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トリフェノキサゾール:有機エレクトロニクス応用のための新しい蛍光性光導電性液晶材料

Prof. Jon Preece1,2, Dr. Karolis Virzbickas1,2

1ChromaTwist Ltd, 2University of Birmingham
Birmingham Research Park, Vincent Drive, Birmingham, B15 2SQ

1.はじめに

拡張有機π分子構造は、興味深い光物理学的1,2および電気物理学的3,4特性を有しています。その研究は、有機エレクトロニクス5やプラスチック・エレクトロニクス6といった学問分野につながっており、太陽電池7,8、有機EL9、蛍光(バイオ)イメージングなどに利用されています10

分子性電子ドナー・アクセプターをベースとする有機材料は、ドナーおよび/またはアクセプター部位の修飾によって、例えばStokesシフト12などの電子特性を制御可能です11。しかし、その範囲は、HOMOとLUMOを高度に調整可能な有機金属錯体13,14や無機材料15,16、共役系有機高分子17,18と比較すると、相対的に小さくなっています19。このため、電子特性を広く調整可能な分子性材料が求められています。

本稿で紹介するトリフェノキサゾール図1)は、ドナーおよびアクセプターの電子的性質を変えることができ、その結果、HOMO/LUMOや、Stokesシフト、(光)伝導性などの特性を調節することができます。また、液晶性をはじめとして、さらなる化学修飾による機能化も可能です。

2.トリフェノキサゾール

トリフェノキサゾールは、液晶性のヘキサペンチルオキシトリフェニレン(HPT:hexapentyloxytriphenylene)コアをベースとしており、オキサゾールのC2位にアルキルないしはアリール(R)基をグラフトしたオキサゾール環が縮環しています。このR基の性質により、トリフェノキサゾールの化学的、材料的、電気光学的特性が変化します。

様々なトリフェノキサゾール化合物

図1様々なトリフェノキサゾール化合物

以下のセクションでは、トリフェノキサゾールの物性と材料特性について述べます。

3.光物理

3.1 吸収および蛍光特性

HPTTpOx-n-Buの吸収スペクトルは驚くほど類似しています(図2a)。一方、TpOx-n-BuのBu基をフェニル基で置換すると(TpOx-Ph)、λmaxは3 nm短い約271 nmにシフトしますが、吸収域は長波長側に大きく広がります。同様の挙動が、より高次に拡張された直鎖アリール類縁体(1-Nap2-Nap2-An図2b2c)でも起きますが、9-An誘導体のλmaxはより短波長の252 nmとなります。 

トリフェノキサゾールの吸収スペクトルと発光スペクトル

図2トリフェノキサゾールの吸収スペクトル(a-c)と発光スペクトル(d-e)。色空間プロット(右上)、常光および紫外線下での溶液(右下

HPTTpOx-n-Buの蛍光スペクトルは類似していますが、発光λmaxの値はそれぞれ381 nmと366 nmと異なります(図2d)。ブチル基(TpOx-n-Bu)をフェニル基で置換したTpOx-Phでは蛍光スペクトルが大きく異なり、ピーク幅が増大するとともに、発光λmaxは約100 nmレッドシフトした467 nmとなります。アリール置換基がより拡張されたナフタレンおよびアントラセン基になると、発光λmaxはさらに長波長へシフトします。特に、9-An体は、純粋な有機分子材料としては最大のStokesシフト(341 nm, 22690 cm-1)を持つと考えられます。これらの光物性データを表1にまとめました。 

表1図2に示したトリフェノキサゾール誘導体の光物性データ(EtOAc, 10-6 M)

いくつかのTpOx-R誘導体(および類縁体である3種のDBTOx-R )のHOMOとLUMOの値を図3に示します。HOMOエネルギーは一定でHPTと同様ですが、LUMOエネルギーはTpOx部位の置換基によって減少します。このLUMOの減少は、アリール置換基のπ共役がフェニル(TpOx-Ph)からナフチル(TpOx-2-Nap)、アントラシル(TpOx-9-An)と広くなるにつれてバンドギャップが狭くなることを示しており、TpOx-Arシリーズ全体の蛍光のレッドシフト挙動と一致しています。 

