アンチセンスオリゴヌクレオチド
アンチセンス遺伝子調節の一般的なメカニズムのいくつかと、さらに重要な点として、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)設計時の注意事項について紹介します。数十年にわたり研究が行われていますが、明確な設計ルールはなく、試行錯誤が続いています。ただし、工程をより管理しやすくするために従うべきガイドラインはあります。
調節のメカニズム
従来のASOに基づく遺伝子調節(通常は遺伝子発現のサイレンシングまたは減少と同義ですが、遺伝子発現の向上に使用されることもあり、少なくともある特殊な事例では、遺伝子発現の増加をもたらすことが示されました)は、mRNAを標的とし、核または細胞質のいずれかで起こります。核内(mRNA前駆体が標的)では、調節は通常、ポリアデニル化、スプライシングの変化、ヌクレオチド間結合の切断によって作用し、これらはいずれもmRNA成熟中に発生します(図1)。細胞質(成熟mRNAが標的)では、遺伝子調節は通常、切断を伴わない翻訳の変化、または切断によって作用し、これらはいずれも翻訳直前/翻訳中に発生します(図2)。
図1.核内におけるASOに基づく遺伝子調節のメカニズム哺乳類の場合、核内のgDNAはmRNA前駆体に転写されます。核内の外因性ASOは、A)mRNA前駆体の3'端のポリアデニル化シグナルにハイブリダイズし、この部位でのポリアデニル化を阻害することによって、上流の別の部位にポリアデニル化を向け直し、遺伝子発現を増加させます;B)スプライス部位にハイブリダイズすることによって、スプライソソームの適切な集合を妨げ、エクソンスキッピングを引き起こすことにより、疾患遺伝子の発現を向上させます(多くの人はこれを真のASOと考えておらず、多くの場合、splice switching oligonucleotides:[SSO]またはsteric blocking oligonucleotides:[SBO]と呼ばれます);C)エクソンまたはイントロン(この例ではイントロン)にハイブリダイズし、RNase Hによる切断を引き起こします。ほとんどの場合、大幅な発現の増加、サイレンシング、変化が起こりますが、影響を受けていないmRNA前駆体のいくらかのプロセシングが起こり、続いて成熟mRNAが細胞質に搬出される可能性があります。S=ポリアデニル化シグナル配列(ここでは1つしか示していませんが、1つの転写物に複数存在することもあります)。
図2.細胞質におけるASOに基づく遺伝子調節のメカニズム哺乳類の場合、核内のgDNAが、1)mRNA前駆体に転写され、2)mRNA前駆体がプロセシング(5'キャップと3'ポリ[A]テールの付加)およびスプライシング(イントロンの除去)を受けて、成熟mRNAが生成され、3)成熟mRNAが細胞質に搬出されます。外因性ASOは細胞質内の成熟mRNAにハイブリダイズし、A)翻訳の変化、この場合は5'キャップにおけるリボソーム集合の阻害による翻訳抑制4を介して(これは真のASOではないとされることが多く、一般的にSBOの一例とされます)、またはB)RNase H(特にヒトのRNase H1)による切断3を介して、遺伝子発現を抑制します(減少させます)。ほとんどの場合、遺伝子発現は大幅に減少しますが、それでも翻訳は発生します。
ASOは、ワトソン・クリック塩基対形成によって標的mRNAを認識し、ハイブリダイズします。RNase Hによる標的mRNAの切断(核内または細胞質内のいずれでも3)を引き起こすため、ASOは、研究および治療目的で幅広く検討されており、調節メカニズムについてよく理解されています。RNase H(特にヒトのRNase H1)は、マグネシウムイオンを補助因子として使用し、ヌクレオチド間(ホスホジエステル)結合の加水分解を介して、mRNA:DNAヘテロ二本鎖のmRNA鎖を切断します5。切断後、ASOはそのままである一方、元の結合が、分解したmRNAの5'および3'フラグメントそれぞれの遊離3'-ヒドロキシル基および5'-リン酸基となります。
設計の際の検討事項
原則として、遺伝子サイレンシングは、標的mRNA内の配列を選択し、相補的なワトソン・クリック塩基対を形成するASOをベンダーに発注し、ASOを検討中のシステム(in vitroまたはin vivo)に導入し、当該レポーターによる期待された作用を観察するだけの簡単な手順です。しかし、ASO設計に成功するためには、考慮に入れるべき事項が多数あります。
ハイブリダイゼーション部位
