銀ナノ材料の生物学的応用
Steven J. Oldenburg*, Aaron E. Saunders
nanoComposix, Inc., San Diego, California 92111 *
銀ナノ材料は、物理的、化学的、光学的にユニークな特性を持っており、現在、さまざまな生物学的用途に利用されています。銀の広範な抗菌剤としての有用性が再認識され、表面での細菌の増殖を防ぐために銀ナノ粒子を組み込んだ何百もの製品が開発されました。さらに、銀ナノ粒子は、そのサイズと形状に依存した光学的な色を呈します。特定の波長の入射光に対する銀ナノ粒子の強いカップリングにより、超高輝度レポーター分子、高効率熱吸収体、局所的な電磁場の強さを増幅できるナノスケールの「アンテナ」などを開発することができます。本稿では、銀ナノ粒子のサイズと形状を精密に制御することで、様々な生物学的応用が実現可能になることを概説します。
銀ナノ材料の表面化学、形態、および光学的特性
銀ナノ材料合成時の反応条件を調整することで、単分散のナノスフェア、三角形プリズム、ナノプレート、キューブ、ワイヤ、ナノロッドなど、様々な形態のコロイド状銀ナノ粒子を作ることができます。生物学的用途に使用するためには、銀ナノ粒子の表面化学、形態、および光学的特性を注意深く制御し、ターゲットとする環境で所望の機能性を得る必要があります。
表面化学
多くの生物学的用途では、異なる緩衝液や媒体中でのコロイドの安定性を調整したり、表面の相互作用を介して粒子の結合や取り込みを変化させることが望まれます。粒子の表面化学(すなわち、キャッピング剤の結合強度、官能基、およびサイズ)を変化させることで、粒子の挙動をさらに細かく制御することができます。水性媒体中では、多くのナノ粒子は、粒子表面に荷電種を添加することにより静電的に安定化されます。電荷の種類や密度は、コロイドのゼータ電位の測定により確認されます。一般的に、銀ナノ粒子のゼータ電位は、クエン酸塩のような表面結合分子の影響で負の値を示します。ナノ粒子をより強固に配位する配位子(多くの場合、チオールまたはアミン基を含みます)にさらすことで、新しいキャッピング剤が表面に結合し、ナノ粒子の化学的機能性やゼータ電位を変化させることができます。 クエン酸イオンを短鎖のメトキシ末端ポリエチレングリコール(mPEG:methoxy-terminated polyethylene glycol)分子で置換することで、中性に近いゼータ電位が得られ、一方、分岐ポリエチレンイミンで(BPEI:branched polyethylenimine)で粒子を被覆することで、高い正の値のゼータ電位を有するアミン密度の高い表面が得られます。
形態および光学的性質
銀などの貴金属ナノ粒子が光と強い相互作用を示すのは、金属表面の電子が特定の波長の光で励起されると集団的な振動を起こすためです。この振動は表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)と呼ばれ、銀ナノ粒子の吸収と散乱の強度は、プラズモン共鳴を起こさない同じ大きさのナノ粒子よりもはるかに高くなります。銀ナノ粒子の吸収・散乱特性は、粒子の大きさや形状、粒子表面近傍の局所的な屈折率を制御することで調整できます。
球状銀ナノ粒子の光学特性は、ナノ粒子の直径と均一性に大きく依存しており、合成条件を慎重に調整することで、変動係数(直径/平均直径の標準偏差)が15%未満のサイズ制御された粒子を作製することができます(図1A)。同一の質量濃度(0.02 mg/mL)の10種類のサイズの銀ナノ粒子の消光スペクトルを図1Bに示します。より小さなナノスフィアは主に400 nm付近のピークを示す光を吸収しますが、より大きなスフィアは散乱が大きくなり、スペクトルのピークが広くなり、より長波長でピーク強度を示します。
