ニトロキシドを介したラジカル重合(NMP):市販の開始剤を用いたブロック共重合体合成
Nam S. Lee, Karen L. Wooley
Departments of Chemistry and Chemical Engineering, Texas A&M University
Material Matters 2010, Vol.5 No.1
はじめに
精密ラジカル重合は、高分子のサイズや構造、組成、アーキテクチャの優れた制御と実験上の利便性とを兼ね備えた、高分子化学の研究になくてはならない反応です。1990年代半ばに見出された精密ラジカル重合は複合ポリマーの作製を容易にし、ナノサイエンスとナノテクノロジーの分野を大きく進展させました。つまり、この複合ポリマーは、サイズや形態、官能基の位置選択的配置などの、パラメーターが予測可能な機能性ナノ構造のビルディングブロックとなります。この特に優れた重合制御は、ラジカル濃度と反応性を調整する可逆的停止反応に基づいています。この種の重合のリビング特性によって、制御された分子量や狭い分子量分布を持つポリマーの合成が可能になるだけでなく、さらに、異なる種類のモノマーを用いて分子鎖を成長させることで、マルチブロック共重合体を得ることができます。ニトロキシドを介したラジカル重合(NMP:Nitroxide-Mediated radical Polymerization)は、このような制御されたラジカル重合反応の一つですが、その他の代表的な例には、原子移動ラジカル重合(ATRP:Atom Transfer Radical Polymerization)や可逆的付加-開裂連鎖移動(RAFT:Reversible Addition-Fragmentation chain Transfer)重合があります。NMPはその簡便さが最大の利点であり、外部ラジカル源や金属触媒がなくても、熱的に重合が開始します。スキーム1に示したように、NMPはラジカル開始剤(Ι)とモノマー(M)、そして中間ラジカル種をトラップするニトロキシドラジカル(R)の組み合わせを必要とします。例えば、過酸化ベンゾイルの熱的ホモリシスによって、スチレンモノマーの重合を開始できるラジカルが生成します。成長反応がポリマー鎖を伸長し続けると同時に、熱的に不安定(labile)なアルコキシアミン類を生成するニトロキシドラジカルとの反応を含んだ可逆的停止反応が、反応性ラジカル種の量を調整し、その結果、重合の制御が可能となります。ここで重要なことは、安定なニトロキシドラジカルは可逆的停止反応を起こすことはあっても、重合を開始することはないということです。
スキーム1NMPの反応機構。過酸化ベンゾイル開始剤(Ι)で開始され、TEMPOニトロキシドラジカル(R)を介したスチレンモノマー(M)の重合を表しています。また、アルコキシアミンをベースとする単一分子NMP開始剤の一般構造も示しました。
NMPに関する飛躍的な進歩の一つに、単一の分子から、重合を開始する反応性ラジカルと、反応を媒介する安定ニトロキシドラジカルの両方を供給することの可能なアルコキシアミンの単離があります1。初期のNMPでは、ニトロキシドは別のラジカル源で開始されたポリマー鎖を可逆的に停止する添加剤として用いていました2。過酸化ベンゾイルで開始されたスチレニルラジカル(スキーム1の構造A)をトラップするためにTEMPOを用いることで、狭い分子量分布を保持しながら、分子量の調整と構造の明確な末端基の付与、そしてブロック共重合体の合成も可能であることをHawkerは示しました。その後、彼は汎用開始剤(Univeral Initiator)を開発し3、世界中の研究室で応用されています。この汎用開始剤を利用する上での主な欠点はその合成の困難さにありましたが、今日、この開始剤は市販されているため、NMP研究を活性化するものと期待されます。我々は水中での両親媒性ブロック共重合体の自己組織化によるナノスケール物質の構築のために、汎用開始剤(700703)を、5当量パーセント未満の対応するニトロキシド(重合中にポリマー末端の成長をキャッピングしやすくするために添加)存在下で使用し4、制御された分子量と狭い分子量分布を持つ両親媒性ジブロック共重合体前駆体(I)とpoly(tert-butylacrylate)-b-poly(4-acetoxystyrene)(II)を合成しました(スキーム2)。
ポリ(アクリル酸 t-ブチル)140(I)の合成
1H NMRと13C NMRスペクトルは、溶液としてそれぞれ300 MHzおよび75 MHzで測定し、溶媒プロトンを基準としました。加熱乾燥した50 mLシュレンクフラスコに磁気撹拌子を入れ、窒素雰囲気下、室温でN-tert-butyl-N-(2-methyl-1-phenylpropyl)-O-(1-phenylethyl)hydroxylamine(124 mg、0.381 mmol、700703)、2,2,5-trimethyl-4-phenyl-3-azahexane-3-nitroxide(4.19 mg、0.019 mmol、710733)、tert-butyl acrylate(10.16 g、79.6 mmol、327182)を加えました。反応フラスコを密封して室温で10分間撹拌し、反応混合物の凍結脱気を3回繰り返しました。