血糖値の検出における貴金属系二元金属ナノ粒子の進展
Catherine P. O'Connell*, Linh B. Truong*, Thomas J. Webster, David Medina Cruz
*Department of Chemical Engineering, Northeastern University, Boston, MA, USA
Material Matters™, 2021, 16.2 | Material Matters™ Publications
はじめに
糖尿病はインスリン不足を特徴とする疾患で、血糖値のスパイク(高血糖)やグルコースの減少(低血糖)を引き起こします1。1型糖尿病の特徴はインスリンの生成が生まれつき不足していることで、最も一般的な種類である2型糖尿病は、体内におけるインスリンの不適切な利用に関係しています。糖尿病は治癒不可能な疾患であるため、多くの患者は管理方法を習得し、適切な治療を受けなければなりません。
血糖値(グルコース濃度)の制御は、糖尿病を適切に管理するための重要なステップです1。現在、血糖値は、グルコースバイオセンサで直接測定するか、過酸化水素(H2O2)バイオセンサで間接的に測定することができます。グルコース分子が分解するとH2O2が生成するため、H2O2の分析から血糖値が得られ、グルコースセンシングと直交する測定法となります2–4。ただし、血糖値の監視は、機器の一部を皮膚に突き刺す必要のある、侵襲的なプロセスである場合があります。さらに、従来のグルコースセンサは、温度、湿度、および干渉に左右される酵素活性に依存しているため、有効性および正確さの範囲が限定されます5。
したがって、より侵襲性が低く信頼性の高い血糖値の監視法を新しく開発する必要があります。ナノテクノロジーは、この課題に取り組むための、いくつかの有望なアプローチを提供することができます。一元金属ナノ粒子(NP)は、使用される元素に応じて表面特性と触媒特性を改善します。ただし、毒性や物理化学的性質に関する限界もあります。貴金属系二元金属ナノ粒子(BMNP:bimetallic nanoparticle)は、異なる金属元素を組み合わせることで機能性を大幅に向上できる代替手段となり、侵襲性と酵素依存性が制限された血糖値のバイオセンシングのための有力なツールとなる可能性があります。BMNPは、センサの感度および選択性に関して分析能力を改善することが示されています6。
血糖値の監視における金(Au)および銀(Ag)のNPの利用がすでに実証されています7。Au系ナノ構造はグルコースを酸化する能力を持つため、グルコース濃度の測定に最適です。一方、Ag系の構造は、H2O2によるエッチング効果を誘起する能力を持つため、H2O2濃度の測定に最適です8。AuとAgまたは他の貴金属を組み合わせることで、興味深い代替手段が得られる可能性があります。したがって本稿では、特にAu系およびAg系などの貴金属BMNPと、そのグルコース検出用途における最近の進展を紹介します。
Ag系ナノ粒子
Ag-Au、Ag-Pt、およびAg-Pd NPなどのAg系NPは、H2O2の濃度変化の検出に役立つ興味深い変化が局在表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)に生じます9。この特性に基づき、Agを他の金属と組み合わせて、安定で高感度な酵素フリーのH2O2用バイオセンサを作製することができます。例えば、Liらは、H2O2検出のため、還元型酸化グラフェン(RGO:reduced graphene oxide)ナノシート上の酸化銅(Cu2O)ナノキューブに新しいAg-Au NP合金を埋め込んだ構造を作製しています。このナノ複合材料は二段階の光還元法で合成され、生成物をRGOシート上に堆積させます。この構造はH2O2の存在下で適切な電極触媒活性を示し、線形範囲は-0.2 Vで0.05~50.75 mmol/L (mM)、検出限界は0.1 µM、感度は0.14 µA mM-1cm-2でした。さらに、このナノ複合材料は干渉する化学種の存在下で選択性を示すとともに、H2O2濃度の変化に対する応答時間が速く、2秒後にリセットして定常状態に戻りました10。
同様に、アルギン酸塩を使用するグリーン合成法で作製されたAg-Au NPがRGO表面に堆積され、得られたAg-Au/RGO生成物が炭素電極上に堆積されています。この方法で作製されたセンサは、高い安定性とH2O2に対する選択性を示し、ダイナミックレンジが広く感度が高いことが実証されています。興味深い点として、この研究では、H2O2の還元が、触媒速度ではなく拡散速度で制限されることが示されています11。Sunらも、ポリドーパミン(PDA)によるin situ還元を行うことで、炭素繊維微小電極上でAg-Au NPを利用しています。最適な条件であるAg:Auが20:80の原子組成の場合、作製された電極では0~0.055 mMおよび0.055~2.775 mMの範囲で線形の測定が得られ、それぞれ12966 μA mM-1cm-2および2534 μA mM-1cm-2という優れた感度を示しました。これらの結果は、このセンサが微量のH2O2の検出に適している可能性を示しています12。