図1A)直径20 nm、60 nm、100 nmの均一な銀ナノ粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)写真。B)銀ナノ粒子の消光(散乱と吸収の合計)スペクトル。直径10~100 nm、質量濃度0.02 mg/mL。
銀ナノプレートは、表面プラズモン共鳴(SPR)を示す板状のナノ粒子(図2A)で、スペクトルの可視域から近赤外領域にわたって極めて大きな吸収および散乱断面積を有します。プレートの直径と厚さを正確に制御することで、ナノプレートの光学的共鳴を特定の波長(550~950 nm、図2Bおよび2C)で最大となるように調整できます。ナノプレートは、表面増強ラマン散乱(SERS:Surface-Enhanced Raman Scattering)、太陽光発電、分子検出、光熱療法などに応用されています。
図2A)銀ナノプレートの透過型電子顕微鏡(TEM)像。B)ナノプレートのプラズモン共鳴はスペクトルの可視光から近赤外領域(C)にわたって調整可能であり、ナノプレートの分散液はそれに応じた様々な色を示します。
表面増強分光
生物学的用途における銀ナノ粒子の他の応用例として、銀ナノ粒子の表面および表面近傍の増強された電磁場を利用したものがあります。プラズモン共鳴波長において、銀ナノ粒子はナノスケールのアンテナとして機能し、局所的な電磁場の強度を増加させます。
電磁波の影響を受けやすい分光法のひとつに、分子固有の振動モードによって同定するラマン分光法があります。分子からのフォトンによる本質的なラマン散乱は弱く、ラマンスペクトルを得るためには長い測定時間を必要としますが、プラズモン金属ナノ粒子の表面近くにある分子からの表面増強ラマン散乱(SERS)では、大幅に増強されたラマン信号が得られます。SERS効果を用いることで、結合した分子のラマン散乱を14桁も増強することができ、単一分子の検出も可能です1,2。この増強はナノ粒子表面に形成される電場強度が高い場所(「ホットスポット」)によって引き起こされるため、ナノ粒子の形状、表面の特徴、分子の位置に強く依存します。結合している分子からのSERSを示す金属ナノ粒子(SERSナノタグ)は、イムノアッセイ、核酸配列検出、in vitro細胞イメージング、in vivoイメージング、フローサイトメトリーなど、様々な生物医学的用途およびプラットフォームの標識として使用されています。
図3A)有機蛍光色素を金属基板に直接結合させた場合、通常、蛍光は消光されるものの強い表面増強ラマンスペクトル(SERS)が得られます。B)蛍光色素と金属表面が離れている場合、表面増強蛍光(SEF:surface enhanced fluorescence)が得られます。
局所的に増加した電磁場は、ナノ粒子の表面を超えて広がり、銀ナノ粒子の表面から少し離れた位置に蛍光体を配置することで、表面増強蛍光(SEF:surface enhanced fluorescence)と呼ばれる現象が生じます。SEFは1970年代に初めて観測され、蛍光体の発光強度を数桁増強することができます3。この蛍光色素が増強される理由として2つの効果が考えられます。1つ目は、プラズモン粒子の吸収断面積および散乱断面積が大きいことによる入射光の集光効果、2つ目は色素の蛍光寿命の短縮(より高い頻度で励起状態から基底状態に戻ることで、時間内により多くの光が発光されます)です。 この2つの現象により、1)分子の吸収断面積が小さい点、および2)1分子あたりの励起・発光のサイクルの時間が長い、という有機色素分子に共通する2つの欠点が軽減されます。蛍光色素の蛍光増強効果を最大限に発揮させるためには、金属ナノ粒子のサイズ、形状、組成、および粒子表面付近の蛍光色素の分布を精密に制御することで、金属ナノ粒子の光学特性とSEFナノタグの幾何学的形状を慎重に設計する必要があります。
