組織工学用構造体の精密作製に用いられる最新手法
David B. Gehlen<sup>1</sup>, Laura De Laporte<sup>1</sup>
DWI – Leibniz-Institute for Interactive Materials, Aachen, Germany
Material Matters 2018, Vol.13 No.3
はじめに
臓器不全は、年間数百万人の患者に影響を及ぼし、数千億米ドルのコストが発生している主要な健康問題です。過去30年間にわたり、損傷した臓器を正常に機能するように修復または交換するための新しい組織を作製する目的で、工学、生物学、化学、物理学のツール、方法、分子が組み合わされて研究が行われています1。組織工学として知られるこの分野は、Ⅰ)材料の足場と細胞および成長因子を使用した埋め込み可能な組織の生体外での作製、Ⅱ)細胞の有無にかかわらず、生体内での再生を引き起こすバイオハイブリッド材料 、およびⅢ)組織の形成および病理の過程と薬物の組み合わせについて研究するための体外組織モデルといった3つの主要な領域に分けられます(図1)。
図1生体材料構造物の設計方法:分子、ナノ、マイクロメートルサイズの構成単位を組み合わせて、埋め込み可能な足場、注射可能な用途、生体外組織モデルに向けた3Dマトリックスを形成するため、異なる作製方法が使用できます。
組織構造物を構築するための材料の選択
過去20~30年間に、様々なサイズおよび複雑さを持つ組織構造物を成長させる二つの主な手法として、埋め込み可能な足場と注射可能なハイドロゲルが開発されています。埋め込み用の足場または生体外組織モデルは、体外で材料を形成するため、非常に複雑な構造を構築することができます。例えば、天然の組織から細胞を除去して、元の構造に非常に類似する構造を作製する方法があります(図2A)。1995年に行われた最初の動物実験では、ブタ由来の小腸粘膜下層を脱細胞化してイヌに移植し、アキレス腱の修復が向上しました。2010年には、脱細胞化した気管の10歳児への移植が成功しています。初期の実験では、組織の脱細胞化は洗浄液に浸漬することで行われました。より最近の方法では、灌流(perfusion)および再細胞化に天然の血管網を使用しており2、肝臓全体やその他グラフトの作製が可能になっています3。脱細胞化の方法は大幅に改善されており、今では細胞外マトリックス(ECM:extracellular matrix)の必須成分のほとんどが維持されますが、炎症反応、ECM全体の生化学的および物理的な一体性の維持の向上、効率的な再細胞化のためのバイオリアクターの最適化など、多くの課題が残されています。
材料/細胞の相互作用を系統立った方法で研究するため、重要な差異を持つ2つの構成要素である天然材料と合成材料の双方を用いて構造物が作製されています。コラーゲン、フィブリン、Matrigel®のような天然材料は本質的に多数の生物学的信号を含んでいますが、人工合成ECM(aECM, artificial ECM)は特性が明確な少数の構成単位で調製されます。機能する組織を形成するため、これらのマトリックスはECMの分解性を含む機械的、生化学的、構造的な特性を模倣します。調製の際に生細胞を組み込むためには、生理学的条件と生体適合性のある化学的環境を維持しなければなりません。現在、ほとんどの材料は、制御可能な合成材料と生物学的活性のある天然化合物を組み合わせたバイオハイブリッド系材料です。
埋め込み可能な固体の足場の作製方法
材料の特性は、分子の物理的、化学的、生化学的な特性から、ナノおよびマイクロメートルスケールの多孔性および構造要素、さらには巨視的な構造に至るまで、複数のスケールで設計する必要があります。最も初期から埋め込み可能な足場の調製に使用されている方法は、塩粒子のような溶出性ポロゲンを含んだ揮発性有機溶媒のポリマー溶液を用いる溶媒キャスト法です4。しかし、有機溶媒の細胞傷害性のため、この方法では調製にあたって細胞やタンパク質を添加することは不可能でした。その後、凍結乾燥法やgas foaming particulate leaching法のような生体適合性を高めた方法が開発され、生物活性分子の組み込みと、より複雑な構造の作製の双方が可能になりました。例えば、脊髄のような配向した組織を模倣するため、整列したチャネルを持つ構造を作製することができます(図2B)。別の方法として、繊維の径、密度、トポグラフィーが制御可能で、乱雑または配向した繊維からなる繊維マット(mat)の作製を可能にする繊維紡糸法があります。最も一般的に使用されている紡糸法は電界紡糸法です。