生体分子診断に向けた金ナノ粒子
Alexandra R. Fernandes1, Pedro V. Baptista1
1UCIBIO, Dept. of Life Sciences, FCT-NOVA, Campus Caparica, 2829-516 Caparica
はじめに
ナノ医療の研究により、ナノ材料を用いた多数の生物医学的なツールや用途が進化しており、特に新しい診断プラットフォームや治療の戦略に重点が置かれています。ドラッグデリバリーは、長年にわたって徹底的に研究開発されてきた最初の分野ですが、ナノ材料の特性がより深く理解されることで、革新的な診断戦略を設計できるようになっています。ナノ材料の独特の性質に加えて、操作と組み立てを厳密に制御する能力が向上したことで、精密な治療を実現するために必須のアセットとして、診断と送達を組み合わせて1つの装置にするというコンセプトがさらに進化しています。こうしてナノ医療は、医療のさらなる個別化のためにゲノミクスとプロテオミクスのイノベーションを統合した、発展型の分子医療と見なすことができ、初期の診断から精密治療に至るまで、患者の分子プロファイルの正確な特性評価を可能にし、患者に対するリスクを最小限に抑えながらアウトカムを改善します1–2。
ナノメートル構造は、代謝物、タンパク質、核酸(DNAおよびRNA)の検出や同定など、特に診断を中心とした生物医学分野の広範囲の用途で利用されています。おそらく最も大きな影響を与えているのは分子診断の分野で、ナノ材料の利用により、バイオ検出および分析法のパラダイム変化が進んでいます。この枠組の中で、ナノ粒子に基づく診断手法は、これまでにない感度の向上をもたらします。ほとんどのバイオマーカーのサイズは、これらのナノスケール構造と同様の範囲内にあり、1:1のスケール比で対応します。感度が向上するとサンプルの使用量を減らすことができるため、分析にさほど堅牢な装置を用いる必要がなくなります。その結果、持ち運びが容易になり、必要とされる場所(患者のベッドサイド、臨床医の研究室など)に概念的な検査室を設置することが可能になります3。
金ナノ粒子の合成および修飾
タンパク質検出用に設計されたほとんどのプラットフォームでは、通例、抗原と抗体を用いた分子認識を利用します。一方、核酸センシング用に設計されたプラットフォームでは、ハイブリダイゼーションプロトコルを用いてヌクレオチド配列の相補性を利用します。現在、関連性の高いヌクレオチド配列バイオマーカーのバイオ検出に、ナノ粒子を用いたシステムが徐々に統合され、感度向上とコスト削減が実現しています。その中で、特に金などの貴金属ナノ粒子(NP:nanoparticle)は、光学特性および物理化学的特性のため、高感度のバイオセンシングプラットフォームの開発に利用されています3。
AuNPの主要な特徴である局在表面プラズモン共鳴(LSPR:localized surface plasmon resonance)は、優れた光学特性をもたらします。LSPRは、双極子モーメントの生成を含むナノ粒子の分極を誘起する入射電磁波に応答した、空軌道間の電子の集団的振動と定義できます。LSPRは、ナノ粒子のサイズ、形状、組成、ナノ粒子間の距離、そして周囲の誘電環境との相互作用に強く依存します。この現象は、AuNPコロイド懸濁液が、赤から青、紫色までさまざまな色調を示す原因です。したがって、AuNPのサイズを厳密に制御することは、望ましいバイオ検出の波長に合うよう光学特性を調整するために最も重要となります。さらに、これらの光学特性を十分に利用するために、さまざまな合成経路や、溶液への分散方法、表面修飾の戦略を採用することができます3,4。
最も一般的で単純なAuNPの合成法は、粒子表面に結合して安定性、反応性、および特定の電荷特性をもたらす水素化ホウ素ナトリウム、アスコルビン酸、クエン酸ナトリウムのような還元剤の存在下で、金塩(通常は、塩化金(III)酸三水和物、HAuCl4.3H2O)を化学的に還元する方法です。例えば、クエン酸ナトリウムは、サイズ範囲が1~150 nmの単分散ナノ粒子の作製に1951年から用いられています5。金属イオンの化学的還元は、金属ナノ粒子の合成法として最も多用されていますが、これらの還元剤の一部は毒性があり高価です。また、残留物がナノ構造に組み込まれると、特性評価が困難になり、in vivo用途が制限されることもあります。