はじめに
化学工業やドラッグデザイン分野における有機フッ素化合物の普及により、分子にC-F結合を導入する手法のニーズは高まっています。特に、アルコールのヒドロキシ基をフッ素へと変換する反応は、多くの研究例があります。中でも、三フッ化ジエチルアミノ硫黄(DAST)は、その入手のしやすさおよび適用範囲の広さから、最も汎用的な脱酸素的フッ素化試薬として利用されてきました1。しかし、DASTは高温で強い爆発を起こす性質があり、このため用途は小スケールの実験に限られています。さらに、この反応ではしばしばアルコールが脱水したオレフィンが副生し、精製を困難にします。パーフルオロ-1-ブタンスルホニルフルオリド(PBSF)の利用も検討されていますが、選択性は高くありません2。
この選択性と安全性という大きな問題を乗り越える手段として、プリンストン大学のAbby Doyle教授協力の下、2-ピリジンスルホニルフルオリド(PyFluor、 804401)をSigma-Aldrichから提供します。PyFluorは、広い範囲のアルコール化合物を官能基選択的にフッ素化し、DASTやPBSFに比べて脱水などの副反応を大きく抑制することに成功しています。また、PyFluorは熱分解を起こすことのない低融点の結晶性固体であり、室温で1か月保存しても分解は観察されません。これは、冷蔵保存が必要で水分と激しく反応するDASTとは対照的です。こうしたPyFluorの熱的・化学的安定性と優れた安全性は、広い応用性と適用範囲をもたらします。特に大スケールでの脱酸素的フッ素化反応では、PyFluorは極めて優れた選択肢となります3。
特長
- DAST、PBSF、Deoxo-Fluor、XtalFluorといった既存の試薬に比べ、官能基選択的で、脱離反応の少ない脱酸素的フッ素化が可能
- 熱的・化学的に安定で、一般的に市販されている脱酸素的フッ素化試薬より長期の保存が可能
- 空気や湿気にも安定であり、安全で便利
主な利用例
PyFluor は第一級および第二級アルコールのヒドロキシ基をフッ素に置換できる汎用性の高い試薬であり、エステル、三級アミン、フタルイミドなどの官能基が存在していても、問題なく反応が進行します。この反応の際には、1,8-ジアザビシクロ-[5.4.0]-ウンデセン(DBU)や、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デセン(MTBD)のような強いブレンステッド塩基が必要です。反応は多くの場合、トルエンまたはエーテル系溶媒中、室温で進行します。
PyFluorは脱離による副生成物が少なく、官能基選択的なフッ素化が可能であるため、精製が簡便であり、広い適用範囲を有します。また、幅広い範囲の官能基が許容であるため、生理活性化合物の合成終盤におけるフッ素官能基導入にも応用可能と考えられます。
本稿への、Abby Doyle教授およびMatthew Nielsen氏のご協力に感謝いたします。
参考文献
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