生体センサおよび化学センサ用グラフェン電界効果トランジスタ
Victoria Tsai, Bruce Willner
Graphene Frontiers, Philadelphia, PA 19104, USA
はじめに
医用診断、環境モニタリング、バイオ研究において極めて重要となるのが、バイオマーカーの検出および定量化です。この分野では長年、蛍光マーカーや高度な分光装置を必要とする、光学的な読み取り方法が主に用いられてきました。他の分野では半導体集積回路の技術革新に基づいた新技術の恩恵を受けているものの、化学センサおよび生体センサに必要な感度や選択性は、半導体を基盤としたセンサで達成することが困難であり、依然として従来の生物化学的方法に依存しています。シリコントランジスタを使った読み取りセンサが開発されてはいますが、シリコン構造の根本的な欠点のため、これらセンサの感度と選択性は十分ではありません。
最近、低次元材料、ナノワイヤ、ナノチューブ、2次元(2D)フィルムの開発により、現在のシリコンセンサの限界を克服する新たな電子センサが登場しています。1次元(1D)構造に基づいたセンサ、特にカーボンナノチューブ(CNT:carbon nanotube)を使用したセンサは優れた感度を有し、少なくとも選択性が得られる可能性があることが示されていますが、1D構造からのデバイス作製は困難であることが判明しています。グラフェンを使用すると、1D構造と同等の性能が得られると同時に、平面フィルムで作業を行うことができるという利点があります。
グラフェン
初の2D原子結晶材料であるグラフェンは、六方格子状に配列した炭素原子の単層です。グラフェンに関する革新的実験を行ったAndre Geim氏とKonstantin Novoselov氏は、2010年にノーベル物理学賞を受賞しました。グラフェンは複数の特異な材料特性を有していますが、その中でも電気伝導率などはセンサ用途に非常に適しています1–3。グラフェンの理想的な移動度は200,000 cm2 V–1 s–1に達すると推定されています4。SiO2で被覆したシリコンウエハ上の剥離グラフェンについて10,000~15,000 cm2 V–1 s–1の移動度が報告されており5,6、上限は40,000~70,000 cm2 V–1 s–1とされています6,7。グラフェンは非常に安定しており、非常に短く強い共有結合から成り、全ての結合がフィルム面内にあります。グラフェンの電気伝導率、安定性、均一性、組成、2次元的性質は、センサ用の材料として非常に優れたものであり、シリコン系化学センサおよび生体センサの欠点を克服することが可能です。
GFET
グラフェン電界効果トランジスタ(GFET:graphene field effect transistor)は、2つの電極間のグラフェンチャネルと、チャネルの電子応答を検出するゲートコンタクトで構成されます(図1)。グラフェンは露出した状態であり、チャネル表面の修飾、およびチャネル表面への受容体分子の結合が可能です。GFETチャネル表面に、特定の標的に対する受容体分子を結合させて機能化します。
図1グラフェン電界効果トランジスタ(GFET)。A)30個のGFETからなるチップ、B)GFETの構造。
グラフェン表面上の受容体に標的分子が結合すると電荷再配分が発生し、FETチャネル領域にかかる電界が変化します。この電界の変化によりチャネル内の電気伝導率およびデバイスの全体的な応答に変化が生じます(図2、3)。数年前からシリコンFETでも同様のデバイスが作製されていますが、その感度は限定的で、十分な選択性は得られていません。通常、グラフェンの反応性は低く、ほとんどの材料と結合しません。しかし、グラフェンは炭素でできているため、いくつかの化学的方法で表面に結合部位を生成し、機能化することが可能です。本セクションでこれら方法の詳細について議論します。
図2GFETの電気的特性評価用プローブステーション
図3ゲート電圧に対するGFETデバイスの応答性。
