酸化グラフェンおよび還元型酸化グラフェンの応用
Avery Luedtke, Ph.D.
MilliporeSigma, Milwaukee, WI
はじめに
酸化グラフェン(GO:graphene oxide、763705、777676ど)は、グラファイトの単分子層にエポキシ基およびカルボキシル基、カルボニル基、水酸基など様々な酸素含有官能基が結合した材料です1,2,3。グラファイトの単層であるグラフェンの単離・研究が始まって以来4、GOに対する関心が大きく高まっています。当初GOは、グラフェン合成のための前駆体材料として期待されていました5。しかし、不導体であるGOを還元して得られる還元型酸化グラフェン(rGO:reduced graphene oxide、777684など)は、グラフェンに類似しているものの、酸素や他のヘテロ原子をはじめ、構造欠陥も含有しています6,7。そのため、より純粋なグラフェンに近いrGOの合成法が大きな課題となっています。 それでもなお、rGOはGO水分散液から薄膜として得られ、適度な導電性も有することから、電子デバイスでの使用に適しています8,9,10,11,12。また、電子デバイスでの応用の他にも、GOおよびrGOは、ナノ材料13,14、高分子複合材料13、エネルギー貯蔵14、生物医学用途15,16,17、触媒18,19,20、および界面活性剤21などの様々な分野で利用されています。
酸化グラフェンの合成と還元
多くの酸化グラフェン合成法が現在用いられていますが、いずれもHummersによって最初に報告された手法(過マンガン酸カリウム硫酸溶液中でのグラファイトの酸化22)をベースとしたものです。GOの還元はヒドラジンを使った方法5が報告されていますが、ヒドラジンは毒性が高く、窒素を含む官能基を付与する可能性もあります23。そのため、GOの還元には、NaBH4 14、アスコルビン酸24、HI 25,26などをはじめとするヒドラジンの代替材料が使われています。 GOは水溶液中、もしくは薄膜の状態でも還元することが可能です。なお、合成化学の観点からみたGOの還元法についてのレビューが最近報告されています6。
エレクトロニクス
酸化グラフェンを少なくとも1つの構成要素の出発材料として用いた、様々な電子デバイスが作製されています。その一例に、グラフェン電界効果トランジスタ(GFET:graphene based field effect transistor)があります27,28。また、還元型酸化グラフェンを用いた電界効果トランジスタは、化学センサ29,30,31およびバイオセンサとして用いられています。 GFETセンサの概念図を図1に示しました31。さらに、官能基化rGOを半導体として用いたGFETは、バイオセンサとしてカテコールアミン分子32およびアビジン33、DNA34の検出に用いられています。別の研究では、グルコースオキシダーゼで官能基化したGOを電極上に堆積させ、電気化学的グルコースセンサとして用いられています35。
LED(light emitting diode)および太陽電池には、可視光に対して透明な電極が必要となります。酸化グラフェンは湿式処理が可能なため、還元型酸化グラフェンの透明電極への利用は、ITOのような既存の透明電極の代替技術として有望です36,37。また、透明電極の他に、rGOは高分子太陽電池やLEDにおける正孔輸送層としても使用されています38,39。
図1(a)ガスセンサとして用いられる、Si/SiO2基板上のバックゲート型GFETの概念図。(b)水溶液中での化学・バイオセンサとして用いられる、フレキシブルPET基板上の溶液ゲート型GFETの概念図。フランス国立科学研究センター(CNRS)および英国王立科学会(RSC)から許可を得て、参考文献31から再掲載。
エネルギー貯蔵
還元型酸化グラフェンのナノ複合体が、リチウムイオン電池における大容量エネルギー貯蔵のために使用されており、電気的に絶縁性の金属酸化物ナノ粒子をrGOに吸着させることで、電池性能の向上が見られています40,41,42,43,44。たとえば、純粋なFe3O4やFe2O3と比較してrGOにFe3O4を吸着させた場合、エネルギー貯蔵容量とサイクル安定性が上昇することが報告されています(図2)43。高表面積rGOは、酸化グラファイトのマイクロ波による剥離と還元によって得られます。 こうして得られた高表面積rGOは、スーパーキャパシタのエネルギー貯蔵材料として有用です45,46。