トリフェノキサゾール誘導体およびDBTOx-R誘導体のHOMO値とLUMO値

図3トリフェノキサゾール誘導体()、およびDBTOx-R誘導体()のHOMO値とLUMO値

3.2 光伝導

光電流測定(図4)から、TpOx-PhHPTおよびTpOx-n-Buの約50倍強い光電流を示すことがわかりました。TpOx-1-NapTpOx-2-Napの光電流は、TpOx-Phよりもさらに増加しました。しかし、TpOx-2-Anの光電流はTpOx-Buと同じレベルまで大幅に減少しました。これは、おそらくデバイス中での凝集状態におけるパッキングが異なるためと考えられます。

トリフェノキサゾール誘導体の光電流挙動およびTpOx-2-Nap/PCBM組成物の導電性の光応答挙動

図4a)トリフェノキサゾール誘導体の光電流挙動、(b)TpOx-2-Nap/PCBM組成物の導電性の光応答挙動

4.自己組織化

4.1 液晶性

TpOx-n-Buの偏光顕微鏡像(OPM:optical polarised microscopy)とX線回折パターンをそれぞれ図5a5bに示しました。どちらの測定結果も、基となっているHPTと同様の六方柱状晶に配列していることを示しています。液晶相におけるTpOx-Ar誘導体のOPMテクスチャーは、いずれもTpOx-n-Buのものと類似しています(メゾ相を示さないTpOx-9-Anを除く)。従って、TpOx-Ar誘導体は六方柱状晶のメゾ相を形成すると考えられます(TpOx-9-Anを除く)。相の範囲を図6c(赤いバー)にまとめました。

TpOx-n-Buの液晶相の光学偏光像、XRDおよびpOx-R誘導体の相挙動の概要

図5TpOx-n-Buの(a)液晶相の光学偏光像と(b)XRD、および(c)TpOx-R誘導体の相挙動のまとめ

4.2 ナノワイヤへの自己組織化 

2-ナフチル型のトリフェノキサゾール誘導体であるTpOx-2-Napは、そのクロロホルム溶液に貧溶媒であるエタノールを加えると、自発的にナノワイヤーに自己集合することが明らかになっています(図6)。

溶液からの自己組織化によって形成されたTpOx-2-Napナノワイヤー

図6溶液からの自己組織化によって形成されたTpOx-2-Napのナノワイヤー(直径100~300 nm)

5.TpOx-Rのポリマーマトリックスへの導入

このセクションでは、TpOx-Rをプラスチック/フレキシブルエレクトロニクスへの応用に向けた3Dプリントとスピンコーティングへと展開するために、TpOx-2-Napを樹脂ないしはポリメタクリル酸メチル(PMMA)に組み込んだ2つの例を紹介します。

5.1 3D印刷

TpOx-2-Napを3Dプリント可能な樹脂に組み込み、ディスク状にプリントしました。このディスクは蛍光性を維持し(図7a)、TpOx-Rが比較的高温での成形に適応できることが明らかになりました。実際、TGA分析からTpOx-Ar誘導体は、少なくとも250℃まで熱的に安定であることが明らかになりました(図7b)。

TpOx-2-Napをドープしたレジストを3Dプリントしたディスクと熱安定性を示すTpOx-Ar誘導体のTGA曲線の概要

図7a)TpOx-2-Napをドープしたレジストを3Dプリントしたディスクと、(b)熱安定性を示すTpOx-Ar誘導体のTGA曲線。(図7aはWarwick大学Simon Leigh博士提供)

5.2 スピンコーティング

0.05~10 wt.%のTpOx-2-Napを含むPMMA溶液を、厚さ約480 nmの膜としてスピンコートしました。膜の蛍光はすべての濃度で観察されました(図8a)。  ドーピング濃度が0.05 wt.%から2 wt.%に増加するにつれて、発光λmaxは467 nmから約490 nmまでレッドシフトしました。これ以上濃度を上げても、発光λmaxは、溶液中での蛍光よりも約4 nm短い約490 nmで一定となりました(図8b)。