2Dチャネル材料を用いたGFETセンサには、シリコンを含むバルク半導体デバイスに対していくつかの利点があります。多くの半導体トランジスタセンサの場合、チャネル表面での局所的な電界変化はデバイスチャネルの深い部分まで影響が及びにくいため、応答感度が限定されてしまいます。これに対してGFETの場合は、グラフェンチャネルの厚さが原子1個分しかないので、チャネル全体が実質的に表面にあり、環境に直接露出しています。そのため、チャネル表面に結合したどのような分子でも、デバイスの深さ全体の電子移動に影響を与えます。シリコンまたはその他のバルク半導体を原子1個の薄さに近づけた場合、表面欠陥が材料特性を支配してしまうため、効果的ではありません。グラフェンなどの二次元材料は、表面に欠陥を形成するダングリングボンドを有していないため、グラフェンは高い伝導率と同時に表面効果に対する高い応答性を示します。さらに、ダングリングボンドを持たないことから、他のFET系センサで問題となる非特異的結合が起こらず、偽陽性を除外することができます。GFET表面を適切に修飾することで、分析ターゲットの高感度、高選択性、直接的、非標識での検出を、全て電子的に制御、出力することが可能となります。
カーボンナノチューブ(CNT)やナノワイヤなどの1D材料を用いたデバイスの作製と比較して、グラフェン系FETセンサの作製には大きな利点があります。グラフェンと同様に、単層CNTの伝導率は高く(カイラリティが適切な場合)、実質的に全てが表面となります。グラフェンは、均一な材料特性を持つ均一なフィルムとして製造可能ですが、現段階ではグラフェンに匹敵する一貫性を持つ1D材料を作製することはできません。その上、1D物質の数と配向は均一にならずに一定の分布をとるため、ランダムに並んだナノワイヤまたはナノチューブを使用したデバイスをアレイ化して均一で高い応答を得ることは不可能です。この位置、配向に関する不均一性のため、応答特性はデバイス間で大きく変動し、1D物質間の寸法の不均一性によりさらに大きく変動する場合もあります。これに対して、2D材料はデバイス間の一貫性を改善する手段の一つとなります。さらに、均一でウエハスケールのグラフェンフィルムを化学気相成長法で作製することが可能であり、これらのフィルムに対して半導体集積回路の製造工程に用いられているフォトリソグラフィ法を適用することができます。
GFETの作製
集積回路産業で用いられているリソグラフィ、堆積、および集積化といった、低コストで信頼性の高い確立された工程を利用するため、GFETをシリコンウエハ上に作製します。これらデバイスに用いるグラフェンフィルムは、大気圧化学気相成長法で生成します8。堆積用の基板となる銅箔を加熱炉に入れ、アルゴン/水素の還元雰囲気で1000℃に加熱し、銅表面上の酸化物を除去します。アルゴン/水素のガス流に少量のメタンを加えます。グラフェンの生成が少数の核生成部位で開始し、ドメインが相互に接触するまで単原子層のグラフェン結晶が横方向に成長して、銅表面を完全に被覆します。メタンは銅表面で分解し、吸着した炭素原子はグラフェン結晶に接触するまで表面を移動し、グラフェン結晶に組み込まれます。成長時間は主にガス流量比に依存し、5 ~ 30分の短時間で連続的な単原子層グラフェン(SLG:single atomic layer graphene)が生成します。
金属電極をシリコンウエハ上に熱蒸着により堆積させ、リソグラフィ法でパターン化します。SiO2表面への接着にはチタンまたはクロムの薄層を必要とします。グラフェンとの電気的接触には金またはパラジウムを用います。電極の作製後、堆積用の銅基板からグラフェンフィルムをウエハ上に転写します。転写のために、銅基板上のグラフェン面にポリ(メタクリル酸メチル)(PMMA)をスピンコーティングします。水の電気分解を用いた機械的分離方法で、PMMA/グラフェンと銅を分離します。グラフェンフィルムをウエハ表面に置き、グラフェンをウエハおよび電極に接着させるためベークした後、アセトンでPMMAを除去します。さらにフォトリソグラフィ法でグラフェンを電極間のFETチャネルにパターン化します。保護されていないグラフェンの除去には酸素プラズマが有効です。IC製造設備での作業が必要なため、グラフェンフィルム中の金属不純物を最小限に抑えることが極めて重要であり、したがって銅基板の表面を削り取るような工程は避けなければなりません。
GFETの機能化
この数年間で、GFETとの適合性を有する、制御可能な化学的修飾方法がいくつか開発されています。さまざまな用途向けのセンサ作製のために、タンパク質、化学物質、DNA分子によるグラフェンFETの機能化が行われています。