色素分子を用いて最適なSERSおよびSEF効果を得るために必要な種々の結合方法の概略を図3に示します。色素分子を金属ナノ粒子に結合させると、通常、蛍光色素の励起状態と金属の電子状態の間でエネルギー移動が起こり、発光は消光されます。この場合、粒子表面の高い電磁場の影響で、分子のラマンスペクトルが強く増強されます(図3A)。蛍光色を粒子表面からわずかに離すことで、蛍光消光が抑制され、また、局所的電磁場が強いため、分子からの発光が大幅に増加します(図3B)。
抗菌用途
銀の抗菌作用は、ギリシャ時代やローマ時代に、銀製の容器に水を貯蔵することで飲用可能な期間を延ばしたことに端を発します。銀イオンは容器の内壁から放出され、その銀イオンが細菌の生命維持に不可欠な酵素やタンパク質のチオール基と相互作用することで抗菌効果を示します。これは細胞の呼吸や膜を通過するイオンの輸送に影響を与え、細胞死をもたらします4,5。銀ナノ粒子の毒性に特有な、別の抗菌経路も提案されています。銀ナノ粒子は細菌の細胞壁に固定され、その後浸透し、細胞膜に損傷を与える構造変化を引き起こします6。銀ナノ粒子表面において反応性酸素種が生成されると、酸化ストレスが生じ、さらに細胞に損傷を与えます7。細菌に対する特異的な毒性を持ちながら、人間に対する毒性は低いため、創傷被覆材、包装材、防汚表面コーティングなど、多種多様な製品に銀が用いられています。
銀ナノ粒子の抗菌作用の主要なメカニズムは、高い表面積を有する銀イオン源であるという点にあります。水性環境下では、酸素およびプロトンの存在により粒子が下記の化学量論的反応により酸化され、
粒子表面の溶解に伴いAg+イオンを放出します。溶液中の銀イオン濃度が増加すると、平衡状態に近づき、銀の溶解速度は低下します。しかし、局所環境にチオールや塩素などの銀に親和性を持つ分子が存在する場合、溶液中の遊離銀イオンの濃度が低く保たれ、銀ナノ粒子からの銀イオンの溶出が続きます。銀ナノ粒子の長期的な抗菌効果は、様々な異なる溶液中での銀イオンの有効濃度の維持に依存しています
銀イオン放出速度
銀ナノ粒子からの銀イオン放出速度は、ナノ粒子の大きさ、形状、キャッピング剤、凝集状態、環境など、多くの要因に左右されます。一般に、粒子サイズが小さいものほど粒子表面が高度に湾曲あるいは歪んでいるため、表面エネルギーが高く、イオン放出速度も速くなります。粒子の形状もまたイオン放出速度に影響を与えます。図4に、異なるサイズの球状ナノ粒子と銀ナノプレートのイオン放出プロファイルを示しました。
図4異なるサイズの銀スフェアおよびナノプレートの銀イオン放出量の時間依存性。各サンプルの銀の質量は同じです。
予想されるように、より小さいサイズ(直径10 nm)の銀ナノスフィアは、より大きいサイズ(直径110 nm)のナノスフィアに比べて、有意に高い放出率と最終的なイオン濃度を示しました。異方性銀ナノプレートは、球状粒子と比べてイオン放出速度が大きく異なります。平均直径150 nmの大きい銀ナノプレートは、時間の経過とともに10 nmの銀ナノスフェアとほぼ同じ銀濃度プロファイルになり、直径35 nmの銀ナノプレートは、小さい銀ナノスフェアの銀イオン濃度の2倍近くの値に達しています。
表面の機能化(官能基化)もまたイオン放出速度に影響し、強固に結合するチオール基を持つキャッピング剤は、クエン酸塩等の容易に置換可能な安定化分子と比較して、一般に放出速度を低下させます。粒子の凝集もイオン放出速度を低下させますが、凝集の影響が大きいのは、沈殿による速度論や分布の変化です。イオン放出速度に最も影響を与える要因は、ナノ粒子周囲の環境です。温度の上昇、塩素、チオール、酸素の存在はすべて放出速度に影響を与えます。いくつかの生理学的媒質中では、数時間で銀ナノ粒子が完全に溶解してしまうこともあります。
銀ナノ粒子の物理的および化学的性質がどのように放出速度に影響を与えるかを理解することで、所望のイオン放出プロファイルを持つ銀ナノ材料複合体を設計することができます。この最適化は、必要な銀の量を最小限に抑え、長期的な環境への影響を最小限に抑えた、より費用効果の高い製品を実現するために重要です。