TpOx-PhをドープしたスピンコートPMMA膜TpOx-2-Napドープ量依存性を示す蛍光スペクトル

図8a)TpOx-PhをドープしたスピンコートPMMA膜と(b)TpOx-2-Napドープ量依存性を示す蛍光スペクトル

6.化学センサ

トリフェノキサゾールの蛍光は、以下の点から、化学センサへの応用が期待されます。

  1. 蛍光色の調整が可能 
  2. 特定の物質による消光が可能

以下に、プロトン、カチオン、π電子不足芳香族化合物に応答する3種類のシステムを紹介します。

6.1 プロトン応答性

TpOx-Ph-m-NMe2は、アリール置換基としてプロトン化可能な芳香族アミンを有します。プロトン化されていない中性状態では、-NMe2基はフェニル基へのπ電子供与体として働きますが、プロトン化されて生じるアンモニウムカチオンは誘起的に電子求引する(-I)基として働き、アリール基の電子的な作用を大きく変化させます。このプロトン化に伴う蛍光の応答は、トリフルオロ酢酸を用いた滴定によって調べられました(図9)。プロトン化されていないTpOx-Ph-m-NMe2 の発光λmax(457 nm)は、pHが下がるにつれてレッドシフトし、約520 nmで一定となりました。 

H+濃度にともなうTpOx-Ph-m-NMe2の発光の変調

図9H+濃度にともなうTpOx-Ph-m-NMe2の発光の変調

6.2 カチオン応答性 

TpOx-B15C5は、アリール置換基にカチオン結合能を付与する設計として、ベンゾ-15-クラウン-5クラウンユニットを導入した誘導体です。TpOx-B15C5(蛍光λmax = 470 nm)の溶液に数種類の金属カチオンを加えたところ、Li+カチオンとMg2+カチオンを添加した際に、それぞれ約480 nmと490 nmへのレッドシフトが起きました(図10)。 

数種のカチオンに対するTpOx-B15C5の発光の応答と紫外線下での溶液の外観

図10数種のカチオンに対するTpOx-B15C5の発光の応答と紫外線下での溶液の外観

6.3 電子不足芳香族応答性

電子不足な芳香族には、TNTのような爆発物もあることから、その検出は重要です。  そこで、電子不足なニトロベンジルアルコールに対するTpOx-Arsの感度を調べる実験を行いました(図11)。いずれの場合も、ニトロベンジルアルコールを添加すると蛍光は消光しました。

3-ニトロベンジルアルコールに対するTpOx-Arの発光応答

図113-ニトロベンジルアルコールに対するTpOx-Arの発光応答

7.バイオイメージング:多光子顕微鏡

TpOx-2-Nap(1mg mL-1)の水性灌流液を移植した肝臓に灌流し、825 nmの励起光源を用いた多光子顕微鏡で観察しました。図12aおよび12bは、肝細胞(市販の赤色膜染色剤で染色)にTpOx-2-Napが浸潤している(拡散性の緑色蛍光)だけでなく、血管系を通るT細胞にも浸潤していることを示しています(明るい緑色蛍光、図12a)。

TpOx-2-Napによる多光子顕微鏡画像

図12a)TpOx-2-Napで灌流した肝臓切片の多光子顕微鏡像、(b)肝細胞内にTpOx-2-Napを保持することで可能となった肝血管の像。(図提供:Birmingham大学Zania Stamataki博士、Scott Davies博士)。

8.ChromaTwist社のトリフェノキサゾール材料

図13に、購入可能なChromaTwistのトリフェノキサゾール材料をまとめました。表2および表3は、光物性および液晶物性の一覧です。これ以外の物性については、ChromaTwist社のWebサイトもご参考ください。

入手可能なトリフェノキサゾール材料

図13入手可能なトリフェノキサゾール材料

表2トリフェノキサゾール類の光物性およびEtOAc溶液(10-6 M)の蛍光像
表3トリフェノキサゾール化合物の液晶発現温度と透明化温度(DSCおよびOPM*から得られたデータ)(複屈折固相)
トリフェノキサゾール製品一覧
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