ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らが、1950年代前半にがん患者であるHenrietta Lacks由来の子宮頸部上皮細胞(HeLa)を用いて最初のヒト細胞株を樹立してから数年後、増殖の活発な細胞株が増殖の遅い培養株を汚染し、過剰増殖する可能性があることが観察されました。このように初期からわかっていた問題でありながら、生物医学分野における細胞株のクロスコンタミネーションの問題は大きく広がり、60年以上たった現在でも続いています。HeLaは、その不死性と生長力と相まって、有用な研究ツールとして世界中に普及しましたが、当初、特に適切な細胞培養の方法が確立されていない時代、細胞培養従事者はクロスコンタミネーションの問題を知りませんでした。
動画:HeLa細胞の広がり
培養において、たった1つのHeLa細胞でも別の細胞株に置き換わることができることを理解しましょう。
1960年代にStanley Gartlerはアイソザイム分析を用いて、由来が独立と推定される18の細胞株(Hep-2CおよびKB株を含む)が、HeLa細胞とまれな酵素アイソフォームを共有していることを報告しました。最近では2008年に、40のヒト甲状腺がん細胞株が遺伝子プロファイリングによって解析されました。固有のプロファイルは23種類のみであり、クロスコンタミネーションした細胞株の多くは甲状腺由来ですらありませんでした。これらの細胞株は、甲状腺がん研究の分野で20年間使用されてきました。
誰が何のために細胞認証を必要とするのか?
現在使用されている細胞株の15~20%は、記録や報告がなされているものと異なる可能性があると推定されています。このような証拠があるにもかかわらず、2004年の報告では、細胞のソーシングと細胞株の同一性試験において、生命科学分野における警戒が広く欠如していることが示唆されました。400人を超える調査回答者のうち3分の1以上が、他のラボから細胞株を入手しており、約半数が同一性試験を実施していませんでした。幸いなことに、細胞株の同定に関する問題は積極的に取り組まれてきており、国際細胞株認証委員会(ICLAC)がRegister of Misidentified Cell Lines(誤認細胞リスト)の管理者となり、クロスコンタミネーションやその他の誤表示などのメカニズムによって欠陥があるとされた細胞株を公開しています。
クロスコンタミネーションがなくても、細胞株は遺伝的浮動の影響を受ける可能性があり、その確率は細胞の培養期間が長くなるほど高くなります。
細胞認証試験:核型分析、STRによる遺伝子プロファイリング、アイソザイム分析
細胞遺伝学的解析により、H7ヒト胚性幹細胞の正常な核型が明らかになった。
細胞認証は、DNA鎖上の連続した反復ヌクレオチドの正確な数を測定するショートタンデムリピート(STR)解析を用いて確認されることが多い。ここでは、16HBE14o-ヒト気管支上皮細胞株(SCC150)をSTRプロファイリングして、細胞の同一性を確認した。
核型分析、アイソザイム分析、DNAバーコーディングはすべて、種間のクロスコンタミネーションを検出するための有用な手段です。また、ショートタンデムリピート(STR)プロファイリングは、ヒト細胞株の種内同一性試験の標準となっています。
核型分析(染色した染色体の検査)は、細胞株の同定のための従来の試験法であり、一部の細胞レポジトリでは、細胞株の遺伝子型が安定しているかどうかを判定するために、日常的に行われています。
アイソザイム分析は、電気泳動によるタンパク質分離のバンドパターンを用いて、複数の細胞内酵素に対する個々のアイソフォームの構造と移動度におけるわずかな種特異的な差を検出します。この手法は容易に実施可能かつ堅牢であり、迅速に結果が得られますが、再現性が低くなる可能性があります。
STRプロファイリングは、1980年代にアレック・ジェフリーズ卿によって開発された法医学DNAフィンガープリンティング法と同じ原理です。当初のプロトコルの一部であった労力のかかるサザンブロッティング法は、ゲノム中の多型STR遺伝子座を同時に増幅できる、より迅速でハイスループットなPCR技術に取って代わられました。対立遺伝子は集団内に特定の頻度で存在します。十分な数のさまざまな対立遺伝子を増幅し、それぞれが集団内で発生する頻度を乗じることによって、細胞株固有のプロファイルが得られます。ECACCは現在、長年ラボを悩ませてきた問題であるマウス細胞株のクロスコンタミネーションを識別する方法としてSTRベースの方法を採用しています。
