安定性を回避する手段の1つとして、チオフェンのようなヘテロ芳香族を構造に組み込む方法があり、チエノアセンは、多くの場合優れた安定性と高いキャリア移動度を示します3

チエノアセンをベースとした有機半導体の中で、例えば[1]benzothieno[3,2-b][1]benzothiophene(BTBT4やdinaphtho[2,3-b:2',3'-f]thieno[3,2-b]thiophene(DNTT5といったチエノ[3,2-b]チオフェン構造(図1)を内部に有する化合物は、高い移動度や大気安定性、良好な再現性といった点から、OFET用p型有機半導体として極めて優れていることが明らかになっています。本稿では、代表的な物質について、材料の多様性、合成方法、OFET特性、固体状態での充填構造、および応用例について述べます。

BTBT、DNTTの構造式

図1BTBT、DNTT(767638)および関連の有機半導体誘導体(767611767646)の分子構造

特徴および合成

この物質群の中で最も小さい分子構造を持つのはBTBTであり、従来は液晶物質のコア構造として用いられてきました。しかし、BTBT誘導体が有機電界効果トランジスタの活性材料として初めて評価されたのは2006年であり、2,7-ジフェニル誘導体が最大2.0 cm2 V–1 s–1の移動度を示す優れた有機半導体であることが報告されました4。以来、いくつかのBTBT誘導体が有機半導体として研究され、2位および7位、もしくは一方に置換基を有するBTBT誘導体のほとんどが、非常に高い移動度をもつ優れた有機半導体であることが明らかになっています6

BTBTを用いた有機半導体の成功によって新規材料探索がその関連化合物でなされ、BTBTの直線的な拡張π電子系類縁体であるDNTT5およびdianthra[2,3-b:2',3'-f]thieno[3,2-b]thiophene(DATT)7,8が2007年および2011年にそれぞれ合成されました。これら拡張型π電子系化合物の合成では、ヨウ素により促進される、o-ビス(メチルチオ)スチルベン型前駆体からのチエノ[3,2-b]チオフェン形成反応が重要であり(スキーム15、同様の方法でアルキル置換基やフェニル置換基を含むさまざまなDNTT誘導体を実際に合成することが可能です9

チエノ[3,2-b]チオフェン形成の反応式

スキーム1ヨウ素で促進される、o-ビス(メチルチオ)スチルベン型前駆体からのチエノ[3,2-b]チオフェン形成反応

OFETの特性

BTBTやDNTTの誘導体は、一般的なアセン化合物に似た拡張π電子系分子構造を有しているにもかかわらず、チエノ[3,2-b]チオフェン部分構造が挿入されているために、同じ数の芳香環を有するアセンと比較してHOMOエネルギー準位が低い位置にあります(< –5.2 eV)10。HOMOエネルギー準位が低いために、化合物自体、およびその薄膜トランジスタも安定で、実際にこのタイプの化合物を活性層として用いたOFETは、劣化することなく大気環境下で動作します。真空蒸着によってSi/SiO2基板上に作製したDNTT-OFETの典型的な伝達特性を図2に示します。オフ電流が非常に低く、ヒステリシスの小さい、明瞭なスイッチング挙動を示すことが分かります。表1は、代表的なBTBT、DNTT、およびその関連物質を半導体活性層として用いた薄膜デバイスの特性をまとめたものです。いずれの物質においても移動度は非常に高く(> 1.0 cm2 V–1 s–1)、大きなオン/オフ電流比を有しています。

DNTTを用いたOFETデバイスの典型的な伝達特性

図2Si/SiO2基板上に作製した、DNTTを用いたOFETデバイスの典型的な伝達特性

表1BTBT、DNTT、DATTおよびその誘導体のFET特性a

[a] 特に明記しない限り、FET特性はSi/SiO2基板に気相成長法によって作製した薄膜OFETの飽和領域における特性から算出  [b] 薄膜作製の際の基板温度  [c] TC: トップ-コンタクト型素子構造、OTS: octyltrichlorosilane、ODTS: octadecyltrichlorosilane

OFETデバイスの用途

優れた特性と安定性とを備えていることから、これら物質は従来型の薄膜トランジスタ構造に加えて,下記のような(1)新規デバイス構造を持つ種々のFETの作製、(2)デバイス製造のための新たなプロセス方法の開発、および(3)最先端のフレキシブル有機薄膜トランジスタ(OTFT:organic thin-film transistor)回路、などに用いられています。

単結晶FET(SC-FET:single crystal FET)の開発にDNTTの気相成長法による単結晶を用いたところ、DNTTが、最高8.3 cm2 V–1 s–1もの非常に高い移動度を有する高性能有機半導体であることが明らかとなりました13。DNTT-SC-FETでは輸送特性の異方性が比較的小さく、移動度の異方性比は1.3~1.6の範囲にあり(図3)、結晶構造から予測されるDNTTの等方的な(2次元)電子構造を裏付けるものでした(下記参照)14。また、従来にない新たなデバイス構造として3次元(3D)-OFETについても検討したところ、チャネル幅(W)と長さ(L)の比が極めて大きな、単位面積当たりの電流密度が非常に高いデバイスを得ることができました(図415。さらに、3D-OFETは1 µmと極めて短いチャネル長(L)のデバイスを作製できるという利点も有しており、フレキシブルな基板上でも最高で数十MHzという非常に高い応答速度を得ることができます16

電界効果移動度の角度依存性

図3DNTTを用いたSC-OFETの電界効果移動度の角度依存性。出典:文献14より許可を得て掲載 (© 2009 American Institute of Physics)

3D-OFETの断面図

図4典型的な3D-OFETの断面図。出典:文献15より許可を得て掲載 (© 2009 American Institute of Physics)