バイオイメージングのためのタグ化および標的化
銀ナノ粒子は、光を吸収、散乱する効率が非常に高く、タグ化やイメージングの用途に利用されています。ナノ粒子の大きな散乱断面積により、暗視野顕微鏡(図5)やハイパースペクトルイメージングシステムで個々の銀ナノ粒子を画像化することが可能です8。抗体やペプチドなどの生体分子を銀ナノ粒子の表面に結合させることで、銀ナノ粒子を特定の細胞や細胞成分に標的化することができます。表面への標的化分子の結合は、ナノ粒子表面への吸収、共有結合または物理吸着のいずれかを介して行うことができます。 物理吸着は一般的に、クエン酸塩のような容易に置換可能なキャッピング剤と銀ナノ粒子を用いて行われます。pHと塩濃度を調整することで、親和性が高く、非特異的バックグラウンドが低い銀ナノ粒子抗体複合体を得ることができます。抗体を表面に共有結合させることで、能力を向上させることができます。共有結合的アプローチの1つとして、チオール化PEG分子の混合単分子層で銀ナノ粒子を官能化する方法があります。チオール化PEGの一部はカルボン酸基を含み、残りは不活性基(メトキシ末端)です。エチル(ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)カップリングを用いてカルボン酸を抗体上の遊離アミン基と共有結合させることで、標的化可能な銀ナノ粒子プローブを得ることができます。
図5直径60 nmの銀ナノスフェアの暗視野顕微鏡画像
ナノメディシンおよびナノ毒性学
銀ナノ粒子のin-vitroおよびin-vivoでの利用が急速に増加しています。銀ナノ粒子を使用した超高輝度蛍光標識および表面増強ラマン散乱(SERS)ナノタグに加えて、温熱療法の熱源としての使用や、粒子表面コーティングからの温度制御薬剤放出にも銀ナノ粒子が使用されています。また、銀ナノ粒子はコア/シェル構造に組み込むことも可能です。銀ナノ粒子のコア上に均一に成長したアモルファスシリカのシェルには、様々な官能基が結合しており、シェルと他の分子との間に静電的または他の相互作用が働くようにすることができます。蛍光色素、薬物分子、その他の高分子量有機分子をシェル内に組み込むことで、in vitroまたはin vivoでの標識または薬物送達への応用が可能です。
銀ナノ粒子の将来的な生物医学的応用の多くは、ナノ粒子と生物学的システムとの相互作用をよく理解しておく必要があります。生体内で使用するためには、血中循環時間が長く、毒性の低い粒子を設計することが大きな課題です。生体内でのナノ粒子の特性を最適化するための実験は、ナノ粒子自体とその環境の両方が複雑であるため、容易ではありません。ナノ粒子の生体内における挙動や輸送は、粒子の一次的特性(コアの化学的性質、大きさ、形、結晶性、表面および凝集状態など)だけでなく、標的となる生物学的システムとのナノ粒子の相互作用に依存する二次特性(タンパク質コロナ、溶解速度、生体内分布など)にも左右されます9。精密に作製され、十分に特性評価されたナノ材料を用いて、単一の特性(コアの化学的性質、サイズ、形状、表面など)のみを変化させた実験を行うことで、変化させた特性の生物学的応答を把握することができ、効果的なパフォーマンスを得るための最適な特性を決定するのに役立ちます。
結論と今後の展望
銀ナノ粒子の他に類を見ない光学的性質および幅広い抗菌特性により、生物学的用途における銀ナノ粒子の利用が急速に増加しています。銀ナノ粒子の大きさ、形状、表面を高度に制御できることから、生物学的用途に向けた機能性材料の開発のみならず、生体システムにおけるナノ粒子の輸送や相互作用の基礎的なメカニズムの理解のための強力なライブラリを構築することができます。さらに、より複雑な多機能銀ナノ複合材料の構築により、銀ナノ粒子を用いた次世代のプローブ、デバイス、治療法が可能になるでしょう。
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