この方法では、静電力によりキャピラリー先端にテイラーコーン(円錐状の形状)を形成し、逆の極性を持つコレクターに向かって溶液を加速することで、溶媒の蒸発により合成繊維を作製します(図2C)5。1978年、組織工学用に電界紡糸法で作製された最初のマットが人工血管として使用されました。溶媒を用いた別の紡糸法では、電界を印加せず、回転ドラムで機械的に繊維を引いて紡糸します。この方法では、より大きな径の繊維を形成することが可能で、繊維間の距離、繊維の配向およびトポグラフィーがより制御できます。湿式紡糸法では、非揮発性溶媒にポリマーを溶解して別の溶液内に押し出します。この溶液が非揮発性溶媒を洗い流し、高速での繊維作製が可能になります。溶融紡糸法では、溶媒を使用せずに溶融してノズルから押し出すことが可能な耐熱性ポリマーを使用し、ノズルとコレクターの間の気流で冷却します。この方法には、追加の洗浄工程が不要になるという利点があります。
図2A)埋め込みを想定した血管網を有する組織工学構造物作製のための組織の脱細胞化およびその後の再細胞化。B)気体発生/微粒子溶出法を使用した複数チャネル脊髄ブリッジの作製。C)埋め込み可能な足場用のナノおよびマイクロメートルサイズの繊維の電界紡糸。
ハイドロゲルを使用した足場の作製方法
上記の作製方法で埋め込み可能な固体の足場が得られますが、多くの場合、天然の組織はより柔軟で高い粘弾性を示します。ハイドロゲルはこれらの特性を模倣した水を含有するネットワークで、親水性の天然または合成のタンパク質、ポリマー、糖類を架橋することで調製されます。架橋は、物理的相互作用と可逆的な結合および/または化学反応と共有結合によって形成されます。このような架橋の形成は、例えばイオン性相互作用、pH、温度、酵素などによって起きます6。完全に合成されたポリマーであるグリコサミノグリカンや組み換えタンパク質を使用いることで、病原性汚染物質が混入する可能性を避けるとともに、バッチ間のばらつきを最小限に抑えたハイドロゲルが調製されています。合成系のハイドロゲルを作製するにあたっては、PEGまたはポリアクリルアミド、生物活性を持つペプチド、ECMの断片、タンパク質などの構成単位をネットワーク内で結合または混合します。また、加水分解が可能なエステル結合か、マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP:matrix metalloproteinase)が作用する切断部位を持つように分子間のリンカーまたは分子自体を設計することで、分解を引き起こすこともできます。生体適合性のある化学反応、生化学、物理化学の理解を組み合わせることで、機械的および生物学的な特性を広く制御できる様々なハイドロゲルが、多種多様な用途に向けて確立されてきました。
残されている課題は、細孔のサイズおよび分布、剛性、分解速度、リガンドの間隔、トポグラフィーなどの異なるパラメータが細胞の挙動に与える影響を分離することです。他の制限として、従来のほとんどのハイドロゲルのメッシュはナノサイズで、分解できない共有結合性の架橋が栄養分の灌流を阻害すると細胞の移動が妨害されます。ハイドロゲルの内部で細胞を混合する場合、細胞が拡散または移動できるようにするためには、マトリックスの分解もしくは可逆的な架橋のいずれかが必要です。そのため、動的な結合を持つハイドロゲルが最近設計されており、天然のECMの粘弾性、歪み硬化性、繊維性をより模倣するための研究が行われています。生体に内在する細胞をより効率よく浸透させるために(細胞は抵抗が最小となる経路を選択してハイドロゲルを迂回するため、難しい課題です)、マクロポーラスなハイドロゲルが作製されています。ここで、インプラントと注射可能な材料とでは、異なる方法が用いられます。インプラントの場合、巨視的な孔を持ち形状回復性を示す可能性のあるハイドロゲルを犠牲となるポロゲンまたはテンプレートを用いることで作製することができますが(図3A)7、ハイドロゲルへの細胞カプセル化を同時に行うことができない場合もあります。
この問題に取り組むため、細胞とタンパク質とを組み合わせて3Dハイドロゲル構造物を印刷する方法としてバイオプリンティングが出現しました。バイオプリンティングには、インクジェット印刷、マイクロ押出、レーザー支援プリンティングの3種類の方法があります(図3B~D)8。インクジェット印刷は材料を液滴として堆積する方法で、安価でアクセスしやすく、マイクロ押出は連続的に線およびパターンを印刷する方法で、粘度や細胞密度を高くすることが可能です。ただし、押出には時間がかかり、せん断応力が大きいため細胞生存性の維持が課題になります。レーザー支援バイオプリンティングでは、受像基板上の特定の位置にリボンからのマイクロビーズを集光パルスレーザーで撃ち込みます。