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バイオイメージングおよびバイオアッセイにおける量子ドットの用途

Robert H. Pierce1, Xiaohu Gao2

Material Matters, 2019, 14.2

はじめに

細胞間情報伝達および細胞内シグナル伝達ネットワークのダイナミクスに関する詳細な理解は、細胞生物学、病理学、臨床診断および創薬に携わる研究者に強く求められています。がん、神経疾患および免疫系障害の根底にある複雑な相互作用を解明し管理することは、治療法の新たな開拓につながる可能性があるため、特に関心が持たれています。これらの生物学的プロセスの研究には、高分解能、高感度およびマルチプレックス解析機能を備えた手頃な分析ツールが必要です。有機蛍光体などの蛍光プローブは、これら特徴の多くを同時に提供し、多数の基礎的な発見の根幹を支えています。その一方で、異なる生物学的プロセスを同定するゲノム、トランスクリプトミクスおよびプロテオミクスの研究の増加に伴い、複雑さのレベルが従来の蛍光体の能力を超えるようになっているため、病態形成の主要な分子機構を標的にした診断キットや新しい治療法の開発の障害となっています。

量子ドット(QD:quantum dot)は、過去30年間に実施されたナノテクノロジー研究の爆発的な発展により出現し、より高性能なバイオアッセイ(生物検定)およびバイオイメージング技術を必要とする研究者に有望な解決策を提供しています。光学的性質に関して、QDはほぼすべての面で有機色素よりも優れています(表1)。発光の波長幅が狭くサイズによる調節も可能なため、複合イメージングには理想的です。ガウシアン形状の発光ピークの半値全幅(FWHM:full-width-at-half-maximum)は約20 nmで、可視スペクトルだけでも5~10色のスペクトルが重ならずに利用することが可能です(または、少なくとも分光イメージングにより分解可能です)1。QDの狭い発光は、広いスペクトル領域(数百ナノメートル)にわたる効率的な光吸収に補完され、単一の光源で複数の色を同時に励起することが可能です。この特徴は、イメージング機器(フィルター設計など)のコストを削減し、データ解析(蛍光強度補償など)を単純化するだけでなく、大きなストークスシフトにより生物試料の自家蛍光波長からシフトするため、イメージングの感度も改善します。また、QDの励起状態の寿命が有機色素よりも約1桁長いことを利用するゲーティングの方法で、QDの蛍光をバックグラウンドの自家蛍光から分離することも可能です。理論上は寿命が長いと光子の生成率が低下する(結果としてプローブの輝度が低下する)ものの、ほとんどのバイオイメージングへの適用は、寿命律速条件下ではなく、吸収律速条件下で行い、非常に高い励起光子束が要求されます。したがって、QDは遥かに高いモル吸光係数を持つため、有機色素よりも明るいプローブとなることが明らかになっています。類似した量子収率を持つ有機色素とQDを比較すると、一般に個々のQDは色素分子よりも1~2桁明るくなります。さらに、QDは光退色に対する耐性が非常に高く、長時間のイメージングや追跡によく適しています。

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表1バイオアプリケーション用の有機色素と量子ドットの光学特性の比較

量子ドットの開発

QDはその注目すべき光学的性質にもかかわらず、バイオイメージングおよびバイオアッセイの用途でQDが実用的になるまでには、合成および設計の発展に長い時間がかかっています。1980年代初期にQDの量子力学的モデルが最初に発見および確立された後2–4、高品質のQDが市販されるようになったのは20年近くの開発期間が経てからのことでした5。このQDの長い開発期間は、「コアの合成」、「シェルの合成」および「表面機能化」という3段階に大きく分けることができます。

1993年、Bawendiら6は、単分散QDコア粒子を合成する新しい経路を最初に報告しました。当時多用されていた水溶液系の反応ではなく、その代わりに高温、有機金属系反応物質、および有機溶媒を使用しました。これらの条件で、急速な結晶核生成が可能になり、ナノ結晶成長中の競争反応であるオストワルド熟成と分子付加のプロセス間の精密な制御を実現しました7。その結果、この方法は、結晶性が高く均一なII-VI族QDを特定のサイズで生成するだけでなく、III-V族半導体、磁気、金属およびペロブスカイトナノ粒子を含むその他の単分散ナノ粒子の合成において基礎となる手法にもなっています8–12