Ag-Au NP以外の他の金属元素の構造も、相乗効果があるため利用されています。例えば、白金(Pt)は、材料全体の電極触媒活性を強化できることが示されています13。ある興味深い研究では、等モルのAg-Pt NPを合成してRGO表面に堆積させ、ガラス状炭素電極上に被覆しました。その結果、広い線形範囲の測定、高感度、および低い検出限界が得られました。この性能は、RGOとAg-Pt NPを組み合わせた相乗効果によるものと考えられています。Ag-Pt/RGOセンサを用いたウシ胎仔血清サンプルの試験では、既知の濃度の5%以内の結果が得られました。また、グルコースオキシダーゼの測定によるグルコース検出も実証されています14。さらに、Ag-Pt NP/RGOナノ複合材料のUV支援合成という別の方法が最近実施されています。特に、この構造は酵素に似た反応速度を示し、H2O2の存在下で3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMB)を触媒しました。この反応により、淡い青色が生成されました。そのため、電気化学分析の代わりに比色分析でH2O2の濃度が決定されました。652 nmの吸光度を用いた場合、この分析の線形範囲は0~1 mM、検出限界は0.9 μMでした。この研究では、H2O2濃度の高速で携帯可能なストリップ試験の可能性が示されています15。
Ptと同様に、パラジウム(Pd)は、高い電極触媒活性など、多くの有益な特性を有しています16。Gulerらは、RGOナノ複合材料上のAg-Pd NP/ナフィオン(NA)で被覆した炭素電極を用いて、H2O2検出における可能性を調べました。この場合、NAは電極表面に対する保護膜として使用されています。RGOは、Ag-Pd NP/NAに曝露する前に、(3-アミノプロピル)トリエトキシシラン(APTES)で修飾されました。フーリエ変換赤外分光法(FTIR:Fourier-transform infrared spectroscopy)、X線回折(XRD:X-ray diffraction)、および透過型電子顕微鏡法(TEM:Transmission electron microscopy)による特性評価で、この構造の形成が確認されました。触媒性能はサイクリックボルタンメトリーで試験され、その結果、NAのみ、Ag-NA、およびPt-NAの電極と比較して、Ag-Pt/NA電極の電気化学活性が強化されていることが示され、AgとPtの相乗効果が証明されました。センサの適用性を検証するために牛乳のサンプルが分析され、偏差は既知の値の3%以内で、H2O2濃度は正確であると判定されました。したがって、関連性の高いサンプルの分析にこのセンサが適していることが示されました17。
総じて、Ag系BMNP構造を用いたH2O2の検出は、感度と安定性が高く、酵素に依存しない新しい方法といえます。Ag系BMNPを用いたH2O2の測定は、グルコース濃度に加えて、酸化経路における酵素活性を示すことが可能であり、単なるグルコースセンシングより多くの情報を提供できる可能性があります。
Au系ナノ粒子
Au-Pt NPは、この貴金属の組み合わせが高い相乗効果を示すことから、酸化反応の触媒として多用されています。例えば、Ptは脱水素化反応において主要な役割を果たし、AuとPtは酸化的脱離およびCO吸着を相乗的に促進することができます18。最近、このAu-Pt NPの相乗的な触媒活性が、糖尿病のためのグルコースセンサで利用されています。
例えば、Shimらは、AuコアとPtシェルからなる構造のコア-シェル型Au-Pt NPを開発し、これを炭素電極に被覆しました(図1B~1C)。これらは合成的に作製され、遠心処理で精製され、追加のAuがナノチャネルに組み込まれました。このAu-Ptナノシェルでは、感度、安定性、および選択性が改善していました。作製されたセンサは、電位0.35 VのPBS食塩溶液において、望ましいダイナミックレンジと検出限界を示しました。感度のデータは報告されていませんが、安定性試験では、pH7.5での30日後の測定において偏差がわずか5%であったことが示されています。また、他の生物化合物からの干渉の影響が最小限であることも観測されています19。この結果は、他の分子の干渉に対する耐性をAu-Ptセンサが持ち、したがって選択性を有する可能性を示しています。
さらに、Linらは、水熱反応装置を用いてAu-Pt合金を合成し、それをナノカーボン担体に充填して、ガラス状炭素電極に修飾しました。その結果、触媒活性に関して最適なAu:Ptの比が1:1であることが示されています。10 mMのグルコースを用いて、-0.6 V~0.6 Vの範囲の印加電圧で4日間の安定性試験が実施されました。修飾された電極は、2日後に初期の電流応答の95.4%を維持し、4日後には84.5%を維持していました。洗浄して新たに作製した電極で-0.5 V~1.3 Vの範囲で分析したところ、同様の結果が得られました(図1D)20。
ドープ電極は、AuPt NP強化センサを設計するための新しい方法です。これを行うため、ある研究ではホウ素ドープダイヤモンド電極を合成し、その表面にAu-Ptを電気化学的に堆積させました21。センサの最適な組成はAu:Ptのモル比が1:1のときに観測され、この結果は他の独立した研究と一致しました。安定性試験では、初期の電流の93%が保持されることが示され、グルコースに対する選択性が高いことが観測されました。さらに、再現性は3.2%という許容可能な値でした。Au系二元ナノ構造は、主にグルコース濃度を直接測定するために用いられますが、H2O2の検出用途にも汎用できます。Zhouらが発表した研究では、H2O2の酵素フリーセンシングを行うために、Au-Pt NPを二硫化モリブデン(MoS2)ナノフラワーに電着しました。次に、この構造全体をガラス状炭素電極に配置しました。