さらに、粒子サイズの分散を均一にするためには、pHや温度などのプロセス変数の制御が不可欠です6。Turkevichにより提案され、後にFrensにより最適化されたクエン酸還元法は、単純な方法ながらサイズ分散および形状をある程度制御できることから、生物医学用途のAuNPの作製法として最も多用されています3,5,7,8。混合物に添加する還元剤(クエン酸ナトリウムなど)の量を変更するだけで、サイズをある程度制御しながら製造をスケールアップすることが可能です(図1)。例えば、より低濃度のクエン酸ナトリウムを用いると、生成する粒子の直径が大きくなり、その結果、凝集物の数が増加します。実際に、この方法でより良い結果が得られるのは、より安定性が高く、その結果として凝集する傾向の低い小型のナノ粒子(直径10~30 nm)であり、その先のバイオ検出でもより良好で再現性の高い結果が得られます。AuNPのコロイド溶液の安定性は、周囲の媒体との相互作用による静電的または立体的な安定化に依存します。イオン相互作用による静電的な安定化では、帯電した分子が表面に存在することでナノ粒子間に反発が生じます。共有結合性の相互作用による立体的な安定化では、適切な官能基により他のAuNPの接近が妨げられます。共有結合性の相互作用には、イオン相互作用と比較して複数の利点があり、修飾したAuNP(バイオコンジュゲートなど)の安定性がさまざまな媒体中で大幅に向上します6,8。
AuNPが凝集する傾向を最小化する方法の1つは、ナノ粒子の表面を表面活性剤、高分子電解質、または配位子を用いて修飾することです。これによりコロイドの安定性が向上するだけでなく、抗体やDNA/RNAオリゴマーなど、生体認識に適した多数の生体分子によりAuNPを誘導体化することが可能になります。ただし、この修飾プロセスの品質は、基板の粗さ、表面との接触時間、溶媒濃度、媒体温度などの要素に直接影響を受けます。さらに、コンジュゲーションした層のトポグラフィーはAuNP表面を忠実に再現し、表面欠陥も再現されます。金表面にみられる主要な欠陥の種類の1つが単原子空孔です。これは、金原子の還元のような表面に存在する不規則さであり、修飾の形成、組織化、および効率に直接影響します6,8,9。
図1.クエン酸還元法により合成されたAuNPの特性評価。AuNPの特性評価は、以下のようないくつかの標準的で単純な方法で行われました。A)透過型電子顕微鏡法(TEM:Transmission Electron Microscopy)。良好なサイズ分散の球形が示されています。B)UV-可視分光法。サイズおよび安定性の評価にLSPRピークが用いられます。C)動的光散乱法(DLS:Dynamic Light Scattering)。AuNPの流体力学的半径を測定し、サイズ分散を強調します。D)ゼータ電位。AuNPの表面電荷に関する情報を提供し、安定性を評価します。全体として、これらのデータは取得が容易であり、製造の特性評価のために十分な情報を提供します。
一般的に、AuNPの表面修飾では、自己組織化する単相の化学的安定性と容易な形成のため、いわゆるアルカンチオール類が使用されます。また、クエン酸ナトリウム、セトリモニウムブロミド(CTAB:cetrimonium bromide)、ポリエチレングリコール(PEG:polyethylene glycol)、シリカなどのいくつかの安定剤および重合体が使用される場合もあります6,8。安定剤の選択は、診断用途において非常に重要です。多くの場合、この界面は生体認識要素(DNA、RNA、アプタマー、ペプチド、抗体など)のためのリンカーとして利用されますが、標的分析物を認識したときの信号伝達に用いられる本来のナノスケール特性が阻害されないようにする必要があります。また、AuNPの安定化は、金表面に結合する能力があり、認識要素(メチル基、アミノ基、カルボキシ基、カルボニル基、ヒドロキシ基、さらにはスルフヒドリル基など)と同時に結合できる多機能性ポリマーを用いて制御することも可能です。おそらく最も多用されているリンカーは、金原子と硫黄の間の強い相互作用により金と自発的に強く結合する、(少なくとも)1つのチオール反応基を利用したリンカーです。実際に、この戦略は、さまざまな分子診断のコンセプトで示されているように、DNA、RNA、アプタマーのオリゴマーをAuNP表面に直接結合させるために選ばれている方法です10,11。