ワトソン・クリック塩基対形成の法則に従うと、ASOは標的mRNA配列のどの領域にもハイブリダイズするはずです。しかし、mRNAは折りたたまれて二次構造やあるいは三次構造をとることがあり、これらがASOのハイブリダイゼーションを妨げる可能性があります。そのため、mRNAの折りたたまれていない領域を、ハイブリダイゼーション部位として選択する必要があります。アクセス可能部位の予測に役立つRNase Hマッピングなどのウェットラボ手法がありますが、RNAフォールディング予測アルゴリズム(mfoldなど)を試すことから始めることを推奨します。
折りたたまれていない領域を同定したら、その領域がスプライソソーム、リボソーム、タンパク質やその他の巨大分子集合体の結合部位として働くかどうか検討します。一般的に、5'キャップ、開始コドン、3'非翻訳領域/ポリAテールが適切な部位として選択されています。ASOによりRNase Hが活性化されない場合であっても、mRNA成熟または翻訳に必要な装置が立体的に阻害されているため、やはりサイレンシングが発生すると考えられます。
ヌクレアーゼ分解
in vitroおよびin vivoにおいて、未修飾のDNA ASOはヌクレアーゼ活性によって、その有効性が急速に失われてしまいます。In vivoではエンドヌクレアーゼとエキソヌクレアーゼの両方が分解を引き起こす可能性がありますが、エキソヌクレアーゼがその損傷の大部分の原因だと考えられます。分解を防ぐためには、すべてのASOに、ヌクレアーゼ分解に抵抗するための化学修飾が必要です。多数の核酸アナログがASOの修飾に利用できますが、ここでは、メルクの標準的修飾用製品に含まれるもののみご紹介します(表1)。
ASOの3つの領域(ヌクレオチド間結合、糖、塩基)が修飾を受けますが、下記では、修飾をその主な効果に従って分類します。ただし、複数の効果を有するものもいくつかあり、例えば、修飾Xの主な効果は結合親和性を向上させること、副次的効果は免疫刺激がもたらす有害な影響を軽減することです(このページの焦点は引き続き主な効果に合わせます)。
ホスホロチオエートこの修飾は、第一世代と考えられる数少ない修飾とされていました。PS-ASOはヌクレアーゼ耐性を持つため、完全ネイティブなDNA ASOと比べて血漿中半減期が長くなります。さらに、PS-ASOは、骨格の負電荷が保持されているため、細胞内に簡単に入りこみます。興味深いことに、PSは、ヌクレアーゼ耐性よりも、輸送と細胞内への流入に大きな影響を及ぼすと考えられます。
しかし、PS-ASOはヌクレアーゼから完全に保護されるわけではなく、標的mRNAへのハイブリダイゼーションが低下しており(「結合親和性」の項を参照)、調節を維持するためには多くの量を投与しなければなりません。加えて、PSは体内でタンパク質と相互作用し、それによって免疫系の活性などの望ましくない副作用(「免疫刺激」の項を参照)を引き起こす可能性があります。
Methyl RNAこの修飾は、第二世代と考えられる数少ない修飾とされていました。ASOにおいて、PSと組み合わせた2'-OMe-RNAは、PS単独の場合の利点を向上させること、つまり、ヌクレアーゼ耐性、血漿中半減期、組織内取り込みを増加させることがわかっています。
免疫刺激
細菌のDNAには、脊椎動物DNAと比較して、非メチルCpG(シトシン-ホスホジエステル結合-グアニン)ジヌクレオチドがはるかに高頻度に含まれています。これは、CpGジヌクレオチドが脊椎動物ゲノムには少数しか存在せず、その80%がメチル基で標識されていることが主な原因です。細菌のCpGモチーフはB細胞、NK細胞、単球、サイトカインの活性化を引き起こす一方、脊椎動物のCpGモチーフはそのような活性化を引き起こさないことから、これは、免疫系が細菌感染を認識する方法の1つである可能性があります。非メチル化CpG(CpsG:シトシン-ホスホロチオエート結合-グアニンはさらに強力です)モチーフを有するASOは、細菌DNAと同様の方法で免疫系を刺激し、それまでのアンチセンス研究から報告されたいくつかの作用に関与していた可能性があります。
免疫刺激を回避するためには、可能であれば、CpG/CpsGモチーフをもたないASOを設計するか、少なくとも、最も強い免疫応答を引き起こす下記の拡張モチーフを有さないASOを設計する必要があります:
- ・プリン-プリン-CpG-ピリミジン-ピリミジン
標的部位に選択する配列に相補性があるため、これを避けることは困難な場合があることを考慮すると、次に良い方法は、CpG/CpsGのシトシンを、免疫刺激を大幅に低下させることが示されている5′-メチルシトシンに置換することです表2)。