最後の脱気後、反応混合物を室温に戻して10分間撹拌してから、あらかじめ加熱しておいた125℃のオイルバスに浸漬して重合を開始しました。36時間後(転化率の速度論データは図1)、1H NMR分析によって50%のモノマー転化率に達したことを確認しました(図3)。反応フラスコを液体窒素にすばやく浸漬することで重合を停止しました。反応混合物をTHF(401757)に溶解し、H2O/MeOH(v : v、1 : 4)を用いた沈殿精製を3回行うことで、PtBA(I)を白色粉末として得ました(4.1 g、モノマー転化率を基準にして80%の収率。MnNMR = 19,130 g/mol, MnGPC = 18,220 g/mol, PDI = 1.10。1H NMR(CD2Cl2, ppm):δ 1.43(br, 1290 H), 1.80(br, 70 H), 2.21(br, 160 H), 7.14-7.26(m, 10 H)。13C NMR(CD2Cl2, ppm):δ 28.4, 36.5, 38.0, 42.5, 80.9, 174.4。)。GPCデータは図2に示しました。
図1モノマー転化率(パーセント)と反応時間の関係。
図2ポリマーIの分子量分布。Mn = 18,220 g/mol、PDI = 1.10。
図3ポリマーIの1H NMRスペクトル。
Figure 4.ポリマーIの13C NMRスペクトル。
ポリ(アクリル酸 t-ブチル)140-b-ポリ(アセトキシスチレン)50(II)の合成
1H NMRと13C NMRスペクトルは、溶液としてそれぞれ300 MHzおよび75 MHzで測定し、溶媒プロトンを基準としました。加熱乾燥した50 mLシュレンクフラスコに磁気撹拌子を入れ、窒素雰囲気下、室温でPtBA(I)(124 mg、0.381 mmol)、2,2,5-trimethyl-4-phenyl-3-azahexane-3-nitroxide(4.19 mg、0.019 mmol)、4-acetoxystyrene(10.16 g、79.6 mmol、380547)を加えました。反応フラスコを密封して室温で10分間撹拌し、反応混合物の凍結脱気を3回繰り返しました。最後の脱気後、反応混合物を室温に戻して10分間撹拌してから、あらかじめ加熱しておいた125℃のオイルバスに浸漬して重合を開始しました。4時間後(転化率の速度論データは図5)、1H NMR分析によって25%のモノマー転化率に達したことを確認しました(図7)。反応フラスコを液体窒素にすばやく浸漬することで重合を停止しました。反応混合物をTHFに溶解し、H2O/MeOH(v : v、1 : 4)を用いた沈殿精製を3回行うことで、PtBA-b-PAS(II)を白色粉末として得ました(4.62 g、モノマー転化率を基準にして87%の収率。MnNMR = 26,620 g/mol, MnGPC = 26,330 g/mol, PDI = 1.12。1HNMR(CD2Cl2, ppm):δ 1.43(br, 1500 H), 1.80(br, 100 H), 2.21(br, 290 H), 6.36-6.82(m, 190 H), 7.14-7.26(m, 10 H)。13C NMR(CD2Cl2, ppm、図8):δ 21.5, 28.4, 36.5, 38.0, 40.5, 42.6, 80.9, 121.8, 128.9, 143.0, 149.4, 169.7, 174.7。)。GPCデータは図6に示しました。
図5モノマー転化率(パーセント)と反応時間の関係。
図6ポリマーIIの分子量分布。Mn = 26,330 g/mol、PDI = 1.12。
図7ポリマーIIの1H NMRスペクトル。
図8ポリマーIIの13C NMRスペクトル。
図9正規化したGPC曲線。ポリマーIおよびIIの分子量分布を示しています。
結論
汎用NMP開始剤(700703)を用いた、制御された分子量と低いPDIを有する両親媒性ジブロック共重合体前駆体の簡易な合成法を示しました。この手法は、通常のラジカル重合を行う以上の特別な器具や技術を必要とせず、必要なのは対応するニトロキシド(710733)を合成することだけです。最終的に得られたブロック共重合体は沈殿精製により過剰のモノマーを除去し、脱保護しました。このブロック共重合体が形成する水中での超分子集合体のナノ構造の形態とサイズは、ポリマーブロックの長さと各ブロック長の比率に影響されますが、汎用NMP開始剤を用いた重合反応によって精密に制御することができます。この反応系は単純であることから、NMPが応用の幅を劇的に広げることが期待されます。
謝辞
本物質は、米国国立衛生研究所の米国心臓、肺、血液研究所(National Heart Lung and Blood Institute)におけるProgram of Excellence in Nanotechnology(HL080729)の援助による研究を基にしています。N. S. Leeは、ACS Division of Organic Chemistry Graduate Fellowship 2008–2009を通じたGlaxoSmithKlineの支援に感謝いたします。
参考文献
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