細胞株の同一性を証明するための新たな方法として、シトクロームCオキシダーゼサブユニット(COI)解析や一塩基多型(SNP)検査などがあります。
現在採用されている細胞株の識別方法の詳細については、国際細胞株認証委員会(ICLAC)が発表した細胞認証に関する有益なウェビナーを参照してください。
細胞株レポジトリ・認証サービス・論文発表の条件
ECACC(イングランド公衆衛生局が運営する欧州認証細胞培養コレクション)やアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)などの細胞培養コレクションは、誤認の問題に対処するために緊密な関係を築き始めており、ヒト細胞株の認証のための規格(米国規格協会[ANSI]ASN-0002)を公表するために連携しています。このツールでは、STRプロファイリングと、約2,700のヒト細胞株のSTRプロファイルを含む無料のオンライン対話型データベースを使用します。これにより、ユーザーは自身の細胞株のSTRデータをデータベースと比較することができます。このデータベースは、最も一致度が高いものを示すことにより細胞株の同定を可能とします。またその一方で、新規の細胞株のユニークさを確信することもできます。ヒト細胞株の同定に関するANSI規格の詳細については、こちらをご覧ください。
細胞認証を、助成金の受領や研究結果の発表の条件とすることが提案されています。認証は、まだすべての資金提供や発表の要件ではありませんが、細胞株に関して多くのジャーナルが認証ポリシーを採用しており、ECACCの認証サービスに対する要請はこの2年間で大幅に増加しました。場合によっては、論文発表前に細胞株の同一性を示す証拠を提出するようジャーナルから要求され、プロジェクト完了後にサンプルを提出することもあります。誤った細胞株を知らずに使用したために、結果として論文が発表できなくなることがありました。論文発表に際しての条件に加え、さらに重要なこととして、ライフサイエンスコミュニティが再現性向上を望んでいることから、すべての研究者が細胞株の調達、維持および細胞株を用いて得られた結果の検証に責任を負う必要性があると強調されています。
ラボにおける細胞株のクロスコンタミネーションの一般的な原因・予防方法
同定法の著しい技術的進歩と定期的な試験の必要性を考慮しながら、細胞株を使用するすべてのラボが実行できるグッドプラクティスに焦点を当て、細胞株の誤認のリスクを最小限に抑えることが重要です。
凍結保存から蘇生直後に細胞株に予期せぬ形態または増殖特性が認められた場合、凍結保存時にバイアルのラベル表示が誤っていたか、保存場所から誤ったバイアルを取り出したことを示している可能性があります。凍結保存した細胞の正確な記録は、細胞ストックにアクセスできるラボのすべてのメンバーによって維持管理されなければなりません。
細胞株名を含む適切な情報を、正確な共通のフォーマットで、低温保存に適したラベルに記載しなければなりません。不適切なラベルは剥がれやすく、ラベルなしのバイアルが庫内に残ってしまうことがあるためです。その場合、使用者は在庫記録の正確性とラベルのないバイアルに期待される細胞が入っているという確信に頼らざるを得ません。別の方法として、クライオバイアルに極低温条件に適合するラボ用のマジックペンを用いて判読可能な文字で直接書き込むこともできます。
細胞培養室内の共用解凍装置の定期的な洗浄および消毒が、細胞株の整合性の確保に役立つと考えられます。
細胞ストックに対する信頼を維持し、細胞株関連データが査読を通過することを保証するためには、定期的な同一性試験と慎重かつ適切な細胞培養の方法を組み合わせる必要があります。これらのベストプラクティスに責任を負うことで、時間の浪費、望まないものを受け継ぐこと、そして研究の無効化を防ぐことができます。
参考文献
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