ただし、Bawendiの方法を用いて合成されたQDは、10%未満という低い量子収率が問題になる場合が多く、高輝度イメージング用プローブの合成は極めて限定的でした。粒子サイズが小さいため、大部分の原子がQD表面に存在し、これらの表面原子が結晶欠陥を形成して電荷キャリアを捕捉するため、励起子の再結合および蛍光発光が妨げられていました。1996年、単純ながらも転機をもたらした解決策がHinesとGuyot-Sionnestによって最初に報告されました13。この方法では、コアのナノ粒子の上に薄いシェルを成長させます。シェルは、類似した結晶格子とより高エネルギーのバンドギャップを持つ別の半導体で構成され、コア粒子の表面を実質的に不動態化し、励起子をコアに閉じ込めることで、再結合および蛍光発光が促進されました。初期のコアシェル型QDの量子収率は30~50%に到達し、その後、より複雑なシェルを使用することで80~90%まで改善されました14

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生物医学用途でQDを有用にした第3の技術的に重要な段階は、表面機能化でした。有機溶媒中で合成された高品質QDには疎水性の表面リガンド層があり、生物系に適合しません。QDを水溶性にするための初期の試みは、リガンド交換およびシリカ被覆に基づくものでしたが、これらの方法では、QDの光学的性質に重要な疎水性表面リガンドが除去されました15,16。加えて、調製された水溶性QDが安定なコロイドを形成しませんでした。合成したばかりのQDを実証実験に使用することは可能でしたが、商業用途には適していませんでした。複数の研究室が、表面の疎水性リガンドを保持しながらQDを水溶性にする目的で、両親媒性ポリマーを探索しました17–20。これらのポリマーは、界面活性剤分子が小さな油滴を包み込むのとほぼ同じように、疎水性QDを可溶化します。例えば、Quantum Dot CorporationのBruchezらは、炭化水素の鎖と極性の先端基(カルボン酸など)が複数回繰り返されるポリマーを開発しています20。炭化水素鎖がQD表面の疎水性表面リガンドと櫛形に組み合い、極性先端基がQDを水溶性にします(図1)。この戦略は成功を収め、すぐに大部分の市販されているQDバイオコンジュゲート(QDと生体共役反応により形成された物質)の基本構造になりました。

一般的な量子ドットプローブの概略図

図1一般的なQDプローブの概略図。疎水性リガンドの層、溶解度を与えるための両親媒性カプセル化ポリマー層、非特異的結合を抑制するためのポリエチレングリコール(PEG:polyethylene glycol)層および生体分子認識のための標的化リガンドでキャップされたコア粒子の特徴を示しています。

量子ドットのバイオ用途

QDのバイオ用途も、感知と検出、in vitroの標識化とイメージング、およびin vivoのイメージングの一般的な3つのグループに分類することが可能です。感知および検出の用途では、均一系アッセイ(溶液系の検出)と不均一系アッセイ(固体担体に対するアッセイ)の両方で、光学的読み取りが用いられます。QDを使用する利点は、輝度および大きなストークスシフトなどの特有の光学的性質によって検出感度を向上させる能力にあります。蛍光共鳴エネルギー移動(FRET:fluorescence resonance energy transfer)に基づく最も初期のQDバイオセンサーの1つは、Medintz、MattoussiおよびMauroによって開発されました21。このシステムでは、C末端にHisタグを持つ組換えマルトース結合タンパク質(MBP:maltose-binding protein)が、キレート化によりQD表面で自己組織化します。MBPの糖結合部位に結合したβ-シクロデキストリン-蛍光消光剤コンジュゲートがQD蛍光の初期の消光を引き起こし、それに対してβ-シクロデキストリン-消光剤コンジュゲートを置き換えることが可能なマルトースの存在によりQD蛍光が回復して検出されます。FRETアッセイでQDを利用することの短所は、QDの物理的サイズと、特に非常に安定な両親媒性ポリマー被覆QDの場合、表面被覆材料です。これらの物理的障壁はエネルギー供与体と受容体の間隔を増加させるため、FRETの効率が低下します。幸いなことに、QDの効率の低下を克服することが可能です。これは、発光が調節可能なため供与体と受容体の間のスペクトルの重なりを最適化することができ、表面積が大きいことで1個のQDに複数のエネルギー受容体を固定することが可能になるためです22。さらに、QD系FRETプローブとマイクロ流体デバイスを併用することにより、分離せずに単分子レベル(<50コピー)の標的DNA配列の検出を実現することができます。これが可能になる理由は、複数のオリゴヌクレオチドプロープをQD表面に固定することで、同じQDに複数の標的分子が捕捉されて濃縮されるためです23