タンパク質で修飾する場合、非特異的なタンパク質結合は、一般にタンパク質の構造やそれに伴う機能発現が制御できなくなるため、望ましくありません9。ペンシルバニア大学のA.T. Charlie Johnsonのグループは、グラフェンデバイスに適した多くの化学的結合方法を報告しており、グラフェン表面と共有結合を生成するジアゾニウム化合物10や、π–πスタッキングによりグラフェンと相互作用する二官能性ピレン化合物10,11が用いられています。タンパク質との結合は、タンパク質の外側にある適切なアミノ基で可能なアミド結合11か、ニッケル-ニトリロ三酢酸結合を介した組み換えタンパク質のヒスチジンタグとの結合12により得られます。それぞれの場合において、化学的結合を行う際の濃度、温度、時間などのパラメータを制御することにより、グラフェンデバイスの高い感度をもたらす優れた特性(特に高いキャリア移動度および良好なノイズ特性)を保ちながら、機能化を実施することができます。
生体センサおよび化学センサとしての応用
グラフェンは、優れた電子的および熱的特性ならびに大きな比表面積(体積当たりの表面積)を有しているため、生体センサ13,14、ガスセンサ15,16、高性能トランジスタ17–19などの用途に特に適しています。グラフェン系デバイスを用いることで、医療機関でのポイントオブケア診断や化学検出用途の高速、高感度センサが実用化され、従来の高コスト、低感度で手間のかかる他の手法に取って代わる可能性があります。
A.T. Charlie Johnsonのグループは、pg/mLレベルの濃度の低分子を検出できるGFETセンサを開発しています14。同グループでは、4- carboxybenzenediazonium tetrafluoroborateでグラフェン上にカルボン酸基を導入し、1-ethyl-3-[3-dimethylaminopropyl] carbodiimide hydrochloride / sulfo-N-hydroxysuccinimide(EDC/sNHS)でさらに活性化および安定化を行いました20。コンピュータにより設計したヒトμ–オピオイド受容体(Gタンパク質共益受容体)の水溶性変異体をこれらのカルボン酸基に修飾することでGFETを機能化しました。機能化の各段階において、バックゲート電圧の関数としてソース-ドレイン電流を測定することで、再現性のあるコンダクタンスのシフトが示されました。μ–オピオイド受容体のターゲットであるナルトレキソン(オピオイド受容体拮抗薬)を、10 pg/mLという低濃度でも高い特異性で検出できたことが報告されています14。改変した一本鎖抗体(scFv:single chain variable fragment)を完全な抗体の代わりに受容体分子として用いた他の炭素系FETセンサの研究では、検出限界が1000倍向上したことが示されています21。改変融合タンパク質であるscFvは抗原に対する特異性を有する抗体の可変領域を含んでいて、抗体の大部分を占める定常領域が除去されているにも関わらず、元の抗体の特異性を保持しています。scFvで機能化したFETセンサの感度が向上する理由は、ターゲットのバイオマーカーの結合する位置がGFETチャネルに近いことで、静電相互作用が強まり、電気信号が増大するためであると考えることができます21。
GFETのもう一つの用途は、化学センサ(Chemical Vapor Sensing)、すなわち「匂い」センサ計測です。様々な化学物質ガスを検出するために、一本鎖DNAで修飾したGFETが使用されています。これらGFET系化学センサは、応答時間が高速で、室温で速やかにベースラインへ回復し、メチルホスホン酸ジメチルおよびプロピオン酸などの複数の類似したガス分子を識別できることが示されています16。
結論および今後の展望
グラフェンの優れた電子的特性には、今後もセンサ計測用途において大きな期待が寄せられます。生体および化学GFETセンサでは、高速、高感度、高特異性、低コストで、全てを電子的に出力することが可能になると予想されます。さらに、GFETセンサは多重化することができるため、単一の小型チップ上で多数のターゲット(数十~数千個)を高感度で高速に検出することも可能になります。GFETセンサ技術は、医療、創薬、化学検出の市場に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
参考文献
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