コンバージョン型Li-金属フッ化物電池の進歩
Rajesh Pathak<sup>1</sup>, Ke Chen<sup>1</sup>, Yue Zhou<sup>1</sup>, Qiquan Qiao<sub>1,2</sub>
Material Matters 2020, Vol.15 No.2
はじめに
従来のリチウムイオン電池(LIB:lithium-ion battery)では、層状LiCoO2(LCO)、スピネル型LiMn2O4(LMO)、オリビン型LiFePO4(LFP)、層状LiNixMnyCozO2(NMC)などのインターカレーション(結晶の骨格構造を崩さないLiの挿入脱離)型正極材料が使用されています1–2。しかし、これらのインターカレーション型化合物は、実際に達成可能な最大能力に急速に近づきつつあり、現在、多くの商用電池でエネルギー密度の最大の制限となっています。LIBは、携帯用電子機器、電動移動体およびグリッド(送電網)規模でのエネルギー貯蔵に適したエネルギー貯蔵デバイスですが、比電力および比エネルギー密度がより高く、サイクル寿命がより長く、コストがより低い電池が依然として求められています3–6。リチウム-金属フッ化物(Li-MF:lithium-metal fluoride)のようなコンバージョン(可逆的分解生成)型リチウム正極化合物とLi金属負極を組み合わせると、理論電位が高く(CuF2で3.55 vs. Li/Li+)、重量比容量および体積比容量が大きいため(FeF3で713 mAh g-1および2196 mAh cm-3)、これらの要件を満たす可能性が非常に高いことが示されています7。CuF2およびFeF3の他に、FeF2、CoF2、NiF2などの金属フッ化物も、遷移金属原子あたり2個以上の電子が移動することで、理論放電電位および体積比容量の両方が増加します8。以下の式1に、複数の可逆的な酸化還元型電気化学的コンバージョン反応を示します8。その上、フッ素およびFeやCuなどの金属元素は天然に豊富に存在します。
mnLi+ + MnXm + mne- ↔ mLinX + nM0 (式1)
ここで、「M」は遷移金属イオン、「X」はフッ化物イオン、「m」および「n」はリチウムの反応量を示します。このように魅力的な特長があるものの、複数の特性の限界があり、MF正極の実用化が遅れています。低い電子伝導性、電解質との望ましくない副反応、充放電中の体積変化などが障害となっています9。これらの特徴があるため、サイクルにともない可逆容量の低下つまりクーロン効率の低下、電圧のヒステリシスの増加および急速な容量低下が生じます。これらの影響を抑制するため、(1)正極の構造設計、(2)Li金属負極の安定化、(3)電池の構成要素および試験条件の選択、という3つの方針に基づいてMF正極の制御を試みる取組みが多数行われています。
Li-MF電池の研究が活性化する動きを受けて、課題を理解して解決する取組みが実を結んでおり、高い実用性および比エネルギーと長いサイクル寿命を実現する新概念が提案されています。本稿では、幅広いLiイオン挿入経路と理想的なナノ形状をもつ電気化学的に安定なマイクロ構造を設計するために最も重要な概念を検討します。さらに、濃度の最適化、添加剤またはフィラーの添加、高弾性の固体電解質および高分子電解質の設計およびLi金属負極を安定化するための人工固体電解質界面(SEI:solid electrolyte/electrode interface)のex-situにおける形成による、より適切な電解質の開発を評価します。また、MF電池の性能向上のための補完的な方法となりうる、電池構成要素の最適化および改良と、電池試験時の適切なパラメータおよび条件の使用について検討します。
正極の構造設計
結晶化の精密な制御、粒子成長と凝集の効果的な抑制、および正極材料の最適なナノ形状の確立(幅広いLiイオン挿入経路など)はすべて、MF正極の輸送および反応速度の向上に寄与します。ただし、電子伝導性の向上にはまだ課題があり、複合材料に基づく従来の構造や3次元(3D)炭素ネットワークへのナノサイズのMFの内包には、低い反応速度や副反応の抑制という問題が残されています。CoF2などの二元系MFとNiyFe1-yF2などの三元系MFはともに非常に有望であることが示されています。同様に、FeF3とFeF2は可逆性が高く、低コストであり、CuF2は高い理論電位(3.55 V)と重量エネルギー密度(1874 Wh/kg)を示します10。しかし、FeF2は作動電位が低く(2.60 V)、CuF2は充放電サイクル中に不可逆であるという問題があります。CuF2の不可逆性は、Cuイオンの拡散性が高いためであり、放電中にナノ金属Cuが相分離し、充電中に一価の銅イオンの移動により活物質が失われます。
