QuEChERSと積層SPEカラムを前処理に用いた、ショウガ粉末中の残留農薬分析
Katherine K. Stenerson
はじめに
ショウガは植物の地下茎から得られ、数千年にわたって料理のスパイスとして用いられてきましたが、それ以外にも吐き気、胃腸(GI)痛、炎症、風邪やインフルエンザ症状といった病気の治療薬として使われてきました。また、最近の研究によれば、痛みの緩和と循環器系の健康支援に有用な可能性があります。1ショウガは東南アジア原産ですが、西洋諸国でも栽培されています。2013年のショウガの世界生産量は約210万トンで、その約半分が中国およびインド産です。2収穫したショウガの根茎はまず洗浄し、次いで煮沸して酵素活性を失活させます。その後、乾燥し、粉砕してショウガ粉にしたり、溶媒抽出と蒸留によってショウガオイルと含油樹脂を生産する処理が施されます。3植物に使用された多くの農薬は、こういったプロセスを通り抜けて最終製品に残留します。乾燥ショウガは調理にも栄養補助食品にも使用されるため、頻繁に摂取することによって農薬にばく露するリスクがあります。そのため、ショウガ中における残留農薬分析が多くの国で求められており、例えばカナダでのショウガ根への残留農薬基準値は0.01~0.15 ppmです。4
ショウガのにおいと辛みは、テルペン類、ギンゲロール類、およびショウガオール類が存在するためです。5これらの化合物によってショウガのマトリックスは極めて複雑なため、汚染物の低濃度分析は非常に困難です。ショウガ中の残留農薬分析は、抽出に「迅速(Quick)、簡単(Easy)、安価(Cheap)、効果的(Effective)、堅牢(Rugged)、安全(Safe)」なQuEChERS法を用いることができます。LCおよびGCクロマトグラフィー分析のいずれにも適した試料を調製するには、抽出後にクリーンアップステップを実行することが必須です。QuEChERS法に含まれる一般的なアプローチは、吸着剤による分散固相抽出(dSPE)を用いるものです。しかし、ショウガ粉のような乾燥品ではバックグラウンドが大きすぎるため、dSPEを用いたクリーンアップを効率的に行えないことがよくあります。従来の固相抽出(SPE)カートリッジはdSPEよりクリーンアップ容量が大きいため、この種の試料に推奨します。本アプリケーションでは、新規の二層SPEカートリッジであるSupelclean™ Ultra 2400を用いてショウガ粉のQuEChERS抽出物をクリーンアップした後、LC-MS/MSとGC-MS/MSの2つの方法で残留農薬を分析しました。このカートリッジの上層には1級-2級アミン(PSA)、C18、およびグラファイトカーボン(Graphsphere™)の混合物、下層にはZ-Sep吸着剤が入っています。カートリッジには、クリーンアップに従来から使用されている吸着剤(PSAおよびC18)と、2つの新しい固定相担体が含まれています:Graphsphere™ 2031およびZ-Sep。Graphsphere™ 2031は、標準的なグラファイトカーボンブラック(GCB)より表面積が小さい、特別に設計されたカーボンです。表面積が小さいため、クロロフィルのような平面構造を持つ色素の除去と、平面構造の農薬に対する弱い吸着バランスが取れ、回収率の向上が期待できます。下層のZ-Sepは、カロテノイド類といくらかの脂質構成成分を保持できるジルコニアコート化シリカゲルです。この二層の吸着剤を組み合わせると、dSPEより厳密なクリーンアップができます。また、Ultra 2400は、GCBとPSAまたはアミノプロピルシリカを含む現在の二層SPEカートリッジよりはるかに小型ですが、それでもはるかに少ない溶媒量で試料を十分にクリーンアップします。Ultra 2400はGraphsphere™ 2031カーボンを用いるため、溶出溶媒にトルエンを使うことなく平面構造の農薬の回収率が上がるという、従来のGCB含有カートリッジに対する優位性をもたらします。
本研究では、ショウガ粉にさまざまな農薬を10 ng/gで添加し、標準的なQuEChERS法で抽出しました。その後、抽出物をSupelclean™ Ultra 2400 SPEの3 mLカートリッジでクリーンアップし、LC-MS/MSおよびGC-MS/MS分析を行いました。
