チオール化金ナノクラスター:新規光増感剤
Kevin Stamplecoskie, Yong-Siou Chen, Prashant V. Kamat
Radiation Laboratory and Department of Chemistry and Biochemistry University of Notre Dame, Notre Dame, Indiana, USA
はじめに
過去数十年の間に、金属ナノ材料の合成法は大幅に進歩しました。最近の精密合成法は汎用性が高く、非常に小さな金属ナノ粒子の原子や配位子の数を正確に制御することが可能となり、「クラスター」として知られています。金属ナノ粒子やバルク金属とも異なり、これらクラスターは強いフォトルミネッセンスをはじめとする興味深い光学的特性を示します。このフォトルミネッセンスは、極めて小さい粒子にのみ見られる離散的な電子エネルギー準位間の遷移によって生じます。そのため、クラスターは「molecular」に近い状態と考えられ、金属の他の形態とは大きく異なる挙動を示し、「single atom limit」と既存のバルク材料との間を繋ぐ他に見られない独特の材料です。その小さなサイズにより、コアを構成する金属原子の正確な数と配位子の選択が、その電子的および光学的な特性に大きな影響を与えます。サイズ/組成が調節可能なことから、生体イメージングなどの蛍光法におけるクラスターの応用が新たに多く報告されています。また、クラスターは励起状態の寿命が長いため、集光やエネルギー用途で利用可能な新規光吸収体としても注目を集めています。
金クラスターの光起電力特性
広く研究されているクラスター類の一つがチオール基で保護された金クラスターで、分子式AuxSRyで表されます。金属原子数(x)や配位するチオール基(y)の種類を変えることで、多様なクラスターが得られます。例えば、最も一般的に合成および研究が行われているのは、分子式Au25SR18(25個の金原子と18個のチオール配位子)のクラスターです。図1に、Au25SR18と他の異なるクラスター(Au38SR24 、Au144SR60)の単結晶X線回折(XRD: X-ray diffraction)で同定された構造を示します。Au144SR60 は分子に似た電子的特性を示し、不連続の電子状態を持ちます。しかし、このサイズよりも大きくなるとコアの原子数が多いために不連続状態が区別できなくなり、完全なバンド構造を持つ金属としての挙動を示すようになります。Au144SR60 より大きな粒子の光吸収は、緩く束縛された電子の集団振動から生じるプラズモン吸収が支配的になります。
図1XRDで同定された、(A) Au25SR18、(B) Au38SR24、(C) Au144SR60の結晶構造。配位子を省略してS原子(緑色)のみを示しています。文献1より許可を得て転載(Copyright American Chemical Society)。
原子レベルで精密なクラスターのサイズが小さいため、その光物理特性は金属原子数に強く依存します。我々は最近の研究で、太陽電池デバイスにおける太陽光の吸収特性と太陽光からのエネルギー変換能が、原子数に大きく影響されることを示しました3。図2に、様々な数の金属原子(Au11,、Au15、Au18、Au25)を含む、グルタチオンで保護された一連のクラスターの吸収スペクトルを示します。また、光吸収特性に加えて、励起状態の挙動も光吸収材料の集光能力を決定する重要な要素です。これらクラスターの光学的特性と励起状態の挙動に関する研究は始まったばかりであり、これらの挙動をさらに理解することで、集光用途に適した材料の発見や最適化に向けた新たな可能性が開けるでしょう。
図2(A) 様々なサイズの金クラスターの懸濁液。(B) 対応する吸収スペクトル。文献3より許可を得て転載。
チオール化金クラスターは、より大きな金属ナノ粒子のようなプラズモン共鳴を示しません。図2の吸収スペクトルで示されているように、これらクラスターは可視光を吸収し、金原子数を増やすと、吸収は可視域側に拡大します。さらに、これらクラスターは強い光活性を持ち、長寿命の励起状態を示します(約780 ns)2。より小さい金クラスターでは、配位子から金属への電荷移動が励起状態を支配し、より大きなクラスター(例:Au25GSH18))では、コア遷移が励起状態の減衰に寄与するため、励起状態の寿命が短くなります。これら金クラスターの光物理特性に関する詳細は、文献3を参照してください3。
グルタチオンでキャップされた金クラスターの優れた光化学的性質を利用することで、新たな種類の光増感剤の開発が可能になっています。これら金クラスターによる集光では、メチルビオロゲンのような分子種への電子移動が利用されます。我々は過渡吸収分光法を用いて、金クラスター懸濁液中の光誘起電子移動過程の機構および速度論的特性を確認しています2–3。