抗体は、免疫グロブリンに分類される糖タンパク質であり、一般に外来性の抗原に対する生物の防御に関連しています。抗体はさまざまな表面に結合することができ、特にAuNPと結合させて、バイオ検出のための生体認識分子として用いられています。抗体は、高い親和性と特異性で標的の抗原を検出して認識し、これに結合する能力を示します12。抗原のエピトープとその抗体との間の結合の原理には、それらの間の相補性と、静電相互作用、水素結合、疎水性およびファンデルワールス相互作用を介した可逆な結合が関与します。AuNP表面を抗体で直接修飾することは、DNAやRNAの場合と比べて簡単ではないため、PEG(HS-PEG-NH2)などのヘテロ官能性ポリマーをナノ粒子修飾の経路として利用します。–SH基を経由する共有結合があり、遊離COO-基を介して抗体を結合させるためにNH2基を利用できます。修飾は、通常、1-エチル-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド(EDC)のようなカップリング剤を使用して、抗体に多く存在するCOOH基の1つを事前に活性化することで行われます10。
分子診断に向けたAuNP
高感度で特異性の高い生体分子(核酸およびタンパク質)の検出方法として、AuNPを用いた比色分析法がいくつか提案されています3,13。これらの方法の多くは、媒体の誘電性の変化または指定した標的との相互作用の変化によって凝集が媒介されたときに、AuNP溶液の比色が変化することを利用します。前者の場合、媒体の誘電性の変化がAuNPに与える影響が、標的の結合および吸着により変わります。後者では、標的がAuNPの架橋を促進するか、立体障害で隔離することにより、粒子間相互作用を媒介する能力を利用します。その結果として生じる凝集は、LSPRバンドのシフトにつながり、肉眼で認識するか、標準的な分光法で測定することが可能です。ハイブリダイゼーションに基づくいくつかのプロトコルがこの場合に該当し、ssDNAで修飾したAuNPを使用して、標的のDNA/RNAを配列に依存して特定します(図2)10。
図2.分子診断に向けた金ナノ粒子(AuNP)。AuNPは、粒子間距離に基づく比色分析、蛍光体とAuNP表面の間の距離の関数として変化する蛍光、表面増強ラマン分光法(SERS:Surface Enhanced Raman Spectroscopy)、必要とされる場所でのラテラルフロープラットフォーム(LFA:lateral flow platform)のタグとしてのAuNPの利用など、抗原抗体認識またはDNAハイブリダイゼーションに基づく多くの診断法で利用することができます。
AuNPのプラズモンの特異的で鋭い電気的シフトも、光散乱に基づくバイオマーカーの検出に利用することができます。これらのアプローチでは、分子との結合または会合に伴いスペクトルが変化する、大型で異方性のあるAuNPによる強い散乱が利用されます14。
また、AuNPは、電気化学的検出、すなわち酵素を電極に結合させて、酸化還元触媒として電気化学反応を媒介する方法でも役立ちます15。さらに、AuNPは、その表面近くに位置する蛍光色素を消光することがよく知られており、この性質は分子検出法で広く利用されています。これらのプラットフォームでは、特定の標的との結合が引き金となって、認識部分の立体構造の変化を引き起こし、蛍光体がAuNPから離れるか、表面に接近することで、蛍光強度が増加または減少します16。
ラマン分光法も、特に異方性のある不規則な形状のAuNPを利用することから恩恵を受けられます。表面増強ラマン分光法(SERS:Surface Enhanced Raman Spectroscopy)は、金属表面に結合したバイオマーカーの本来弱いラマン信号強度を大幅に増強します。例えば、非球形AuNPの場合、ナノ粒子のエッジ部分がホットスポットとして作用し、SERS信号を最大1012~1014倍増強し、バイオマーカーのマルチプレックス検出に新しい次元をもたらします17。
ラテラルフローデバイスが支持される理由