正極側では、活性金属の溶出、電解質の劣化、電極体積の制限および選択的なフッ化物イオンの浸透に関する問題を軽減するために多大な労力が払われています。Wuらは、ハニカム状の壁と六角形の3D経路からなる3D構造を持つFeF3@C複合材料について報告しています。図1Aに、3DハニカムFeF3@C複合材料の走査型透過電子顕微鏡法(STEM:scanning electron microscopy)と高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM:high-resolution transmission electron microscopy)による画像を示します。炭素の3D多孔性骨格は高速の電子移動を可能にし、同時に六角形のような経路はLiイオン輸送を可能にします9。この構造の内部で、ハニカム経路のサイズは数百ナノメートルから数マイクロメートルの範囲です。ハニカム経路の壁には、孤立した10~50 nmのFeF3ナノ粒子が埋め込まれています。
図1A)3Dハニカム炭素およびFeF3複合材料のSTEM像およびHRTEM像。(a,b) STEM、(c) HRTEM、(d) 高分解能STEM、(e~h) 対応する元素の鉄(Fe)、炭素(C)、フッ素(F)および(d)からの統合マッピング。文献9より許可を得て転載。Copyright 2019 Wiley-VCH。B)三元系CuyFe1-yF2の反応経路。ステージⅠおよびⅡでは最初の放電中のCuおよびFeの還元、ステージⅢおよびⅣではFeおよびCuの酸化を経て反応が進みます。文献7より許可を得て転載。Copyright 2015 Springer Nature。
その結果、FeF3@C正極は、単位面積当たりの電極重量5.3 mg cm-2、1Cで約0.30 Vという小さな電圧ヒステリシスを示します。さらに、電極重量が1.0 mg cm-2ではCレートがC/2と10Cの間で0.25~0.28 Vとなり、100Cまで優れたレート特性を示し、200サイクルまで容量低下がなく、1000サイクル後に約85%の容量を維持します。
Wangらは、Fe格子にCuを置換して固溶体三元系MFを調製することで、驚くほど小さな過電圧(150 mV未満)が得られることを示しています7。この場合、Cuを組み込むことで、可逆反応であるCu2+ ↔ Cu0につながる共同的酸化還元反応が促進されます。この反応機構および相変化を図1Bに示します。このカチオン置換は、MF正極における不可逆性の問題に対処する新しい方法です。ステージⅠおよびⅡでは、CuとFeの還元が起こります。ステージⅢでは、ルチル構造に類似したCu-Fe-F相の再構成が起こります。電位が高い間(ステージⅣ)、大部分のCuはルチル構造に戻りますが、一部のCuは電解質に溶解するか、または不可逆であるため、最終相でCu欠損が起こる可能性があります。その後、OmenyaらはCuF2の可逆性を改善するため、Cu1-yFeyF2におけるFeの効果について研究しています10。Cu0.5Fe0.5F2の可逆性はFeによって得られ、低電圧ではコンバージョン型、高電圧ではインターカレーション型の可逆な酸化還元反応が起こります10。
さらに、フッ化鉄ナノロッドへのアニオンおよびカチオンの共置換(コバルトと酸素のドーピング)により、作動電位は熱力学的に低下しますが、インターカレーション反応の可逆性を改善することが可能です11。正極の劣化およびLiイオン輸送の低速化を引き起こす金属イオンの溶解を抑制するために、さまざまな方法が提案されています。考えられる解決策として、1)高アスペクト比構造をもつ正極表面への、高度な膜均一性があり、凹凸にきちんと沿った保護薄膜の堆積、2)人工SEIとして不活性で薄いLaF3シェルとCuコアからなるコアシェル型ナノ構造、3)メソポーラス炭素へのFeF2の浸透が挙げられます12–14。さらに、適切に選択された電解液および固体電解質を用いた正極SEIのin-situ形成は、MF正極を安定化する別のアプローチとなります。例えば、Xiaoらは、充放電速度がC/20で、容量570 mAh g-1、非常に優れたサイクル安定性および90%超の容量保持を実現しています1。この成果は、単結晶、単分散のフッ化鉄(Ⅱ)ナノロッドおよびイオン液体(1M LiFSI/Pyr1,3FSI)を使用することで、安定なSEIを形成して金属イオンの溶解を抑制することで達成されています。
Li金属負極の安定化