図2(a)GNS/Fe3O4複合体の放電/充電特性。(b)市販Fe3O4粒子、GNS/Fe3O4複合体、Fe2O3粒子の35 mA/g電流密度でのサイクル特性。色のついた記号は放電、白抜きの記号は充電を表しています。(c)700 mA/g電流密度における、GNS/Fe3O4複合体の100サイクルまでのサイクル特性。(d)市販Fe3O4粒子、GNS/Fe3O4複合体、Fe2O3粒子の様々な電流密度でのレート特性。ここで、GNSはrGOを表しています。参考文献43から許可を得て掲載(Copyright 2010 American Chemical Society)。
生物医学用途
生物医学分野における酸化グラフェンの用途の1つに、薬物送達システムでの利用があります。たとえば、官能基化ナノ酸化グラフェン(nGO、795534)が、抗がん剤の標的送達の研究で用いられています。 カンプトテシン(H0165)誘導体の一種であるSN38をポリエチレングリコール(PEG)官能基化nGOの表面上に吸着させることで(nGO‒PEG‒SN38)、水や血清に可溶化します47。この研究では、nGO‒PEG‒SN38は、ヒト大腸がん細胞株HTC-116の細胞生存性を下げる効果において、FDA認証SN38プロドラッグであるイリノテカン(CPT-11)より、3桁効果が高いことが見出されています(図3)47。また、nGO‒PEG‒SN38は、図3に示すようにDMSO中のSN38と同等の効果が見られています47。さらに、マウスのメラノーマ皮膚がんを、近赤外レーザーとPEGおよびヒアルロン酸で官能基化したnGOの経皮的送達によるphotothermal ablation therapyで治療した例もあります48。別の研究では、マグネタイトを抗がん剤である塩酸ドキソルビシン(DXR、D1515、44583)で標識したGOに吸着させることで、磁石を用いた特定の場所への薬物送達が試みられています49。
図3インビトロ細胞毒性試験(a)様々な濃度のCPT-11、SN38、およびNGO‒PEG‒SN38を加えて培養したHCT-116細胞の72時間後の相対細胞生存率データ。遊離のSN38はDMSOに溶解し、PBSで希釈しました。水溶性のNGO‒PEG‒SN38は、DMSO中のSN38と同等の毒性を示し、CPT-11よりはるかに高い毒性を示します。(b)SN38を吸着した(赤)および含まない(黒)nGO-PEGを加えて培養したHCT-116細胞の相対細胞生存率。純粋なNGO‒PEGは高濃度でも明らかな毒性は示していません。エラーバーは、3つのサンプルのデータによります。ここで、GNSはrGOを表しています。参考文献47から許可を得て再掲載(Copyright 2008 American Chemical Society)。
バイオセンサ
酸化グラフェンおよび還元型酸化グラフェンは、生体関連分子検出システムに使用されています。たとえば、GOは、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET:the fluorescence resonance energy transfer)効果を利用するバイオセンサの蛍光消光材料に用いられています。Luらの研究によれば、蛍光タグを付けた一本鎖DNA(ssDNA)は、非共有結合的なGOとの結合によってタグの蛍光が消光することが報告されています50。相補的なssDNAを加えることで、タグを付けたDNAがGO表面から離れ、蛍光が回復しました。 FRET効果は、蛍光標識されたATPアプタマーによる10 μM程度の濃度のATPの検出にも利用されています51。また、葉酸で官能基化したGOは、ヒト子宮頚がんおよびヒト乳がん細胞を検出するシステムにも使用されています52。
まとめとして、酸化グラフェンおよび還元型酸化グラフェンは、その表面官能基を利用した機能化によって様々な用途に利用されています。 ここでは、薬物送達システム、エネルギー貯蔵、バイオセンサへの応用について簡単にご紹介しました。
参考文献
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