次によく使われるQDの用途として、蛍光標識化およびイメージングがあります。QDを、低分子、抗体、ペプチドおよびオリゴヌクレオチドなどの標的化リガンドとコンジュゲートすることが可能です。これらのコンジュゲートを使用して、紙片、膜、バイオチップ、ゲル、または細胞に固定化された標的分子を標識化することが可能になります。分子認識が標的分子とそのリガンドの間(抗原と抗体の間、相補的DNA鎖間など)の特異的な相互作用によって実現し、標的の位置および存在量が蛍光によって明らかにされます。例えば、免疫組織化学(IHC:immunohistochemistry)は、50年間以上にわたって生物学的研究および臨床診断における主力の手法となっています。従来の有機色素で標識化された抗体(または抗体標識化キット)が広く入手可能ですが、いくつかの限界が問題になっています。最初に、スペクトルの重なりのため、並行して使用できる有機色素の色は2~3色に限定されます。次に、色素分子が短時間で光退色するため、蛍光シグナルを正確に定量化することが困難です。最後に、細胞や組織などの生物学的サンプルには、多くの場合、空間的に特異的な標識化を妨害したり遮ったりもする強いバックグラウンドシグナル(自家蛍光)があります。一次抗体とコンジュゲーションさせたQDは、これらの問題すべてに対処します。単独のQD-抗体コンジュゲートは、適切に固定された細胞内に拡散するのに十分小さいサイズです。実際に、複数の研究グループが、細胞表面、細胞質および核内の抗原のルーチン処理でマルチカラーイメージングを実証しています1,20,24–26

このような利点があるものの、主に次の2つの理由から、今なおQDは蛍光標識化の第一選択肢になっていません。まず、QDの多重染色では2~3色から5~10色までしか向上できず、包括的な分子プロファイリングに必要なレベルには全く達していません。さらに、QD-抗体コンジュゲーションの実験手順は十分に最適化されて発展していますが27、多大な労力が必要であり、コンジュゲートの大規模なライブラリーの作製は高コストになります。

最近、我々は、これら両方の問題に対処するマルチカラー、マルチサイクル、分子プロファイリング(M3P:multicolor, multicycle, molecular profiling)技術を開発しました28,29。マルチプレックス能力を拡張するために、5~10色のQD-抗体コンジュゲートを1つのカクテルに混合し、細胞または組織切片とこの混合物を一緒に培養し、並行多重染色を実証しました(図2)。蛍光顕微鏡法を行った後、染色を除去し、別のマルチカラー染色のためにサンプルを再生します。シグナルの持ち越しがなく、細胞の形状やバイオマーカーの抗原性に影響を与えない、細胞の完全な脱染のプロトコールを開発し29、異なる種類のバイオマーカーを特定するための次の完全なIHC染色サイクルを可能にしました。それぞれの染色サイクルで、スペクトル的に区別される10種類のQDを使用して10種類のバイオマーカーを分析することが可能です。連続10回のサイクルのIHC染色を実施すると、その試料について10組のデータが生成され、100種類の個別のバイオマーカーからなる全体の分子プロファイルが得られます。

M3P技術の概要

図2M3P技術の概要。簡易なカスタムプローブ調製および高度に複合的な単細胞イメージングを可能にします。主要な段階として、A)汎用QD-アダプタータンパク質プラットフォーム。一段階の精製不要なQD-抗体集合体の作製。B)マルチカラーのQDプローブの1つのカクテルへの混合。C)並行多重染色。D)マルチカラーイメージング。E)別の染色サイクルのための脱染。下段は、HeLa細胞を用いて5つの標的を染色した代表的な蛍光画像。画像は許可を得て文献28より転載28。copyright 2013 Nature Publishing Group。

カスタムQD-抗体バイオコンジュゲートを作製するために必要な労力を軽減するため、非共有結合性の自己組織化プロトコール(多様でインタクトな(intact)一次抗体と汎用のQD-プロテインAプラットフォームを結合させる)を用いて、低収率で共有結合性のQD-抗体コンジュゲーションを置き換えました。この方法(M3P)は、エンドユーザーによる化学反応や精製処理が不要で、極めて小規模なカスタムQD-抗体パネルを短時間で容易に調製することが可能です(図2A)。アダプタータンパク質と一次抗体の間の非共有結合性相互作用は十分に安定であり、染色中に交差反応は起こりません(図2BおよびC)。したがって、M3P技術により、本来の微小環境中で細胞の広範な分子キャラクタリゼーションをわずか数サイクルで実施することが可能になり、高度に複合的なIHCにおけるQDの実用性が向上します。