これら金クラスターの重要な用途の一つに、光エネルギー変換の分野があります。我々は、金クラスターをメゾスコピック二酸化チタン(TiO2)膜に堆積させて、その光増感能力を確認しました4。Aux-SHで修飾されたTiO2メゾスコピック膜は、液体接合型太陽電池(liquid-junction solar cell)の光アノードとして用いた場合、可視光励起に対して良好な応答を示します。金属クラスター増感太陽電池(MCSC:metal cluster sensitized solar cell)と硫化カドミウム(CdS)を用いた液体接合型太陽電池の光電流作用スペクトルを比較しました(図3)。光電流応答は、Aux-SHクラスターの吸収とよく一致しています。IPCE(incident photon-to-photocurrent conversion efficiency、分光感度特性、外部量子効率)は400~425 nmで最大70%に達することが観測されており、金クラスターが入射フォトンを捕獲して、効率的に電気エネルギーに変換していることがわかります。これらMCSCが示す最大エネルギー変換効率は2.03~2.36%の範囲で、CdS量子ドット太陽電池に匹敵します。
図3(A) MCSCの動作原理の図解。(B) (a) TiO2-Aux-SHクラスター、(b) TiO2-CdS/ZnS、(c) TiO2で構成される光アノードを使用した光電気化学セルのIPCEスペクトル(外部量子効率)。文献4より許可を得て転載。Copyright American Chemical Society。
金クラスター増感太陽電池は、他の増感色素と比較して相対的に高い開放電圧を示します(0.85~0.90 V)。我々は、金ナノクラスターの利用により、光増感剤としてスクアライン色素<231></231>およびルテニウム・ポリピリジル錯体を用いた色素増感太陽電池の光電圧の向上に成功しています5。TiO2に金クラスターと他の増感色素を同時に固定すると、光電圧は約100 mV増加します。これは、金属クラスターで同時に増感された太陽電池では電子が蓄積した結果、フェルミ準位がより負のポテンシャルにシフトしたためであると考えられます。
金クラスターの興味深い性質として、その酸化還元特性が挙げられます。サイクリックボルタンメトリー測定から、可逆的な還元[E0= -0.63 V vs. RHE(可逆水素電極)]ならびに酸化(E0= 0.97 Vおよび1.51 V vs. RHE)過程の電位窓が大きいことが明らかになっています。そのため、光電気化学セルと光触媒スラリーシステムの双方で、水素生成にこの特性を利用する方法が探索されています(図4)。金クラスターをTiO2粒子に固定することで、可視光照射下でTiO2 への電子注入が可能になります。注入電子は白金触媒の活性サイトへ移動して、H+ イオンを水素に還元します。金クラスターを用いた「ソーラー・フューエル」技術のメカニズムについては、文献6を参照してください6。
図4可視光照射下で水分解反応を行うための、(A) Aux-GSH増感TiO2膜を光アノードに用いた光電気化学セル(PEC:photoelectrochemical cell)と、(B) Aux-GSH増感Pt/TiO2ナノ粒子光触媒システムの動作原理の概略図。文献6より許可を得て転載。Copyright American Chemical Society。
要約
本稿では、金原子ナノクラスターの興味深い特性をいくつか紹介しました。金クラスターは優れた光増感能力を持つため、光エネルギー変換分野での利用が期待されています。さらに、光活性、水系媒体中での安定性、生体適合性の点においても優れていることから、金クラスターはバイオタグやバイオマーカーにも適しています7 。これら光増感剤は比較的新しい材料であるため、エネルギー生成および生物学的用途においてさらなる研究が必要です。目的に合わせた配位子を持つ新規金属クラスターの設計に関する研究が進むにつれて、これら金属クラスターの応用はさらに広がることが予想されます。
謝辞
The research described herein was supported by the Division of Chemical Sciences, Geosciences, and Biosciences, Office of Basic Energy Sciences of the U.S. Department of Energy, through award DE-FC02-04ER15533.This is contribution number NDRL No. 5082 from the Notre Dame Radiation Laboratory.
参考文献
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