Li金属を高密度で可逆的に堆積させるために、適切な電解液または固体電解質を含めた設計、安定なLiホスト材料の開発、人工SEIの開発などに多大な努力が払われています。Li塩、塩濃度、溶媒組成の選択により、in-situで形成される正極および負極のSEIの性質が決まります。適切な電解液を設計することで、構造の安定性と柔軟性が改善され、負極と電解液の間の界面の適合性が向上します。このような電解液には、LiFSI-DME、非環状有機炭酸塩溶媒、ADN-FEC溶媒混合物、電解質添加剤およびニトリルの組合わせが含まれています13–15。Li金属負極をさらに安定化するため、Liイオン伝導性コーティング、固体高分子電解質、フッ素アニオンの伝導性が高いタイソナイト型のLa0.9Ba0.1F2.9の利用が報告されています1,6,17。Liホスト材料とナノ構造足場の開発は、Liが入る場所を確保するためのもう1つのアプローチです。親リチウムサイトをもつ軽量ナノ構造は、十分な量のLiを受け入れることが可能で、均一なLi堆積を促進し、サイクル性能の改善と電圧ヒステリシスの低減をもたらします5,18。それに加えて、化学的および機械的安定性が高く、イオン伝導性およびヤング率が高く、組成および厚さを制御できるex-situの人工SEIを開発することで、樹状突起のないLi堆積および安定なSEIを得ることが可能です3–4。これにより、Liおよび液体電解質の両方の消費が制御され、脆弱、不安定で好ましくない過剰な厚さのSEIの形成が抑制されます。図2に、Li金属電極へのSnF2のドロップキャストによるSEIの開発の概略図を示します。置換反応によりSnF2とLiが反応し、Li-Sn合金、LiFおよび樹状突起のないLi堆積を促進する電気化学的に活性なSnで構成される人工SEIが形成されます。さらに、安定なSEIは溶解した金属イオンの再析出を抑制します。
図2A)未処理のLiと、B)SnF2で事前に処理したLiにおけるLi析出・溶解の概略図。文献3より許可を得て転載。Copyright 2020 Springer Nature。
電池の構成要素および試験条件の選択
先進的な3D正極構造の開発およびLi金属負極の安定化に加えて、電池の設計方針(電池の構成要素の選択からなる)、その改良および試験条件は、MF電池の性能向上のための補完的な方法となります。適切な炭素添加剤またはバインダーを使用し、親リチウムコーティングでセパレーターを改良することで、MF正極の可逆性が得られる可能性があります。さらに、好ましい充放電電流密度や充放電電圧制限の定義などの電池の試験条件も、金属の溶解や電極の劣化を抑制できる可能性があります。電池試験の際に温度が上昇すると、安定なSEIの形成が促進されLi樹状突起の成長が抑制されることで、レート特性および容量利用が改善される可能性があります19。
結論および今後の展望
Li-MF電池は、軽量、高容量で高エネルギー密度の貯蔵への急速に高まる需要を満たすことができる可能性があります。安全性、低コスト、容量の可逆性をもたらし、従来の電極と比較して2倍近い体積エネルギー密度と3倍近い重量エネルギー密度での貯蔵を可能にするコンバージョン型Li-MF電池を実現する可能性のある重要な研究が行われています。本レビューでは、MF正極の電気化学的不安定性および容量の不可逆性の克服に取り組む効率的な方法をまとめました。
本レビューで扱われている主要な問題に加えて、今後の研究では、材料発見および高度な界面の特性評価といった不可欠な領域に引き続き重点が置かれるものとみられます。例えば、新しい計算および実験手法の発見は、電子伝導性の不足、体積膨張および活物質となる金属の溶解にさらに対処するための軽量で低コストの正極構造の特定に役立つ可能性があります。原子スケールの特性評価およびモデル化の手法は、要求される電極-電解質の界面化学の理解を深めるために役立つでしょう。MF正極の電極重量が大きく、電解質の濃度が低く、MF正極の面積容量に対する負極(Li)の面積容量の比率(N/P)が限定される実際の電池利用形態において、最も効果的で効率的な手法を開発しなければなりません。さらに、正極構造の合成、in-situまたはex-situの負極および正極のSEI形成、電解質の最適化、電池の構成要素の選択、電池製造、およびサイクル特性の評価基準に関する再現可能な手順および規格を確立することが、Li-MF電池技術の普及の成功に不可欠です。
Acknowledgments
This work has been supported by NSF MRI (1428992), NASA EPSCoR (NNX15AM83A), SDBoR Competitive Grant Program, SDBoR R&D Program, and EDA University Center Program (ED18DEN3030025).
Conflict of Interest
The authors declare no competing interests.
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