フレーバー&フレグランスの分析化学者は、構造や組成を変えることなく、試料マトリックスから重要な成分、異臭成分、または微量の有機化合物を単離することをよく求めます。対象である分析物質を単離する従来の方法には、溶媒抽出、パージトラップ分析、静的ヘッドスペース分析などがありました。固相マイクロ抽出 (SPME)は、溶媒を使用せず、分析コストを下げ、試料調製に必要な時間を短縮すると同時にこれらの方法の利点をもたらすアプローチを提供します。基本的にSPMEでは、液体、固体、気体を問わずあらゆる試料マトリックスをサンプリングできます。
SPMEは、コーティングしたフューズドシリカファイバーを気体もしくは液体試料に直接ばく露するか、液体もしくは固体試料上部のヘッドスペースにばく露する溶媒を使用しない抽出手順です。一般にコーティングされたファイバーは、固定化したポリマーか固体吸着剤、またはその2つの組み合わせです。メルクの SPMEアプリケーションガイドで参照している公開された文献は、複雑なマトリックスや妨害有機化合物を含むマトリックスのサンプリングにSPMEを使用したことを説明しています。メルクの分析季刊誌『Analytix-Reporter Newsletter』のバックナンバーに、ピーナッツバターからのピラジン、乳製品からの脂肪酸、生体液からのアンフェタミンの単離など、困難なマトリックス問題の解決にSPMEを使用して成功した例を掲載しています。複雑な試料マトリックス上部のヘッドスペースをサンプリングすることにより、SPMEは妨害となる有機化合物による影響を最小限に抑えるのに役立ちます。また、ヘッドスペース‐SPMEはスクリーニングに使用する試料の有機組成物の代表値を得ることができ、定量用途では特定の微量対象被分析物質を単離および濃縮できます。温度、pH、ファイバーばく露時間といったサンプリング条件を評価し、調整することにより、SPMEの抽出効率と感度を最適化できます。同様に、試料の撹拌、塩析効果による分析対象物質の溶解度の低下も抽出効率を向上させる一般的な方法です。
オレンジジュースからの風味成分の抽出
フロリダ大学のRouseff博士による最近の刊行物では、SPMEを使用してオレンジジュースマトリックス中の揮発性風味成分を同定しました。1Rouseff博士は、SPME抽出の結果を、熟練した匂いパネリストを利用して揮発性風味成分を同定する技法であるガスクロマトグラフィー-嗅覚検査(GCO)と比較しました。SPMEは、それでもGCOがセンサーポートで確認可能なFID応答レベル未満の濃度を検出できることが示されました。SPMEは溶媒を使用しないので、早く溶出した揮発成分は溶媒のピークに隠されません。これは、その他の抽出技法を使用したときによく問題となります。図1のクロマトグラムは、SPMEとCarboxen/PDMSファイバーを用いて得た代表的なオレンジジュース抽出物のものです。ヘッドスペースサンプリングは、オレンジジュース試料の上部で15分間にわたり行いました。これによって、アセトアルデヒドなどの揮発性化合物とそれより揮発性が低いテルペンとセスキテルペンの抽出が可能になりました。ファイバーのばく露時間を増やせば高沸点化合物の抽出量が増えますが、揮発性が高いアルデヒドは減ります。二層コーティングされたDVB/Carboxen/PDMSファイバーを使うと、柑橘類試料マトリックスからさらに幅が広い分析対象物質を抽出できる利点があるかどうか判断するための調査を行っています。

図1.オレンジジュースマトリックス中の風味成分
条件
試料:
25 mLオレンジジュース
ファイバー:
75 µM Carboxen-PDMS
抽出:
ヘッドスペース、30分 @ 40ºC撹拌付き
脱着:
3分、320ºC
カラム:
30 m、0.25 mm 内径、5%メチルフェニルシロキサン
炉:
3分 @ 32ºC、6ºC/分で200ºCまで
キャリア:
ヘリウム @ 29 cm/秒
注入;
320ºC、0.75 mm 内径 内部ライナースプリットレス
検出器:
FID
唾液からの硫黄化合物の抽出
SPMEで扱ったもう1つの複雑なマトリックス問題は、唾液と息(口臭)からの揮発性硫黄化合物の抽出でした。これは、コルゲートパーモリーブ社のRichard Payne氏が1999年8月のACS National会議で発表しました。2同氏は、口腔の複雑な性質を扱う上で大きな課題に直面しました。試料マトリックスが時間とともに変化するだけなく、硫黄の悪臭を物理的にサンプリングして濃縮するのに解決すべき困難もありました。過去には、オフライン クローズド ループトラッピング、パージアンドトラップ、口内空気試料の直接注入といった抽出技法が試されました。同氏が取ったアプローチは、被験者から唾液試料を集め、37ºCで一晩培養し、試料上で動的ヘッドスペースサンプリングを行うものでした。唾液試料上を流れる空気流から、ファイバーで悪臭を集めるように特別に設計された試料採取管にCarboxen/PDMSファイバーを入れました。試料を1分間採取した後、GC-MS分析に供しました。図2に抽出結果を示します。さまざまな硫黄含有化合物を集めるCarboxen/PDMSファイバーの能力が実証されました。Carboxen/PDMSファイバーは、口臭の主な成分の1つと考えられる硫化水素に対して良好な抽出効率を示しませんでした。一方、SPMEヘッドスペースサンプリング法により、図2に(*)印で示した多くの新しい化合物が同定されました。

図2唾液マトリックス中の硫黄成分
条件
試料:
3 mL唾液溶液、チオグリコール酸媒体付き
ファイバー:
75 µM Carboxen-PDMS
抽出:
ヘッドスペース、15分 @ 22ºC、撹拌あり
脱着:
1分、250ºC
カラム:
30 m、0.25 mm 内径、0.25 µM、Supelcowax 10
炉:
50~200ºC、10ºC/分保持5分 @ 200ºC
キャリア:
ヘリウム @ 30 cm/秒
注入:
250ºC、0.75 mm 内径 入口ライナー、スプリットレス
検出器:
GC-MSイオントラップ
上記のどちらの例でも、SPMEを使って試料上部のヘッドスペースをサンプリングし、試料マトリックスの複雑さを解決しました。妨害マトリックス成分を除去することにより、マスクされる(隠される)可能性がある重要な化合物を同定する分析者の能力が向上します。Carboxen/PDMSでコーティングしたSPMEファイバーは、揮発性有機物の捕集に最良の選択肢であることが実証されました。
食品飲料産業の分析者は、風味と香りを抽出する必要がある用途にSPMEを使用し続けています。3この参考文献には、牛乳の異臭(日光へのばく露で発生)、コーヒー中のカフェイン、リンゴの芳香化合物、腐敗したポテトチップの分析、キャンディー中の揮発物質などの例が示されています。お客様のニーズが複雑な試料マトリックス中の揮発性有機化合物を同定することであれば、Sample Preparation Made Easy(簡単になった試料調製)の頭字語とも言えるSPMEの利点を考慮してください。
謝辞
本稿の情報と図表は以下の方々からご提供いただきました:
Russell Rouseff博士、フロリダ大学、
Citrus Research and Education Center、
フロリダ州レイクアルフレッド
Richard Payne氏、コルゲートパーモリーブ社、
ニュージャージー州ピスカタウェイ
参考文献
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