配列長
最適な長さは通常12~28塩基です。12塩基より短い配列では、非特異的ハイブリダイゼーションの可能性が高まり、25塩基より長い配列では、細胞内取込み低下の可能性が高まります。
自己相補性
ASOは、二次構造とオリゴヌクレオチド二量体の形成についてチェックする必要があります。いずれも、標的部位配列へのハイブリダイゼーションを妨げる可能性があるためです。できれば、ASOは可能な限り最も弱い二次構造をとるように、さらには二量体を形成しないように設計してください。メルクのオリゴヌクレオチド配列計算機OligoEvaluator™を使えば、これらの自己形成構造を迅速に決定することができます。
G-Quartet Structures
2つ以上のCまたはGヌクレオチド配列を含むASOは、まれな構造を形成することができ、それによって、望ましくないオフターゲット効果をもたらす可能性があります。最も一般的でよく研究されているのは、G-quartetsの形成を引き起こす可能性がある、G塩基の配列です。これらのquartetsは、転写因子などのタンパク質に結合することが示されており、アンチセンス活性を模倣することによって、阻害する可能性があります。
これらのquartetsの形成を回避するためには、可能であれば、そのようなポリG配列をもたないASOを設計してください。ここでも、実行可能でない場合があることを考えると、次に良い方法は、グアニンを7-デアザ-dGに置換することであり(表3)、これによりquartetの形成は阻止されます。
機能モチーフ
PS-ASO実験の統計解析によって、以下のモチーフ:
- CCAC
- ・TCCC
- ・ACTC
- ・GCCA
- ・CTCT
は、アンチセンス効率の向上に相関する一方、次のモチーフ:
- GGGG
- ・ACTG
- ・AAA
- ・TAA
はアンチセンス活性を低下させることが見出されました。RNase H活性は配列非依存性であることがわかっているため、これらのモチーフによる強化は、GCのワトソン・クリック塩基対形成の優位性によって、mRNA:ASOヘテロ二本鎖の熱力学的安定性を高めると考えられます。
結合親和性
すでに述べたように、標的mRNA内で折りたたみのない部位を同定すること、さらには、ASOに有害な自己相補性もないようにすることが、きわめて重要です。しかし、これらの配慮のみでは、適切なハイブリダイゼーションを確実に行うために十分とはいえません。PSなどのさまざまな因子が、ASOの標的部位への結合親和性を低下させる可能性があり、さらにはアンチセンス有効性を最低下させます。
第三世代のASO修飾は、ヌクレアーゼ耐性だけでなく、結合親和性の向上ももたらすことがわかっています。制約のある環状構造を有するLocked Nucleic Acid®(表4)は、ASOの結合親和性と有効性の向上に特に有用です(単量体付加当たりの融解温度変化は、ネイティブDNAのみの場合と比較して+3℃から+11℃までさまざまです)。
コンストラクト
ASO配列に関する情報をお伝えするために、承認されているまたは臨床試験が行われているいくつかのアンチセンス薬の実例(多くの場合アンチセンス研究の推進を主要目的とします)を紹介します。これらの薬剤は、アンチセンスに関して望まれる結果すべて、すなわち適切な設計、利用可能な送達メカニズム、効果的な調節が示された例です(臨床試験中の薬剤の場合はそれらが示されることが期待されているものです)。研究実験の成功には、結果の同一性がきわめて重要です(メルクのASOはin vitroおよびin vivo動物研究専用[RUO]です)。
第一世代1998年に初めて承認されたアンチセンス薬は、fomivirsen(商品名Vitravene)でした。この薬剤は、AIDS患者などの免疫不全患者におけるサイトメガロウイルス網膜炎(CMV)の治療に使用されました。これは、硝子体内注射によって投与されました。ヌクレオチド間結合がすべてPSの21merのASOで、以下の配列を有します:
- G*C*G*T*T*T*G*C*T*C*T*T*C*T*T*C*T*T*G*C*G
○ * = PS
そしてCMV遺伝子UL123から転写されたmRNAの翻訳を阻害することによって機能します。しかし、HIV治療としてHAART(高活性抗レトロウイルス療法)が開発され、CMV症例数が75%減少したことにより販売が低迷したため、最終的には市場から撤退しました。