この方法はより複雑かつ精巧でコストが高くなり、用途および細胞の種類に応じた微調整が必要になります。しかし、幅広い粘度や高い細胞密度で使用することができ、処理中も細胞は生存可能です。これらの印刷法は飛躍的に進歩していますが、細胞存在下での印刷適合性を犠牲にすることなくECMの性質を模倣するためには、新世代のバイオインクが必要です。理想的なバイオインクは細胞傷害性のない液体で、必要に応じて架橋を形成し(ノズル詰まりを防止するため)、細胞を熱的および機械的なストレスにさらすことなく高い細胞密度を可能にするものです。架橋開始剤は細胞を損傷しないものでなければならず、架橋速度は高分解能を達成するため十分に制御可能かつ速くなければなりません。得られるハイドロゲルは細胞接着性で、分解性を持ち、剛性を調節できる必要があります。バイオインクの代替として、Kenzan(剣山)法では、ハイドロゲル-足場の支持を使用せずに細胞塊を直接印刷します(図3E)。これは、ロボット制御でマイクロニードル上に細胞塊を置き、細胞塊の融合後に、例えば血管のような特定の構造を得る方法です9。
図3A)マクロポーラスなハイドロゲルを作製するための犠牲テンプレート。B)液滴を利用する(droplet-wise)インクジェットバイオプリンティング。C)マイクロ押出を使用した連続ラインプリンティング。D)集光パルスレーザーを使用してマイクロビーズを受像基板上に撃ち込むレーザー支援バイオプリンティング。E)ハイドロゲル-足場の支持を使用せずに細胞塊を直接印刷するKenzan(剣山)法。
上述したように、ハイドロゲル前駆体溶液を液体として注射したあと、侵襲性を最低限に抑えた手順を使用し、生理学的条件下で架橋をその場で形成することができます。これにより、生体内の不規則な形状に適合させることが可能になり、架橋の機構が完全に最適化(架橋が漏出を防げる程度に速く、取り扱いや精密な注射が可能な程度には遅い)されていれば、周囲の組織と密接な界面を形成します。この方法には、Ⅰ)内在する細胞の浸透を促進する程度に大きい孔がない、およびⅡ)細胞の成長方向を定める階層的で配向した構造の形成が困難である、という主な欠点が2点あります。
最初の問題を克服する1つの方法として、注射後に二次的な架橋機構で結合する反応基を含む、事前に架橋したマイクロゲルを注射する方法があります。球状のマイクロゲルの直径に依存して、多様なサイズの巨視的な孔を作製することができます。これらの構造は、相互結合型マイクロポーラスアニール処理粒子足場(interconnected microporous annealed particle scaffolds, MAP)と呼ばれ、ポリマーの組成が同じ従来のハイドロゲルと比較して、細胞の浸透性と組織の修復性が大幅に向上します(図4A)10。この用途のマイクロゲルは、PEGやアルギン酸などの異なる材料を使用してマイクロフルイディクス(微少流体技術、Microfluidics)で調製され、酵素反応により共有結合を形成するか、特異的相互作用を介して互いに結合させます11。これらMAP内部でずり流動化性を得るためには、バイオインクとしての使用を可能とするゲスト-ホスト型の化学反応でマイクロゲルを架橋します12。これに代わるより大きな孔を得るための方法としては、超分子化学によって高度に制御された分子の自己組織化によりECMのような繊維構造を作製する方法があります。この構造の孔径と歪み硬化性は、分子ビルディングブロックの性質と長さに依存します(図4B)13。このようなマイクロポーラス構造では、細胞とこのaECMの間には相互作用が無い一方、細胞間での相互作用は可能であるという利点があります。この細胞-細胞相互作用は、細胞の組織化や成熟を含む多数の生化学的過程に必須なものです。例えば、分化因子が存在しない場合、神経前駆細胞の幹細胞性はハイドロゲルの分解の速度と機構に強く影響され、したがって、細胞が時間の経過とともにマトリックスを作り変える能力や、カドヘリン媒介の細胞-細胞相互作用を働かせる能力に強く依存します14。さらに、間葉組織の発達の際、細胞は当初、このaECMとの著しい相互作用を示しますが、時間が経過すると細胞-細胞相互作用が強まり始めます。この過程はまだ完全には理解されていません15。
