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可溶性ペンタセン前駆体

Prof. Cherie R. Kagan

Associate Professor, Department of Materials Science and Engineering, University of Pennsylvania, Philadelphia, PA 19104

可溶性ペンタセン前駆体を用いた有機電界効果トラジスタの作製と特性評価

ペンタセンは、電界効果移動度が1 cm2V-1s-1を超える優れたp型半導体チャネルを形成することのできる、高性能分子導体のひとつです。しかし、有機エレクトロニクスの商用化に不可欠な、大面積を低コストで処理する方法(インクジェット、スクリーン印刷、マイクロコンタクトプリンティング、ナノインプリントなど)に適した溶媒がないことがペンタセンの主な欠点です。この問題を克服するためのアプローチとして、溶液処理を行ってから高品質のペンタセン膜に熱的に変換することのできる、「可溶性ペンタセン前駆体」を使用することが挙げられます。有機電界効果トランジスタ(OFET:Organic Thin Film Transistor)などのデバイスに未修飾のペンタセンを用いるには、可溶性ペンタセン前駆体は非常に重要な物質であり、加熱(約200℃)することにより容易にペンタセンに変化します。以下に、溶液堆積法によってボトムゲート・ボトムコンタクト型のペンタセントランジスタを作製する手順を紹介し、その代表的な性能特性を示します。

作製方法

高濃度ドープしたn型シリコンウエハ(抵抗:<0.01 Ω・cm)に厚さ250 nmのSiO2を熱成長させた基板を用い、トランジスタのバックゲートとゲート誘電体を作製します。2 x 2 cm2のウエハを50 Wで10分間にわたって酸素プラズマ処理(Technics PlanarEtchII-350 Plasma Generator)した後、HMDS(1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン)で表面処理します。HMDSによってSiO2表面が疎水化され、トランジスタ特性が向上します。5 mLのHMDSの入ったペトリ皿を、表面処理を行う基板とともに真空デシケータに入れます。家庭用掃除機でデシケータ内を排気して、基板をHMDS蒸気に20分間暴露します。金のソース電極とドレイン電極はシャドーマスクを用いた電子線蒸着によって基板上に作製します。

13,6-N-スルフィニルアセトアミドペンタセン前駆体(666025)をクロロホルム(15 mg/mL)に溶解させ、0.2 μmのPTFEシリンジフィルターでろ過します。続いて、10分の数mLのこの溶液を各基板の上に滴下します。基板を1500 rpm(初期の回転速度上昇率は1秒ごとに500 rpm)で1分間回転させた後、窒素雰囲気のグローブボックス内にある200℃に予熱したホットプレート上で前駆体薄膜を1分間熱処理して、ペンタセン前駆体をペンタセンに変換します。生成したペンタセン薄膜の厚さは100 nmです。作製の概略を図1に示します。

可溶性ペンタセン前駆体を用いた溶液堆積プロセス

図1溶液堆積プロセスによるペンタセン薄膜形成の概略図。スピンコーティング後、N-スルフィニルアセトアミドペンタセン誘導体()の熱変換によってペンタセン()薄膜トランジスタを作製します。

電気特性

デバイスの電気特性の評価は、半導体パラメータ・アナライザ(Agilent 4156C)とプローブシステム(Karl Suss PM5)を用いて周囲雰囲気下で行いました。作製したトランジスタの代表的なI-V特性を図2に示します。

作製したトランジスタの出力特性

図2金(15~20 nm)の金属接点、長さ(L) = 160 μm、幅(W) = 1.5 mmのチャネルから作製したペンタセントランジスタの()ドレイン電流(ID)とソース-ドレイン電圧(VDS)、() -50 Vのドレイン-ソース電圧における、ドレイン電流(ID)とソース-ゲート電圧(VGS)。移動度は0.189 cm2/Vs、オン/オフ電流比(Ion/Ioff)は4.4 x 105、しきい値電圧(VT)は-26.8 Vです。

飽和状態における移動度(μ)としきい電圧(VT)は、次の方程式を用いて計算します。

飽和移動度の計算式

ここで、IDはドレイン電流、VGSはソース-ゲート電圧、VTはしきい値電圧、Ciはゲート誘電体の単位面積あたりの静電容量です。この約0.1~0.2 cm2V-1s-1という移動度は今回ご紹介した方法によって得られたものですが、SiO2/ペンタセン界面はデバイス特性に非常に重要な役割を果たしており、より適切なHMDS蒸気による表面処理によって、移動度をすでに報告1,2されている、約1 cm2V-1s-1まで向上させることが可能です。HMDS処理は、たとえばYield Engineering System社の装置内で行います。

アルドリッチでは、今回使用した可溶性ペンタセン前駆体の13,6-N-スルフィニルアセトアミドペンタセン(666025)のほかに、ペンタセン-N-スルフィニル-tert-ブチルカルバミン酸(699306)も取り扱っています。この化合物の場合、130℃で短時間加熱する前に、光酸発生剤の存在下で紫外線を用いることで光パターニングを行うことが可能です。また、高純度のペンタセンを有機電子デバイスに取り込むには、この他に3M社とOutrider Technologies社が開発した可溶性ペンタセン化合物(TIPSペンタセン、716006)を用いる方法もあります。このように、可溶性ペンタセン誘導体や可溶性ペンタセン前駆体のいずれからでも高性能デバイスを作製することができます。これらの方法は、ペンタセンが溶媒への溶解性に乏しいことに起因する問題を打開し、移動度の高いペンタセンを最終的にデバイスに組み込むことを可能にする、極めて有用な方法であるといえます。

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参考文献

1.
Kagan CR, Afzali A, Graham TO. 2005. Operational and environmental stability of pentacene thin-film transistors. Appl. Phys.Lett.. 86(19):193505. https://doi.org/10.1063/1.1924890
2.
Afzali A, Dimitrakopoulos CD, Breen TL. 2002. High-Performance, Solution-Processed Organic Thin Film Transistors from a Novel Pentacene Precursor. J. Am. Chem. Soc.. 124(30):8812-8813. https://doi.org/10.1021/ja0266621
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