実験方法
乾燥ショウガ粉を地元の食料品店で購入し、表1 と 表2に示す農薬を10 ng/gで添加しました。試料を図1に示すように抽出し、図2に示すようにLC用とGC用に分けてクリーンアップしました。ショウガ抽出物における農薬添加サンプル(n=3)とブランク試料を下記手順でクリーンアップしました。表3 と 表4に示すHPLCおよびGC条件を使用したマトリックス検量線に対して、外部標準分析法を用いて試料を分析しました。定量に用いたMRMを表1 と 表2に示します。
図1ショウガ粉に用いたQuEChERS抽出手順
図2Supelclean™ Ultra 2400 3mLカートリッジを用いたショウガ粉QuEChERS抽出物のクリーンアップ
*アンモニウム付加物
結果と考察
バックグラウンド
GC分析用に調製した抽出物は、クリーンアップ後に透明感が高まりました(図3)。比較のため、分割した抽出物をPSA/C18/GCBとPSA/C18を用いてdSPEでクリーンアップしました。PSA/C18/GCBでクリーンアップした抽出物とUltra 2400でクリーンアップした抽出物は同様の色調でしたが、PSA/C18でクリーンアップした抽出物は暗黄色で、色素沈着を減らすのにカーボンが必要であることを示しています。図4に、Ultra 2400、PSA/C18/GCBでクリーンアップした抽出物とクリーンアップしていない抽出物のGC/MSスキャンクロマトグラム比較を示します。ピークのパターンは3つの抽出物とも同様ですが、全体的なピーク強度はクリーンアップ後に下がりました。Ultra 2400クリーンアップでは、15分以前に溶出するバックグラウンドピークがほとんど除去されました。全ピーク面積で測定したバックグラウンド減少率は、PSA/C18/GCBを使用したときは11%、Ultra 2400を使用したときは21%でした。
図3dSPEとSupelclean™ Ultra 2400 SPEによるクリーンアップ後のショウガ粉のQuEChERS抽出物
農薬回収率
Ultra 2400でクリーンアップした後の農薬回収率と再現性を表5と図5に示します。得られた平均回収率は82%で、平均RSDは9%でした。51種の農薬中、38種の回収率が許容可能と考えられる70~120%の範囲内にありました。ペルメトリンとウニコナゾール-Pの回収率はマトリックス妨害の影響を受けていました。プロシミドンはLC-MS/MSへの応答が非常に悪い被分析物質であり、10 ng/gでは検出困難でした。ボスカリド、カルベンダジム、ジフルベンズロン、ニトラリン、およびテトラコナゾールの回収率は、抽出物がクリーンアップ中にばく露された吸着剤の量によって減少したと考えられます。筆者らが過去に行った、Ultra 2400 SPE 3 mLカートリッジでのターメリック抽出物のクリーンアップ作業では、これらの同じ農薬の回収率は70%を超えていました。ターメリックはショウガよりはるかに油性で色が濃いため、SPEカートリッジにある吸着剤の活性サイトへ結合するマトリックスが増えます。ショウガの場合は油分と色素量が相対的に少ないため、これらの農薬が吸着剤に多く結合したと考えられます。回収率を上げるには、吸着剤の含有重量が少ない小さなUltra 2400 SPE 1 mLカートリッジが有効かもしれません。
ジクロルボスの回収率は非常に低く、ばらついていました。ジルコニアベースの吸着剤をクリーンアップに使用した他の研究でも、これと同じ挙動が観察されています。6これはおそらく、Z-Sepと、ジクロルボスの構造にあるリン酸 基の間のルイス酸/塩基相互作用によるものと考えられます。リン酸基(ホスチアゼート、メタミドホス、メビンホス、およびモノクロトホス)を有するその他の農薬は、これより高い回収率を示しました。57%の回収率であったメビンホス以外は、すべて70%の回収率を超えました。メビンホスとジクロルボスはGC-MS/MSで分析しましたが、その他のリン酸基含有農薬はLC-MS/MSで分析しました。回収率の差は、クリーンアップ中に用いた溶出プロトコールの違いに起因する可能性があります。GC分析用Ultra 2400カートリッジからの溶出には、ぎ酸含有アセトニトリルを用い、LC分析用ではメタノール:ぎ酸アンモニウム含有アセトニトリルを用いました。