QDのバイオ用途の第3のカテゴリーは、in vivoイメージングです。Dubertretら17は、カエルの胚を用いて生体内において初のQDの使用を報告しています。
QDの化学的安定性および光安定性によって、胚の発生に異常を引き起こすことなく、4日間にわたる細胞系列の追跡および比較発生学研究を可能にしました。in vivoの標的化について、Akermanら30ex vivoの組織学的切片を使用して、ペプチドに誘導されたQDが腫瘍血管で濃縮することを示しました。また、Gaoらは、QD-抗体コンジュゲートを使用したマウスにおける非侵襲的腫瘍イメージングを最初に実証しました18。標的化イメージングプローブの作製に赤色QD(大きなストークスシフトがある比較的長波長)を使用した場合でもマウスの皮膚の自家蛍光が強いため、QDの蛍光をバックグラウンドから区別するためにハイパースペクトルイメージングが使用されました。Kimら31は、光の侵入深さを改善して自家蛍光を抑制するため、コアの価電子帯と伝導帯がシェルのそれと比較して共に低い(または高い)配置の異なる種類のQD(type-II)を調製しました。このバンド配置では、励起子の再結合速度と引き換えに、QD発光が実質的に近赤外(NIR:near infrared)領域へレッドシフトします。これらの近赤外QDをマウスおよびブタに皮内注射すると、短時間で付近のリンパ節に流入し、画像誘導手術が可能になりました。

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展望

QD技術とその背後の科学によって実現される多彩なスペクトルは、美しいと同時に魅力的です。QDが細胞染色に初めて使用されて以来、バイオアッセイおよびバイオイメージングに飛躍的進歩をもたらすと考えられていました。しかし、その実現は、複数の技術的ハードルのために遅れています。その結果、QDが実際の生物学的発見のための堅牢なツールとなるために、過去20年間にわたり苦闘が続きました。これまでのQDのバイオ用途の大部分は、技術開発やモデル系での概念の実証実験に関連しています。技術的問題の多くが最近対処されたことで、QDの決定的な用途(従来の色素が適さない重要な生物学的問題)を特定することが今後数年間の焦点となるでしょう。細胞および組織の免疫蛍光法や蛍光in situハイブリダイゼーションのようなマルチカラーの定量的バイオマーカーイメージングは、依然として刺激的な研究開発領域です。例えば、免疫療法の研究では、自然の微小環境中の細胞のゲノム、トランスクリプトームおよびプロテオームの高度な複合分子プロファイリングによって、複雑で動的なヒト免疫系の新たな秘密が解明されることが期待されます。分子、細胞および生命体の相互作用を理解するためには、ハイスループットでハイコンテントな(個々の細胞内の複数の情報を同時に読み取る)分子解析ツールキットが必要です。QDは、様々な免疫疾患の影響を受けている人々の生活をいつの日か一変させる可能性のある免疫療法の開発を支援することが可能です。

in vivoの用途では、QDプローブは小動物イメージングに直ちに影響を与えることが期待されます。例えば、創薬の前臨床研究では、現行の画像診断法(MRI、PETなど)に対してQDには大幅な利点があり、高感度、高分解能および低コストを同時に達成します。さらに、QDはナノ粒子設計の理想的な基盤となる材料です。QDを使用することで、粒子のサイズ、形状、電荷、表面被覆および標的化リガンドの効果をはじめとする多くの情報が得られることから、他の種類のナノ材料の設計に適用することが可能です。

ヒトの診断およびセラノスティクス(診断と治療の融合)への生体内での利用の見通しはまだはっきりしていません。QDのヒトへのいかなる応用も、リスクを大幅に上回る利益を提供しなければならず、まだ実証されていません。光学イメージングの根本的な限界の1つは組織の深くまで光が侵入しないことで、またQDの毒性も懸念されます。光の侵入の問題は、内視鏡検査技術の進歩によって克服できる可能性があります。

要約すると、化学とコロイド科学の両方の最近の進展により、QDは堅牢で容易に利用可能なイメージングツールになっています。ディスプレイ技術におけるQDの商業的成功に続いて、生命科学におけるQDの普及も遠くありません。QDに特有の光学的性質は、従来の有機色素および蛍光タンパク質の光学的性質を補完し、生物学の多くの未探索または未踏の分野での新しい発見を可能にするでしょう。QDには明るい未来が待っています。

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