ラテラルフローデバイス(LFA:lateral flow device)は、外部電源を必要とせず、毛管作用により血液や血清などの生体液を移送する能力のある携帯デバイスです。LFAは高速で、操作が簡単であり、コストが低く、特異性は許容可能で、冷却が不要です。いくつかの診断法では、AuNPを主にプローブのラベルやタグとして組み込み、システムの感度を向上させています。最もよく知られているLFAイムノアッセイは妊娠検査ですが、どの分子でも標的化が可能であり、SARS-CoV-2、HIV、HCVなどの迅速試験がすでに存在します3,18,19。LFAの原理的な機構は、サンプル中のバイオマーカーの毛管泳動です。バイオマーカーは、最初の認識要素がAuNPにコンジュゲーションしている領域に向かいます。通常は、ssDNAオリゴマーの捕獲プローブまたは抗原と抗体がこの認識要素として使用されます。次に、この錯体が、疎水性のニトロセルロース膜またはセルロースアセテートを通過して検出領域へ泳動し、第2の認識・捕獲要素により固定化されます。デバイスの対照セクションでは、第2の認識・捕獲要素が、関心のある錯体ではなく初期の錯体を固定化し、結果が得られます。AuNPは非常に鮮やかな赤色を示すため、これらのシステムに最適なタグとなり、肉眼での評価に適しています3。
規制および規格
ナノ材料やAuNPを使用したin vitro診断法のための概念的なデバイスおよびプラットフォームの数の増加を受けて、ナノ材料の作製および特性評価に関する標準化された方法論および規制のプロトコルを定める必要性が生じています20。しかし、これらの製品を規制しようとする世界の規制当局の取り組みは、ナノ材料の性質と規模の大きさのため、限られたものになっています。そのような規制の取り組みの1つとして、Nanotechnology Characterization Laboratory(NCL、以下の3つの米連邦機関の正式な科学的連携:アメリカ国立がん研究所(NCI:National Cancer Institute)、アメリカ食品医薬品局(FDA:Food and Drug Administration)、およびアメリカ国立標準技術研究所(NIST:National Institute of Standards and Technology))が、特性評価と標準化の需要の増大に対応するために設立されています。提案されているガイドラインおよびプロトコルは、物理化学的特性評価(サイズ、形態、形状、表面電荷など)、in vitro特性評価(滅菌、薬物放出、標的化、毒性など)、およびin vivo特性評価(有効性、曝露など)に及びます。
国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)では、以下のガイドラインおよび認証をすでに実施しています。ISO/TS 12901: 2012(ナノ材料工学に適用されるリスクの管理)、ISO/TR 11360: 2010(ナノ材料の分類)、ISO/TS 12025: 2012(エアロゾル生成によるNOAAの定量化)、およびISO/TS 16195: 2013(ナノスケールの部品を組み込んだ材料の試験のためのガイドライン)。すべてのガイドラインおよび認証は、体外診断用医薬品(IVD:in vitro diagnostics)の製造および商品化を管理するより一般的な指令(体外診断用医療機器に関する1998年10月27日欧州議会および理事会Directive 98/79/EC)に沿っていなければなりません。これらの標準化の取り組みにもかかわらず、ナノ粒子およびナノ材料を組み込んだ分子診断システムの製品化に要する時間はまだかなり長いと推定されています。
展望と課題
分子診断に向けたAuNPの利用は大幅に進歩していますが、提案されているシステムの堅牢性と再現性の向上など、必要な研究が多く残されています。おそらく最大の課題は、最も革新的なコンセプトの製造スケールアップと臨床利用への移行でしょう。製造したナノ粒子の各バッチおよびその後の修飾の制御および特性評価に関して複数の懸念事項があり、既存の規制ガイドラインに従って慎重に評価する必要があるとともに、要求される品質管理に適した方法が求められます。AuNPを使用したこれらすべての革新的なシステムが体外(in vitro)診断用医薬品の市場に到達するためには、既存のISO認証および指針に関連して新しく定められる規格と規制に従い、私たちが診断を行う方法に影響を与え、変化をもたらすものでなければなりません。
謝辞
著者らは、UCIBIOへの資金提供についてFCT/MCTESに感謝します(UIDB/04378/2020)。また、画像に関する支援についてCatarina Roma-Rodriguesに感謝します。
参考文献
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