はじめに
近年、the International Sol-Gel Society1の主催するワークショップや、the Sol-Gel Gateway2のようなゾル‐ゲル分野の総合情報サイトなどにおいてシリコンに関する多くの研究が注目されており、加えて、Journal of Sol-Gel Science and Technology、Chemistry of Materials、Journal of Non-Crystalline Solidsなどの査読付き論文誌においても、シリコン系材料の論文が多数掲載されています。このように、さまざまな組織や会議、雑誌でシリコンを用いた研究が取り上げられ、反応性シリコン化学に関する研究では、純シリコンおよびハイブリッド材料の合成、ヒドロシリル化、開環重合および原子移動重合、立体化学制御の可能な重合、縮合反応などが注目されています。また、シリコーンを用いることで、ポリマーやエラストマー、セラミック、相互侵入網目構造、強化フィラー、膜、マイクロリソグラフィー、光開始剤、高機能ポリマー、ゾル‐ゲル法によるセラミック前駆体など、シリコン化学の主要分野を網羅する幅広い種類の材料が得られます。
ゾル‐ゲル化学は古くから知られていましたが、広範囲に研究が進められるようになったのは、1970年代半ばにゾル‐ゲル反応によって金属アルコキシド溶液から様々な無機材料のネットワーク構造が得られることが示されてからのことです3。従来、均質かつ高純度な無機酸化物ガラスの合成には高温を必要としたのに対し、ゾル‐ゲル反応をもちいることで室温での合成が可能となります。ガス分離、エラストマー、コーティング、積層材料といった分野での利用を目的として、ゲル成形体4,5、紡糸繊維6,7、薄膜8-10、かご状分子11,12、キセロゲル13といった様々な化合物が開発されています。無機成分を有機ポリマーに組み込むことによって、様々な特性を望みどおりに得ることが可能となります。
ゾル‐ゲル反応で用いられる前駆体は、種々の反応性配位子に囲まれた金属元素または半金属元素で構成されています。アルミン酸、チタン酸、ジルコン酸などの金属アルコキシドは水に対する反応性が高いため、前駆体として最も広く使用されています。非金属アルコキシドで最も広く用いられているのはアルコキシシラン類であり、テトラメトキシシラン(TMOS:tetramethoxysilane)やテトラエトキシシラン(TEOS:tetraethoxysilane)があります。アルコキシシランのアルコキシ基のうち最も一般的なものはエチル基ですが、メトキシ基やプロポキシ基、ブトキシ基、その他の長鎖炭化水素アルコキシ基も用いられます。金属アルコキシドは、単独もしくはTEOSやアルコキシホウ酸塩などの非金属アルコキシドと組み合わせた形で、ゾル‐ゲル反応に広く用いられています。
ゾル‐ゲル
ゾル‐ゲル反応はアルコキシドの加水分解と縮合反応からなる反応です。図1に示した反応スキームではアルコキシシランを使用していますが、どの種類の金属アルコキシドでも同様の反応が起こります。酸性、中性、または塩基性の条件下でシラン溶液に水を加えることで、加水分解が始まります。
図1ゾル‐ゲル反応スキーム
多くの金属アルコキシドの加水分解反応および縮合反応は非常に速いため、触媒を使用しなくても反応が進行します。一方、アルコキシシランの加水分解速度は非常に遅いため、酸性または塩基性の触媒を添加する必要があります。また、金属アルコキシドの場合、その反応速度を低下させる目的で乾燥制御剤(DCCA:drying chemical control additive)がしばしば用いられ14,15、その例としては、テトラヒドロフラン、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド、シュウ酸などが挙げられます。DCCAと反応中間体が水素結合を形成することで反応速度が低下します。反応を進めるためには、エバポレーションによって溶媒を除去します。
利点と有用性
ゾル‐ゲル反応がセラミック薄膜およびガラス薄膜の形成に有利であることには多くの理由があります。まず、ゾル‐ゲル反応は特殊な物質や触媒、高価な堆積用装置を必要としない、簡便な反応であることです。また、極端な反応条件を利用することもありません。反応は室温で起こり、反応で生じた水/アルコールを除去してゲルを「硬化」させるための適温のみを必要とします。ゾル‐ゲル反応で作られる材料の特性は、有機修飾アルコキシドや腕(arm)の数の異なる半金属を用いる(たとえば、アルコキシシランの代わりにアルコキシホウ酸塩を用いる)ことで容易に調整することが可能です。