ぎ酸はルイス塩基であり、Z-Sepとより弱いルイス塩基(いくつかの酸性化合物など)の間の相互作用を防ぐために加えますが、ジクロルボスとメビンホスの中のリン酸基の場合は完全に効果的とはいえませんでした。LC溶出溶媒中のぎ酸アンモニウムはルイス塩基として作用するほか、塩基性化合物とZ-Sepのシリカゲル中に存在するシラノール基の間で起こり得る弱いカチオン交換相互作用を分裂させるようにも作用します。7溶出溶媒にメタノールを添加することも、リン酸基含有農薬の回収率の向上に寄与している可能性があります。Z-Sep吸着剤を使用した場合、メタノールの添加によって農薬回収率が向上することが示されましたが、これはおそらくルイス酸-塩基および/または静電相互作用を分裂させた結果と考えられます。8
図4ショウガ粉抽出物のGC-MSスキャン分析
図510 ng/gで農薬を添加したショウガ粉をSupelclean™ Ultra 2400 SPE 3 mL カートリッジでクリーンアップした後のショウガ粉からの平均農薬回収率
これまでは、平面構造の農薬であるヘキサクロロベンゼン(HCB)をGCBでクリーンアップした後の回収率に問題がありました。この化合物は、クリーンアップ中に従来のGCBによって強く保持されます。SPEクリーンアップを用いた場合、溶出溶媒中にトルエンがあればカーボンからこの化合物が脱離されるため、この化合物の回収率を向上させることができます。しかし、その場合は最終抽出物にトルエンが含まれるため、HPLC分析に適合しなくなります。Ultra 2400 SPE 3mLカートリッジでクリーンアップした後のHCB回収率は45%でした。この値は、二層SPE 6 mLカートリッジとトルエン含有溶出溶媒を組み合わせて植物のアセトニトリル抽出物をクリーンアップした他の報告での回収率と同じ範囲にあります。9,10HCBの回収率を向上させることが可能かどうかを判断するために、Ultra 2400 SPE 1 mL カートリッジでもショウガ抽出物をクリーンアップしました。溶媒量を減らしたほか、使用した溶出プロトコールは3 mLカートリッジのときと同様です。回収率は63%に向上し、回収率が70%未満であるその他の農薬の場合と同様に、小さな1 mLカートリッジの方がショウガ粉抽出物のクリーンアップでのマトリックスと吸着剤活性サイトの間のバランスが良くなる可能性が示されました。
結論
ショウガ粉のQuEChERS抽出では、クロマトグラフィー分析の前にクリーンアップを必要とする大きなバックグラウンドが見られます。抽出物の色調とGC-MSスキャンデータから分かるように、Ultra 2400 SPEを使用するとこのバックグラウンドが減少しました。SPEクリーンアップは容量が大きいため、PSA/C18/GCBを用いたdSPEよりバックグラウンドが大きく減少しました。10 ng/gで添加した51種の対象農薬の回収率は、75%の被分析物質に対して70~120%の回収率の範囲にありました。この範囲にないいくつかの農薬の回収率は、小さなUltra 2400 SPE 1 mL カートリッジを使用したり、使用する溶出溶媒の変更など、クリーンアップ法の調整によって改善可能と思われます。Ultra 2400 SPE 3 mLカートリッジを使った方法では、それより大きなGCB含有二層SPE 6 mLカートリッジをクリーンアップに使用する場合と比較して、必要な溶媒量が著しく少なくなります(11 mL対20~30 mL): 11 mL vs. 20-30 mL.平面構造の農薬であるヘキサクロロベンゼンは溶出溶媒にトルエンがなくても回収でき、3 mLカートリッジでのショウガからの回収率は45%でした。この値は、より小さな1 mLカートリッジを使用すれば上げることができると思われます。
要約すると、Supelclean™ Ultra 2400 SPEは、従来品であるGCB含有二層SPE 6 mLよりも効率の良い代替手段です。このカートリッジには1 mLと3 mLのサイズがあり、異なるマトリックスと被分析物質のリストに対応するものを選ぶことができます。
参考文献
続きを確認するには、ログインするか、新規登録が必要です。
アカウントをお持ちではありませんか?