図1.A)Fe3O4@SiO2-NH2-Au@PdNPの合成の概略図。許可を得て文献24より転載。copyright 2020 American Chemical Society。B)Au@Ptナノ粒子およびC)Au@Pt/Auナノ粒子の高角環状暗視野走査型透過電子顕微鏡(HAADF-STEM:High-angle annular dark-field scanning transmission electron microscope)画像。文献19より許可を得て転載。copyright 2019 Elsevier。D)10 mMグルコースの非存在および存在下の0.08M NaOH中のPt/C、Au/C、およびPtAuのリニアスイープボルタンメトリー(LSV:Linear Sweep Voltammetry)。文献20より許可を得て転載。copyright 2020 Elsevier。E)リン酸緩衝生理食塩水(PBS:Phosphate Buffered Saline)溶液中の0.8 μm~10 mMの異なる濃度のH2O2中のAu-Pd/MoS2/GCEの微分パルスボルタンメトリー(DPV:Differential Pulse Voltammetry)。文献25より許可を得て転載。copyright 2020 Elsevier。
AuPt-MoS2ナノフラワーは、この電極の性能を強化しました。他のAu-Pt構造と同様に、高い安定性(最長20日間)が示され、初期の電流応答の101.1%が保持されるとともに、他の生体分子からの干渉の影響は最小限であることが観測されました22。
Pdの特性がPtに類似しているため、PdとAuの組み合わせも、グルコース監視における酵素バイオセンサの代替手段として利用されています。Au-Pdは、金属間の相互作用によりMoS2ナノシートの触媒活性を強化し、ナノシートへのイオン移動を促進し、表面電荷を増加させ、基質に対する親和性を改善します23。両方の要素が、Au-Pdナノ粒子のペルオキシダーゼに似た活性に寄与しています。
Andeniyiらは、Au-Pdで修飾したナノ磁石-シリカNPを開発しました。磁性NPの合成後、自己組織化によりAu-Pdが付加されました。興味深い点として、西洋わさびペルオキシダーゼと比較した場合、このNPのペルオキシダーゼ活性は70%高く、典型的なミカエリス・メンテン型の酵素反応速度論に従いました。この結果は、AuとPdの相乗的な相互作用によるものと考えられています。これらのナノ構造をバイオセンサに付加すると、既知のH2O2触媒である西洋わさびペルオキシダーゼと比較して、選択性、感度、および安定性が向上することが実証されています(図1A)。したがって、これらのNPは、グルコース検出のための比色バイオセンシングの能力を強化しています24。
さらに、Liらは、簡単な熱共還元法を用いてAu-Pd NPで修飾したMoS2ナノシートを合成し、ガラス状炭素電極に被覆しました。驚くべきことに、得られた電極はグルコースとH2O2の両方を対象とする二機能性センサとして作用しました。合成された非酵素系グルコースセンサは、H2O2 用途の場合と同様に、最適な線形応答および感度を示しました。さらに、修飾した電極は、H2O2とグルコースの両方に対して高い選択性を示しました(図1E)。15日後の電極の性能は、初期の電流応答の98%が維持されており、高い安定性が実証されました。5つの別個のセンサの再現性の検討では、相対標準偏差がグルコースの場合に8.2%、H2O2の場合に7.5%でした25。
上記の各研究から、グルコース検出におけるAu系BMNPの適用性と汎用性が示されました。得られる構造の範囲が多様であるため、特定のニーズに合わせたカスタム化が可能です。さらに、生体環境中でセンサのグルコースに対する選択性と安定性が維持されました。表1に、グルコース検出のためのAg系およびAu系の貴金属系二元金属NP構造における最近の進展を要約しています。
結論
糖尿病管理の目的で血糖値を監視するための酵素フリーの代替手段に対する需要が増大しています。BMNP構造の触媒活性、選択性、および安定性と、異なる金属元素の相乗効果を組み合わせることで、グルコースの直接検出とH2O2測定による間接的な検出の両方において、正確性と信頼性が向上しています。本稿では、Ag系およびAu系BMNPセンサの合成、特性評価、および性能におけるさまざまな進展の詳細を説明しました。全体として、これらの構造は、柔軟な検出範囲、感度、検出限界を提供し、高い選択性と安定性を示しました。これらの特性は、糖尿病患者による低血糖および高血糖のエピソードの監視を支援するために強く求められるものです。ただし、有望な結果は得られているものの、これらの修飾した電極を用いたin vivoの実験を実施する必要があります。したがって、この分野の将来の研究では、動物における検証と最終的な臨床応用に重点を置く必要があります。その過程において、BMNPは、糖尿病管理の研究と一般的なバイオセンシング用途において必要不可欠な、患者への侵襲性の低減と機器の安定性の改善を実現できる可能性があります。
参考文献
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