その他の応用例として、高溶解性アルキル化BTBTが様々な溶液プロセスに用いられています。ダブルショットインクジェット法により、貧溶媒とC8-BTBT(747092)溶液との2つのタイプのインクを連続的に制御しながら別々にインクジェット印刷し、単結晶性薄膜を直接基板上に形成させます(図5)。この単結晶薄膜を活性層とするOFETは、平均16.4 cm2 V–1 s–1、最高値31.3 cm2 V–1 s–1という、非常に高い移動度を示しました17。この他に、C8-BTBTを用いた「直接結晶化(directing crystallization)」と呼ばれる革新的な溶液プロセスが開発され、有機半導体薄膜を直接基板上に形成させることが可能です。基板上に保持した有機半導体溶液の乾燥プロセスを制御することで、単結晶様薄膜を一定方向に成長させることができます(図6)。こうして得られたC8-BTBTの高品質な結晶性薄膜を半導体チャネルとして用いることで、5 cm2 V–1 s–1の高い移動度を有する高性能OFETが得られています18。この「直接結晶化」法をC10-DNTT薄膜の形成に用いることで、移動度が大幅に向上した最高12 cm2 V–1 s–1に達するOFETを作製することができます19。また、基板上に複数の結晶性薄膜を同時に析出させてトランジスタマトリックスを作製することも可能であり、現在、アクティブマトリックス液晶ディスプレイのバックプレーンとしての評価が行われています20

有機単結晶薄膜のインクジェット印刷プロセス

図5有機単結晶薄膜のインクジェット印刷プロセス。まず非溶媒インク(A)をインクジェット印刷した後(ステップ1)、溶液インク(B)を重ねて塗布することで所定範囲内に混合液滴が形成されます(ステップ2)。液滴の液-気界面に半導体薄膜を成長させ(ステップ3)、続いて溶媒を完全に蒸発させます(ステップ4)。出典:文献17から許可を得て掲載 (© 2011 Nature Publishing Group)

C8-BTBT結晶薄膜の配向成長法

図6基板上に保持したC8-BTBT(747092)溶液からのC8-BTBT結晶薄膜の配向成長法の模式図。出典:文献18から許可を得て掲載 (© 2009 The Japan Society of Applied Physics)

基礎研究にとどまらず、DNTTを用いたOFET回路に関する実用化の研究も報告されています。OTFT回路の実用化には、駆動電圧の低減、回路の柔軟性、および安定性/信頼性の向上が重要な課題となります。Klaukと共同研究者が開発した、AlOx/SAM誘電体上に作製したDNTT-OFETは、これら条件をすべて満たしています(図721。このトランジスタは、フレキシブルなプラスチック基板や紙の上でさえも2 cm2 V–1 s–1という高い移動度を持ち、5 V未満での動作が可能で(図822、長期保存およびバイアスストレス下の両方で長期安定性が明らかになっています。さらに、このDNTT-OFETについては、150℃で20秒間の熱処理に対する安定性が確認されています。これは、標準的な医療用滅菌処理が可能であることを示しており、OFETの医療用途における実用化が期待されています23

DNTT-TFTの断面図および写真

図7フレキシブルPEN基板上のDNTT-TFTの断面図および写真。出典:文献21から許可を得て掲載 (© 2010 Wiley)

紙幣上の有機トランジスタおよび回路の写真

図8a)有機トランジスタおよび回路が印刷された5ユーロ紙幣の写真、b)紙幣上のトランジスタ1個の写真。出典:文献22から許可を得て掲載 (© 2011 Wiley)

固体状態での充填構造および電子構造

表1に示したOFETデバイスの優れた性質は、このタイプの化合物がもつ充填構造から説明できます。通常、これら化合物は基板上に垂直に分子配向(edge-on)しており、面内構造が相互作用の強い2次元ヘリングボーン充填であることが特徴的です(図9)。一般にヘリングボーン充填には、2つのタイプの分子間ペア、すなわち結晶a-軸方向におけるedge-to-edgeペア(stacking pair、図9bにおける上下方向)と、結晶b-軸方向におけるedge-to-faceペア(同,左右方向)とがあります。従来型のアセン系物質において、後者のedge-to-faceペアより前者のedge-to-edgeペアで分子間軌道カップリングが小さい傾向にあるのは、分子周縁部による分子間相互作用が効果的でないためです。一方、BTBTやDNTTをベースとした物質の場合、梯子状になったπ拡張系の中央部にあるチエノチオフェン部の硫黄原子が分子間で効果的に相互作用します。さらに硫黄原子のHOMO係数が大きいことも、分子間軌道の重なりを増やすのに有利に働きます。その結果、これらの化合物群では、バランスのとれた2次元電子構造を有する半導体チャネルが形成されます。

DNTTの充填構造

図9DNTTの充填構造:a)基板上のedge-on分子配向、b)面内方向のヘリングボーン配列、c)DNTTのヘリングボーン構造における分子間HOMOオーバーラップを表す模式図

まとめ

本稿では、DNTTやBTBTを用いた有機半導体の最近の開発動向について解説しました。これらの有機半導体の特徴として、(1)低いHOMOエネルギー準位に起因する高い化学的安定性、大気安定性を有すること、(2)薄膜トランジスタに適した高品質薄膜の作製が可能、(3)固体状態において強い2次元分子間相互作用をもつ分子構造であること、といった点が挙げられます。こうした特徴から、これらの物質はOFETの活性材料として理想的な有機半導体です。近年、これら有機半導体に関する最先端の用途が数多く報告されており、将来、その利用がさらに加速するものと期待されています。加えて、DNTTやBTBTをベースとした有機半導体の開発過程で見いだされてきた物質設計に関する知見により、新規有機半導体の創出も促進されることでしょう。

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