PSのみのASOはヌクレアーゼから完全に保護されるわけではなく、標的mRNAへのハイブリダイゼーションが低下しており、調節を維持するには多くの量を継続的に投与しなければならず、タンパク質との相互作用により望ましくない副作用が生じる可能性があることから、第一世代のコンストラクトは大部分が研究開発パイプラインにおいて放棄されています。
第二世代2013年に、mipomersen(商品名Kynamro®)が2つ目の承認アンチセンス薬となりました。この薬剤は、遺伝性疾患である家族性高コレステロール血症の治療に使用されます。この薬剤は皮下注射によって投与されます。ヌクレオチド間結合がすべてPSの20merのASOで、以下の配列を有します:
- G*mC*mC*mU*mC*A*G*T*mC*T*G*mC*T*T*mC*G*mC*A*mC*mC
○ 下線 = 2'-O-MOE-RNA (MOEは2-メトキシエチル)
○ m=メチル(5-Me-dCおよび5-Me-U)
○ * = PS
アポリポタンパク質B-100mRNAの翻訳を阻害することによって機能します23。重度肝障害のリスクがあるため、この薬剤はリスク管理計画に含まれていなければなりません。
Mipomersenなどの第二世代のアンチセンス分子は、5-10-5ギャップマー構造をとるように設計されています。これは、上記の配列からわかります。つまり、5'および3'端の塩基5個(ヌクレアーゼ耐性を付与する/結合親和性を向上させる糖修飾)と、RNase Hの結合を可能にする標準的デオキシリボヌクレオチド10個(糖修飾なし)の中央ギャップからわかります。
この例では、末端が、非標準的な糖修飾である2'-O-MOE-RNA(MOEは2-メトキシエチル)で構成されます。ご希望であれば、お客様のコンストラクトに付加することが可能ですので、customjp.ts@merckgroup.comにお問い合わせください。
第三世代2017年、miravirsen(SPC3649)の第II相臨床試験が実施されています。C型肝炎(HCV)に対する治療として検討されています。 この薬剤は皮下注射によって投与されます。ヌクレオチド間結合がすべてPSの15merのASOで、以下の配列を有します:
- C*C*A*T*T*G*T*C*A*C*A*C*T*C*C
○ 下線 = LNA
○ * = PS
ヒトmiRNAのmiR-122にハイブリダイズすることによって機能します。これによって、miR-122がアルゴノートをHCV RNAの5'-UTR領域(通常アルゴノートが結合し、それによってヌクレアーゼ分解を防ぐ部位)に運ぶのを阻止します。そのため、miravirsenはウイルスRNAの分解を引き起こします。
Miravirsenは、miRNAを標的とすることにより、間接的にのみmRNAを分解することから、従来のASOではありませんが、LNAを含む第三世代コンストラクトの最もよい例の1つであるため、こちらに掲載しています。
標的のチェック
最終の未修飾ASO配列は、BLAST検索を行い、非特異的ハイブリダイゼーション(発生しないことが望ましい)によって、アンチセンス活性が阻害されず、忍容できない毒性が発生しないことを確認する必要があります。
品質に関する検討事項
in vivo動物実験においては、ASOに対し、塩交換(ホスホラミダイト合成化学による毒性のアンモニウムイオンを生理的ナトリウムイオンに置換します)、エンドトキシン試験(発熱物質の存在量が許容限度未満であることを確認します)、ろ過(汚染CFU数を許容限度未満まで減少させます)によるin vivoグレードの精製を行うことが推奨されます。メルクのiScale Oligos™製品はin vivo、高スループット、商用プロジェクト (ライフサイエンス研究ツール、分子診断、ラボ開発試験)用の、ミリグラム単位のカスタムオリゴヌクレオチドです。、このような精製やこれらの追加サービスすべてとあわせてご注文いただけます。
送達性および毒性
このページには記載しておりませんが、さまざまな送達メカニズムや起こりうる毒性を論じた優れたレビュー論文がいくつかあります。
結論
お客様が実験で試したいと考えるASOを設計したときに、メルクはそれを合成することができます(メルクのASOはin vitroおよびin vivo動物研究専用[RUO]です)。さらにサポートが必要な場合、特に特殊な修飾を施したASOの製造の実現可能性につきましては、customjp.ts@merckgroup.comにお問い合わせください。
参考文献
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