第二の問題は、注射可能なハイドロゲルは多くが等方性であることです。これらのハイドロゲルに階層や配向を導入するため、フォトパターニング、自己集合性のナノファイバーの配向、外部磁界を使用した誘導構造の形成などの多様な方法が開発中です。フォトパターニングでは、光を使用して、誘導キューとなる生化学的および/または機械的なパターンの高分解能構造を、ハイドロゲル内部に作製します。この方法では、集光したレーザー光線で感光性分子を活性化して局所的に架橋を形成し、硬化、分解、官能基の暴露、後修飾を行います(図5A)16。2光子リソグラフィではz方向の分解能は向上しますが、レーザーアブレーション法を除き、数ミリメートルの比較的薄いハイドロゲルの層しかフォトパターニングできないため、この方法で心臓や肝臓のような大型の組織を作製することは現時点では不可能です。自己集合の場合、両親媒性ペプチドが高アスペクト比のナノファイバーに変わり、手動で繊維構造を塩媒体に移動してセンチメートル範囲にわたって整列させることができます(図5B)。これらの超分子フィラメントは、生物活性のあるペプチドで修飾可能であり、神経細胞の整列した成長を支援させることができます17。この方法では生体内用途で侵襲性を最低限に抑えることができますが、ナノファイバーの寸法を変更できる範囲は限られており、フィラメントの整列はニードル内の流れの方向によって決まります。また、磁界をかけてハイドロゲル内に磁性粒子のひもを形成する方法もあります(図5C)。これらのひもは、細胞の配向を誘導する要素として機能しますが、形状や寸法の制御が困難であり、細胞傷害性のある酸化鉄粒子が高濃度で必要になります。
図4A)足場への細胞の浸透と細胞-細胞相互作用を促進するために異なる相互作用を使用した球状マイクロゲルの集合体。B)ポリイソシアノペプチドを使用した応力硬化性繊維構造。長さが異なるポリマーを使用することで応力硬化性を制御することができます。
酸化鉄の量を最小限に抑えながら注射可能なハイドロゲルの異方性の制御を向上するため、Anisogel(異方性ハイドロゲル、anisotropic hydrogel)という概念が開発されました。Anisogelは、磁気応答性を持つミクロンスケールのロッド型の誘導要素と前駆体溶液の2成分からなるハイブリッド型のハイドロゲルです。注射後、誘導要素はミリテスラレベルの外部磁界が存在すると1分間以内に配向します。周囲の前駆体溶液は配向した誘導要素の列を2~3分間以内に架橋して固定します。誘導要素には、鋳型中での重合またはマイクロフルイディクスのどちらかで作製したロッド型のマイクロゲルか、紡糸/マイクロ切削コンビナトリアル法で作製したポリマー短繊維を使用することができます(図5D~5F)。磁気応答性は、マイクロ物体の作製に際して内部に少量の超常磁性酸化鉄ナノ粒子を入れることで得られます。この方法では、誘導マイクロ要素の剛性、生物活性、トポグラフィー、寸法、および濃度、ならびに周囲のハイドロゲルの剛性および生物活性などの個別のパラメータを高度に制御することが可能です(図5G)18。
図5A)局所的な架橋または分解、官能基の暴露、または後修飾を可能にするフォトパターニング。B)両親媒性ペプチドの自己集合。C)磁界でハイドロゲル内に作製した磁性粒子の整列したひも。D)鋳型中での重合法。E)ロッド型のマイクロゲルを調製するためのマイクロフルイディクス(PEG-SH:PEG-チオールおよびPEG-VS:PEG-ビニルスルホン)。F)短繊維を作製するための紡糸/マイクロ切削コンビナトリアル法。G)Anisogelの概念。
要約および今後の展望
本稿で紹介した技術の大半はまだ開発や最適化の最中ですが、細胞の挙動や組織の形成を制御する因子の特定を可能にしています。また、生検組織や細胞からオルガノイドを作製し、ミニ組織の形成、病理の発生、特異的な薬物の効果を研究するためにも使用されています(図6)。オルガノイドを作製するために最も効率的なハイドロゲル材料は現在もMatrigel®ですが、材料の特性評価が不十分なため、還元論的なアプローチが不可能になっています19。したがって、より堅牢で再現可能性の高い方法で細胞の挙動を制御および誘導するため、合成的な方法が研究されています20。
図6合成または天然のハイドロゲルに幹細胞を埋め込み、複数の分化因子を使用して幹細胞を分化/成熟させて形成したオルガノイド。
すでにオルガノイドは生体外組織モデルにおける有用なツールですが、そのスケールはミリメートルにとどまり、損傷した組織の交換に向けた埋め込み可能な組織工学構造物としての使用は制限されます。ただし、組織の形成の理解や、幹細胞の分化と成熟の各段階における細胞-ECM相互作用と細胞-細胞相互作用の役割に関する理解が深まるにつれて、個々の細胞を誘導する必要なしに、これらの方法で天然の組織化過程を通じて複雑な組織構造物を形成することに期待が集まっています。人工環境で必要な「外側」からのトリガーの最小量を特定することで、将来、臓器全体の作製に不可欠な天然の修復過程や再生過程を標的にして活性化することができるかもしれません。
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