ゾル‐ゲル反応は、複合材料に使用されるS2グラスファイバー(高機能ガラス繊維の一種)の修飾に広く用いられています。ゾル‐ゲル薄膜によるガラス表面のコーティングは、ガラスに機械的強度と飛散防止性を付与します。ゾル‐ゲル材料はまた、既存のポリマー構造(ポリエステル16、Nafion™ 17、Surlyn® 18など)を強化する目的で複合材料中でも用いられています。これらの実験では、購入した純度97%以上のアルコキシシランおよびアルコキシチタン酸塩が、精製されることなく用いられています。
ゾル‐ゲルネットワークの修飾
上述のようなセラミックおよび複合材料を修飾する有用な方法に、有機修飾ケイ酸塩(ORMOSIL:organically modified silicate)の利用があります。ORMOSILは、TEOSなどの四官能性シリコンアルコキシドから誘導されます(図2)。図中のn はシリコン原子に結合している有機基の数、f はシリコン原子に結合している反応性アルコキシ基の数を表しています。R、R’、R”はメチル基、ビニル基、ベンジル基など、有機基修飾ケイ酸塩に含まれる官能基を表しています。多くの場合、有機基はアミン基やエポキシド基といった反応性の官能基であるため、連続して反応させることが可能です。
図2ORMOSILの官能性
シルセスキオキサンもまた、セラミックおよび複合材料の無機-有機修飾剤として広く用いられています。架橋型シルセスキオキサン(図3)には、有機スペーサーとしての機能も持つ炭化水素置換基(R)が含まれています。シルセスキオキサンはポリマー系に導入されることが多いため、ポリマーとの相溶性を高めるには、ポリマーの繰り返し単位に可能な限り類似したR基を選択する必要があります。
図36-armおよび4-armの架橋型シルセスキオキサンの例
さらに、多数のかご状構造がゾル‐ゲル反応によってセラミックや複合材料に導入されています。これらの構造体(多面体シルセスキオキサン(PSS:polyhedral silsesquioxanes)19,20やゼオライト21など)は材料に特有の多孔性と剛性を与えます。かご状構造の場合、非共有結合(セラミック構造中へのトラップ)、もしくは共有結合によって導入されます。
ゾル‐ゲルネットワークの研究
セラミックおよび複合材料におけるゾル‐ゲル結合の分析には、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)や29Si MAS NMRなどの固体NMRがよく用いられます(図4および5)。表面の元素組成比はX線光電子分光法(XPS)で、バルク材料の組成比は即発γ線中性子放射化分析法(prompt gamma-ray neutron activation analysis, PGNAA)で測定しました。図4はNafion構造内に作製した、テトラエチルオルトケイ酸(T)とジエトキシジメチルシラン(D)からなるORMOSILゾル‐ゲル材料のFTIRスペクトルです22。さまざまな種類のシリコン結合が見られますが、主要な吸収ピークは非対称のSi-O-Siによるもので、環状成分(約1080 cm-1)と直鎖成分(約1030 cm-1)から構成されています。
図4Nafion構造内で重合したテトラエチルオルトケイ酸(T)/ジエトキシジメチルシラン(D)ゾル‐ゲル材料のFTIR-ATR差スペクトル22
図5Nafion構造内で重合したORMOSILテトラエチルオルトケイ酸(T)/ジエトキシジメチルシラン(D)の固体29Si MAS NMRスペクトル。異なるシリコン結合が見られます17,21。
結論
ゾル‐ゲル科学は、材料特性の改善に大きな影響を与える可能性を持っています。ゾル‐ゲル反応の最大の利点は、室温で利用できる点と外環境の影響を受けない点にあります。そのため、高温に弱い材料を利用することが可能になるとともに、ドライボックスなどの特別な装置を利用する必要もなくなります。
参考文献
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?